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ファクターズ  作者: 綾埼空
三話 勇者暴走
33/131

大炎渦


 試合は、城の地下にある古代ローマのコロッセオ内部のような作りの、通称闘技場で行われる事となった。


 今居るのは西側の控え室。ヴァンという名の少年は東側の控え室に居るらしい。


「なあ、どうして受けたんや?」


 備え付けのベンチに座り、武器のチェックを行っていた時、遂に我慢できなくなったのか疑問をぶつけられた。


 周りに居るのはユーディだけ、正確にはハーツも居るのだろうけれど彼女なら大丈夫なため、俺は口を開く。


「身喰らう蛇に、アルニカが捕らわれているかもしれない」


「えっ!?」


 彼女の驚きも当然だろう。それはユーキ達に調べさせている事だったし、何より情報が無いのだから。


 いつ気付いたのか、という目で見てきたため、彼女の瞳に目を合わせながら告げる。


「爆発魔のあいつと西の村を襲った人形達が似ている気はしなかったか?」


 爆発魔の正体や人形達についての説明は後日ちゃんと訊いていた。


 そのため、二つの類似性について気付けた。


 解らないのか首を傾げているので、言葉を積む。


「彼ら、と言っていいのか分からないが、とにかく彼らには行動に必要な核があるんだ」


 爆発魔の時、ユーディが核を穿とうとした際に俺が影喰でその攻撃を消してしまったのだが、逆を言えば邪魔さえしなければ人形達のように消えたということで、それはつまり人形作った人間と爆発魔の主が一緒だということ。


 だがユーディは力無くではあるが頭を振った。


「あり得んてそんな偶然。大体そんなのいくらでも」


 あまりに出来過ぎた偶然を否定するために並べられた意味の無い言葉の羅列に、次は俺が頭を振る番だった。


「いくらでも、は無理だろ。魂を降ろすには生痕を持っている必要がある。けど生痕持ちは数が少ない。

 それに彼らは巫女関連で行動を起こしている。

 ユーディは否定したいんだろうけど、やっぱり偶然にしては、出来過ぎ、だろ?」


 少しの間の後、理屈は通っていると認められたらしく、頷いてくれた。


「じゃあ、何でこんな規則にしたんや」


 脈絡も無く、何にに対して、が抜けていたが、それが決闘のルールを指しているのは明らかで、多少の布石は打ったものの、俺はそんなに不思議か? と思いながらその時を思い出してみた。







