特記戦力
淡黄色を基調とした色合いの壁紙に白色の床。部屋の大きさは、高さこそ一階建て住居と変わらないが、広さはそれを凌ぐ。その部屋にあるのは茶色のテーブルと椅子のみ。それが第一客間。魔導星会議の際だけ使われる空間だ。
わたしの目の前には今期最強の魔法使い達が集まっている。
扉側から見て左手前から、魔導星序列二位、『無双の牙』デーゲン。
その正面、序列三位、『背徳姫』アンネ。
そこから左斜め後ろ、序列四位、『天修羅』ユーディ・ニィーズ。
その向かい、序列五位、『大炎渦』ヴァン。
さらに左斜めに下がると、序列六位、『幻惑』アーデルト、が居るはずなのだが、今彼は椅子の斜め後ろに静かに佇んでおり、現在座するは、王の妹君、ヒーナ。
そして一番奥、皆を見渡せる位置に、序列一位兼現王、『君主』ニブルド・ティラスメニア。
先祖代々平民であるわたしには見ることの叶わなかったであろう光景だが、現実は、これだ。
だがこの奇跡の光景に見とれているわけにはいかない。
わたしはすぐさまアンネの紅茶を入れ、置くと、カートを回収し、皆が見渡せる位置−−つまりニブルド様の向かい側に立ち、一礼し、部屋から退室した。
機密性の高い魔導星の会議。わたしみたいな身分の者は扉の前に居ることも許されない。
それはアンネも解っているようで、未練がましい声は上げず、置かれた紅茶を上品に口にしていた。
横目での視線には含まれている熱いものについては無視の方向でいこうと思う。
扉を閉め、調理室に戻ろうかと左を向いたら、そこに見知らぬ男性が居た。
わたしは新入りなため知らない人間が居てもおかしくは無いのだが、黒髪という珍しい人を知らないだろうか。
中肉長身の身体に、森世界産の一般的な服に身を包み、茶色と黒の瞳。
「…………っ!」
瞳に目を向けた瞬間、わたしはソレに、軽く驚きの息を漏らしてしまった。
例えば、ニブルド様は、わたしを形成する過去、その結果である今の全てを見通すような目をしておられる。それ自体、普通の人間の目と違うと言える。
だが昔も今も恥ずべき事が無いわたしは、初めて見るものへの驚きはあったが、恐怖の感情が含まれた驚きは感じなかった。
しかし、彼の瞳は異常すぎる。感情が、喜怒哀楽その他諸々の人間に備わっているべきものが読めないのである。
わたしは戦闘のプロではないが、これでも現王の住まう城の女中に、僅か一ヶ月で選ばれるだけの、自分で言うのも何だが優秀な人間である。
女中は、主の感情を読んで、その日の気分に応じた仕事をこなす必要がある。
つまり、それだけ相手の感情を読むのが得意なのである。
しかし、そんなわたしでも読めなかった。
死人のような目と表するより、感情が失われた人間の瞳、と表すのがその性質を正確に捉えてる気がする。
「あの」
低く、デーゲンさんやヴァンのように良く通り、練られた声。
「ユーディって人が居る部屋ってここであってますか?」
最初質問の意味が理解できなかったが、こちらを観察してくるような視線から逃げるように、さり気なく目線だけ下に向けた際、理由が解った。
「貴方、星妖精の」
確認のつもりだった言葉に、目の前の男は小さいながらも意外そうな顔を向けてきた。
「貴女はウチのギルドに嫌悪感を抱いていないんですか」
ウチの部分にぎこちなさを感じたが、聞くことに意味を見いだせなかったため、普通に質問に答えることにした。
「まあ、そこまでは。わたしは戦闘員ではないので、劣等感みたいのを感じることがありません」
「成る程、劣等感ね」、と疑問が解決されたような顔で呟いているのを見て、一番最初に聞かれたことにさっさと答えて別れようと思った。
「確かにユーディ様はいらっしゃいますが、今は魔導星の会議中に御座います。なので入室は許可されませんが」
この言葉に、思案顔を止め、頭を小さく下げ、感謝の意を示してきた。
「ええ、分かっていますよ。ただ居るかの確認だけだったので」
「……それでは、失礼します」
わたしは彼という人間が全く解らない。
彼に背を向け立ち去りながら思う。
わたしは、彼が苦手だ。
人間というものは一度見ただけでは理解できるものではない。彼女はそれを知識としては理解していた。だがそれでもそう感じたのは、彼女が久澄の瞳に飲まれていたからであった。
女性と久澄の会話が始まると同時に、第一客間でも会議が始まっていた。
「皆さんに集まってもらったのは他でもない」
ニブルドは現王の顔で告げる。
「この世界に終わりが近付いています」
その言葉に一番の驚きを示したのは、最年少であり、また事前情報の全くなかったヴァンだった。
「ニブルド様、それは一体!?」
