ブレイヴァリ
『星妖精の空』
ユーディ・ニィーズがこのギルドにお世話になることになったのは一年前の話。
成り行きとしか言えない感じで三代目マスターに任命されたのは、それから一ヶ月後の話である。
前マスターであるカヤは、あくまで代理でやっていたと語っている。
初代マスターが帰ってくるのを信じて待っていたが、とある事件の所為で曖昧なままで居られず、その事件に一番怒りを覚えていたユーディがマスターに任命されたのだ。
ユーディは目の前に存在する女性のことを多少知っている。
しかし、ユーディの知識では、数百年前に実在した人物なのである。
星妖精の空に関する資料は何故か無いためユーディを含め今居る全員がその歴史を知らない。(カヤが入るまで、初代マスター一人であったから途中ギルドメンバーを失う事が無い限り、初代マスターのみしか知らない)
しかし、目の前の女性−−ハーツ・フェアリーは、確かに『星妖精の空』創設者にして、初代マスターと言った。
なら、その数百年の間、命があったということだろう。
伝説の空の操手であることよりも、今、この場に存在していることがユーディには信じられなかった。
「……何やって」
そのため、ユーディの口から最初にでた言葉は、核心に迫ることではなく、意味のない聞き返しになってしまった。
「ふふ、ユーディには時間がいるようね。それにしても、また会ったねっと言うべきだね、久澄碎斗くん」
「何で、俺の名前を?」
「触れたからよ。と、それについては、説明するからそんな顔をしないでくれないか」
ユーディ以上に事態が読み込めていない久澄は、不思議さと警戒心の入り混じった表情を浮かべている。
その表情を見て、ハーツは、見た目に似合わない、しかし、慣れたような感じで肩を竦めた。
「さて、ユーディ。少しは落ち着いたかい?
わたしは、君がこの先の『深雪界』へ入りたくない理由をは知っている。だから、此処から動かないかい?」
視線を久澄からユーディに変え、問う。
少しの逡巡の後、ユーディは口を開いた。
「……そうやな。あんたが本物なら、訊きたいことが沢山あるしな」
ハーツの言葉に了承し、身を翻した。
久澄はハーツの姿を正確に捉え続けるために右目は閉じ、原視眼を発動させたままでユーディの後に続く。
プカプカ浮かびながらついて来るハーツの姿が視界の端に映り(此方の考えを理解しているのか、左側に居る)、自分で選んだ方法とはいえ、気になってしょうがなかったのは、意味は無いことと分かっていたが秘密のにした。
道中、ハーツと会話は行われなかった。
折り返し半分を越えたところで、ハーツが自分の姿は特殊な人間か、特殊な場所でないと見えないと説明し、人が居る前で話し掛けると残念な目で見られると教えたためだ。
エーダの裏扉−−ユーディ談−−前に辿り着いた三人。しかし、久澄は困っていた。
扉に内側から鍵が掛けられているのである。
ユーディの話では防犯の為にこれ位の時間になると閉められてしまうのだという。
どうしようと悩んでいたが、ユーディと何かを相談していたハーツは幽霊みたく扉をすり抜け向こう側へ行ってしまった。
向こう側から開けてくれるのかと思い、扉の前で待つ。
しかし、何時まで経ってもその時は訪れない。
其処で久澄は思い思い至った。ハーツは物には触れられないんじゃないかと。
原視眼に命じ、視方の設定を変える。
余計なものを視界から排除し、扉、ハーツだけを視界に収める。
案の定、ハーツは向こう側の扉の外に居た。
久澄は、黙りなユーディに目線でどうするのかを訊ねた。
しかし、ユーディの目は閉じられていた。
一瞬、声を掛けようとし、止める。
気付いたからだ。ユーディが集中していることに。
何をしようとしているのかは解らない。だが、この状況を変えようとしているのは空気で分かった。
