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ファクターズ  作者: 綾埼空
三話 勇者暴走
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分岐点

 久澄とヴァンの勝負の結果に楽しげな笑みを浮かべてから、ニブルドは虚空に声を上げた。


「どうせそこら辺で見ているんでしょ、アンネさん。どうぞ、今決着がつきましたので」


「言われなくても行きますわ」


 声を大にして告げたニブルドに、西側の観客席から飛びながらぞんざいに返した。ちなみにフィールドと観客席には約二メートルの高低差があるのだが、流石は人体のスペシャリストと言うべきか、全身の関節を柔らかく使い、ガラスの靴地面のぶつかる大きな音がしたはずが表情一つ変えずに着地する。


 そして歩きながら死者の嘆き(グリーフヒーリング)を発動させ、久澄を左目で、ヴァンを右目で観察し始めた。


 アンネの機械的な目は、対象の内面まで映しとる。


 その結果、今の段階ではヴァンの方が重症だと解ったため、死者の嘆きの左手で久澄を五秒間掴み火傷を完全に回復させる。


「誰か水を持ってきて、二人とも脱水症状を起こしているわ。あと氷世界出身で、氷魔法使える子、国軍にいらっしゃらない?」


 ヴァンの内部に死者の嘆きの右手を浅く入れながら、決して大きくない声で告げる。しかしそこには抗いがたい何かがあった。


 女中二人が食堂へ走り、国軍の中でも白い肌の数人が前に出た。


「じゃあ、この部屋を冷ましてくれないかしら。流石に暑いわ」


 ヴァンから目を離さずそういう彼女は、一滴の汗もかいていない。


 「ハ、ハッ」という鯱張った声と共に発動された氷世界人特異魔法の氷魔法、氷室ひむろが部屋の温度を下げ始めるのと同時に、ヴァンに刺していた右手を抜き、死者の嘆きを解除する。


 「ふう……」と一仕事終えた感で息を吐き久澄を見た。


「サイトさん、おめでとうございます。まさかヴァンくんに勝ってしまうなんて意外でしたわ。しかも魔眼を使わずに」


 いつものように上品に言うが、その瞳は未だに機械的な感じを帯びており、脳を見つめていた。


「いいえ使わなかったのではありませんね」


 そして告げる。衝撃の事実を。


「使えなかった、ですのよね。貴方の脳がその存在を封印してしまったがために」






 その事実にこの場に居る皆が形はどうあれ驚愕を示していたが、やはり一番驚いていたのは久澄である。


 彼は今回の現象を魔眼の使いすぎによる反動、一時的な使用不可期間だと考えていて、ハーツからもそう説明されていた。


「それは一体どういうこと何ですか?」


 いつの間にかアンネの近くにまで来ていたニブルドが問う。


 それにアンネは、自身の脳を指差し説明を始める。


「魔眼と言うのは結局、脳を経由して使用されますのはご存知ですわよね」


 問う、というより確かめるという感が強い言葉にニブルド、そして久澄は頷いた。


「魔眼は身体からしたら異物です。ですが魔眼は魔の眼、つまり魔法力のように生命力の中に紛れているため普通は検知することはできません。ですが」


 久澄はこの時点でアンネが何を言いたいのかを感づいた。つまり、


「魔眼を異常に使用すると、その色が強くなり、脳が発見。

 まあ、風邪のように抗体を作れるわけではないので、脳が使用を禁ずるみたいになってしまうのですけれど、ね」


 空気が悪くなるのを危惧し、目の色を戻し、人差し指を頬に付け、首を傾げる動作と共に「ね」と言ったが、目の前に居る久澄やニブルドは思考モードに入っており、観客席東側の国軍は上位陣が今後のヴァンの処遇について、下位陣は先程告げた魔眼使用不可理論の前半しか聞いていなかったようで、ぼそぼそと自分らなりに情報をまとめようとしていた。西側のユーディはニブルドが闘技場に降りると同時に移動していたヒーナと、他には見えていないがハーツを交え、こちらも同じように魔眼使用不可説の議論を交わしていた。


 つまり、アンネの動作は総スルーで恥ずかしい状態に。


「あの、アンネさん、水持ってきたんですが……失礼ながら何をしているんですか?」


 そんな折りに戻ってきてしまったメイドちゃん。


「う、うわぁーん。メーイードーちゃーん」


 彼女が傷心のアンネに襲われるのは、ある種の必然と言えた。


「うわ! わたしみ」


 早口で自身が持っている物について説明しようとしたが間に合わず、一人の少女と一人の女性が水でびちょびちょになったのは、また別のお話である。






 アンネとメイドちゃんの騒動は意識に投影されないまま、久澄は自身の内へ全思考を傾けていた。


 久澄の中に在る血の力も人間の枠を越えた力であり、普段はオーダーの力で普通の血とは分けて心臓内で循環させている。使用するには意図的に心臓の動きを早め血液の巡りを上げ、オーダーの循環の間に合わなく一部が巡ってきた血と共に全身に巡り、人外の力を使用することができる。


 使っている最中は血の巡りの関係上脳にも行くため、アンネの論を当てはめると異物として検知される可能性があり、魔眼と同時期に使用不可になったことから関係性は絶対であろう。


