契約
ヒーナは倒れた。
魔法の使い過ぎ、もあるが、やはり情緒的疲労がピークに達したからである。
恐怖を無理矢理押さえ込み、ただ何も失わないために受け継いだ魔法を使用した。
村人は、駆け寄らない。
例え助けてもらったと頭では理解してようと、あんな惨劇を生み出した者に近寄る事は彼らにはできなかった。
変わりに彼女に近寄り、抱えたのはユーディだった。
ユーディは村人を冷たい目で睨み、吐き捨てるように言った。
「後で後悔するで」
そのまま元村長宅に向き直り、足を進めた。
そんなユーディにハーツは黙って、久澄は折れた左腕を右手で押さえながらついて行った。
「さて、これからどうするんや?」
ヒーナを布団に寝かし、久澄が横になっていたソファーのある居間のような部屋で今後の方針について訊ねていた。
「砕斗君があんな腕じゃあ森世界に行くのは厳しいし、それに九日後でしょ、魔導星の会議」
久澄の腕は放置、ではなくハーツ監修のもと、できるだけ適切な処置がなされている。
「俺が言うのも何だが、超痛い」
左腕をさすりながら痛ましく告げる。
「うーん、ギルドにあったルカディメの葉はサイトに使ったので最後やったし、魔導星の会議があるならあの人に頼るしかないか。けどな……」
珍しく言いよどむ。
「あの人って?」
だが会話を円滑に進めるため切り込む。
「『背徳姫』のアンネさん。魔導星で蘇生兼回復魔法使いや」
「蘇生魔法? 回復魔法はそのまんま何だろうけど」
蘇生魔法についての知識がなかった久澄はユーディから一通り説明を受けた。
「成る程。けど背徳姫って……色々まずそうな名前だな」
「うん。ウチが言うのも何やけど、ほんと道徳破りなんや」
ユーディの目は何処か遠くを見ていた。
「じゃあ、ヒーナが目覚め、彼女の答えを聞いてからプルファへ向かう。こんな感じでいいわね」
「了解や」
久澄は身振りで了承を示す。
「じゃあヒーナが目覚めるまでの暇つぶしって訳でもないけど」
その言葉にユーディが同じものを感じ、先回りするように言う。
「身喰らう蛇、やな」
「そうよ。そして最悪な事に、砕斗君が手を出され、ユーディが手を出してしまった」
「どういう事?」
珍しく深刻な二人の様子にただならぬものを感じ訊ねる。
「ギルド制度というものは数百年も前から確立されていたものなの。最初は国軍制度の民営化みたいな感じでね。と言ってもやはり管理する大きな組織が必要になって、結局王国の介入があったけども」
そこで一瞬言いよどむような動作を見せたが、続ける。
「けど、それに腹を立てたギルドがあった」
「それが裏ギルドの始まりや」
ギルドマスターとしての顔でハーツの言葉を繋いだ。
「それを皮切りに、裏ギルドはその数を増やし、数年後、王国軍へ戦争を仕掛けたんや」
其処で一端切り、
「それが、かの有名な五十年戦争の始まりや」
かの有名な、と言われても久澄には分からない。
それが面に出ていた訳では無いが、ユーディは怪訝そうな表情を作り久澄に訊ねた。
「なあ、いくらなんでも色々な事を知らなすぎやないか」
何時かされると思っていた質問。
「ほら、俺は森世界であまり勉強せずに生きてきたから」
だからこそ、動揺したり、変に口早になるようなミスは冒さず、あくまで冷静に対処できた。
「それはアルニカに聞いた。けど五十年戦争まで知らないのはおかしすぎるんや」
何故なら、
「それは今の世界の在り方を作った事件の一つで、村から旅立つ人間には絶対に教えなきゃあかんからや」
久澄は内心に焦りを感じた。
常識、と言われてしまえば言い返す事はほぼ不可能。
だが久澄は、年齢通りの精神力はしていない。
「……俺らはな、勝手に出てきたんだよ」
少し迷う演技を入れ、如何にもな雰囲気を出す。
それでも、それだけでは弱いと解っているため次なる嘘を畳み掛けようとしたが。
「そういう事情ならしょうがないな……」
以外とあっさり納得してくれた。
「ユーディ……」
その事に驚いていたためか、久澄はハーツの含みのある呟きに気付くことは無かった。
「話は逸れたけど。戦争が始まって五十年後、力が拮抗して双方疲弊し尽くしていたため、当時の王と裏ギルド代表がある契約を結んだの」
ようやく此処まで来たとばかりに息を吐く。
「それが、ギルド間戦闘の禁止。それと『制約の門』と『誓約の橋』という表と裏の管理組織ができたの」
だけど、
「ウチらと身喰らう蛇は殺り合ってしまった。事情はどうであれ、それは契約に触れる」
