北の村
その渡りの町に立て札は無かった。
名が無いのか気になったため、ハーツに問う。
「んー、名前はあると思うよー。けど向かう先が一カ所しか無いからエーダみたいに立て札を立てる必要がないんじゃないかな」
「へー。じゃあ、この町の名前は?」
「ちょっと待って」
そう言いハーツは、町の中に入るための正式な手段である扉に手を付こうとした。
ハーツ曰わく、自身が変換した『知恵の実』は、なっているだけで全てを知れるわけではなく、その物事に関係する『もの』に触れる必要がある。もし、なっているだけで全てを知れる様に変換したら、脳の神経が切れ、忽ち廃人になってしまうそうだ。
そのため、ハーツはこうして触れないと久澄の疑問に答えられないし、その条件のため、未来を視ることもできない。
しかし知恵の実。触れてしまえばその全てを知れてしまう力。もしその扉に触れてしまえば、その扉が出来てからのこの町の歴史がハーツに流れ込むことになる。
それはよくないと、久澄は声に出して止めようとしたが、実際に止めたのは久澄では無かった。
「その町の名はアルダや」
ユーディの声にピクリと手を止め、振り返るハーツ。
その顔には、本日二度目の頬膨らませがあった。
「ユーディ、何で言っちゃうかなー」
「へ!?」
「ふっふっふ」
久澄の疑問のお陰でハーツから解放されたユーディだったが、何気なく言った一言の所為で再び絡まれる羽目になった。
久澄はいい感じに雲が漂う青空を仰ぎ見て思う。何だかんだで平和だな、と。
無論、本当には平和でないことは分かっているが、目の前で繰り広げられている光景を見ているとそう思ってしまう。
魔眼を一度解除し、町の中へ。
町の中は、エーダと変わらず何処に染まっている感じもなく、久澄の基準では一昔前の建物が建ち並ぶといった感じだ。
この町には武器職人が居るらしいのだが、今回の用事は違うため寄らず、町を最短距離で抜けた。
町を出て約三十分後、所々鉄の生えている街道を道なりに進んでいると二股の道に出た。
久澄は思い出す、町から出たら一ヶ所しかないはずではないのかと。
此方の疑念に気付いてか、ハーツが説明のために口を開く。
「今から私達が向かおうとしている所は、暗黙の了解で無かった事にされている世界だから。そうよねユーディ」
「まーね」
久澄は、森創界や、言葉の感じからユーディの出身界である深雪界と呼ばれる場所みたいなもんかな、と考え思考を打ち切った。
そして、一行は道を左に進んだ。
「ユーディ、北の巫女ってどんな人なんだ?」
町を抜け、一時間強。
頃合いを見計らい訊いてみる。
「そうやなー、一言で言えば無口や」
「無口か」
何か、初めて会うタイプの人な気がするな。
まあ、実際は関わり合いにならないと思うが。
そう考えを打ち切り、再び久澄は口を閉ざした。
「北の巫女は口数少ないの」
久澄が口を閉ざしたことで、ハーツがユーディの 言葉に反応した。
「まあ、必要最低限の事を話す感じやからな。そうや、元北の巫女はどうだったんや?」
ユーディに問われ、ハーツは思い出すように目を閉じた。
少しの沈黙の後、口を開いた。
「……最初は、ほら、心の傷があってなかなか喋らなかったけれど、アイツのお陰でかなり喋っていたかなー」
アイツとは、あの勇者の事だろう。
元北の巫女の話になり、大したことではないが、少し気になったことがあった。
「なあ、ハーツ。元南の巫女はユーディみたいな感じだったの?」
ユーディが表情で「それ訊くんかい」と言ってきたが気付かない振り。
「そうだねー、それはユーディに訊いてみようよ」
「へはい?」
ハーツの突然の不利に、奇妙な声を出してしまうユーディ。
「何変な声出しているのよ。最近のニヴァを知っているのはあなたでしょうに」
ニヴァと言うのは、前南の巫女の事であろう。
「? 何のことや。ウチはニヴァさん何か知らへんで」
「は、はい?」
現天修羅と旧空の操手がそっくりなびっくり顔で驚き合う。
黙り、お互いを探るように見つめ合う二人。
最初に口を開いたのはハーツだった。
「どういうこと? 東の巫女は例外として、他三方の巫女には前任者が付くはずなのに」
「ウチも分からん。『儀式』を終えた後、すぐに村を出たのが悪かったんかな?」
ハーツに触発された訳では無いだろうが、自身の中でくすぶっていた疑問を同じ様にぶつけるユーディ。
