最強の理由
「少年、名は何という?」
闘いが終わりを告げ、各々が剣を収めた後、無双の牙ことデーゲンがそんなことを訊ねてきた。
いきなりそんなことを言われ訝しむ、というより不思議と思う気持ちが前に出て、実際にその感情は面にも出ていたが、デーゲンの表情を観察した結果、純粋な知的好奇心に似たもので訊かれているのだと判り、一拍置いてから名乗った。
「……碎斗です」
久澄は、意識して言わない。
「サイトか。俺の名は知っているらしいが、改めて名乗らさせてもらう。俺の名はデーゲン、修行中の身ながらニブルド様から魔導星の称号、二つ名に無双の牙を拝命した」
その強さで修行中かよ、と思わなくもないが、納得はできる。そういう武人の雰囲気を醸し出している。
「それでは勝負の結果として、ヒーナ様を連れて行かせてもらうぞ」
唐突に、いや、流れとしては当たり前なのかもしれないが、それでも唐突にそれは告げられた。
いくら久澄が感情が薄かろうと勝手に色々やってしまった罪悪感はある。
何故冷静に状況判断、確認を取ることを怠ったのかは分かっていない。
だがそれを止めなかったのはヒーナの落ち度でもある。例え、どんな事情があろうと。
だから誰もそれに文句は言えない。
それを分かっていたヒーナは首を横に振りながら久澄に「ありがと」と言い、震える足で一歩を踏み出した。
ヒーナはデーゲンや義理とはいえ兄のニブルドを嫌っているわけではない。
だが恐怖はある。義兄の目やあの街、プルファに対しての。
しかし、それは乗り越えなければならない。それがディヴァリア・ネィーンへの弔いと誓いだからだ。
ヒーナは自分にそう言い聞かせ、無理矢理震える足を止めにかかった。
しかし、人生はそう上手くいかないもの。
足は一層震えるを増し、歩みを止めさせる。
(くそっ、動きなさいよ!)
全ての行動、思考は刹那の間。
ヒーナが震える足と内部にて見えない戦いをし始めたのを見て、デーゲンはやれやれと言うふうに大きな溜め息を吐き言った。
「ニブルド様、そろそろ悪戯が過ぎるのでは」
皆がその言葉に固まる中、デーゲンの後ろに控えていた少年が軽快な笑い声と共にその兜を取った。
「あ、兄様!?」
「やあ、ヒーナ。久し振りだね」
ヒーナがひっくり返った声で驚く中、面を現した少年−−ニブルド・ティラスメニアは右手を軽く上げながら妹へ再開の言葉を口にした。
ニブルドの容姿は普通の一言。
対面した全ての人を観察してしまう久澄の癖で全貌は確認できたが、本当に若草色の髪以外目立つものは無い。
もしかしたらこの世界では若草色の髪すら普通なのかもしれないが。
若草色の髪に久澄やいかにも武人なデーゲンよりかは整った顔。背は一七〇の後半といったところだ。
だが、笑うことによって細められていた目が、時間の経過と共に抑えられた笑いにより元の形を取り戻し、その瞳を見た瞬間、久澄は全てを見られた気がし戦慄した。
「あんま見ない方がいいで」
何時の間に近くに来ていたのか、ユーディは顔は久澄に向けたまま、瞳でニブルドの方を見ながら耳元へ囁いた。
「………………」
「ウチも最初見たときは思わず戦闘態勢をとってもうたわ。あの、『全てを見透かすような目』を見てしまった時にはな」
何も答えられない久澄を擁護するように、ユーディはそう言葉を続けた。
全てを見透かすような、ではない。見透かす目だと久澄は感じた。
今の自分を形成している過去、今自分が考えていること、全てが見透かされた。
無論、錯覚だとは分かっている。見るだけで、そんなこと『知恵の実』のハーツでも無理だ。
そう思考をまとめ、そんなことは無い、と割り切る。何時もならそれで興味が失われるのだが、今回ばかりは面に出ていた狼狽の色を引っ込めることしかできなかった。
−−全ては、過去を見られたと感じたがら。