「それで、どういう取り決めにするんだい?」


 ヴァンとの決闘が俺の口から明言されると、早々と訊ねてきた。


「まず勝敗についてだが、どちらかが参った類の言葉を発するか倒れた場合に負けとする。

 次に武器だが、勝敗の付け方の関係上剣類なら刃が研がれていない模擬剣を使用、打撃系の武器なら重量制限などして致命傷は避けられるようにする

 最後に、魔法等の使用は自由。

 以上の条件を俺からは提示します」


 俺の言葉にニブルドは五秒ほど有して整理を付けた後、ヴァンを見た。


「どうだい、公平であると思うけれど」


「ええ、オレもこれでいいと思います」


 ヴァンは身振りを伴わず、言葉だけで肯定を示した。


「さて武器だが、ヴァンはいつもの練習剣を使うんだよね?」


「はい。あれが一番手に馴染みますから」


 そう言うと、利き手なのであろう右手を二度開閉した。


「じゃあ、サイト。君は木刀かな?」


 それを観察していた俺に、否、その右手に収めている木刀に視線を向けてきた。


 その目に宿るは武器は決まっているな、という決めつけの色合いだった。


「いえ、俺は模擬剣をお借りしたいと思います」


 だが俺は勝つために、敢えて愛剣は使わない。







 確かこんな感じだった筈だ。


 あの後闘技場まで案内され、何百本とある様々な剣から、木刀とあまり長さの変わらない鈍色の刃に黒の逆U型の鍔と同色の柄というナイトソードを渡された。


 その事からの連想で、まずは武器を変えた理由について話す必要があるだろう。


「武器を木刀から変えたのは、単純に強度の問題だ」


 界の属性の無いプルファでは殺傷能力が低かろうと木より鉄の方が強い。


 だが、それはユーディも解っていたようで、あからさまに興味の無い顔をしている。


 そうなるとルールの事になるのだが、ユーディの聞きたいことをある程度予想して言わなければならない。


「…………規則についてだけど」


 だが何を聞きたいのかが分からず、ただルールの狙いを説明することにした。


「俺は今、原視眼といつもの変則的な運動倍加の力が使えない」


「そうやなーって、じゃあ何で受けたんや!?」


「だからアルニカ。

 話が逸れた。力が無かろうと俺は戦争に参加しなければならない。ならまず、勝敗を自分で選択できるようにした。あの条件なら俺が負ける事は決してない」


 普通なら突っ込まれる場面だろうが、決定事項のように告げたためか、口を開けて呆けている。


 それに実際嘘では無い。骨の一本や二本なら歯を食いしばれば何とかなるし、危ない時は、敢えて急所に当て自己再生能力を使えばよいのだから。


 だがそれを詳しく説明するわけにはいかないため、呆けている隙に次なる言葉を続ける。


「次に二つ目についてだが、あれは勝敗の付け方を納得させるのと、途中で止められるのを防ぐためだ」


 もし殺傷力の高い武器で闘うとなれば、前述のルールは取り消され、考え得る中で一番勝率の高い決着方法がつけられなくなる。


 ユーディが理解したのを見て、最後の説明をする。


「三つ目は、彼、ヴァンに負けた際の逃げ道を無くさせるために提示した」


「性格悪いな。けど、わざわざ言うことだったかいな?」


 解らないという顔をして訪ねてくるのを見て、彼女は本能で戦っているタイプ何だなと今更ながらに確信した。


 だからユーディに呆れる事を止め、人の悪い笑みを浮かべながら告げる。


「公に明言しておくことで、後で本気を出していなかった、何ていう言い訳を最初から潰しておくんだよ」


 小さいながらも悪代官のような笑い声を上げる俺に、ユーディは面を食らったように表情を固めた。何に面を食らったのか、考える必要もないだろう。


「さて、ユーディ」


 多少の遊びを終え、笑みを引っ込めて、俺としてはやっと本題に入る。


 こちらの表情の動きに合わせたようにユーディも顔を引き締めた。


大炎渦だいえんか、だったか。あいつについてできる限り教えて欲しいんだ」


 少ない勝率を上げるには、情報というのは非常に使える武器となる。ましてや訊く相手は同じ魔導星のユーディ。


「大炎渦について話す前に、炎渦という魔法について説明する必要があるな」


 こちらの質問に満更でもない様子で教鞭を取り始める。


「火魔法の基礎中の基礎に炎渦って言うその名のまま炎の渦を生み出す魔法があるんや」


