表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファクターズ  作者: 綾埼空
三話 勇者暴走
37/131

戦局

 突如現れた闇ギルド先遣隊本隊に、国軍は混乱、あるいは狂乱していた。


 国軍の隊列は、位の高い者から前に並んでいく。そして位は、ヴァンのような例外を除き、基本的に国軍に所属している歴が長い順となっている。


 それはつまり、戦闘に慣れた者程前に居り、戦闘に慣れていないどころか、戦闘経験が皆無な者が後ろに居るということである。


 更に降り立った地と国軍の距離が近かったこともあるだろう。これは先頭の者達の油断。多くの戦場で魔導星という大きな戦力の頼もしさを知ってしまっていたための、油断。


 迫り来る殺意に、威勢だけの、本物の戦場を知らぬ若者達は隊列を崩し逃げようとした。それにより先頭の者達は後ろへ進むことができない。


 そして裏ギルドメンバーの虐殺が始まる。


 闇ギルドは表ギルドが行うクエストも請け負うが、基本的に来る依頼は、盗みや殺人である。報酬が法外でないのが王国の悩みの種なのだが、今はそこではなく、殺人の方に目を向ける必要があるだろう。


 慣れた様子で逃げまどう男らの急所をナイフで正確に一突きしていく。


 淡々と、魔法も使わず。


 そんな中で、隊から少し離れていた者が居た。


 ヒーナ・エリアである。


 彼女は吐き気や逃げ出したい気持ちを抑えながら戦場である後ろへ遠回りで進んでいた。


 理由は二つ。一つは、隊の先頭集団が陥っている渋滞を避けるため。二つ目は、


分解槍スピア・ソルーション!!」


 少し遠くから相手の武器を狙い飛ばす。


 手元近くを狙った分解槍は、寸分違わず刃と柄を分ける。


「チッ、あれが分解女帝のヒーナか」


「やはり我のことは知ってるのね……」


 仲間に伝えるためか、ヒーナまで聞こえる声に、彼女はそう独白した。


 そんなヒーナの元へまだ虐殺に参加していなかった黒ローブが三人迫る。


 だが、


「甘いわね」


 分解領域スフィア・ソルーションが彼らを分解し尽くす。あまりに綺麗な断面に血すら出なかったが、初めて人を殺した感覚に顔をしかめた。


 しかしそれくらいではヒーナは止まらない。分解領域に籠城を決め、そこから分解槍を放っていく。分解槍の解放は、周りに仲間が居るため行えない。


 援護射撃により犠牲者が出るスピードが遅くなってきたところへ魔導星が前線に到着した。


「待たせたな、ヒーナ」


「遅いわよ、ユーディ」


 この場を楽しんでいるような笑顔で言うユーディに、ヒーナは青白い顔で返す。


「やっと魔導星の到着か……お前ら、本気でれ!」


 闇ギルドのかなり後ろの方から聞こえた声に反応して、ローブを脱ぎ捨てた。


 脱いだローブを国軍側に投げ捨て、魔法を発動する。


 歴戦の者達はそれぞれ斬り捨てるなりかわすなりしてローブを排除したが、一部の、戦い慣れしていない者達は、かわすよりまず、魔力を練ろうとした。


 目的はそれぞれ、魔法を生み出し魔法にぶつけ相殺しようとした者や、魔力をそのまま壁にする魔法壁を張り事なきを得ようとした者や。


 しかし、彼らは魔力を練ることができなかった。正確には魔力を多少なら練ることはできたが、魔法にしたり魔法壁として張ったりすることのできるレベルではなかった。


 ローブに描かれている見喰らう蛇の紋様は、魔力を封じる力を秘めていたのだ。


 気付いた時にはもう遅く、焼かれ、溺れ、貫かれ、潰され、呑み込まれ、死んでいった。


 あまりの悲惨さに目を背けるヒーナへも、火魔法が迫る。


 分解領域を囲うように幾重にも重なり火が包み込む。


「熱っ!!」


 例え分解領域が侵入するものを分解する魔法でも、中に居るヒーナは普通の人間。熱気による脱水症状により倒れもする。しかもヒーナは、分解魔法以外の魔法を使えない。


 分解槍で炎を貫こうともすぐに補われてしまうし、もしこの状態を脱しようと分解領域を解除して進もうとしても、あまりに厚(熱)すぎる炎は脱出者が抜け出す前に命を奪う。


 外からの救助は絶望的であり、何故なら炎の周りを数千の男達が守り、万のギルドメンバーが連合軍を圧倒しているためである。


 連合軍の人数は、先程の虐殺のせいで既に二百を切ってている。その中には上級兵もいたが、仲間に足を引っ張られ不慮の死を迎えていた。


 それよりも大きいのは、魔導星が安易に魔法を使えない事だろう。先程の戦闘で、敵の多さから前は捨て駒でも、後ろには本体と隊の隊長格が居るだろうと経験から予測していたので、そんな強敵達に攻撃を視認される前に、また部下達の死体に足を引っ張られている間に、殺すため全、とは言わなくとも、万の軍を圧倒できる程どの魔力を込めた攻撃で相手を殺す、もしくは回復、または飛ばした。


