転換
久澄碎斗が歪みに足を踏み入れ、その姿を消したのを見て、ユーディは無理だと分かっていながらも話し合いより戦いたいなと、ヒーナは空間の歪みに入るあたりが格好いいな、と思っていた。
歪みが無くなった今でも見つめる視線に含まれるそれが手に取るように分かったハーツは内心やれやれと思いながら、釘を刺すように緊張感を乗せ告げた。
「さて、私たちは私たちの会話を始めましょうか。お互いに色々『確認』したいこともあるだろうしね」
その言葉に二人の巫女の表情が引き締まる。
「よし。じゃあ、まずはお互いの知っている情報の確認からね」
「では、我から話そう……………………」
「そう。やっぱり『其処』まで分かっているのね」
「ええ、そうよ。魔王戦、そして魔王の系譜と守るために狂った勇者と四方の巫女の戦いまでね」
「ユーディやニーネも知ってたから、これはもう四方の巫女全員が見せられたら歴史と考えるべきね」
「そうやな。で、ウチから一つだけ訊きたいんけど」
肯定を示した後、訊きたいの辺りから声のトーンを下げ、訊ねる。
「何かしら天修羅」
内心はともかく、表面上は一切の同様なく、性質を裏切らずに返す。
「……ユーディで頼む。やなくて……ここの村長はどこや?」
ユーディが何処か答えを知っているかのようなことを匂わせる形で告げた。
「…………やっぱり気付いたのね。隠すつもりは無かったけれど、まあ、そうよ。天修羅、貴女の考えている通り、村長は六日前に亡くなったわ」
「天修羅は……いや、それにしても六日前か」
ユーディは思う、全てが狂い始めたのは六日前。たったの六日で様々な界を回ったなと。
少し場違いな感慨を抱くユーディとは違い、ヒーナの言葉を整理するために思案していたハーツはとある予想をつけた。
「侵鉄界の村長も六日前。これは他の界も……」
「……! まさかオババ様も?」
「今の流れから察するに深雪界の村長のことよね。それなら多分……」
語尾こそ濁したが、確信してるのようにしっかりと告げられた村長の死に一瞬、喜びの感情を表情に浮かべたが、すぐに悲しみの感情に作り替えた。
だが、ハーツは表情の沈みを隠すため下を向き、ヒーナはハーツが告げた情報をまとめるため、自身の内に意識を向けていたためその移り変わりには二人とも気付くことは無かった。
「ねぇ、ヒーナ。私からも少し訊いていいかしら?」
顔を上げハーツが訊ねる。
「何かしら知恵の実?」
「……私はそれなのね。いや、そんな大したことではないんだけど、貴女がネィーンの名を持っているの?」
ハーツは過去の仲間を思い出しながら言った。
質問の意味を理解できなかったのか、無表情で首を傾げているヒーナへ改めて訊く。
「ディヴァ、元西の巫女、分解女帝のディヴァリア・ネィーンの姓を何故持っているのって訊いてるの」
その言葉にヒーナは、はっとなり口を噤んだ。
その姿を見、確信を含んだ笑みと共にハーツは告げる。
「ヒーナ、答えて。貴女の前には確かにディヴァが現れて、何かしらの関係を持ったのでしょう」
「………………」
ヒーナは下に向け、握りしめていた手を握ったり、閉じたりし、迷いを表していたが口は噤まれたまま。
「ウチからも頼む。前巫女が居なくなる事もあったんや。から、少しでも情報が欲しいんや」
「あ……ぅ……」
言うべきか迷うように途切れ途切れに口をパクパクと両の手のように開いて閉じてを繰り返している。
ハーツとユーディは真っ直ぐ、優しくヒーナの瞳を見つめている。
そして、その行為はヒーナの良心に訴えるものであった。
「わ、我が彼の者と出会ったのは……」
ヒーナの良心は耐えられず、遂にその口から真実を語られる。
その時、ユーディとヒーナの後ろ、ハーツの正面の空間が歪んだ。
そして、
「ハ−ツさ〜ん、覚悟はできてるんだよな」
恨めしさがこもった声色と共に久澄が姿を現した。
話の腰を折られたヒーナは口を開きっぱなしにしてることで困惑を表しながらも、瞳で安堵を示していた。
「で、何よ」
名を呼ばれたハーツは半眼で睨むように久澄を見た。
対する久澄は、
「えっ、もしかしてタイミング悪かった?」
今更ながらに場の空気を体感していた。
ちなみに、ユーディは右手の指をおでこに当て、首を左右に小さく振りながら哀れみの表情を浮かべている。
「タイミングは最悪よ。それで、さっきも言ったけど、何?」
「えっと、ごめんなさい。……じゃなくて、コレどうすんだよ」
そう言いながら木刀をハーツの目線に入るように持ち上げた。
「それがどうしたんや?」
不思議そうに首を傾げながら訊ねるユーディ。
久澄は訝しむようにユーディを見た後、浮いているハーツに合わせて持ち上げているため目線の端にに入っている木刀をよく見た。
「あれ?」
そして気付く。木刀にへばりついていた粘液が無いことに。
目を細めて、原視眼にても木刀を凝視している姿に、ハーツはとある説明不足を思い出した。