「つまり、あのヴァンって言う少年は、炎渦という魔法を得意としているんだよな。

 大炎渦、炎渦を大きくするって意味なのか?」


 一から説明されては時間が足りないため、俺は今の説明で理解したところを告げ、次の話の方向性を決めてしまう。


 その意図はユーディにも伝わったようで、少し説明のテンポを上げ始めた。


「そうや。ヴァンの武器は二メートルある大剣で、それに炎渦を纏わせ剣を回すことで普通の炎渦より大きな渦になるんや。

 だから大炎渦。あいつの影響で、無印の炎渦は今や小炎渦と呼ばれるくらいやで。る時は気い付けや」


 理解の意を示すため頷いた後、名は体を表すの言に背かない二つ名に、命名者は誰かと訊ねようとしたが、


「サイト様、お時間でございます」


 先程第一客間の前で会ったメイド服姿の女性の言葉に、それは試合後の楽しみとして呑み込むこととなった。







 ここまであからさまだと逆に清々しい気がしてくるな、と久澄は思っていた。


 中央の砂でできた闘技場を囲うように作られた観客席。


 ヴァンの出てくる東側からU字に半分を占めるのは色は違えど同種類のトレーニングウェアに身を包んだ屈強な男達。


 対する久澄の西側にはユーディとハーツ、それに中央から気持ち半分西に身体をずらしているヒーナのみ。


 因みにニブルドの考えにより王族関係者は中立でいようのことから、二人−−といってもヒーナは破っているが−−はU字の接する部分に丁度身体の真ん中を置いている。ついでに、久澄とヴァン、二人を呼びに行く係として任命された二人も今はニブルド達の後ろに控えている。


 そんな状況を確認し終えると久澄は真っ正面に目を向けた。と同時に中央東側から厳つい歓声が上がった。


 改めて久澄は正面に現れた少年−−『大炎渦』ヴァンを観察し始めた。


 赤基調とし、所々にオレンジの混じった正に炎のような髪。髪と同色の瞳の宿る目は、良く言えばチャレンジ精神溢れており、悪く言えば生意気な感じである。身長は目測で百五十の後半という感じだ。着ている服は観客席に居る人達と同じ普通のトレーニングウェアに見えるが、目を細めて見ると人口の光に反射して金属特有の光沢が見て取れた。


 そして目を見張るのはその手に持つ物。両手で持たれたそれは、先は後ろに向けられ、火のように赤い刃と切っ先が見えない程の長さの剣だと分かる。それは模擬剣なのか疑問を持ちたくなる程の迫力を醸し出していたが、この公の場で殺人しても意味がないと割り切り久澄はその疑念を振り払った。


 そうしている間にヴァンは剣が入場口に触れない距離まで歩みを進めている。


 だが闘技場は広いため、それでも十メートルの距離が二人にはあった。


 それは久澄にとって絶望的な彼我の距離であり、ヴァンからしたら数瞬で詰められるため軽視できる短い距離である。


 この試合に審判は居ない。


「さあ、来いよ、星妖精の魔眼使い!!」


 そのため、ヴァンの不適で生意気な笑みと共に告げられた言葉が決闘の狼煙を上げることとなった。






 挑発のために決して小さくない声で告げられたそれは、本人には一切のダメージを与えなかったが、東側席の後列、つまり国軍内での位の低い者達には大きな動揺を与えた。


 今にも爆発しそうな気配を前列に居る上級騎士達が発した圧力のみで抑えた。


 そんな一幕があったことはつゆ知らず、久澄は駆け始めた。


 久澄の通常五十メートルタイムは七秒弱。百メートルタイムもその二倍の十四秒弱。このままのタイムで計算すれば十メートルは一,四秒なのだが、それは何も障害物が無かった時の話である。


 ヴァンは何もしていない筈なのに生み出された、腰から胸の高さ、大きさの淡い色の炎の渦に進路を妨害され、久澄としては不本意ながらも後退を選択させられた。


 久澄の後退と共にヴァンが前のめりで跳ぶことで前進する。


 大剣を持っていることを感じさせない速さの跳躍に、回避を選択しようとしたが、しかし今現在は、前後上下左右全てが彼の剣の間合いに入っていた。


 立ち遅れる久澄の左腕へ空気を切り裂く音と共に赤の刃が迫る。


 予想の内に入るスピードで迫ってきた大剣を前に倒れることで回避し、倒した身体を地面にぶつけないため、左はてのひらを右は剣を持っているため拳を立て、そこに来るべき衝撃を肘を使い軽減、最後に上腕、肩、足の筋力を使用し身体を支える。