戦闘中ならいざ知らず、今のような余り気の張っていない時にソレに触れられたら否が応でも思い出す。
忌々しくも、知ってしまってはもう切り捨てられない過去。
始まりの夏休み。
一度死んで、生まれ変わったあの日。
血色の月が闇を照らす悪夢のような現実。
久澄は中央から左胸にある古傷が痛むような気がし、左手で抑えた。
幸い、そんな気がしただけけだったようで、偽りの痛みはすぐに消えた。
そう、偽りの痛み。今更古傷が痛んだり、ましてや心が痛んだりすることは久澄には無い。そんな底に余裕がある精神を久澄は持っていなかった。
「それで、兄様は何でここに?」
久澄が偽りの痛みから解放されると、一通りの挨拶は済ましたようで、話題は何故王たるニブルドがこの場に居るのかという話になっていた。
「そりゃー勿論、可愛い妹を見に……っていうのは通用しないみたいだね」
「もちろんです」
疑わしさ全開な目でヒーナはニブルドを睨む。
「まあ、あらかた嘘では無いんだけど、最大の理由ではないからね。それでも褒めさせてもらうよ、気弱なヒーナがデーゲンと言い争いをしたり、ましてやあんなに嫌がっていた王都への切符を信頼できないデーゲンから受け取ろうとしたのだから。全く何があったのかな?」
含みのある笑みと共にあの瞳でヒーナを見た。
「……せ、成長したのですよ。五年も会っていなかったのですから知らないかもしれませんが」
多少たじろいだが、どうにかという感じで立て直し、最後の方はまくし立てるように言葉を続けた。
「……って、それよりも、何故兄様がこちらにいらっしゃっているのかの最大の理由とやらを聞いていないのですが」
「最大の理由? 話したじゃないか」
「話していません」
「言ったんだけどな……まっ、いっか。最大の理由は、西の巫女……そう、二死の神子たるヒーナの協力を仰ぐためさ」
二死の神子。
その言葉のニュアンスを西ではなく二死、巫女でなく神子と理解できたのは『知恵の実』だからだろう。
その呪いの言葉を聞いて驚きの声を我慢できたのは長年の経験のお陰か。
(彼は全部知っているの?)
西を二死、巫女と神子とを掛け合わされた言葉遊びのような言葉。
しかし、それは現代の巫女の死の運命や出生を表す言葉だった。
西−−二死。
北−−飢侘。
南−−皆未。
東−−被餓死。
先代の、つまり自分たちがどうにか回避させた運命。
何故知っているのかは敢えて横に置いておいて、今更それを口にした意味について考える。
その運命自体は、知っている人から見たらもう起こらないし、無くなったもの。
その運命は巫女の儀式の終わりに起こるものだからだ。
神子であることは生まれた理由そのものなので変えられないため省く。
そして今、ヒーナが西の巫女であるということは、二死の運命を回避したということだ。
いくら考えても出ない答えに業を煮やし、アクセスをかける、つまりニブルドに触れるかを考える。
少しの逡巡の末、止める。
二死の運命が起こると仮定して考えると、理由を知ることで不安が解消されたり、対策を討てたりするが、その時になったら多分意味をなさなくなるからだ。
今の自分に運命を越える力は無い。いや、それどころか、
(あの時も……)
全盛期の時ですら運命に勝てなかった過去を思い出し、静かに目を閉じた。
「まっ、てな訳でヒーナを連れて行こうと思っていたけど……」
ニブルドは思案するような目でユーディ達を見る。
「思っていた以上に成長してたし、皆未の神子も居ることだから、ヒーナ君の望み通り僕たちと一緒には来ず、ユーディさん達と一緒に来て」
「えっと……?」
「じゃあ村に戻ろうか。道中、ヒーナが僕に訊きたいということも聞きたいしね」
状況が呑み込めていないヒーナに気付かず、ニブルドは言った通り、村へ足を進め始めた。