「そうなると……どうなるんだ?」
前置きであることには気付いていた。
言いにくい何かを話す前の前置きだと。
だからこそ此方から、切り出す。
「……下手すれば戦争が起こる」
数秒の逡巡の後、重々しく告げられた。
「けど大丈夫よ」
ハーツが作られた感のある明るい声色で言う。
二人の、何故という顔に呆れたように言葉を続けた。
「証拠が無いわ。そりゃ制約の門には調べられるだろうけど、ヒーナの分解で原子にまでなった彼らを見つけ出せる訳はないし。それに誓約の橋も身喰らう蛇の人形の数までは知らないでしょ」
「成る程」
思わず唸ってしまうほどの完璧な仮定。
そう。あくまで仮定。どう転ぶかは分からない。
口にするとハーツも同意見らしく、
「まあ、その時にならないと分からないわ」
と、この話題を切り上げた。
それと同時に、金属が擦れ合うような音が部屋に響いた。
見るまでもないが、確認のために三人は振り返る。
「お、おはようございます」
其処には三人に見られ困惑気味で、寝癖頭が間抜けなヒーナの姿があった。
何だかんだあったが、ヒーナはついて行くという。
村に居てもできる事が無いと言うのが理由らしい。
まあ、そのため荷造りはしていたようで、本当に必要最低限の荷物−−主に着替え−−だけをリュックサックに詰め、何時でも旅立てるようにはしていたらしい。
なら善は急げとばかりに此方も荷物をまとめ、旅立つ準備をする。
今回の移動は久澄が骨折し、雷駈等での移動が困難なのと、ヒーナの魔法に移動系が無いのを加味し普通に歩いていく。
予定では九日以内にプルファへは着くらしい。
だが、ギリギリなのも事実。
四人はすぐさま門の方へと歩き出した。
門の元にはアーデルトの姿があった。
「今回は本物なのね」
目を細めながらヒーナは口を動かした。
「こんな時には本体で動きますよ」
呆れたように肩を竦めた。
「それに、私も明日にはプルファへ向かわなければならない身なので」
「じゃあ、案外すぐに会えるかもね」
「ええ。その時を楽しみにしています」
アーデルトは笑みと共に恭しく頭を下げた。
「じゃあ、行くわね」
「お気をつけて」
頭を上げ言った後、もう一度恭しく頭を下げる。
その向こうで、家の窓から村人が皆上半身を外に出し、
『ヒーナ、あの時はありがとう!』『助けてくれたのに、悪かったヒーナ』『いってらっしゃい、ヒーナちゃん』『いつでも帰ってくるんだよヒーナ』
「みんな……」
口々に飛んでくるお礼や謝罪。それに、後押しをしてくれる言葉。
「……アーデルト」
思い返すには充分な時間だったとはいえ、あの短期間でこのようなサプライズ性のある芸当ができる人物を四人は一人しか思いつかなかった。
アーデルトは、ただ恭しく頭を下げているだけだった。
ヒーナが一通りの挨拶を終え、村から百メートル程進んだ頃。
『サイト様。ユーディ様』
「「!?」」
二人の頭にアーデルトの声が響いた。
『お二人とも、あまり動揺せずに。ヒーナ様に気付かれてしまいます』
幸いに、まだ二人は声を上げていなかった。
『実はお二人に込み入った相談が』
その声は何時も以上の真剣さを纏っていた。
『ヒーナ様は王の、ニブルド様の義妹に御座います事はご存知でしょうが、その所為で多方から狙われる身であります』
彼らからは返し方が分からないため、黙って次の言葉を待つ。
『それにヒーナ様には込み入った事情があり、先程の族のような輩にも狙われております』
込み入った事情とは、四方の巫女関連だろう。
『そのため簡易ながらも門を建てていたのですが。前々日、お二人に門番を倒されてしまったため王軍とあの樣な輩の村への侵入を許してしまいました』
話し方は変わっていないはずなのに、心に刺ささった。
それくらいの罪悪感は、二人も持っている。
『石世界から、正確には門から村までの間ですが、其処から出てしまえば私の幻覚魔法の監視網やサポートはできません』
二人はアーデルトが何を言いたいのか理解できた。
『そのため姫を』
なのでアーデルトが全てを言い終わる前に、
『任しときい』
ユーディの声が頭に響いた事で、頭で言えば言いと解った久澄も、
『善処はします』
各々の性格を表した様な答えを返した。
アーデルトはそれに驚いたようだったが、すぐさま調子を取り戻し、
『ありがとうございます』
向こう側で恭しく頭を下げた。そう二人は感じた。