 久澄は上の剣が通り過ぎるのを待たず、低姿勢のまま残り一メートル弱を詰めに行く。普通の状態ならば一投足の距離であるが、現在の状態では二、三歩かかってしまう。


 しかし、例え二メートル級の大剣であろうと、それを実践レベルで使いこなす者が自身の武器に振り回されるわけは無く、一秒以上かかるその接近を許すはずがなかった。


 かわされた、と見た時には剣を止め刃を返そうとした。が、すぐさまそれが悪手だと解り腕ごと振り上げた。


 先程までヴァンの手首があったところに斬り上げが入る。


 観客席から唸るような声が上がる。


「何という」


「小手調べだとはいえ……本当に彼は素人なのですか、デーゲン殿」



 皆の視線が東側の前列中央に腕を組んで座るデーゲンに集まる。


「胆力は認めるが、戦闘に関して言えばヴァンの方が上手だな」


 この中で唯一両名と『手合わせ』をしたことがあるデーゲンがそう断言をしたことで、ある程度の動揺は抑えられた。


 しかしそれは客席のみの話で、闘いの渦中に居るヴァンに効果を表すものではない。


 ヴァンは無系統魔法を使い後ろへ水平に大きく跳び、先程久澄が行った行動をリプレイした。


 低姿勢のままでの移動は通常の移動より遅いのが常であり、またかわすために地に手を付けてからの移動のため普通なら刃を返し振り下ろすだけだったヴァンの攻撃の方が速い筈だったのだが、それを理解していた久澄は、一瞬で間を詰めるため刃に当たるのを覚悟で前に跳び小手打ちを入れようとしたのである。


(あいつは本当に素人なのかよ)


 だがもしヴァンが久澄と同じ状況にあったら前に跳ぶ何て危険な行為はせず、もう過ぎた左へ転がり今と同じように無系統魔法で後ろに逃げたであろう。もし無系統が使えなかろうとそうかわしていたと断言できる。


 観客席に居る殆どの人間もそうしていた。


 そのため事前情報にあった『素人』、との違いに混乱していたのだが、それこそが久澄の狙いだった。


 彼自身、戦闘が素人だとは解っている。また、自分と同じように相手も情報を求めるであろうことも。


 デーゲンと闘った時、彼の実力は高く見積もっても一割しか出させられていないと判断している。


 更に色々滅茶苦茶なことをしたのだから素人と判断されているだろうと予想していた。


 そのため、唯一の情報源であるデーゲンからは、戦闘に関しては素人、油断さえしなければ負けることは無い、などと言われているだろうことは容易に考えられる。


 なら普通の素人ならば後込しりごみする場面で絶対に行わない行動をすれば動揺を誘えると考えたのだ。無論、素人発言は絶対ではないので、玄人が選択しそうにないのを選んで行動していたのだが。


 そして久澄の狙いは、半分成功で、半分失敗であった。


 素早い大剣相手での接近戦をかわせたのは成功で『大炎渦』のヴァンに危機感を覚えさせたのは失敗だった。


「ハァッ!!」


 先程と同じ、否、二メートルという大きさの火の渦を自身と久澄の間に挟み、歩みを遅らせる。


 そしてその間に、剣に炎渦をかけ、回し始める。


 回転により剣に纏わせた炎渦が外側に寄り、二メートル弱圏内の炎渦や、魔力が含まれた影響で粘り気の生まれた炎が剣に付いたまま飛んでいくことでこの場に存在する全ての炎渦を巻き込んでいく。