しかし、ユーディの疑問はすぐに解決される。
「いや、それは無いわ。『儀式』の終了と共に封印が解かれて、御子の前に出現するように私が仕込んだから」
「じゃあ……」
「よく分からないけど……今はそれを調べている時間は無さそうね」
先程より大きい鉄が、道の脇に生えているなど、より鉄世界らしくなってきた街道の先、右目では小さな点でしか見えないが、原視眼ではしっかりとそれを捉えていた。
それ、とは、目的地。鉄に囲まれ、鉄と共にある村。
因みに、久澄が右目を開けている理由はユーディと会話するのに差し障りの無いようにするため。ハーツの様な特殊な存在ははっきり見えるが、普通は曖昧にした原子(元素)が形どった人の輪郭にしか見えないのである。
閑話休題
ユーディがまずは話をつけに行くと言い、久澄、ハーツは村の約百メートル前で待つことになった。
この隙に原視眼を解除しておく。
数分後、久澄の目から見て、何もない空間から話し声が聞こえる。
ハーツだ。ハーツの姿が見えなくとも、声は聞こえるらしい。
「見られているわね」
「そうなのか?」
少し声のトーンを落とし、
本職は普通の男子高校生のため、視線などは分からない。
「村の方からね……幾つか。悪意は無いわ。どちらかというと興味関心ね。けれど……」
「けれど?」
「そこらの物陰から魔物の視線が」
「倒していいのか?」
「どうかしらね。あの子達に訊いてみる?」
「いや、多分逃げられる……」
襲われない限りは攻撃しないと決め、久澄達はユーディを待つことにする。
それから再び数分後。
「ごうかーく」
シンバルの様な音と共に、村の中からグレーの長髪の男が、そんな声と共に現れた。
隣には気まずそうな笑顔で此方に手を振っているユーディと黒に近い青の短髪を持つ大人しそうな顔立ちの少女が居た。
後ろには興味ありげに此方を伺う子供達も居る。彼、もしくは彼女達がハーツの言っていた視線の主だろう。
何が合格かは知らないがユーディが居るので駆け足で近付く。
「何が合格何ですか?」
会話するのに差し障りのない距離で疑問をぶつけた。
合格通知をした男性は本心か、嘘か分からないスマイルで答える。
「それはもちろん、この村に入る試験のですよ」
「試験?」
何時されていたのだろう?
「魔物です。この子達に見ててもらっていたんですが、視線に気付いていていたのに、自分から攻撃しませんでしたね?」
「はあ」
視線に気付いたのはハーツだが。
「この村ではやられない限り、やらないがモットーでして。何も知らない人でも気性の荒い方は入るのを御勘弁いだいてるのです」
「いい村ですね」
心の内では「運良かったー」とホッと一息吐いていたが。
無論、心の内なので、目の前の男性は気付かず、
「有り難い御言葉です」
恭しく頭を下げた。
「じゃあ、俺た……いえ、俺もユーディみたく村に入っていいんですか」
ハーツの姿は普通の人に見えないのを失念しており、危うく怪しまれるところだった。
男性も此方が言い間違えただけだと思ってくれたみたいで、すぐさま笑顔で「はい」と答えてくれた。
村の中に入ると、子供達が興味ありますみたいなキラッキラした目で此方を見てきた。
其方に構ってやりたい気持ちを抑え、軽く村を見る。
鉄むき出しの家が建ち並び、一番奥には森世界同様二階建ての建物が建っていた。
まさに鉄世界。
そして流れるように視線をユーディの隣に居る少女に移す。
全体的に大人しそうなイメージを持たせる少女である。
しかし、和ヶ原さんみたくオドオドはしていない。
彼女が北の巫女なのだろう。
此方の視線に気付いた様で、彼女は軽く会釈をしてきた。
此方も軽く返す。
「じゃあサイト、ウチらは大事な話をするので、てきとーに遊んでてくれへんか。アルベルトさん村長の元に」
軽く歩を進めたところで、ユーディが何もない虚空を見ながら言った。多分其処にハーツが居るのだろう。
久澄は首を縦に振り、肯定を示した。
それを確認し、歩を再び進めるユーディ。
「それなんですが、ユーディさん」
アルベルトと呼ばれた男性が歩を止めずにユーディの耳元で此方に口唇が見えないように手で隠しながら何事かを言っていた。
聞き終えたユーディが驚きの表情を浮かべたが、此方にお声が掛からないので彼方の問題だと判断し、後ろを軽く見る。
