降り立つ、絶望
各界を効率よく繋げるために空の操手ハーツ・フェアリーにより開発された空間転移システム。それは道に一つではなく、複数の箇所にある。
そのシステムの原理は、その地区の深い部分に刻まれた空魔法の空間転移の紋が『人』の進入に反応し、そのスピードが速ければ速い程遠くに転移させるというものだ。
その原理から、普通の方法ではない入り方をする事で誰も立ち入れない地区が出来上がっている。
その空白地域が裏ギルドの巣窟になっているのだ。
『黒』ではなく、《死》が支配した久澄は、自身を縛る距離という概念を無視して、訊いた場所へと跳んでいた。
『嘘ではないみたいだけれど……用意周到だな、あの子以外のまとも生命反応はないや。けど、これは……』
久澄の思案時の癖である顎に指を当てる動作と共に、目の前の実験場のような白い正方形の建物をまるで外から内の全てを見るように目を細めた。
『まあ、ついでだ。彼女らかな? まあ、彼女らも助けるか』
《死》は、扉を開き、下へと続く階段を口笛でも吹きそうな気軽さで降りていった。
『ふむ、君は確か……』
《死》の前には、かつて西の村を襲った人形と同種の銀色が居た。しかしその姿は戦闘向けというより、使用人という風であった。
「オ客様?」
『呑気だなー』
そう言いつつ《死》は黒い塊の力ではなく、右手を刺す事で核を壊す。今から襲いかかろうとしていた使用人人形は、それで機能を停止した。
『ガードナーって言うより世話係って感じなのかな?』
《死》は有機無機関係無しに敵が居ないことを感じ、白い光に照らされた空間の更に奥へ駆け出した。
ラウラ平原では、未だに《死》が現れた衝撃から完全には抜け切れていなかった。
「くっ、なあニーネ。結局あれは何なんや?」
ニーネの後ろで守られること十分。それだけの時間でユーディは、この戦場で最低限必要な魔力を回復させていた。魔力回復の早さは魔導星内でも群を抜いている。
訊ねられたニーネは、魔力を錬れなくなった魔導星や兵達を守る魔力の塊である防護膜の十二個目を作り終わった後、口を開いた。
「……あれは、クズミサイトさん」
「何やて!?」
驚き九、疑問一の割合くらいで驚愕するユーディに、防護膜に入るために後ろに下がっていたデーゲンが割り込んだ。
「多分、実験により発現した力に呑まれたのだろう。天修羅、お前も感じたであろう、あの人の身に余るであろう異質な力を」
「あ、ああ」
「強さは我々に劣るかもしれん、が異質なのは時にその力の絶対値以上の現象をもたらす。
奴は必ず戻って来るであろう。その際は……」
「ふざけるなや!!」
語尾こそ濁してはいたが、それが何なのかを理解できる程度の頭脳は持っている。
だからこそ即反応したのだが、そのスピードを見る限り、あるいはユーディもそれを選択肢の中に入れていたのかもしれない。
「……大を救うために小を取るか、小を救うために大を捨てるか、ギルドマスターとして培われた経験に期待する」
そう言って、デーゲンは十三個目として作られた防護膜に包まれていった。
中に居るかぎり互いの会話は不可能なため、ユーディは舌打ちと共に節約版天空砲撃を乱射した。
「……大丈夫ユーディ、私とヒーナさん? がこの場に来たことでアンジュが見た夢からは離れた。
……これでサイトさんがこの場にいる全員を殺して、最後に泣きながらユーディが彼を殺すという事は無くなったから」
魔力の無駄遣いをするユーディを宥めるように投げかける。
ニーネの言葉にユーディは息を荒げながらも、攻撃の効率化に起動を戻し、顔を赤く染めながら振り向いた。
「ウチ泣くんかい!」
「……それはもう」
それがユーディなりのお礼だと長年の付き合いから理解できたニーネは、相変わらず不器用だな、と思い吹き出しそうになるのを無表情というなの表情で抑え込み、次なる防護膜の精製に取りかかった。
『ここか……』
《死》はギルド内の最奥部、特殊な封印魔法がかけられている牢屋の前に居た。
牢屋と言っても外観は、立派なホテルの個室前という感じだが。