 つまり、今の久澄は何の力も持たないただの一般人にまで落ちたということである。


 彼が歩みを進める理由に力の在る無しは関係ないが、過去の過ちを繰り返さず、また現在世界と同義な存在である人間の元に辿り着くためには、少しでも力が必要なのは事実であった。


 力を取り戻す方法は無いのか。それを訊くために久澄が口を開くよりも早く、ニブルドがアンネに自嘲を含んだ口調で訊ねる。


「その説は、やはり正しかったんだね。

 って、聞いてる?」


 アンネは死者の嘆きを使用し服にかかった水を自分の分だけ弾き、そのことでメイドと揉めていた。


「聞いてますわよ。それにしてもニブルド、メイド服の生地厚すぎません? 水を被っても下着が透けて見えませんのよ」


 渋々といった趣でメイドにも死者の嘆きを使いながらそんなことを言い始めた。


 身の危険を察知したのか、湿気が服から消えた瞬間腕で胸元を覆いながら、少し離れた場所でまだ意識の無いヴァンに水を少しずつ飲ましている先輩女中に断りを入れ、こぼしてしまった水を再び汲みに食堂へ走り去っていった。


 その後ろ姿を未練がましく追いかけた後、呆れの含まれた視線を多方面から感じたため一度咳払いを入れてから本題に移った。


「まあ、提言した時には評議会による魔眼使い殲滅作戦のせいで実証できませんでしたし、その評議会にこの論は握りつぶされてしまいましたものね。

 別に貴方のことを責めているわけでもなく、貴方が自分を責めるのも解りますが……彼方の世界からの自然現象〈ワルプルギスの夜〉と〈オルタナティブの夜〉を利用したあれを、貴方は必死に、それこそ実力行使で止めようとしたじゃないですか」


 悔やまれる過去を思い出し、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべるニブルドに、慰める、というより宥めるという感じで言葉を重ねる。


「その事件のせいで貴方は一時的とはいえ力を枯渇する状態で、あの実験も効果をなさなかったのでしょう」


「ええ、あれは回復というより解除という感じですからね。貴重な一回を無駄使いしてしまいましたよ」


 その事実に気づけなかった程荒れていた自身に今更ながら呆れ肩を竦める。


 だがこの自然な会話を久澄は聞き逃すことができなかった。


「なあ、ニブルド。その実験とやらで俺の力、戻せないか?」


 解除とはつまり、禁止や制限を解き自由な状態にすることである。


 口調はいつもの、高揚や緊張を無感情の元に隠したもの。そして敬語を使わなかったのは、目上の者に懇願するのではなく、あくまで対等な者に対する頼み事であることを示していた。


 分かり難い意思表示であったが、ニブルドには自然と理解できた。


「無理だ」


 だが、理解できたからといって呑めるかと問われると、答えは否である。


「何故?」


「それが何故『実験』と銘打たれているか分かるか?」


 アルファ到来後の黎明期における『表向きに公表できる実験風景』を授業として学んできた久澄は、即答した。


「つまりそれは確率が百ではなく、それどころか試験段階を脱せずにいる確率の低さだから」


「……正解だ」


 多少面を食らった様子で一拍回答に遅れていたが、ニブルドは最後の手段として決定的な一言を発する。


「だがそれだけじゃない。正式名称潜在才覚顕現化実験は、封印された力や才能として秘められた力を無理矢理こじ開けるため致死率は九五を越え、もし奇跡的に成功しても、無理矢理顕現させた力は人の身に余るものが多く、成功した被験体は人外の力を宿してしまうため、人外を造りだしてしまうことから実験の銘が打たれているんだよ」


 現存する唯一の被験体である僕が言うんだから確かだよ、と空虚な笑いを浮かべながら自身のそれに対して無関心な様子で告げた。


 ワルプルギスの夜とオルタナティブの夜という超自然現象を退けたことにより、ティラスメニアの世界伝説として様々な噂が立っていた現王にして魔導星序列一位のニブルド・ティラスメニアの力の謎が意外な形で解かれたことにより観客席側に波紋が広がる。


 だが、ニブルドの空虚な自嘲も観客席の困惑のどよめきも久澄の意識に映りはしたが、意味をなさない。


「そんなのは関係ないさ。俺には俺の事情があって戦争に参加するけれど、どうせこのまま力が使えないままじゃ犬死にするだけだよ。

 護るためには力が必要だという現実は知った。けれど失われた過去はもう取り戻すことはできない。だからこそ俺は力を得られるならどんなものでも受け入れる。人外の力、結構だ。使えるなら何でもいい」


 護りたい人を護る力を欲する。それは久澄が知性で抑え込んでいた事柄であったが、純粋に守る力のみを貪欲に欲していたヒーナの勇姿を見て、力というものに対しては偽らず貪欲に強欲に関わっていかなければならないと感じ、今本物の感情として吐露した。


「……分かったよ」


 久澄の言葉に折れない決意を感じ、ニブルドは諦めたように言った。


「ありがとう」


 久澄の礼に片手で返し、客席上に未だに居る国軍へ向き直った。


「さて、もう氷室はいいぞ。

 若い奴らはヴァンを医務室に運んでやってくれ。

 上位陣、特記戦力について話がある。無論魔導星ら、サイト君もだから、第一会議室に集まってくれ。

 クロアさん、お茶の準備頼みます」


 てきぱきと命ずるニブルドに、飛び降りてヴァンを回収する組以外各出口から出て行った。


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