分解女帝
悲鳴を聞き四人はすぐさま扉を開き、走り出した。
外に広がる光景は、悲惨なものである。
銀色の鎧を着た人が数百と居り、村人を襲っていた。
「な、何で? まだ九時なのに」
弱々しい声で呟くヒーナ。
その声に反応して奥から、少し装いの違う鎧が歩いてきた。
装いの違う部分は、腰に掛けられたら鞘と、それに収められた剣。
「オ前ガ西ノ巫女ダナ」
どこか機械的な喋り方で、ヒーナを指差した。
因みに南の巫女であるユーディはすぐさま村人の方へ移動し、戦っている。
ユーディの周りに天空転写が広がるのを見て、鎧騎士は表情こそ動かさなかったが、笑ったような息の音がした。
「南ノ巫女マデ居ルトハナ。幸運ト言ウベキカ不幸ト言ウベキカ」
だがすぐにヒーナへ向き直り、薄刃の剣を抜いた。
「ダガ、覚醒前ノ巫女ニ用ハ無イ」
そう言い鎧騎士は駆けてきた。
「な、何で巫女について……」
そう言いながらヒーナは反射的に後退る。
久澄はそんなヒーナの肩を後ろに引っ張り、二名の間へ割り込んだ。
今の久澄は五行の技を使えない。
そのため防御する術は無いのだが、勝手に身体が動いてしまったのだ。
どうするか、と高速で思考を巡らせていた久澄の元に、木刀が現れた。
ハーツのお陰だろうが、礼を言う暇はなく、木刀を振り下ろしてきている鎧騎士の剣の腹へぶつける。
頭を狙った攻撃は外れ、肩を軽く掠めるに終わった。
だが、其処で終わらない。
久澄は横に移動し、鎧騎士は刃を返し、久澄の左腕があった部分へ振り上げた。
間髪入れず鎧騎士は足を使い、頭へ向け剣を振り下ろしたが、久澄は先程と同じ様に、しかしフルパワーで剣の腹へ木刀をぶつけ砕いた。
しかし、鎧騎士は其処まで折り込み済みだったようで、砕かれると同時に鞘を左手で抜き、大きな動作を行った代償に無防備になった久澄の脇腹へ重い一撃を向けた。
久澄はどうにか左腕を挟み受け止めたが、嫌な音と息を吐き出す事もできない衝撃と共に約三メートル先まで吹き飛び、其処で待ち構えていた三体の鎧騎士に捕らえられ、地面へ押さえつけられた。
そう、三『体』の鎧騎士に。
久澄は強い痛みに意識を混濁させながらも、捕らえられた時の感覚を鮮明に覚えていた。
生物としての柔らかさを感じさせない冷たく固い鉄のような感覚。
それはティラスメニアに来る前−−胡桃渚に吹き飛ばされた先に居たオバチャンの感覚に似ていた。
その違和感に最初に気付いていたのはハーツであった。
過去、まだハーツがブレイヴァリで旅をしていた時代。
魔王の影響で狂暴化した魔物を相手にする事が一番多かったが、やはりというか何というか、人間を相手取る事も少なくはなかった。
そうした闘いをしていく中で、人間の柔らかさを見分けられるようになった。
今目の前にいるものは鎧等を身に付け、人間的な柔らかさとは無縁に見えるが、デーゲンやニブルドみたいな人間のための鎧ではなく、戦闘のために生み出され、効率化された鎧そのものに意思を持たせたような感じだ。
ハーツは昔から強化だけされ、変わらない魔法形態と照らし合わせ正体を暴いた。
かかった時間は約一秒。
残った空の操手の力を自身の存在力を代償に使い空間移動をし、久澄の木刀を取りに行き、持ち主の元へ移動させ、そのまま自身も外へ移動した。
村人を救おうと激しい戦闘を繰り返すが、異常に固く、倒しても倒しても再生する三十以上の鎧達に囲まれているユーディの元へ辿り着き、耳元で囁くように告げる。
「ユーディ、アレは人形よ」
降霊魔法により洗脳された魂を入れられた鎧。それが彼らだ。
「じゃあ、核を撃てば」
「崩れるわ」
その方法で生み出された人形は起動核と呼ばれる魂の入れ物を壊せば形を崩す。
そしてその行為は、降ろされた魂の解放にも繋がる。
「ヒーナ……」
音で久澄が倒された事を理解していたハーツは、この場で唯一戦えるヒーナにこの事実を教えるため向き直り、その名を痛ましく呟いた。
ハーツの視線の先、ヒーナは恐怖で力の入らなくなった膝から崩れ落ちていた。
騎士人形は砕かれた剣を一瞥もせず放り投げた。
その赤い光を放つ目の部分は、ただ崩れ落ちたヒーナを見ていた。
「ソウイエバ西ノ巫女、オ前ハ何故九時二ト言ッテイタナ」
ヒーナは見上げるように面を上げた。
