無双の牙
世界で三番目に硬い物質であるとされる硬鉄。
王を抱える王都プルファの周りを囲う約五メートルの高さの外壁に一片の不純物無くその物質は使われ、世界最硬の外壁と呼ばれている。(一、二番の物質は使用が現実的でないため自然と省かれる)
王の住まう王宮はその街の六分の一を占め中央に建っている。
しかし、現王がまだ王子の時代から街の西側、石世界を背にもう一つの王宮が建てられたのだという。
何時だったか、いや、忘れるわけもないあの時、石蛇と氷獣のクエストの行路でアルニカにそんな話をに聞いたことがあった。
そしてその時思ったのは、何故石世界を背にだった。
石世界から来る人にとっては第二王宮に用意されているという特殊な通路を通らなくてはならず、またもし石世界から何者かが攻めてきたらダイレクトではないか。普通なら中央に置くべきだ。
だが、その疑問は今解決された、のかもしれない。
「いやいやいやいや!! ないないない!! ぜんぜっん似てないし、それにウチらの生まれ的にそれはあり得へんやろ」
首と手を激しく振り否定するユーディ。
「もちろん義理よ。貴女だって義理の家族が居るでしょ」
その言葉にユーディは何かに耐えるように歯を食いしばり、その後小さく俯き、掠れた声で言った。
「……ああ、居たで」
久澄は一歩後ずさった。二人の目に、触れてはいけない闇を見たからだ。
そのお陰か、久澄は原視眼の端にこの場に来てほしくない人間の姿を映した。
「おい、そこの二人、自虐や自嘲は後にしろ。追っ手が来たぞ」
声に反応し、感情の読めない目で久澄を見、彼が見ている方向に視線を移した。
左側、村の方向から二人の、白い甲冑を身にまとった少年と、白い鎧を身にまとった男性が此方に歩いてきているのが見れた。
彼らが近づいてくるにつれ全容が見え始める。
一人は腰にサーベルを下げ、目と口の部分のみが最低限開いている兜を被っている以外特徴の無い、何処にでも居そうな若草色の髪の少年。
もう一人は、久澄以上の長身に、鎧の上からも分かる引き締まった身体をし、背中には身の丈はある巨大な剣を掛けている意図的に刈られているであろう坊主頭の男性。
その男性の鎧には、横の少年には見受けられない模様−−赤い円に黒の十字が刺さっている−−があった。
「魔導星の紋様、無双の牙」
ユーディが呟いた。
全員が感じていた。今から逃げても遅いと。
そのため刻々と近付く二人の人間をユーディと久澄は臨戦態勢で、ハーツとヒーナは自然体で待ち構えた。
彼らは此方の様子が見えているだろうに、一歩一歩静かに歩み続ける。
待つこと三十秒。話すのに差し障りの無い距離に彼らは辿り着いた。
「ヒーナ様、お久しぶりです」
無双の牙が此方を軽く一瞥した後、重々しく、よく通る声と共にヒーナに向かって恭しく頭を下げた。
「久しぶりね、デーゲン。頭を上げなさい」
「はい。前回の魔導星会議にてアーデルト殿の幻覚通信以来です」
ヒーナの命通り頭を上げ、四十センチ以上ある背の差が良く解る。
命に素直に従うあたり主従関係は確立されているらしく、デーゲンと呼ばれた男性は見下す感じになって気まずそうである。
しかし、ヒーナはそんなことを気にした様子もなく冷たく言い放つ。
「それで? 要件は」
「王都へお戻り下さい。あなた様のお力が必要だとニブルド様が」
「そうね、そのつもりよ。兄様にも聞きたいことはあるしね。ただ、これは何」
「何、とは?」
「何故妾、いえ、我の呼び出しに貴方は分かるとして、小隊クラスの人間が必要なの? 我が危害を加えるとでも」
その言にデーゲンは肩を竦めた。
「もしあなた様が抵抗をされた場合、我々は全滅です。それに私が二剣を持ってきていない時点でそうではないと分かってらっしゃいますでしょう」
「それじゃあ何、我の警護のためにあれだけの人数を集め、我を探すという名目で村をメチャクチャにし、我の帰る場所をあの王宮だけにしたいと」
「前半は正解でありますが、後半は否定させてもらいましょう」
「白々しいわね。貴方程の実力者なら我が地下などの普通ではない道を使う可能性くらい容易に想像できたでしょ。その証拠に今貴方は此処に居る。部下は一人だけ引き連れて」
「ふっ……そうですね」
「認めるの?」
「いえ、認めません。そのための状況証拠は此方の手にあるので」
「状況証拠って……ふざけているの!! 貴方たちが村を襲っている。事実はそれだけじゃない!」