『さて、これ使ったら暴走は抑え込めないけど……しょうがないか』
それだけ言い、左手に残り四つある黒いリングの一つを正面とその一個左の牢屋を繋ぐ部分に向けて放った。
黒い色が二つの牢の外観を染め、何かが潰れるような音と共に黒色も消えていった。
『いや、お礼はいいよ。早く行ってあげな。
えっ、何で分かるって? 分かってないよ。ただ君達が急いでる気がして。
あっ、行くの、じゃあね』
端から見ている限りでは、《死》は何も居ない筈の左側の牢屋の前を見て独り呟いているだけ。
しかし、《死》の黒い双眼にはそれぞれ白と鈍の色の髪を持った透明な少女達が映っていた。
『ふぅ、次は』
少女達が消え去るのを見送ってから《死》は正面の扉を開いた。
「なに!?」
《死》の前には、封印魔術のかけられた目隠しをされている金髪の美しい少女が居た。
『迎えにきたよ、アルニカ』
《死》は気軽な感じで攫われていた少女−−アルニカ・ウェルミンに手を差し出した。
差し出された手に、アルニカは一歩後ずさった。
「答えなさい、あなたはなに?」
『俺は久澄碎斗だよ』
確かに今の姿さえ見なければ声も形も久澄碎斗本人であり、アルニカに会ってからは意識して喋り方も本人に合わせていた。
しかしアルニカは、
「あなたが碎斗だってことは分かっている」
『なら』
「けど、碎斗の上に何か、黒いのが多い被さっている。ねぇ、答えて、あなたは『なに』?」
だれ、ではなく、なに。
《死》はその言葉のニュアンスから悟り、その事実に驚いた。
アルニカは《死》の事を勿論人間と感じていないのは当たり前として、化け物としても扱っていなかった。
それは《死》の正体の一端を暴くもので−−
『まあ、いいじゃないか。どちらにせよ僕は久澄碎斗と変わらない。それに僕は今、彼の願いを元に動いている』
だが今はそれに気を取られている隙は無い。
「碎斗の……願い?」
『というか本心、といった方がいいかもね。自分の命に代えてもアルニカちゃんは護るというね』
「なっ」
アルニカの顔が林檎のように赤く染まる。
『時間もないや。選択して、アルニカちゃん。クズミサイトの意志を代弁する僕の手を取るか、それともここに留まり無意味な時を過ごすか』
「……行くわ」
選択の時間は、短かった。
『僕が言うのも何だが……いいのかい?』
「ええ、あなたが何であろうと、中に碎斗が居るのは確かなんだから」
そう言ってアルニカは差し伸べられていた右手を取った。
『そう、なら』
《死》は右手に意識を集中し、自身とアルニカを一体化させるイメージをした。
そして、
『行くよ、絶対に手を離さないでね』
「えっ?」
《死》とアルニカは、ラウラ平原に向かい跳んだ。
「終わりや!!」
ユーディ達はある人が立てた作戦により効率よく戦闘をし、幾名かの犠牲を出しながらも先遣隊との戦争を終えた。
いや、幾名か何かでは無い。連合軍側は約百五十名の犠牲を出し、先遣隊側は約一万の死者を出した。
だが、血で血を洗う戦争の序章は、ひとまず終わった。
防護膜に護られていた連合軍と四方の巫女達を除く兵達は既に城へ跳んでいる。
とある現象により魔力が全開、否、元々の絶対量を越えて戻った魔力を使用し、ユーディが跳ばしたのだ。
「ここからが本番、何やね」
「……ええ」
「というか、本当にそんな事があるの?」
三人は、これから来るであろう絶望に備えてこの場に残っていた。
「ねぇ、何の話?」
ある人−−ハーツ・フェアリーにはその事を話していなかったため、見た本人から聞いたニーネが口を開こうとした。
しかし、それよりも早く、少女達の十メートル程前に黒い歪みが広がった。
「……ハーツさん、ごめん、下がってて」
ニーネにより左手で制されたが、ハーツはそもそも動くことができない。
「嘘……でしょ」
ハーツの声にならない声は、幸いにも三人には届かなかった。
「君たちが、ユーディちゃん、ニーネちゃん、ヒーナちゃんか……この子と」
右手に抱えていたアルニカを三人も元へ柔らかく投げつけた。
「クズミサイトを任せたよ」
そして、絶望が巻き起こる。