その後をデーゲン、久澄、ハーツの順に追い、最後にユーディが「まあ、とにかく行こうや」とヒーナの肩に手を置き、現実に引き戻すことで二人揃って三人の後を追った。
「それでヒーナ、訊きたいことって?」
歩き始めてすぐに、ニブルドは振り向かずに問うた。
「…………兄様は、巫女についてどこまで知っているのですか」
少しばかし長い逡巡の後、ヒーナは喉の奥で引っかかっていた疑問を呈じた。
実はこの疑問は当初とは違い、初めは「兄様は巫女について知っているのですか?」だったが、話を重ねるにつれその疑問は解決されたため、そのため新たに生まれた疑問を呈じたのだ。
ヒーナが発した疑問に当事者たち−−ヒーナ、ユーディ、ハーツ−−は緊張感を纏わせた。
高位の武芸者なら相手の気配を読むことは容易く、デーゲンもその例に漏れない存在だが、姿すらこの世の理に収まっているのか曖昧なハーツの纏った気配までは読み切れず怪しまれることはなかった。
辺りに潜んでいた穏健派の魔物達が逃げる程の重圧の中、ニブルドはそれを気にした様子もなく告げた。
「そうだね……敢えて言えば『全部』かな?」
「全部……?」
「そう。我が王家に伝わる伝承の一つだからね」
全部、そして伝承という言葉にハーツは心当たりがあった。
ハーツ達が降り立った時代の王に全てを話す事があったからだ。
だが、納得がいかないこともある。
神子や死の運命の言葉。それは現代の四方の巫女にしか適応されいないはずだからだ。
これは形振り構っていられないと悟り触れようとした。しかし、できなかった。
ニブルドが偶然振り返り、目があってしまったのだ。誰もが恐怖するあの全てを見透かすような目と。
見えていないのは解っている。だが無理であった。
ただでさえあの日の事を思い出していたのに、そこへあの目。
久澄以上の絶望感を感じ、ハーツはその場で佇んでしまった。
ニブルドが振り返ったのはたまたまとしか言えないタイミングだった。
ニブルドが振り向き見たのはハーツの先、ユーディだった。
「そういえば、少し前に星妖精の空のメンバーが僕の元へ押し掛けてきたよ」
「押し掛けてきた?」
その言葉に違和感を覚え疑問を投げかけたのは久澄。
「門番が止めたんだろうね。けど急いでいるからって門番をなぎ倒し、駆けつけてきた他の兵達も一人残らず倒し、僕の元まで来たんだよ」
流石星妖精の空、と呆れつつも次に口にしたのは違うことであった。
「そんな警備で王宮は大丈夫なんですか?」
えっ、それ訊いちゃうの、という視線をヒーナが送ったが、そこらへんには鈍感な久澄は気付かない。
「まあ、魔導星を含めた上級、中級の兵達は合同演習中で居なかったからね」
ニブルドは大して気にした様子もなく、簡単に事情を説明する。
それを久澄は言い訳とは思わず、得心がいったかのように笑みを浮かべた。
デーゲンは最強の魔法使いに与えられる称号、魔導星の中でも二番目の実力者。
対して、星妖精の空最強の実力者、ユーディも魔導星。
両名の本気を見たことが無いため何とも言えないが、多分ユーディがデーゲンよりも強いとは考えられない。
久澄の勘がそう告げていた。
そのため、ユーディよりも弱い、しかも戦闘特価型でない人達がもしもデーゲンと相対した時、速攻で負けるのは目に見えている。
だが、兵力不十分なら、納得がいく。
「早とちりで失礼なことをいい申し訳ありませんでした」
そのため、深々とはいかなかったが軽く頭を下げ謝罪を口にした。
「そんなことで謝んなくていいよ。それに敬語も無しで。似たような年齢でしょ?」 対するニブルドの答えは軽いもので多少意表を突かれたが、すぐさま立て直し、
「分かった」
言葉を崩し、了承を示した。
「それで、カヤ達があんたの元まで辿り着いたということは」
「ああ、話を聞いたよ。あの人話が巧いね。開示できる部分はしっかりと、できない部分は他のらしい言葉で埋める。うちの外交官に欲しいくらいの人材だよ」