 そして顕現するは炎渦を越える大きさの炎の渦−−大炎渦。


「さあ、ここからが本番だ!!」


 大炎渦の中心で炎が吐き出す轟音に負けない音量で吼えるヴァンに、久澄は左半身を前に向け小さく膝を曲げ、静かに息を吸い、目を細めた。







 魔法で『外』に生み出した現象の影響は、術者にも関係無しに襲いかかる。


 大炎渦という魔法は広範囲に熱を伝えられる代わりに、術者であるヴァンにも大きなダメージを与える。


 普通十二歳の少年が耐えられる熱ではないのだが、歴代最年少で魔導星に選ばれた少年が年齢通りの人生を歩んでいる筈がなかった。


 この魔法は、例え遠くに逃げた敵であろうと全て焼き尽くすために作られた、ヴァンにとって復讐の罪火である。





 同時五歳であったヴァンが暮らしていたとある小さな村に、身なりの汚れた女性がやってきた。


 彼女は様々な迫害を受け人間に絶望した魔眼使いであった。

 どんな小さな村であろうと魔眼差別は蔓延っているもので、最早魔眼を隠そうとしていない魔眼使いに村の大人達は石を投げつけ暴言を浴びせた。


 それが最後の扉を開けてしまったようで、その魔眼使いは暴走を始めた。


 どんな魔眼であろうと暴走した先にあるのは破壊。


 魔眼使いを中心に半径一メートル程の小規模ながら有を許さぬ無の破壊が巻き起こり始めた。


 其処までは普通の暴走、いや、小規模というのは異例の事態であったのだが、寧ろこれからが本当の異例であり絶望であった。


 普通ならば半径数キロを一瞬で無に帰した後、魔法と同じで暴走者も姿形が残らなくなるはずなのに、暴走する魔眼使いが原型を留めていない足らしきモノで歩み始めたのだ。


 広がる惨劇。暴走の余波に掠るだけでこの世から拒絶される魔の力。


 そして、その惨劇の足音は、村の外れに位置する家の前で遊んでいたヴァンやその家族の元のにも迫った。


 恐怖で足がすくみ動けない。初めて体感する『死』の恐怖は、普通の子供には耐えられるものではなかった。


 数メートル先で親が死に、絶望、憤激、恐怖に呑まれたヴァンを救ったのは、今や唯一の肉親である七つ年上の姉であった。


 彼が住んでいた村は、魔物被害が殆ど無かったため外壁などが存在しなかった。加えてヴァン宅は村の外れ。更に門を前とした際、左右には決して緩くない傾斜が存在した。


 ヴァンの姉が彼を思いっ切り押し、村の外へと逃がした。


 驚きの声を上げる間も無く、ヴァンは土や小石にまみれながら五メートル下まで転がり落ちた。


 偶然か必然か、仰向けに倒れたヴァンが見たのは姉が消される瞬間であった。


 その時、ヴァンの中で何かが切れる音がした。


 自分の命より彼の命を優先した姉へのその場限りの怒りに、家族や友達を奪った魔眼使いへの永久的な怨み。


 だが現実は、怒りや怨みで覆せるものではなく、落ちた時に受けたダメージで身体は満足に動かず、得意である火魔法も相変わらず指から数ミリ先に数センチ生まれる程度。


「あ、あ゛ぁーー」


 この時彼に許されたのは、胸を埋め尽くす色々な感情を言葉にならぬ声に乗せ、叫ぶことだけだった。





 この三年後、国軍が公募した団員募集を受け、彼は国軍に入団。


 三年の間で鬼の如く鍛え上げた火魔法と剣技を振るい様々な戦場で武勲を立て、また個人で大軍に囲まれた際に使用した広域火炎魔法『大炎渦』は、当時戦力の強化に躍起になっていたニブルドの目に止まり、魔導星に任命された。


 魔導星の地位を使い、以前の位では聞くどころか調べることさえ許されなかった自身の村で起きた魔眼使い暴走の事を情報管理部に記録されていた文書を当たったところ、魔眼使いは村を消した後、暴走が終わり術者も滅びたであろう、となっていた。


 その終わりは、普通に考えれば驚く程少ない被害で済んだと言うべきなのだが、ここまで異例を重ねているのなら術者が生存していても良いじゃないか、とヴァンは怒りの感情と共に理不尽に対して嘆いた。