「こうは考えられませんか? あなた様の行動で全てが決まる」
「卑劣が」
「どうとでも。私もニブルド様も世界のためなら汚名を背負う覚悟はできているのですから」
「くっ……そ、それは我も同じよ。分かったわ今すぐ向かう。けど貴方たちとじゃない。天修羅たちと行かしてもらうわ」
「それでは警護の意味がないのですが」
「我にどうやって貴方たちを信用しろと?」
「まあ、信用できる要素はありませんね。しかし、先程も言いましたが、私は世界のためなら汚名を背負う覚悟がある。例え王の義妹に手を出したということであろうと」
そう言いデーゲンは木の幹のように重々しく引き締まった腕を、篭手の上からも分かる大きな手をヒーナに向けた。
「いやっ!」
小さな悲鳴。その声を聞いた瞬間、久澄の中で何かが弾けた。
五行の理、雷の式、一式、雷駈。
筋肉を動かす電気信号を外界から取り込み、内外の電気信号にて筋肉強化、高速移動を実現する。
女の子には優しく、女の子を虐める野郎には厳しく、これが久澄碎斗の今作られたモットーである。
だが、雷駈の高速移動にて接近し繰り出した拳は、しかしデーゲンに当たる前に手首を掴まれ防がれてしまった。
「何をする、少年」
「流石にやり過ぎじゃないか?」
「……原視眼、ということは、それが五行の理とかいう技か。それにその右手の紋、星妖精の空のだったな。だが星妖精の魔眼持ちは女性でなかったか? これは俺の記憶違いか、天修羅」
「新しく入ったんや」
「ふむ。それでやり過ぎとは?」
「こんなに震えている女の子相手に上から言葉責めするなんて、普通に考えてやり過ぎだろう」
「震えてなんかないわよ!!」
「……と、言っているが」
「恥ずかしいんだろ」
「失礼な!!」
「まっ、それは横に置いといて……なあ、デーゲンさん、ヒーナさんをかけて勝負しないか?」
何やらブツブツ言うヒーナを横目に久澄は『星妖精の空』らしく理不尽の元凶に対して勝負を挑んだ。ユーディはそれが当たり前だと言う風に首を縦に振っている。ハーツも言わずもがなだ。
デーゲンは意外そうに目を見開いたが、「新メンバーであろうと星妖精の空か……」と溜め息と共に呟いた。
「分かった、受けよう。……剣を」
「はっ!」
何故かニヤニヤ笑いを浮かべているように見える部下から左手で青色の刃のサーベルを受け取り、自身が背中に掛けていた重厚な気配を漂わせる身の丈はある巨大直剣を右手で抜いた。
対する久澄は、何時もの脱力の構えとは違い、左半身を前に、膝を軽く、柔らかく曲げ、木刀は太ももの辺りで先端を後ろに向け水平に構えた自己流対人特化用の構えに素早く移行していた。
大きさの全く違う二振りの剣を中段に構え、左足を後ろに、何時でも地面を蹴り間合いに入れる構えをしている無双の牙、デーゲンは何かに納得がいかないが如くに額に皺を寄せた。
「ふむ、一振りか……少年よ、このサーベルを使うか? 嘗めているわけではないが、俺はお前を殺したいわけではない。王の命があるとはいえ、一方的に蹂躙するのも好かんからな。何、鞘を使えば二刀流で条件は一緒になるしの」
「はっ、お言葉だが断るよ。付け焼き刃の二刀流であんたに勝てるわけもないしな」
「力量は解っているのだな。安心したよ蛙じゃなくてな」
蛙とは井の中の蛙言っているのだろう。
嘗められている、とは思わない。正確には思えない。
それくらいの力量差が存在するのだ。
しかし久澄はそれに構わず、流れる空気を肌で読む。
デーゲンは気軽そうに笑みを浮かべ、不意にこの場に足りない者に気付いた。
「おい、天修羅、見ているだけでは暇だろう。審判をやってくれ」
「ウチでいいのか? 身贔屓の可能性も」
「無いな。星妖精の空のメンバーは基本的に勝負事には公平だ」
「お高く評価いただきどーも。では、審判はウチで。変なことしたら手出すんでよろしゅうな」
言い始めと同時に手を天に向ける。
そして、
「始め!!」
風切り音と共に振り下ろされ、闘いが始まった。
振り下ろされ始める瞬間を原子の揺らぎを視て視認した久澄は素早く力を解放し、一歩前へ踏み込んだ。
五行の理、土の式、三式、土破。
力を伝えた踏み込みは命令通り、デーゲンの足下で力を発揮し、その地面を分解する。
砕けたのではなく分解された地面では崩れかけを探して其処から回避するという芸当は行えず、深さ十メートルの穴に足から落ちていった。
五行の理、土の式、二式、土塊。