其処にはバレバレな尾行で付いてきていた少年少女達が居た。
瞳に映る感情は前述通り。
ユーディには遊んでろと言われたし、する事も、できる事もない。
なら、遊ぶかと考え、子供達に声を掛ける。
「遊ぶか?」
その声に大勢の子供達が歓喜の声と共に駆け寄ってきた。
(結構多いな)
少なく見積もって三十人は居るかという子供達を見て、森創界と同じ環境なら客人が珍しいのだろうと判断した。
何、子供達の相手なら得意だ。
「何する?」
「鬼ごっこ!!」
「兄ちゃん鬼な!!」
「五十秒だぞ!!」
一瞬で返ってきた答えに若干驚きながら、久澄は数を数え始めた。
きゃー、と言いながら逃げていく子供達に、久澄は小さく笑顔を浮かべた。
鉄世界、侵鉄界。
その世界にただ一つだけ存在する村の一番奥、唯一の二階建てである建物の主はもう居ない。
殺されたのだという。
死体は綺麗だったらしい。傷一つ無く、表情はまるで寝ているかのようだったと。
それを悲惨と判断するか喜悦と考えるべきか。
ユーディには前者しか選べない。
殺されたというのならば、その顔には恐怖が残っていなければおかしい。
どんな精神力をしていても自身が望んだ死でなければ受け入れる事ができないはずだ。
死因は不明だという。
医者は肉体的ダメージが無い事から精神攻撃による生命殺しの線が極めて濃厚と考えている。
だが、命を断ち切る程の精神攻撃とは何だ。そんな攻撃を受けて表情一つ歪められないのは悲劇ではないか。
ユーディは、この状況を呑み込むのに時間を要した。
頭では分かっている。貴重な時間を無駄にしていることに。
しかし、最初、アルベルトに聞いた時から現実感の境が曖昧になっている。
何時もそうだ。近しい人が死ぬと現実感を失う。
この感覚を何というのかウチは知らない。
北の巫女であり、ウチよりこの家の住人と近しかった『ニーネ・アルタナ』は、余計な言葉を掛けず、黙って背中に手を付けてくれた。
背中に伝わる温かみにウチは現実感を取り戻していく。
「ありがと、ニーネ」
受け入れたとは言いにくいが、ウチは最低限現実感を取り戻したため、ニーネにそれを告げる。
彼女は黙って手を離し、右上を見た。
其処には、前空の操手、前東の巫女、ハーツ・フェアリーが宙に浮かんでいる。
「もう落ち着いた?」
此方の目を見ながら、凄惨な過去を見てきた幼い目の主が問うてくる。
嘘を言う理由が無いため正直に告げる。
「ああ。おーきになハーツ」
彼女も、ウチが現実感を失っていた間、何も言わずに見守ってくれていた。
「そう。なら早速で悪いけど、お互いどの位情報を持っているか話し合いましょ」
アルベルトは此処まで案内してくれた後、恭しく一礼し、去って行っている。
失った時間は取り戻せない。
時間を無駄にしてしまったと感じているユーディは大きく、そして、ニーネはそんなユーディを一瞥した後、小さく首を縦に振った。
久澄碎斗は追い詰められていた。
小さい子供の体力を甘く見るべからず、とは言うが、これは流石に元気ありすぎだと思う。
かれこれ五時間は走り回っている。
体力があるからといって足が速いわけではないのでレベルは合わせているが、一般的なこの年代の子供達より足が速いのは事実。普通に百メートル十九秒台とか出せると思う。(久澄の百メートルタイムは普通にやって十五秒台である)
それに慣れない地形と言うのもある。最初は大変だった。
そのため提案したのである。鬼の人数を増やさないかと。
子供達は快く承諾し、鬼はめでたく五人になった筈だが、
(めでたくねーよ、こんちきしょう)
今現在五人の鬼に追いかけ回され、行き止まりに追い詰められたのである。
勿論、左右、前に道はあるがそれを潰すように元気な掛け声と共に駆けてきている。
何かができるわけもなく俺は一番最初に駆けてきた少年に鬼の役目を押し付けられた。
他の四人の内三人はすぐさま散開し始めた。
すぐに行動しなかった一人。
その子に久澄は心当たりが合った。
鬼が五人になる際、じゃんけんで負け、鬼になってからずっと鬼をし続けている少女である。
その少女は大人しそう、というイメージが強い。しかし、ニーネと呼ばれた少女の様な大人しさではなく、気が弱いから大人しくしているというイメージを持たせる。
だからか、今まで他人に譲る傾向が見れたのは。