「やらんわ!!」
「分かっているよ。まあけど、僕は全部知ってたんだけどね」
「それで?」
「それで、とは?」
「分かっていやろ、その答えや」
「ああ、それは勿論、了解しただ」
「感謝するで」
「それはまだ早いよ」
「それもそうやな」
そう言い両名は互いに含んだものを持ちながら口を閉ざした。
村に着くと、軽く宴会騒ぎだった。
「何よ……これ? アーデルトは居る!!」
「はい。此方に」
いつ近付いていたのか、一瞬きの間にアーデルトがヒーナの横に現れた。
「……幻覚ね。まあ、いいわ。それで、これは何?」
「それは−−」
「僕から話そう」
「兄様!?」
答えようとしたアーデルトを遮り口を開いたのはニブルド。
「これはどういうことなんですか?」
「見ての通り。兵に持たせた酒や食べ物を振る舞っているのさ」
ヒーナの問いに、それが当たり前のように答えるニブルド。
「さっきからデーゲンが言っていただろ、『村人には手を出していない』、『状況証拠は持っている』と。これが状況証拠さ」
「それじゃあ、あれは」
「無理矢理連れて行く気なんてそもそも無いさ。ただ単にヒーナの成長を見ただけ。案外自意識過剰何だね」
最後のは兄妹ならではのスキンシップ。此処でヒーナが怒るというのが定石。
「……よかった」
しかし、涙こそ流していないが、安心したように目を細め力が抜けたとばかりにへたり込んでしまった。
「ふーん。やっぱヒーナはヒーナか……」
囁いたその言葉はハーツ以外には聞こえなかった。
まあそのハーツも、私的考え事で頭の大半を使っていたため何か言っていると認識しただけで、耳には入ってこなかったが。
「さて、デーゲン」
「ハッ」
デーゲンが息を大きく吸い始める。
その姿を見てヒーナは焦ったように、
「みんな、耳塞いで!!」
「「え?」」
最初こそ何を伝えたいのか分からず呆気にとられていたが、ヒーナの焦り具合と何時の間にか消えたアーデルトが何人も現れ、村人一人一人に何かを話している姿、ニブルドの耳を塞いでいる行動を見て、後に起こる事を悟った。
幸いにも気付いてからでも動けるくらいの呼吸量らしくソレが起こるギリギリ前に耳を塞ぐことに二人は成功した。
「皆の者!! 帰るぞ!!」
村を震わす程の轟音。
気休め程度の耳塞ぎでは効果は期待できないのだが、各々は対策を打っていた。
久澄は耳を塞ぐと共に原視眼を発動させ、耳の穴の手前に原子を結び付けて耳栓を作り、村人達はアーデルトの幻覚魔法で音を軽減、ヒーナも『自身の魔法』を使い音を分散、ハーツは精神状況的に音を拒絶、ニブルドは持参した耳栓(超上質)+耳塞ぎで遮断した。
「ふへな〜」
だが、近くに居て、何も知らず、また対抗策を持つ程器用でないユーディは、気絶、こそしなかったものの眼前がチカチカするほどの衝撃を受けた。
「それじゃあ、また」
デーゲンの声に対処が間に合ったわけでもなかろうに、慣れているのか全くのダメージを負っている様子の無い兵士達を背に一礼した。その姿はまさに王族。
ニブルドの一礼に合わせて礼をする兵士、デーゲン。此方は武人然という感じだ。
「ユーディさん、……聞こえてる?」
面を上げたニブルドがヒーナに訊ねる。
「ああ、大丈夫や。それで?」
「アーデルト君にはもう伝えてあるんだけど、魔導星の会議を十日後に行う。全員参加だ」
「……了解した」
「ユーディさんもそうだけど、星妖精の空は戦力として期待してるから、よろしくね」
「程々にな。あいつらあんた嫌っとうし」
「おう、手厳しいね」
そう言い笑いながら籠手を外し、ユーディに向かい軽く右手を伸ばした。その手の甲には赤の円に黒の十字が刺さっている紋が刻まれている。
ユーディはそれを一瞥した後、その手に応じ、握り返した。