五行の理、雷の式、一式、雷駈。
二重使用。
脳へのダメージを省みず、土塊で身体の表面と木刀を硬質化し、雷駈で穴の近くまで駆ける。
外部から取り込む際に許容量一杯で取り込み損ねた電気的性質が駆ける久澄に尾を引き綺麗な線を描く。
雷駈での高速移動で一直線に穴へ向かう。
辿り着くと同時にデーゲンが穴から飛び出してきた。
久澄は頭めがけ木刀を振る。
しかし、青い刃のサーベルに攻撃は防がれてしまった。それどころか、弾き返される。
その隙を狙いデーゲンの巨大剣が振り下ろされる。
雷駈での高速四回バックステップで何とかかわす。
デーゲンの振りには重さを感じなかった。
「チッ」
久澄は舌打ちをしつつ、土塊を解除。あの斬撃に対し、土塊は意味をなさない。
身体に多生の電気が残っているのを感じ、外部から電気を取り込むのを止める。
五行の理、火の式、三式、溶火。
全てを溶かし、分解する火を木刀に纏わせ、一回分しか残っていない強化の効果で高速移動を行う。
デーゲンを殺す気は久澄に無い。狙うはサーベルである。
入り込み斬りかかる。
防御にはサーベルと考えているのか、狙い通り木刀とサーベルがぶつかる。
だが、狙い通り分解されることはなかった。
「なっ」
反射的に溶火を解除し雷駈を使用。バックステップで所定の位置まで戻る。
(硬いのは解っていたけどここまでかよ)
勝負前、原視眼にて剣の観察を行っていた久澄はその結びつきの強さに、内心悟られないように静かに驚いていた。
大剣の方は土塊と同じくらい−−ダイアモンドより少し上−−の強度で、此方も驚きだが、サーベルの方は密集し過ぎて、しかも圧縮しているのは理解不能の赤いナニカ。多分魔法である。
魔法の使われた剣、魔剣と称するべきか。
これで勝てる確率は〇に等しくなってきた。
(可能性があるのは……あれしかないか)
久澄はまず土塊を木刀のみに使い、そして最後の可能性に賭け、雷駈を解除した。
雷駈は筋肉を強化するため、人外の運動を行っても、大体の臓器類にも負担は無い。無論、心臓にも。
久澄は一度深呼吸を行い、普通に走った。
雷駈すら見切られているデーゲンに普通では対抗できない。だが目的は其処ではない。
訝しむデーゲンの間合いギリギリに入り、デーゲンの予備動作で揺れる原子を視認し、ギリギリでかわす。
この動作だけで心臓が大きく跳ねる。
そんなことを知る由もないデーゲンから休むことなくサーベルの攻撃が飛んでくる。
木刀で受ける。
その所為で回避を止めた久澄へ大剣の攻撃が降りかかる。
サーベルからの攻撃で受けた衝撃を生かし、横によけた。
デーゲンは大剣を途中で止め、横に薙いだ。
久澄は意を決し、木刀でその攻撃を受けた。
身体と木刀から嫌な音が響く。
久澄は下手に踏ん張らずその攻撃で吹き飛ばされることを選択した。
数メートル先の生えた平らな石に背中からぶつかることで止まる。
普通の身体で受けるには些か良くない衝撃であった。
それこそ、心臓が嫌に動くくらいに。
全身に心臓に収められていた人外の血液が一定量巡り、久し振りに解放したその力はすぐさま身体に馴染んだ。
「ふう……」
溜息にも似た息遣い共にもう一つの力も解放する。
五行の理、雷の式、一式、雷駈。
血の力でパワーアップしているところへ外部からプラスで取り込まれた電気により超高速移動を実現する技。
木刀を腰に鞘があると仮定して、そこに収めているイメージで構えて、駆ける。
一秒という時が刻まれる前にデーゲンの元へ辿り着き、木刀を軌道上に光の尾が伸びたのと相俟り、光速と表するべき速さで斬り上げた。
流石のデーゲンもこのスピードは予想外らしく、一瞬にも満たない時間ではあったが硬直する。
しかしデーゲンもサーベルが霞んで見えるくらいの速さで久澄の居合い斬りを防ぎ、同じか、それ以上のスピードで大剣を首元へ導いた。
高速で導かれた剣は数ミリというところで止められたら。
それから数秒。殺す気は無い『闘い』の筈なのに、額から数滴の汗が流れ、落ちていくのに気付くのに、幾ばくかの時間を要した。
死の感覚から戻り、無意識のうちに止めていた息を大きく吐き、雷駈、そして原視眼を解いた。
「悪い、ヒーナさん。このおっさん強すぎる」
せめてもの抵抗にデーゲンをおっさん呼ばわりし、久澄は敗北を宣言した。
「……勝者、無双の牙、デーゲン」
一拍遅れてユーディの勝敗を決する声が響いた。