だから久澄は、その時が来るのを黙って待つことにする。
待つこと一分。その時は来た。
「天空転写!!」
ユーディの瞳をそのままこの世界に持ってきたような空間が広がった。
しかしこれは、二度見た天空転写とは、規模が違っていた。
広がる天空転写。
それはハーツの居る位置まで広がった。
「天星移動」
ユーディが久澄の腕を掴み唱える。
軽い浮遊感が一瞬襲い、景色が変わった。
目の前にハーツが居る。 後ろには見覚えのある扉がある。
跳んできた、ということだろう。そして、これがさっきハーツと相談していた事になのだろう。
ユーディが天空転写を解除し、闇夜から月夜に。
月の光に照らされるユーディの顔は、疲れているように見えた。
だから言う。
「おぶっていこうか?」
最初ユーディは意味が理解できないという顔をしていたが、すぐに此方の意図を察したらしく嫌そうな顔をした。
それは、気を遣われるのが嫌だという顔で、提案自体への拒否ではない。
関わりは短いながらもこの手の人間の思考回路が理解でき始めていた久澄は、そのことを勘違いすることなく受け取ることに成功した。
ユーディはフラフラしながら此方に足を進める。
久澄も歩み寄り、おぶるのに差し障りのない距離まで近づいたところで膝を折った。
背中からかかる重さを確認し、手を膝寄りの太ももにかけ、立ち上がる。
アルニカと違い大きなリアクションをしない。
それにやりやすいと感じながらも、背中にかかる重さからユーディの疲労を感じ取り、早くギルドに帰らないとな、と思った。
少し離れた所でハーツはそんな二人を、どこか懐かしげに見ていた。
街に辿り着いたのは日付が変わってから数時間が経ってからだ。
しかし久澄は、時計は持っていないし、懐かしの恩師の特技に目覚めたわけでもないので時間がわかるはずがなかった。
では、何故か。
ハーツが教えてくれたのである。
ハーツの身体には時間を知らせる道具は見当たらない。
不思議な点が多いが、全ては話せるときに話してくれるらしい。逆に今は話す意味が無いと言われた。
情報は早めがいいんだけどな、と考えながらも久澄はその言葉に頷いた。
王都領地内でもプルフェスタは眠る街らしい。
昼の喧騒は何処とやら、街は暗黒に包まれていた。
だからか、どんなに端っこにあろうと光は目立つものである。
背負っている人物の状態を考え、何か最近似たような事があったような、とかと思いつつ、何故か重くなった足に鞭打ち光源である星妖精の空へ歩みを進めた。
ギルドに戻ってきたらタコ殴りだった。
経緯はこうだ。
溜め息一つ吐き、やっと帰ってこれたと感慨。
見るとギルドメンバーが全員居る。
全員の目線が久澄の背中で眠っているユーディに向かう。
ユーディは戦闘を行ったためそれなりに汚れている。
疲労から顔色が悪い。
一緒に行ったはずの久澄は汚れていない。
ギルドメンバーの一人が背中に周り丁寧に、丁寧にユーディを降ろす。
「あっ、どうも」とお礼を言う。
襲われた。
悲鳴を上げる暇もなかった。
まず顔を殴られ、次に腹。其処で土壁を発動したが、どうやらおふざけではないらしく一撃一撃が重い。
誤解をしているようなので釈明をしようとするが、その隙がない。
見た目では分かり難いが久澄もかなり身体にダメージを溜め込んでいる。
止めに入ってくれる人を期待することもできない。
なら、と久澄は試すことにする。
土の二式を。
五行の理、土の式、二式、土塊。
それが今行おうしている式の名だ。
土を形成している原子、元素を隙間無く詰め、土の塊を身体に纏うように生み出す。
使っている間は動けないという弱点があるが、それを補える程の強度を持っている。故に土塊。
式とは型である。
修行中、何度も視せてもらったためイメージなら頭の中にある。
後は、それを行うだけの力量があるかどうか。