魔導星、序列一位、四位の顔から王と一ギルドマスターの顔で、二人は会話を終えた。
ユーディとの誓約の握手を終え、ニブルドは久澄の方に向き直る。
「それじゃあサイト君も、また会おう」
「俺は巫女じゃないからもうその機会はないと思うけど」
「いいや、また会うさ」
そう言い会話を締めくくるとニブルドは何も無い筈の虚空を見つめ、小さく笑みを浮かべた後、未来を知ってるかのように、誰にも聞かれないように呟いた。
「そう、また会うさ」
デーゲンのユーディに対する謝罪、というか武人らしく責任をとると言い「何でも言うことを聞いてやる」の一言の元開催された闘い、決着が付き本当に去っていった後、兵士達が持ってきた飲食類の後処理−−という名の宴会−−を行い、今はもう月が西へ傾いて少し経っていた。
そのまま出発でもよかったのだが、ハーツの「これからのことを考えよう」の言に従いヒーナ宅で一夜を過ごすことになった。
女子陣はヒーナの部屋で久澄はリビングに置かれたソファーのような横長の椅子の上で寝ることに。無論、石なため久澄に安眠は約束されない。
しかし構わなかった。
そもそも今日は安眠できる気分ではなかったからだ。
久澄は今日の闘いを、その全てを思い出していた。
何故デーゲンに考えなしで闘いを挑んだのかは横においておいて、自分の実力について考える。
この世界に来て新たに手に入れた力、『原視眼』、『五行の理』。
それらの力は確かに力そのものを管理しているMGR社のある世界に居る限り手に入らないものだった。
(けど、まだ足りない)
久澄があの時決意した、世界に会いに行くという目的を叶えるには客観的に見てまだ足りない。
久澄の目的は会ってからも続く。具体的には一発ぶん殴る。
そんな目的の元世界に会いに行くということは、それ即ち世界と敵対するということだ。
あの世界には傷つけたくない人がたくさん居る。
だが世界はどんな方法で久澄の守りたい者と敵対させてくるか分からない。
そんな時、傷つけずに切り抜けられる力が必要だ。
だからこそ、まだ足りない。
久澄は左手を眼前まで上げ、二、三度開いて閉じてを行う。
(寝るか)
安眠は約束されてなくとも今日の疲労−−特に脳の−−をとるために寝ようと決める。思考が泥沼にはまってきているようにも感じたからでもあるが。
元々寝るのは得意と言っていいくらい極めている。大体の環境ですぐさま睡眠をとれるため、下が石であろうと関係ないのだ。
目を閉じ、呼吸を規則的に行う。
睡魔はすぐに襲ってきた。その感覚に満足感を覚え、後はそれに身を委ねるだけだったのだが、小さいノック音がそれを阻害した。
何時もなら不機嫌になるところたが、今の精神状態的には特に気にすることではない。
なので冷静に誰かを判断する。
ノック音は外に出るためのドアの反対にあるドアから。其方に居るのは、ハーツ、ユーディ、ヒーナの三人。
その内、ハーツはノックせずに入れるし、ユーディはノック自体を行わない。
「ヒーナさん?」
なので久澄はノックの主をヒーナと判断。
「何故我と? まさか主も星の、いや、大地の声を聞けるのか?」
今日のデーゲン対ユーディの闘いを見て星は諦めたのか、中二発言が変わっている。
「……聞けないけど。なんか用ですか?」
「……中に入っていいか?」
「? どうぞ」
歯切れの悪い返事に疑問を覚えながらも、自分の家なのに許可をとるという行為ってなかなか面白いことだよな、と思っていた。無論、それくらいの常識を本気でおかしいと思う程、久澄も弁えていないわけではないが。
スタンダードな寝巻き姿というべきか。素材は木の繊維。
それは別に意外なことではない。流石に石や鉄、もしくは氷を普段の服装として着込むのは難しいだろう。
森世界−−森創界ではない−−は儲かっているな、と思いつつ、ヒーナの姿を目で追う。