 それこそが裏ギルド先遣隊本隊の目的だった。


 これにより連合軍の戦力の半分を削いだといってもいい。更に兵減らし、ヒーナ隔離することでまたその半分を減らした。


 残っているのは歴戦の戦士達とはいえ、数で押し切れない戦力でもない。


 戦況は、誰がどう見ても連合軍不利。遂に連合軍は、数十分をかけ、二キロあるラウラ平原の真ん中まで後退を余儀なくされた。


「斬っても斬っても切りがねぇー」


 そのぼやきを表すように、炎刃が元々の色以外の理由で赤く染まっている。


「……流石に死者生循環はもう無理ですわね」


 死者を蘇らせる術を使用し何とか戦況を支えていたアンネだが、死者の嘆きと自分が纏う色が薄くなっているのを見て、そう囁く。


「……っ」


 眼鏡を鬱陶しそうに上げながら、ボロボロになっている自分の身体を見て幻覚の質が下がっていることを視認する。


「皆、志気を下げるな!!」


 今の戦いが絶望的なのを理解しているからこそ、デーゲンは隊長としての役目を忘れない。


 デーゲンの気合いと圧の入った声に、改めて国軍の残っているメンバーは気を引き締めなおした。


「はぁ、はぁ、やけどこのままじゃジリ貧やな……」


 魔導星の移動と圧縮天星移動の二回ずつ使用のせいで一番魔力を消費しているユーディがデーゲンの言にそう呟いた。


 そんな彼女へ、全方向を囲うように駆け、跳ぶナイフを持った男達とその隙間に通すように雷の槍が迫った。全てが急所に当たる攻撃。


 ユーディは条件反射で天空砲撃サテライトキャノンを発動。


 ナイフを持った男達を射抜き、次に雷の槍を相殺しようとしたが、天空砲撃が発動しなかった。


 ユーディの後ろに生まれている天空転写ミスティックフィルムにある全ての星の輝きが失われていた。


(充電切れかい)


 星にはユーディの魔力が込められており、一度使うとその星は使えなくなる。他の技を繰り出している間に無意識の内に失われた魔力を充電をするのだが、元に魔力が無ければ充電はできない。

 今から身体を動かして急所を外すことも不可能なくらい疲弊しきっていた。


(嘘やろ……ウチはこんな所では死ねんのに、ごめん、ミリア)


 本能は魔力が尽きていることを知っていたのか。死する直前なのに、目を瞑り、そんな長い懺悔が頭を過ぎった。


 そして、アンネの蘇生無き今、避けられない死を告げる鮮血が……。


(ん?)


 何時まで経っても訪れない死の痛みに、疑念の思いと共にゆっくりと目を開けた。


 眼前には、群青色の短髪が見えた。


「ニーネ?」


「……大丈夫、ユーディ?」


 そこには北の巫女、ニーネ・アルタナが居た。


「何でや?」


「……魔法壁に絶対の付加」


 ユーディとしては何故この場に居るのか、と訊いたつもりだったのだが、ニーネは魔法を止められた理由を訊ねられたのか、と勘違いしていた。思いの通じ合わない幼なじみである。


「……ああ、アンジェが胸騒ぎのするという夢を見て」


「アンジェが! 何の夢や!?」


 アンジェが胸騒ぎがするといって見ていた夢は、彼女らの経験上絶対に現実のものとなっている。


「……今は戦闘中、だから話せない。……あと、西の巫女はアルベルトが迎えにいった」


「アルベルトさんもきているのか!」


 それはユーディにとって驚きに値する事であった。いつもは子供達と遊んでいるか、シンバルを鳴らして戦闘の意欲のある魔物を刈って村の食事を賄っている人物だが、一度戦闘になれば今のユーディより強く、過去に魔導星に誘われた事もあったが、村から離れたくないの一言を頑なに言い続け、わざわざ村まで訪れた前王もその言葉で一蹴したという伝説を持つ男性が村を離れた。