 そして、彼の行く宛ての無い怨みの感情は、次第に他の魔眼使いに向かい、自身の全てを奪った者と重ね始めた。







 大炎渦を使用すると、毎回ヴァンの中で他に聞き及ぶ走馬灯のような速さで過去の悲劇が駆け巡る。


 それもその筈。この魔法は、彼があのような悲劇に立ち会ったとき、もう二度と同じ事を繰り返さないため生み出された魔法であるからだ。


 大炎渦の中はゆうに百度を越えている。


 この魔法を考えだした際、同時に命がけで自分を救った姉の顔が頭を過ぎった。彼もせっかく助けてもらった命を復讐の力を手に入れるために捨てるほど愚かではなかった。


 だが力は必要である。そのため考えついたのが、火の反魔法である水で鎧を作り出し熱をできるだけ遮断する方法であった。


 そして生まれたのが、術者を傷つけずに大勢のものを自身の手で焼き殺すことのできる魔法−−大炎渦。


 大炎渦が生まれた全ての過程を思い出し、ヴァンの感情は過去へと向いていた。


(遂に、遂にこの魔法で魔眼使いを殺せる)


 熱により蒸発する水の鎧により発生する白い水蒸気を虚ろな意識で眺めながら、彼の思考は、禁じられた方向へと確実に進んでいた。







「ふっ」


 腰を落とした久澄は、吸った空気を吐き出しながら剣を大炎渦に向かい投げつけた。


 熱量のおおよその高さを計るために行った行動は、ひとまず正しいと言えた。


「まあ、千度を越えていたら生きてないか」


 鉄の融点は基本的に千度を越える。


 久澄の見た通り剣に使われている鉄は溶けなかった。だが、粘り気のある炎により刺さった所に止まりながら回る剣の刃が数秒で赤く染まったのを見たらその温度が百度を余裕で越えているだろうと小学生でも感覚で解るだろう。


 小学生に解ることが高校生の久澄に解らないわけもなく、彼は目に入りそうになった汗を指で拭い取りながらこの先の行動に思考を走らせた。


 大炎渦による熱と、水蒸気により室温は八十度を越え始めたところだ。


 久澄は渦の上から昇っていく水蒸気を忌々しげに一瞥した後、誰一人として汗をかいていない観客席へ羨望の眼差しを向けた。


 今観客席と闘技場を隔てるように水の防護膜ができているのを彼は見逃していなかった。


 そしてその防護膜が蒸発することで更に室温が上がるため久澄にとっては最悪の状況であるのだが、本題はそこではない。


 久澄は意識はヴァンに向けつつ首だけ動かし、後ろで観戦しているユーディ、ではなくハーツを見た。勿論見えないのだが、ただ彼は打っておいた最後の布石を発動することにしたのだ。


 一秒もかけずに向き直り、大きく一回呼吸をする。サウナのように気管や肺に熱っぽい空気が入ってくるのが解った。そして今、熱以外の理由で毛穴が開いているのも。


 空気が変わったのは、すぐに理解させられた。肌に刺すような気配。観客席にも数人その変化に気付いたような面持ちで居る者が居たが、そいつらにこの『戦い』を止めさせるわけには、今の久澄としてはいかなかった。


 過去の過ちを繰り返さないために彼は力を求めた。そして現在、彼の近くで一人の少女が救いを待っている。その少女を救うべく、久澄は無理矢理にも、だが正式に戦争に参加する必要がある。