ヒーナは弱々しい歩みで久澄の横になるソファーの前へ。そして久澄に背を向け、体育座りをした。
「ねぇ、サイトさん。貴方は何故そんなに強いの」
「へ?」
急に問われた謎の質問。
脈絡の無い質問だったが、しかし先程まで考えていた内容と全く同じで回答に困ることはなかった。
「俺が強い? まさか。今日だってデーゲンさんに負けたばっかですよ」
自虐的な笑みと共に告げる。
「違う。我が言いたいのは……他を守れる強さのこと」
ヒーナが言いたいのは、デーゲンに食いかかった時の事だろう。
「我には無理であった。どうにかできる力はあるのに、あの時身体は動かなかった」
「け、けどヒーナさんはデーゲンさんに……」
「あれは自分のため。あの時、我の頭には村人のことは……無かった」
「………………」
久澄は何も答えられない。
「だから教えて欲しい。何故貴方はそんなに強いのか」
「……なあ、ヒーナさんは何故それ程までに力を欲しているんだ」
「………………」
今度はヒーナが黙らせられる番だった。
久澄は、久澄だからこそ感じていた。言葉の重みとは別に、ヒーナ自身に秘められたら濃厚なまでの力への妄執を。
起きあがり、だが決して互いに顔は合わせないようにする。
「あんたは勘違いをしている」
「えっ?」
何時も平淡な久澄の声色に確かな感情が込められる。
それは−−怒り。
「俺から見ればあんたの方が強いよ。下手に力を求めている俺より、迷いながら進むあんたの方がな」
「あたしが……迷い?」
余りの驚きに思考が追いついていないのか、我でも妾でもなく一人称があたしになる。
「ここで起こらない分、あいつよりかは可愛げがあるな」
あいつのこととは勿論アルニカ。
「あいつ?」
「ああ、いや、何でもない」
アルニカのことは話の腰を折ってしまうため横に逸らす。
「? 分かった」
ヒーナも何かしらを感じたようで理解を示す。
「多分、あんたが迷っているのは大きすぎる力に呑まれて周りを傷つけること。違うか?」
「違くない」
首を横に何度も降り大きく肯定を示す。
「けど俺は、目的を達するための力が目の前に転がっていたら、拾う。例えその力が誰かを傷つけることになろうと」
それは先程の思考とは矛盾した考え。
ヒーナが息を飲むのが背中越しからでも久澄には分かった。
その姿に小さく笑みを浮かべ、
「それが約一年前までの俺」
「え?」
「悪いないきなり過去の話になっていて」
「いや、けど……」
「そう、今は違うさ。一年前にこの考えで一人の少女を傷つけてしまったからな。身に染みたよ」
「……ならやっぱり強いんじゃ」
「いいや、俺は強くない。何せ俺が力を求める理由は、自分のためでしかないんだから」
「うん。それは話を聞いてて解った」
「それに俺は目的のためなら味方だって裏切ることもあるしな」
「しゃあもし、四方の巫女を狙う敵が貴方の目的を叶えるのに有利な物をくれると言ったら?」
久澄は考える時の癖なのか、顎に親指と人差し指を当て、数秒思案顔になる。
「……条件や諸々によるけど、貰ってそいつらを裏切るかな」
返ってきた答えはヒーナにとっては意外なものだった。
「何で?」
「いや、だって。そいつらがユーディやデーゲンさんに勝てる保証はないし。勝てるとしたら、それは周りを傷つける力だろうから」
「そうか、そうであればいいのか」
「ん?」
疑問顔の久澄には気付かず、ヒーナは心の中にあった迷いの行きどころを見つけた気がした。
迷いは強さ。だからヒーナは捨てはしない。
しかし、それを教えた久澄もやはり「強さ」を持っているのかもしれない。
「貴方は何故、力を求めるの?」
ブラックボックスをつつくような質問。
空気が一瞬で冷たく張りつめた。
誰から発せられたかなんて一目瞭然。
久澄碎斗はヒーナの背中へ静かに投げかけた。