「……アンジェが泣いて頼んだの」


「ああ……そういうことかい……」


 アルベルトが村に残っている理由は、村の子供達を愛しているからであり、村で一位二位を争う可愛さを持つアンジェに泣いて頼まれて動かない筈がなかった。


「……さて、元々の予定に照らし合わせると、そろそろかな」


 ニーネが静かに呟くと共に、連合軍と闇ギルドの間に黒い歪みが生まれ、その中から『黒』が出てきた。







 連合軍と闇ギルドに静かな硬直が生まれた。


 理由は単純、間に黒い歪みが生まれ黒い人間の形をしたナニカが出てきたから。


 双方を硬直させた事は二つ。黒い歪みと出てきたナニカがどちら側の見方かだけ。殺してしまえば変わらないため、それが誰かなのかは理由にならない。


 一つ目の理由は、彼ら、もしくは彼女らの知識の中に黒い空間の歪みを生み出し移動する何ていうものがないからである。黒と言えば闇だが、闇魔法に空間転移は無い。更に伝説の空魔法の空間転移も黒い歪みでの空間移動ではなかったとされているからだ。


 二つ目に関しては言わずもがな。連合軍側としては、一人であろうと戦力の増大は痛いし、闇ギルド側としては、あのような奇妙な移動法をしてきて、尚且つこのタイミングでの投下から、国側の最終であり最強の戦力だと危惧していた。


 結果だけを言えば、この『黒』はどちらの味方ではなく、両者の敵である。


『……行き過ぎた』


 南向き直りながら呟いた。


 その行為に、闇ギルド側が戦闘態勢に入り、不意打ちを警戒して連合軍側も武器を再度構える。


『遠いな……けど』


 だが『黒』はそれを意に介した様子もなく、闇ギルドメンバーの隙間をスラスラ抜ける。


 裏ギルド員は通り過ぎる『黒』を撃退するために武器や魔法を向けた。その隙を狙い連合軍が反撃を始める。


 武器や魔法が迫る際にだけスピードを少し上げかわす。それにより、味方を傷付ける事となる。更に連合軍の反撃のせいで着実に戦力が減っていく。


 だが、それでも知識外の現れ方をしたナニカが隊の中に居るのが受け入れられず、連合軍側に皆が皆集中できない。


 武器での攻撃隊が前、魔法を使う隊が後ろ、それを不定期的に入れ替え微量ながらも魔力の回復をし、節約もするという方法で回っていた闇ギルド隊列が、今崩れた。


 二分後、遂に万が千の位になり、それから八分後、残り五千対九十七の戦いにまで連合軍+合流組の二人が持ち込んだ。








 移動を始めてから十分。『黒』はただ一人で状況を見守っていた裏ギルド先遣隊隊長の知将タイプである悪循環の種のギルドマスターの元に辿り着いていた。


 知将タイプとはいえギルドマスターを張る男。『黒』を敵だと判断し、すぐさま用意していた闇魔法をかけた。


 それには、多くの痛みを伴う過去を持つ同じ闇ギルドメンバーでさえ耐えられない程悲惨な、彼自身の過去が混ぜてある。


 ぬるま湯に浸かった表の連中には耐えられない、そう思い彼は勝利を確信し口角を上げた。


 しかし、


『この程度の悪夢じゃ僕達は呑み込まれないよ』


 『黒』はどこか気の抜けたような、リラックスした声で普通に返した。


「何故、何故あれを見てそんなに普通でいられる! お前は、化け物か!!」


 客観的に見ても惨たらしい過去だと理解している彼は、一瞬でそれを見せられて平常で居る『黒』に確かな恐怖を持って告げる。


 それに『黒』は冷たく、突き放すように言う。


『そうだよ、僕は化け物さ。けどね、それに関係なく、自分の辛い過去を晒すような心の弱い奴に僕達が呑まれるわけないだろ』


 そして『黒』は、左手を向け、自身がやったように真っ黒いリングを放った。


 それはすぐに小さい球になり、ギルドマスターの頭を突き抜ける。


「……? 何だ?」


 頭を貫かれた筈なのに死なない。どころか痛みがない。


 ギルドマスターは恐る恐る頭を触れてみるが、そこに傷は無い。


「貴様、何をした!?」


 疑念と恐怖から、自然と言葉使いが荒くなる。


『−−−−−−−−−−−−−−−−−−?』


 『黒』が何事かを質問した。



 『黒』の質問に、何故か普通は答えられない筈の口が自然と動き出す。それに理性では止めるが、脳が異常として察知しない。まるで拒否権が奪われてしまったかのように。


「北の第四空間移動場に生まれている空白地域にある、見喰らう蛇のアジトに捕らえられている。

 詳しい座標は−−−−」


『解った。ありがとう』


 座標まで聞き終わり、感謝の念が籠もっていない礼をした後、『黒』は再び左手を自分に向けリングから球になった真っ黒なモノを自身にぶつけて、姿を消した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