この子は別に特別足が遅いわけではない。しかし、その性質故か、周りに他の鬼が居ると其方に譲ってしまう傾向があったのである。
それでかれこれ五時間も鬼を続けている。
これは持論だが、鬼ごっこにて鬼で居ることは楽しみを半減させ、無駄に疲れると考えている。特に目の前の少女の様な子には。
なら、手を貸すのが普通だろう。年上だし。
「ねえ、其処の子」
「ひゃい、わたしですか?」
一応、ソプラノと評しておくが、かなり高い声と共におっかなびっくり振り向く少女。
「そうだよ。一つ提案があるんだが。聞いてくれないか」
「て、提案? 提案ってどういう意味ですか?」
おっと、普通はそうか。
「作戦があるってことだよ」
意味は少し違うが、まあ後々に真の意味を学ぶだろう。
「作戦。どんな……?」
怯えている感じは拭えないが聞いてくれるらしい。
「それはな………………」
念のため、少女だけに聞こえるように小さな声で作戦を告げる。
それを聞き、少女は驚きを示した。
大した作戦でもない、というか、幼稚園位の子供達に対してまともな策を練る男子高校生が居たらドン引きであろう。
だから大した策ではなく、さっき久澄が追い詰められた策を真似てこの子を鬼から解放してやるのである。
少女が驚きを示したのは、この少女の性質がためだろう。
今は純粋な、純白の優しさだが、将来、それだけでは生きていけない事を知ってしまった久澄としては、その性質に危うさを覚えるだけだった。
二十チョイか。
久澄は物陰から、子供達の集団を見ていた。
久澄の立てた作戦は相手の人数が多い程、成功率を増す。
欲を言えばもう少し多い方が良かったが、欲を掻きすぎてあの集団が解散しては元も子もない。
作戦を決行する。
久澄は走り出した。
案の定喜びの悲鳴という矛盾したものを上げながら逃げていく子供達。
久澄は追い付きそうで、絶対に紙一重で追い付けないスピードを保つ。
そのまま数秒。
久澄は子供達より若干右側に自身をずらした。
こうすることで右に逃げるという選択肢をすぐに選べないようにし、必然的に左に逃げる様にする。
目的の位置に近付いたため、久澄は右側から山なりに子供達へ迫る。
子供達は逃げるために左側で近くにあった道へ曲がった。
勿論、その先は行き止まりでないからでもある。
しかし、子供達の集団の先頭を走っていた少年は立ち止まる。後ろから催促の声が上がるが止まる。
其処には毎回鬼になっている少女の姿があったからだ。
少女はてこてこと迫り、遠慮気味に肩に触れた。
少女は五時間振りに鬼の役目から解放された。
少女は後ろの道から逃げ出す。
その姿を確認し、久澄も近くに居る子供にちゃっかりタッチしてから逃げ出した。
と、其処で、ゴーンと鐘が鳴るような音が鳴り響いた。
子供達が一斉に駆け出す。
様々な子供達が別れの挨拶を言ってくるため、子供達は帰りましょうの合図なのだろう。
さて、俺はどうしょうか、と考えているところにあの少女がやってきた。
この子もわざわざ挨拶にと考え、手を振ろうとする。しかし、彼女は何故か、
「行きましょう」
と言ってきた。
「……何処に?」
当然の疑問だろう。
しかし、彼女は不思議そうに此方を眺め、口を開く。
「だって、おねいちゃんのお客さんでしょ?」
「お姉ちゃん?」
「うん。義理のだけど。あれ? ニーネおねいちゃんのお客さんじゃないの?」
北の巫女ニーネ。正確には彼女のお客さんではない。
誤魔化すために嘘をつくのは簡単だが、こんな純粋な瞳を持つ少女に見られて嘘をつける程詐欺師ではないため、正直に話そうと決めた。別に隠す必要があるわけでもないし。
「うーん。お姉さんの友達の仲間みたいな感じかな」
「ユーディちゃんの仲間?」
ニーネの義妹ならユーディの事を知っててもおかしくない。
「まあ、そんな感じで」
「うん。じゃあ、お客さんだ。行こ」
「えっと、何処に」
先程もした質問。
「わたしたちの家」
今度は答えてくれたが、何故に其処、と思わされることになった。
しかし、久澄がそれを口にするより早く、彼女は歩き出してしまった。
彼女からしたら決定事項らしく、此処で拒絶したら大変な事になると考え、久澄は黙って後に付いて行くことにした。
無論、ユーディとハーツを待つなら好都合か、とも考えた結果でもある。