「そういうことね。大丈夫よ、向こうのものは此方には持ってこれないから」
「どういうことや!?」
自分の魔法が関与していることだからか、少し声を大にして疑問を呈する。
「私に少しだけ残っている空の操手の力を使って天星残滓に細工をさせてもらっちゃったの。大丈夫よ、そんな目で見なくても。誰かに害がでるわけでもないし」
瞳に怒りの感情を映したユーディに謝罪をしつつ説明をした。
久澄はその光景に、死にかけたことについて、言わぬが花だなと感じ、口を噤んだ。
「それで、四方の巫女たちの話し合いは終わったのかよ?」
ハーツがユーディをなだめた後、久澄は確認を行った。
「まあ、ニーネと変わらなかったわね」
歯切れの悪い返答。
しかし構わず、
「ふーん。それで、ヒーナさんはこれからどうすることに?」
その言葉に、皆の視線がヒーナに集まる。
久澄としては、ハーツかユーディに訊ねたつもりだったのだが、上手く伝わらなかったらしい。
「我は−−」
だが、ヒーナの回答を聞くことは叶わなかった。
何故なら、
「姫!! 国軍が小隊でやってきました!! その中には『無双の牙』も」
あのアーデルトがノックも無しにドアを思いっきり開け、そんな報告をしたからだ。
視覚ができなければ魔眼は視ることができない。
驚きと共に久澄は原視眼を発動したままドアの方を見、アーデルトと目が合ってしまった。
しかし、
「ユーディ様、それにサイト様、お客様にこんなことを頼むのは断腸の思いですが、どうかヒーナ様を匿っていただけないでしょうか」
対応を変化させることもなく、逆に姫であるヒーナを守るように頼んできた。
「悪い。状況が読めないんだが」
そのことは一旦横に置き、状況確認を始める。
「詳しいことは私からは。ただ、一刻を争うとしか……」
「分かった。任しときや」
「分からないことが多すぎる。いいのか、ユーディ?」
警戒心を高めて確認をとる久澄。
原視眼で村人の様子を視ていた彼は、これが『普通』の危険で無いことを理解していたからだ。
「何故か分からんけど、西の巫女をどうこうさせるわけにはいかんやろ? それに、ウチらは『星妖精の空』やで。国と敵することなんて、初めてやない」
「……そうだな」
ギルド管理館の男性の表情を思い出しつつ、苦笑しながら呟いた。
「アーデルトさん。後は任せて下さい」
「有り難う御座います。二階の奥に、地下へ繋がる階段があります。そこから村の外へ出れるので、出た後はお願いします。詳しい場所は姫にお訊ね下さい」
アーデルトはそう言った後、その姿をかき消した。それと同時に開いていた筈のドアも同じように消え、其処には閉じられたドアしかなかった。
「幻視に幻聴ね……国から幻惑と呼ばれるだけのことはあるな」
久澄は原視眼に映らなかったアーデルトが幻覚だと見抜き、困惑しているユーディに聞こえるように呟きに、その狙い通りユーディは今の現象に納得し、何故か黙りっぱななしで俯いているヒーナの手を取り、階段を駆け出した。
「あったわ、コッチよ」
先に、飛ぶことで二階に居たハーツが立ち並ぶ本棚の一番右奥から手招きをする。
「解った」
実は原視眼にて解っていたが、わざわざそれを伝える意味も感じず、指示通り其方へ真っ直ぐ走る。
ユーディは階段を上る途中でヒーナのスピードが合わなかったのか、お姫様抱っこの形で持ち、駆けていた。
目的の場所に十秒もかからず着き、自然な形ではめられていた石板をハーツが抜け、内側から幾枚か外す。
その中へまずはユーディ&ヒーナが入り、久澄も外された石板を持ち手以外を中に。
内側から石板を設置し直してから、先へ進んだ三人を追いかけた。
一片の灯りの無い空間を原視眼頼りに走ること数分。
数百メートル進んだ所で、百メートル程先でユーディが階段を上っている姿を視認した。
雷駈を使い高速で駆け、ユーディが上り終わると同時に階段へ足をかける。
いきなり現れた久澄にユーディは臨戦態勢をとりかけたが、ヒーナに両手を使っていたため『かけた』に終わった。
その行動に小さく笑みを浮かべながら階段を上り、ヒーナを丁寧に降ろしている最中のユーディに訊ねる。
「ユーディ、無双の牙って魔導星か?」
この手の二つ名を持つ者を久澄は他に知らない。
「そうやで。それも魔導星で二番目に強い、最強の剣士や」
「案の定ちゃあ案の定だけど……ヒーナさん」
ヒーナは口ではなく、小さく震えることで答えた。
「何故、あなたが魔導星のナンバー二が出てくるくらいに狙われているのか……教えて下さい」
「……そうね、それは簡単よ」
思っていたような逡巡は無く、俯いたまま諦めたように言う。
「我が、いや、妾が現王、ニブルド・ティラスメニアの妹、ヒーナ・ティラスメニアだからよ」
「なんやて!!」
「えっ!」
「嘘だろ!?」
三人の驚愕が重なると同時に、ヒーナは諦めた表情を浮かべた顔を上げた。