 と思うと同時に、彼の中にとある感情が生まれていた。それは強さを求める者に待つ末路。ただ純粋に強きと戦いたいという本能である。


 合理的でないとは理解している。だが久澄も人間。人間という生き物は、理性で真なる本能を抑えつけられる程自然を捨てたわけではない。例えそれが一時の感情であっても。


 頭で合理性を求め、心で戦いを求めた結果、彼は強欲にも両方を選択した。


 本能に任せ身を滅ぼすではなく、理性に任せ後悔するでもない。本能と理性を共存させられる知なる獣。それもまた、人間を言い表す言葉である。


 そして両方を共存させ考えた結果、久澄は残り数メートルの距離を本気で駆け出した。


 先程まで手にしていたナイトソードの間合いまで入った所で、彼は何も握られていない右手を振るった。


 端から見れば意味の無い謎の行動。だが、もし剣が握られていたならば刃が炎に当たるであろう距離まで腕が振られた時、変化は起きた。


 変化は単純−−久澄の右手に先程のとは鍔の形が違う剣が生まれたのだ。左手にも同様の現象が起こった。


 これが久澄の最後の布石。


 彼は第三のルールとして魔法の使用を自由とした。


 それはヴァンに向けただけではなく、久澄自身にも向けた言葉の綾である。


 彼は外部からの魔法については一切言及しなかった。それはつまり、外部からの魔法の使用も自由であるということであった。


 久澄は剣を受け取った後ハーツに、もし必要になったら合図するから、ここにある武器を前の木刀の時のように移動させて、という旨のことを伝えていた。それだけしか伝えていないのに、二本目の剣を持たしてくれたのには流石としか言いようがないが。


 できれば使いたくなかった切り札だったのだが、そうも言っていられなくなったため、使用した。


 因みに、後の言い訳としては知り合い(ミヤ)の得意な無系統と透明化の無魔法を使いました、といい切り抜けるつもりでいる。


 閑話休題


 彼の手に無機質な重みが生まれるのと同時に、まるで開けたての水飴を練る時のような音が耳に、感触が手に走った。


 粘つく重みを刃の研がれていない剣で無理矢理叩き斬り、左手に握った剣を斜め上に切り上げた。


 久澄は以前、二剣使いのデーゲンに対し、自分は二刀流を実戦的には使えない、と言い彼の気遣いを無下に断った。その言葉の通り、現在行っている攻撃は振り回しているという感が強い。


 だがそれでも、今の彼の作戦では多くの手数が必要であった。


 二手三手と繰り返していく内に、先に駄目になったのは右の剣。叩き斬るという動作に刃が耐えられず、折れてしまったのだ。


 それを横に捨てるのと時を同じくして左手の剣も駄目になった。


 だがしかし、久澄は退かず攻撃の動作を続ける。理由は明確、右手に鍔の無い剣が移動させられていたのを見ずとも、重量で理解していたからだ。左手にも剣を捨てると同時に切っ先部分が平らなにびと黒色の剣が握られる。


 そして再び、二剣による乱舞を開始した。







久澄の作戦は、粘着力のある炎の性質を逆に利用して削っていき、薄くなった炎の渦の外からヴァンに攻撃を当てる、という極めてシンプルなものである。



 しかし大炎渦(だいえんかは、その名の通り渦を作る魔法のため同じ場所を削ることはできず、またその回転のせいで光明を見た部分も他の炎とくっ付き、埋まってしまう。



 それに加え、大炎渦は防御魔法ではなく、攻撃魔法。肉迫し続ければいい的である。



「ぐっ!!」 



 いきなり右腕を刺すような激痛が襲った。それを視認することなく後ろへ飛び、痛む箇所を左の剣で削ぎ落す。湿っぽい音が地面から響き、距離を取ることで狭窄していた視野が広まりそれを収めた。地に落ちた肉片には案の定、二刀の剣戟による飛び火とは別の要因による大炎渦の粘ついた火の粉が付着していた。切り傷からは爛れた肉が様相を現している。



 絶体絶命、とまでは行かずとも危機的な戦況。だがそんな中でありながら、久澄はシニカルな笑みを浮かべた。



 それは火の粉程度とはいえ明確な攻撃の意志を向けると同時に小さく、久澄でも微かにしか聞こえてこなかったヴァンの一言によるものだ。その言葉は、何度も久澄の中で反芻されていた。



