一話 序章
広大な森だった。空すら覆う緑。背中には羽毛に似た枯葉の感触がある。
目を覚ました少年、久澄碎斗はそう感慨した。
「っ痛……ここは?」
低く、しかしよく通る声が疑問を口にする。ズキズキと痛む頭を押さえながら上体を起こした。
黒い髪につく土くれを手で払う。鋭い面立ちだった。刃物のような眼差しで周囲を見渡す。
その瞳からは、一切の喜怒哀楽を読み解くことができない。黒く塗りつぶされたような虹彩で状況を確認する。
見渡すかぎりに背の高い木々が並んでいる。しかし、そんな景色に久澄は驚かない。
「まったくわからないな。たしか……何かから逃げている最中で――っ!」
思考を頭痛が遮る。
どうやら今の状態で答えを導き出すのは難しいようだ。
事の経緯は根本から思い出した方が早いかも知れない。
そう思って彼は自身の海馬に記憶を遡るように指令を出す。
だが、またしても思考を遮られる。
頭痛のせい、ではない。
ふたつの違和感に気づいたからだ。
ひとつ目は、現在進行形で背中に走る鈍い痛み。何か固いものに強く背中を打ちつけたようだ。今しがた痛みが来たということは、混濁した意識では認識できなかった古いダメージだ。
「う〜ん、背中を打ちつける……無理だ。てか、あっちが先か」
背中の痛みをうけ何かを思い出しそうになるが、しかし余りに異常なもうひとつの違和感がそれを許さなかった。
もうひとつの気がかりは、久澄の視界の端。目測約五百メートル先で飛び跳ねている謎の生物である。
「おいおい、何じゃアレ……?」
姿形は少し太ったペンギンと言う感じだ。しかし、ただのペンギンとするにはあのペンギン風はふたつの異常を抱えていた。
まずひとつ目は、ペンギンがなぜこんな乾燥した陸上にいるのか。
ふたつ目は……実のところこれだけで謎の生物と言えるのだが、余りにも非現実的であったため後回しにしてしまったのである。それは、消しゴムサイズの紫色の石みたいな物質。それが謎の生物の身体の中心についていたのである。
不自然さはなかった。まるで人間に心臓があるように、そこに嵌まっているのが摂理のように、その紫色の石はついていたのである。もしそれがなくなってしまったら大きなダメージ、生物として生きることができなくなってしまうのではないかと思うほど、ぴたりと嵌め込まれている。
あたりまえであるからこそ、異常が普通に見えてしまう不思議な存在感。
そんなふうに観察を続けつつ、今どう動くべきかを検討していると、不意に謎の物質の色が紫から赤へと変化した。
それを皮切りに謎の生物の佇まいが変化する。
これまでは何かに迷うようにフラフラっとしていたのだが、今はまるで獲物を見つけた肉食獣のような目付きでこちらを凝視し、口の隙間からキラリと光る牙と呼ぶに相応しいであろうモノを覗かしてきた。
十中八九食事のためだ。
「えっ!! 嘘だろ!?」
しかし、謎の生物は動き出す。自身の欲求を満たすため。
「くそっ! 何でこんな事に!?」
久澄はすぐさま立ち上がり、痛む頭と背中を庇いながら逃走を開始した。