「コノ計画ハオ前ヲ誘拐スルモノダ。オ前ノ近辺ノ情報ヲ調ベルノハ当タリ前ノ事デハナイカ?」
逆に問われるが、答えられない。
ヒーナの意識は自身の影響でこの状況が作られているという事実と、その状況に自分の身体が動かないという事で占められていた。
そんな自分を恥じる心はあるが、同時に本能が恐怖している。
ユーディやニーネにハーツは守るべきものややらなければならない事がある。
だからこそ、迷わず力を振るえるのだ。
だがヒーナは力こそ同等なものを持ちながらも、そういう意味では『普通』の女の子。
例え誓いを立てようと、それは口先だけのもので人生の核とまでは言えない。
そもそも誓いを様々な所で口にしている事自体がヒーナの『揺らぎ』を表している。
久澄やユーディは、抱えている目的を一度として明確に口にしたことは無いし、ニーネやハーツに関しても絶対的な芯を通して必要な時にしか口にしていない。
これが違い。強さを求める意味の違い。
認めたくはないが、それが現実。
自分の根幹にある変わらない弱さに気付き、打ちひしがれているヒーナを見下ろし、騎士人形は淡々と、高らかに嘯いた。
「我等ハ身喰ラウ蛇。貴様ラガ大事ニ抱エ込ンデイル西ノ巫女ハ我等ガ攫ッテイク。セイゼイ無力二悔ヤムガイイ。コイツノヨウニナ」
その声に悲鳴が答える。
村の人間はほぼ全員捕まり、一つの場所に固められ監視されていた。
そして悲鳴は、捕まった村人の一人が傷付けられた事で起こった。
「オイオイ、何デ意外ソウナ顔ヲシテイルンダ? オ前ガ居ナクナレバコンナ村、消ス以外無イダロウ」
ヒーナの反応した顔に、まるで嘲笑しているかのような口調で告げた。
「サテ、面白イモノモ見レタシナ。殺レ」
そして、冷えた鉄のように冷たい声で系統的に下の鎧人形達へ命ずる。
「止めろや!!」
ユーディの声と、恐怖一色の悲鳴が重なった。
だが、この惨劇を止められる者は居ない。ただ一人を除いて。
その可能性にただ一人辿り着けた久澄は全てを込め、叫んだ。
「何でだよ! 全てを救う力があるのに、何で救わない!!」
何の力もなく組み伏せられた久澄の声が響く。
その声にヒーナは小さく震えた。
「力に立ち向かう力があるのに、何で逃げる!! 守れるだけの力を持ちながら。お前が理想とする守る強さはそんなんなのかよ!!」
責めるように、怒りを込めて怒鳴る。
「「ヒーナ!!」」
遂には百を超える軍勢に対応して、手が放せないユーディ、そして気付かれてはいけないハーツの声が重なる。
自分と同じように強さを求める久澄の怒り、誓いを聞いたユーディやハーツの真価を問うような声。
『ヒーナ様!!』
死を目の前にし、絶望に震えている筈の村人達の信頼が含まれた声。
それらに後押しされるように、自分の中で何かが蠢き、それが誘うように自然と本当の言葉が出てくるようにヒーナは感じ、それに身を任せた。
「あたしは……もう、逃げない!!」
例えヒーナの誓いが本能的恐怖に劣るものだとしても、守る強さ、力への渇望は何にも負けない本物の望みだった。
種類は違えど強さを求める久澄は夜の会話で嗅ぎ取り、認識していた。
他が偽りであろうと、一つの芯があればそれは強さへと昇華されていく。
久澄はこのシチュエーションとヒーナに賭けた。
勝率は一割にも満たなかった。
だが、村人の悲鳴にヒーナが反応したのを見て、賭ける気になった。
ヒーナには三つの姓と、二つの大きな過ちがある。
全てに怯えていたティラスメニア姓の時、守る力を手に入れると偽りの誓いを立てたネィーン姓の時が。
だが今、ヒーナは久澄やその他の皆の思いに答えるように、その全てを受け入れ、最初の殻を破った。
現西の巫女にして、分解女帝、ヒーナ・エリアとして告げる。
「跪きなさい!!」
彼女の声色は先程までの弱々しいものとは打って変わり、全ての悪の存在を否定するような女帝の声であった。
「臆病姫ガ何ヲ言ウ」
そう言った銀の騎士人形の左腕が、肩から切断され、宙に舞った。
「何? 誰ガ」
だがその答えは彼の中で出ていた。
視線の先。行ったのはヒーナ。
彼女はただ、右手を下から上へ振り上げただけだ。
だがその右手、彼女の右の人差し指をよく見ると、光に反射して針金のような透明な糸の存在が辛うじて認識できた。
分解糸
