三話 序章
洋風な作りの白い壁と茶色の木作りの床。
広さ的には一般的だが、この部屋の持ち主を考えると手狭な部屋。其処には白の円形の小さな机と、同じく白の椅子のみが置かれている。
その部屋に一組みの男女が入ってきた。
男性が自然な動作でドア側の椅子を引き、女性は腰を降ろす。男性は反対側の椅子へ腰を降ろした。
その動作が終わると同時にノックの音が部屋に響く。
「どうぞ」
男性はそれに驚いた様子もなく、ノックの主に入室の許可を出した。
「失礼します」
入ってきたのは、白を貴重とし、所々黒のラインの入ったフリルの付いた給仕服に同色のヘッドドレスという、俗世間的にメイド服と呼ばれる物に身を包んだ少女だ。
これは男性−−この部屋の、否、この建物の主にして現王、ニブルド・ティラスメニアの趣味ではない。
若い女衆がもう少し可愛い給仕服がいいとリクエストし、前王が作らせた物だ。
評判は上々。
流石に二十後半を越えると難しいものがあるため、其方の方には今まで通り普通の給仕服が支給されているが。
だが、この建物に居る給仕係の九割以上は十五に満たない少女達。
二十歳を越える女性も一人、給仕長兼指導係として奉公に出て五十年という実績を持つ老女が居るだけだ。
少女は手に持つ盆からティーセットを机の上に置き、森世界のある町の特産品である紅茶をカップに注ぎながら、主であるニブルドの客である女性を横目に見た。
その性質上、身に着けるのはどうなのかという白のドレスに身を包み、足にはガラスの靴。頭に派手すぎず、最低限の装飾のみがされたティアラを乗せている。
彼女の力を知る者なら、その常識の無さに呆れを通り越し、苦笑いを浮かべるしかなくなる。
彼女の名はアンネ。蘇生魔法に回復魔法まで使う人体の専門家。
とある内戦にて、死者負傷者を全て治し、あの服装ながら一滴の血も浴びず、蘇生、回復魔法使いは後方支援という考え方をを無視し、自身の力で締結にまで持ち込んだ事から全ての道徳、常識に背く姫、『背徳姫』の二つ名と共に魔導星の照合を手にした
そんな事情だから服装に目が行きがちだが、
(やっぱ綺麗な人だな……)
氷世界によく降るというユキより白いとされる純白の肌に、サラサラそうな銀色の髪。鈍色の瞳に細い目。しかしそれは、大人の女性という感を作り出している。
そして何より顔。線は細いながらも弱々しく見えず、整った、というイメージを持たせる。それにあの右目下にできている泣きぼくろ。あれは反則だ。
二十は越えている筈なのにメイド服が似合いそうで、勝っている部分といえば服を押す胸の膨らみのみ。
其処だけ勝っていても惨めでしょうがない。
そんな複雑な心境は面には決して出さず、二人のカップに紅茶を淹れ終わる。
だが少女からしたら不幸にも、二人は彼女の心境が読めてしまった。
何故なら彼女は、主であるニブルドのカップの方から先に紅茶を注いでいたからだ。
二人共そんな事は気にしないが、此処の給仕長の教えでは、主優先、これ絶対、となっている。
紅茶などは物によるが、基本的には温かい方が香りも楽しめ色々おいしい。
なので教えに従えばアンネの方から先に淹れられるのが普通なのだが。
彼女がアンネに対して無意識の内に敗北を認めているのは明白であった。
ニブルドはまたか、と思いつつ、少女の淹れてくれた紅茶を口に含んだ。
しかしアンネは、この少女で遊ぶ事にした。
「ねぇ、貴女お名前は?」
アンネにとって遊びモードの声。つまり艶っぽい大人のお姉さんの声で訊ねる。
無論、そんな事をいきなり言われれば驚く。
だが背徳姫の遊びのたちの悪さは城の若い女性陣からしたら常識で、この場に来る前も、被害にあったことのある子から対処法を聞いていた。
「……失礼します」
つまり無視。
「いやん。待ってよー、メイドちゃーん」
駄目な大人の代表だな、という印象を新たに付け加えながら、一礼し、扉を閉じた。
「ねぇー、ニブルド。あの子、何て言う名前なのー?」
アンネは扉の方を未練がましく眺めている。
「知りません」
そんな姿は目を瞑り、紅茶の味を楽しんでいるニブルドの目には映らない。
「嘘おっしゃい。貴方ならこの城にいる全員の顔と名前くらい覚えているでしょう」
そう言い紅茶の香りを楽しんでから、赤褐色の液体を口に含んだ。
ニブルドはティーカップを置き、目を開いた。
「別に時間はあるからいいんですが。僕も些か貴女の遊びには目を覆いたくなる部分もあるので」
「息抜きは大事よ。それにしても、魔導星全員集合なんて何年振りかしらね?」
「アーデルトさんが実体の時はユーディさんが逃げ出していたから、実質今期メンバーでは初めてですよ」
アーデルトは再び紅茶を口にする。
「それにしても、貴女がこの街に居る時に開けて良かったですよ。貴女以外の全員は所属がしっかりしていますが、貴女は」
「わたくしですから」
そう言うとアンネは紅茶を飲み干し−−それでも気品に欠ける様子は無かったが−−立ち上がった。
「それでは失礼しますわ」
ドレスをちょこんと上げ、上品に一礼した後、小気味よい足音と共に立ち去っていった。
アーデルトは再び目を瞑り、残り少ない紅茶を飲み干し、空になったティーカップの底を指先で器用に支えながら溜め息を吐いた。
「全く、魔導星はくせ者揃いだな」
自分の事は棚に上げ呟いた。
その数秒後、遠くから「メイドちゃーーん」と言うアンネの声が響いてきた。