焦る部下を手の振りで落ち着くように命じながら、言葉を続ける。
「ヴァン、この世界には四つの理があるのは知っているよね」
「……森、鉄、石、氷……ですよね」
疑念の意が込められた解答に、よくできましたとばかりに首を縦に降るニブルド。
それにムッとした気配を漂わせたが、デーゲンが発した威圧感により、すぐに鳴りをひそめさせた。
「その四つの理の元に、四人の少女達が生まれたんだ」
皆がニブルドに身体ごと向け集中しているためデーゲン以外気付いていなかったが、ユーディとヒーナはお互いに向き合いながら苦い笑いを浮かべあっていた。
先にニブルドから多少の事情を聞いていたため、其処で視線を外した。もしそのまま視線を下へと向けていたら、二人が小さな手を握りあっていたのを見れたであろう。
ニブルドは全体を見渡せる位置に居るためその全てを見れていたが、内心を偽り感情を面には出さず、核心へ触れだした。
「その四方の巫女と呼ばれる少女達が生まれた時、世界に魔王が降誕すると言われているんだ」
「言われている、というのは?」
アンネが小さく手を挙げた後、許可を得ずに疑問を呈した。
「我が王家に伝わる言い伝え、一種の御伽噺みたいなものなので。ただ」
ニブルドはユーディとヒーナ、二人を真っ正面に捉えた。
「そこの二人が四方の巫女の魔法である『天体魔法』と『分解魔法』を使えるからね。デーゲンやアーデルトは知っているでしょう、ヒーナの魔法について」
「ええ」「存じております」
「それで、これはユーディ、君には星妖精の空のマスターとして見てもらいたいんだけど」
「? 何や?」
ユーディの疑問の声に重ねるように、ニブルドは指同士を擦り合わせ音を響かせた。
それを合図とし、彼の後ろの壁に黒い長方形が生まれた。
「あれは、空間魔法の遺産」
ユーディは、ハーツが魔王戦を見せる際に行った空間魔法を思い出していた。あれはハーツがその力を物質化した物である。
「さて、これから見てもらうのは、制約と誓約に送られてきた一つの記録だ」
いつの間にかスイッチの前に居たデーゲンがそれを押し、暗黒を作る。
デーゲンがわざと音を立てて座ると同時に、ニブルドは記録を黒の長方形に投射した。
其処に流れたのは、若干荒いながらも個人を特定するには充分な画質で映された西の村。
「まさか……!」
ユーディはその可能性に下唇を噛んだ。
ユーディの思い至った通り、西の村襲撃が始まりから映されていた。
撮影者−−敵の気配はしなかったため鎧人形と判断−−は入り口付近の家の影から撮影を行っている。
鎧人形や騎士人形が村人を襲い始め、村人の悲鳴を聞きつけ三人が一番奥の村長宅から出てくる。音声もしっかり入っており、身喰らう蛇と自身らを呼称したのも、ヒーナが敵に対して掛けた言葉も鮮明に聞こえてきた。
そして映像は、ヒーナが撮影者を除く全ての人形を分解したところで終わった。
映像が終わり、何拍か遅れて電気が点けられた。
「これでみんなにはヒーナの魔法について理解してもらえたと思うけど、ユーディ、しょうがないのかもしれないが、映像が残っている以上……」
その先は言われなくても理解していた。このままでは、戦争は避けられない。
「けど、仕掛けたのはあいつらからだ。僕は、受けるつもりだよ」
ユーディに対する刺さる視線や重い沈黙の中、しかしニブルドは強い口調で言い切った。
「王がそう決定したのならば、我ら国軍は矛にも盾にもなります」
「デーゲン隊長の言う通りです、ニブルド様」
デーゲンは立ち上がったまま、ヴァンはユーディに向けていた視線を改め、ニブルドに向き直り応じた。
「戦争って言う事は怪我人が出ますよね。ならわたくしも参戦致しますわ」
手を頬に当て、首を小さく傾げながら艶っぽく笑みを浮かべた。
「私はヒーナ様をお守りするのが命なので、その際に必要ならばそれなりの手は打たせてもらいます」
眼鏡のブリッジ部分に指を当て、彼らしく張り付けられたような笑みを浮かべた。だが、分かる人には分かる。その笑みに、小さな残虐性が含まれていることに。
「うん、ありがとう皆さん。ユーディは……大丈夫そうだね」
王として儀礼的な返礼をした後、ユーディの方を見たのだが、彼女から漏れ出る闘気にこれ以上の言葉を重ねる必要がないと悟り、目線を少しだけ戻した。
「ヒーナ、君にも四方の巫女の一人として何かしらの役割が回ってくるだろう。それこそ出陣させる可能性だってある」
覚悟はあるか、それを言外に問われ、ヒーナは口の橋を持ち上げた。
「兄様、これはティラスメニアではなく、真名であるヒーナ・エリアとして言うことをお許し願いたい」
「構わないよ。言ってごらん」