全てを分解する糸が彼の右腕を胴体から切り離したのだ。
更に彼女は十本の指を不規則に動かした。
「そこから先はあたしの領域。立ち入りを禁ずるわ」
騎士の立つその場を差し、命ずる。
だがそれを無視し、二人、部下の銀の鎧人形が騎士の後ろからヒーナの元へ飛び込んできた。
「バカね」
だがそれを、ヒーナは冷たく、嘲るように一蹴する。
その声が鎧人形に届く頃には、彼らはバラバラに分解されていた。
分解領域
複雑に編まれた分解糸が重なり合い、入ってきたものを容赦なく分解する。
その光景を見て、銀の騎士人形は静かに鎧人形を二人呼び寄せた。
鎧人形の起動核部分である鳩尾に手を刺し、ソレを薄刃の剣に変えた。
「そう。あくまで抗うのね」
どういう仕組みかは解っていなかったが、彼の近くに鎧人形が集まり始めたのを見て、全てを斬るまでソレを繰り返すつもりだとは理解できた。
分解糸に触れた瞬間、剣は分解されるのだが、ただそんな茶番に付き合うには時間が惜しかった。
なのでヒーナは、右の指先に分解糸を幾つも生み出し、それを重ね重ねで編み始めた。
左にはまた別の行動をとらせている。
右手の糸が目が良い者なら可視できるくらいの太さになったところで両手の作業を止め、今目の前で起きている現状を確認する。
分解され使い物にならなくなっている剣が十本、対して斬られた分解糸は〇。
予想通りの現状に満足を覚えつつ、高らかに宣言する。
「あたしは今からこれをあんたの起動核部分にぶつける。もしあんたが死を免れたらこの分解領域解いてあげるわ」
「舐メタ事ヲ言ッテクレル。イイダロウ、西ノ巫女、現実ヲ教エテヤル」
そう言いながらも、彼は内心絶好のチャンスだと感じていた。
本気を出した巫女達に自分らが万に一つも適う筈が無いことが冷静に分析できる程度の作られており、無駄な足掻きをしていたのは、こういう油断を誘うためであった。
しかし、ヒーナは油断などしていなかった。
ヒーナは編んだ分解糸を指先で弾いた。
分解槍
適当に弾かれた筈だったが、魔法により補正がかかり、起動核部分の鳩尾の部分へ、真っ直ぐ飛んでいく。
騎士人形はその攻撃を起動核部分へ当てないように上へ飛んだ。
咄嗟にしては、最善の選択といえよう。
相手が巫女でなければ。
「コレデ私ノ勝チ……ダ?」
巫女の魔法は理を越える。
それが例え最も善い選択であろうと、巫女の前では悪手になりえるのだ。
騎士人形は避けるために鳩尾があったところに股下部分が来るように飛んでいた。
だがそれが仇となった。
ヒーナは分解糸を編みながら、左手で彼らの周りスレスレにに分解領域を生み出していた。
軽く飛んだだけで頭が分解される状況の中、そんなに飛べば、上半身部分の全分解は避けられない。
無論、起動核部分も。
表情こそ動かされないが、内に渦巻く感情は理解できたため、呆れたように言い放つ。
「あたしは別に、分解槍で、とは言ってないわよ」
その言葉を最後に、起動核を分解された騎士人形は崩れ去った。
「ありがとう。良いきっかけになったわ。さて、」
崩れ去った残骸を一瞥した後、久澄が組み伏せられている場所に向き直った。
「ちょっと待ってて」
そう言った頃には、分解槍が発射されていた。
分解槍は久澄を組み伏せられている鎧人形の近くを通ると、自身で糸同士を解き、久澄を全く傷つけずに起動核のみを貫いた。
騎士人形と同じく崩れ去り、久澄は自由を取り戻した。
「最後よ」
ユーディの方は心配ないと咄嗟に判断し、呆気に取られている監視役の鎧人形達の方へ駆け出した。
駆けている間に限界まで魔力を練り上げ、分解槍の精製方法を利用し、とある武器を生み出す。
それは、ヒーナが間合いより半分も近寄った頃には形になっていた。
分解鞭
ヒーナが昔から得意としていた唯一の武器。
それは無慈悲に、残酷に鎧人形達の命といえる起動核を刈り取り、最後に残された、血に濡れた手を持つ鎧人形は細切れにされ、その魂を解放された。
行っていることは正義だが、端から見ていると悪にしか見れない。
勇者や他三人の巫女、ブレイヴァリの人々はそんな彼女にある二つ名を付けていた。
ヒーナの戦闘法に昔の光景を思い出していたハーツは懐かしそうに、ではなく、まるで怯えるように呟いた。
「『分解女帝』」