「……多少は教える。但し、まだ教えてもらっていないあんたの力を求める理由を教えるのと交換条件だ」
張りつめられた空気が途端に緩んだ。
「いいわ」
ヒーナはどうしても知りたかった。何故力を追い求めるようになったのかを。例え自分の彼女への誓いを教えることになろうと。
対する久澄にとってはヒーナの過去は聞く必要のないこと。
興味もそこまであるわけでもない。
だがヒーナが、始まりの前の自分に重なり、似たような過ちを犯させないため久澄は言うことを決めたのだ。
「……贖罪のため」
胸の奥が何かで押され、呼吸が苦しくなるのが分かる。
「えっ?」
「俺は昔、とある罪を犯した。俺の、人間である俺の一生じゃとても償えないような罪」
だから、
「俺は力を求める」
ヒーナはやはり、黙って聞いていることしかできなかった。
言葉自体は平淡な、普通なもの。しかし、だからこそ嫌な重みを感じた。
「さて、次はお前の番だ」
「……うん」
中途半端なところで終わってしまった話。
だがヒーナには、その先へ踏み入ることは躊躇われた。
だからこそ、逃げるように自身の過去を開示する。
ヒーナは一ヶ月と少し前に巫女の儀式とハーツは呼ぶ運命を乗り越えた。
全てが終わった後、現れたのが前西の巫女にして、分解女帝のディヴァリア・ネィーン。
巫女の儀式を終えた者には前巫女が体験した魔王戦、そしてその後起きた勇者の暴走までが頭に植えつけられる。
だからヒーナは敵対心こそ持たなかったが、戸惑いを覚えていた。
しかし、そんな些細な心の動きは彼女の姿を見たら吹き飛んだ。
茶色のボブに可愛らしい顔。
だが彼女には確かな異常があった。
向こうが鮮明に見れる程の半透明な身体。
その時のヒーナは怖いことからは何でも逃げ出して、今も自分の身を守るために反射的に儀式を終えた身だ。
そんな者が現れれば逃げたくもなる。
しかし、彼女は逃げなかった。
それはヒーナが西の巫女だったから。
ディヴァリア・ネィーンが元西の巫女だったから。
逃げなかったヒーナにディヴァリアは笑みを浮かべ、二つの光る玉を左右の手に生み出した。
それは引き寄せられるようにヒーナの頭に入っていった。
それは力と記憶。
完全なる西の巫女の魔法力と北の巫女や勇者達と出会い守ることの大切さを綴った記憶。
そして決意した。守る力を手にすると。
ヒーナはディヴァリアに問うた。
自分がネィーン姓を名乗っていいかと。それは弱さに打ちひしがれていたヒーナなりの誓い。
ディヴァリアは変わらぬ笑顔のまま頷き、その姿を消した。
ヒーナの過去を聞いた久澄は、彼女の中二病発言について何となくだが強さへの渇望があるように感じた。
(守ることの大切さ、か……)
それを手にするには尋常ではない荊の道を歩む必要がある。
今を壊すことだけを考えてきた久澄には歩めない道でもある。
「それじゃ、また朝に」
改めて誓いを口に出した効果なのか、立ち上がり此方に向けてきた顔は清々しいものであった。
「……ああ」
アルニカといいヒーナといい何故このような顔ができるのか不思議でしょうがなかった。
まあ、そんな事を考えていても仕方ないとばかりに、ヒーナが出て行った後、すぐさま横になる。
其処で久澄の身体を四つの異変が襲った。
一つ目は、尋常じゃない程の冷や汗。
二つ目は、全身の虚脱感。
三つ目は、吐き気を催す程の頭痛。
四つ目は、意識の乖離。
薄れゆく意識の中、何故自分の過去を開示したのかを冷静に考えてしまう。
わざわざそういう時のためのそれらしい事情も考えてあり。例え過去の自分に似ていようと譲れない一線というものが人間にはある。
どんな理由があろうと久澄が過去を一片でも話すことは異常だった。
身体に特別な異変が起きていないかぎり。
そういう事か、と思いながら、久澄の意識は闇へと落ちていった。