「我は皆を守るために戦う、そう決意しました。今更逃げるなんて考えは持ち合わせておりません」
自身の台詞に酔った様子もなく、ただ決定事項を述べるような声色に、ニブルドは内心で笑みを抑えるのに苦労した。
「これで魔導星、国軍、そして西の巫女の協力を得られることになった。
けど足りない。
相手は裏ギルドの三傑に一番近いと言われている身喰らう蛇だ。やり過ぎくらいが丁度良い」
そう言い人の悪そうな笑みを浮かべたニブルドの真意を理解できたものは、この場で一人も居なかった。
「だから僕は、とある布石を打つ。特記戦力と呼ぶべき部外の人間の協力を仰ぐ」
その特例にいち早く反応したのは、またもヴァンだった。
「ニブルド様、お言葉ですがオレは反対です。中途半端な部外者を加えでも部隊の隊列を乱すだけですので」
ニブルドはふむ、と頷いた後、席に腰を下ろしたデーゲンに視線を移した。
「どう思う」
誰に対してが抜けていたが、この場に彼の視線が読めぬものは居ない。
「誰を参加させるかによるかと」
その言葉に、ニブルドは抑えられないとばかりに口角を吊り上げた。
「SSランクのクエストを任しているギルドのマスター。また、マスターでなくても強さが確かな人を選別する。例えばユーディの所のユーキみたいな、ね」
「成る程」
デーゲンが思案顔で唸るのと同時に、
「ユーキって、あの『白の悪魔』のことですよね」
ヴァンが忌々しそうに吐き出した。
「特記戦力については、まあそれだけの人を揃えるならいいでしょう。
しかし、魔眼使いを戦力とするのは、志気にも関わり、結果危惧すべき隊の分裂が起こるでしょう」
「ヴァン、聞きたいんだが、君は個と全、どっちを取るんだい?」
目を細め、問うてきたことの意味を彼が履き違えるわけもなく、ヴァンは声を詰まらせた。
「魔眼使いを特記戦力として戦わせるのは、もしかしたら国軍の皆や君の精神衛生上良くないかもしれない。けれど、魔眼は使い方さえ間違えなければ守る力となる」
全てを解った上で、それでも使うと言い切るニブルド。
「……けれど、魔眼使いは戦力になりません」
だが頑なに、ヴァンは魔眼の存在を否定する。
「じゃあ、使えれば認めてくるんだよね」
「まあ、最低限オレより強ければ」
何やら自信ありげなニブルドの表情に、ヴァンは疑問符を浮かべながら半ば反射的に答えてしまった。
「デーゲン、扉」
ヴァンの迂闊な一言に、内心のみで人の悪い笑みを浮かべ、それを迎えるために命じた。
具体性の無いニブルドの命令に、自身も感じていたそれと繋ぎ合わせ再び立ち上がった。
内開きの扉を開け、左下を見ると目に入るのは黒い髪。
「入室命令が出た。入れ」
盗み聞きをしようとしていたわけではないようで、話の流れが解らず訝しむような視線をぶつけてきた少年に、デーゲンは部屋に入っていくことで拒否権が無いことを示した。
それに特に気配に揺らぎを見せず、静かに入室するのを感じ、デーゲンにしては珍しく内心のみではあったが驚きを示していた。自身が所属し、また率いている国軍の構成員ならそれくらいは当たり前にやってもらわなければならないと考えているが、星妖精の空に所属しているとはいえ、ただの平民がそのような反応をできるのは彼にとって驚きに値することである。
「ここに立っていろ」
ニブルドの対面に立たせ、自身は席に着いた。
立ち姿が休めの体勢だったならデーゲンは彼の過去について調べようとしていたであろうが、幸いというか何というべきか普通の直立姿勢で応じたため、少年の秘する必要のある個人情報は守られた。
「さて、いきなり呼んで済まなかったね」
「いえ、俺もあの場に居た以上この状況は予想していましたから」
形式的な礼に、少年は身振りを伴い否定を示した。
「そう、それなら良かったよ。
さて、早速だが本題に入らせてもらう。サイト、君にはそこの赤髪の少年、ヴァンと闘ってもらいたい」
急な『命令』だったが、予想はできていた。何故ならこの部屋に入った瞬間からどんなに視線に鈍いような人間でも解るような、観察と敵意の含まれた視線を送ってきていたからだ。
「何故俺が?」
だが話の流れが分からなかったため訊ねると、簡略化され説明された。
「成る程……解りました受けましょう。ただ、幾つかの条件を呑んでいただければ、ですが」
この場に居る誰もの予想より転々と進む話に、流石のニブルドも全てを読み切れていないようだが、彼の命令通りではあったので一種の常套句と共に返す。
「あまりにも異常でなければ呑もう」
星妖精の空、二人目の魔眼使いの少年−−久澄砕斗と魔導星序列五位、『大炎渦』ヴァンとの、後の運命を左右する事となる決闘が正式に決まった瞬間であった。