『魔眼使い、コロス』



 久澄はヴァンの過去について欠片も知らない。そんな状態で確かな殺意を向けられ、しかしそれでも彼は軽い口調でうそぶく。



「殺す、ね。けどお前は、本当に俺を殺し尽くすことができるのかな?」



 その言葉が届いたのか、あるいはその傲慢な意思を感じ取ったのか。大炎渦は大きな唸りを上げて久澄へと迫っていった。










 迫り来る高さ二メートルはある大炎渦に、久澄はこの室温の高さと自分の恐怖心に感謝をしていた。理由は単純、自身が身にまとっている服が木の繊維で作られているからだ。


 言わずもがなだが、木はよく燃える。だが、湿気った木は燃えない。室温の高さと殺気に対する本能的恐怖により吹き出す汗のお陰で、服は水分を含み、接近しても即炭化という事態を避けられていたのである。


 この幸運の流れをどこまで持っていけるか。そんなことを考えながら、両手に持った剣を大炎渦に投げつけ、叫んだ。


「大剣!!」


 上段の形に構えた両手に、今まで握ってきた剣とは格の違う重量感が生まれる。


 そして、眼前にまで迫った大炎渦へ、全体重を乗せ、振り下ろした。






 大炎渦を生み出す前。ヴァンはあくまで試合というスタンスを頭に入れその魔法を生み出した。


 大炎渦は、回転に重きを置く性質上、外へと炎が集まる。また、大炎渦の厚さを決めるのは、生み出す際に巻き込んだ炎渦の数。


 今回巻き込んだのは六つ。厚さにして十センチといったところだ。


 更に久澄の二剣により斬られた箇所を補うのに他の場所を使用したため、多少ながら薄くなっていた。


 そこへ大剣の重さ+七十近い重さが加われば、どんなに粘着質で刃が研がれていない剣では斬りにくかろうと術者への細い道は開かれる。






 ギリギリまで押し込んだ剣を離し、久澄はようやく生まれた細い活路へ、右半分をねじ込んだ。


 比喩ではなく、二、三センチあるかどうかの、本当に細い線に人間の例え半身であろうが入りきるわけもなく、一瞬では火傷程度だが、継続的に行っていけば生命が危ぶまれる。


 そして、久澄にどのような形であれ生命の危機が訪れたのなら、左手の力が発動する。


 ライフ、オートスタート。


 −−それは意識より速く起こり。


 火傷による生命損傷を確認。また、外部からの燃焼、未だに継続。

 宿主の寿命を使用し、回復を始めます。


 −−意識より速く終わる。


 能力アビリティースター


 −−筈だった。


(お前は黙ってろ。ここは俺がやる!!)


 意識より深く速い無意識による命令により、久澄の生命維持に支障を来した時のみに発動する自己回復能力を抑えつけた。


 経緯はどうであれ、宿主と寄生体の関係性である以上、循環の蛇にこれ以上の行動は許されず、


 −−オートエンド。


 静かに眠りについた。


 頭の中に響く甲高く機械的な音声が消えたことを確認した久澄は、皮が爛れ、赤い肉が剥き出しの右手でヴァンを引っ張り込んだ。


 二メートルの大剣を持っている分重いと思っていたのだが、どうやら重さを軽減する魔法を使っているようで簡単にバランスを崩せた。


 だが足を久澄側に向ける形でバランスを崩しただけで、大剣の回転は止めていないため、大炎渦の魔法は東側の観客席へ向かう。


(マズい!)


 火と属性が逆な水の防護膜であろうとその目的は熱気を通さないこと。


 大炎渦を直接受ければ、一秒も持たないであろう。


 止めるべくこれから行うべきことを、久澄の脳が電気信号として送り届ける前に、大炎渦の炎は東側席の中央へ達してしまった。


 だが中央には、あの男が居た。


 無双の牙、デーゲン。


 彼が右手を媒介に魔法を発動し、大炎渦へぶつける。たったそれだけで、最強の炎魔法の一つに数えられている大炎渦が消滅した。


 そしてようやく電気信号の届いた左手で、あと少しで地に背が付くヴァンの鳩尾へ、重い拳を入れた。




 久澄が提言し、ヴァンが承諾したルールを遵守するのならば、この瞬間、久澄碎斗の勝利が確定した。


 だが東側や西側、中央、そして本人からも、一言の歓声も上がらなかった。

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