考えている時間が惜しいため行動に移す。
修行中を含め、初めて行うにしては最悪の環境。
だが、この程度の事は乗り越えられなければ論外。
土壁のときより複雑に、一つでも多く詰め込み、力で圧縮。隙間ができるため再び詰め込み圧縮。これを繰り返す。
少しの沈黙の後、成功を教えるように痛みが消えた。
かかった時間は一秒と少し。しかし、何秒もかかる技では実戦では使い物にならない。
そう考えはしたが、今は贅沢を言えまい。
それは後の課題とし、観察する余裕のできた脳で自分の周りを見る。
次々と拳や爪先を押さえるメンバー達。
隙間無く敷き詰められた原子はダイアモンドの強度を実現する。
やがて暴力の嵐は止み、忌々しげな視線が降り注ぐ。
だがそんなのは関係ない。誤解を解くのが最優先事項である。
「あのさ、誤解しているみたいだけどユーディ死んでないからな」
久澄のその発言に袋叩きにしてきた全員が驚きを表す表情を浮かべた。
しかし、それは些か的外れであった。
その誤解を解くために立ち上がったのはユーキ。
今回はタコ殴りグループに所属していた。
「あのね、サイト君。みんなはそれで君に当たっているわけじゃないんだよ。大体ユーディが死んでないのなんて見ればわかるしね」
「じゃあ、何でですかユーキさん」
「そんなの簡単よ。仲間を見捨てない。ウチのギルドで唯一本物の理念を実行しただけよ」
「…………」
その言葉の真意を理解できない程、久澄は人間味が無いわけではなかった。
つまり、何の事情も説明せず勝手な行動をとり、あまつさえユーディを危険に晒したのをみんなは怒っているのだ。
「理解してくれたみたいね。けど甘いわ。サイト君、君のこともみんなは心配したの。君だって仲間なんだから」
その言葉に久澄は表情を変える。驚きへ。
心配、仲間、その言葉は久澄にとって三年前からこういう場面では使われない言葉であったから。
「原視眼に五行の理。確かに強力な力よ。それでも万能ではない。全ての式を極めた私が断言するわ、五行の理は全てを守れない。だから過信しないで、自分を。出来ることを見極めるのも戦いでは重要な要素よ」
「分かっています、が分かりました。改めて教えてくれてありがとうございます」
そう言い久澄は純然なる思いで頭を深々と下げた。
自分が分かっていることでも、他人に聞くとまた違った聞こえ方をする。その事に礼で感謝を示すため、頭を下げた。
『全てを守れない』
ユーキが何気なく口にしたこの言葉。それは浮かれていた久澄の全てを引き締める効果を表した。
『全てを守れない』
その言葉は、久澄の頭の中で反芻し、戒めの鎖となる。
頭を下げながら、浮かれていた、という事実に苦いものを感じ顔をしかめた。
しかし、数秒後頭を上げた際に顔に張り付いていたのは、何時もの無表情であった。
久澄が様々な暴力にあい、苦いものを感じている間。
カウンターに居たカヤは、久澄と共に来た人間に、まるで幽霊を見ているかのような思いを感じていた。
童顔に少女の顔。目は幼さを残しながらも何か年齢に合わない体験をしてきたかのように大人びて、静かな決意を写している。
星妖精の空、初代マスター、ハーツ・フェアリー。
二代目マスター、カヤはずっと待っていたその少女を見て呟いた。
「……ハーツマスター?」
それは、丁度久澄が頭を上げた瞬間に言われた。
呼ばれた本人は気まずげな顔をし、
「やあ、久し振りねカヤ。少し太った?」
精一杯の冗談と共に振り向いた。
「誰が太ったですって!!」
ハーツの冗談に、それと知らず鬼の形相でキレるカヤ。
それを見た幾人かが縮みあがったのを久澄は見逃さなかった。
そして悟る。カヤは怒らせてはいけないと。
「ウソよ、嘘。成長したというべきね」
ハーツも思い当たる事があるのか引きつった笑顔を浮かべながら弁明した。
「そりゃ、五年も経てば多少は成長しますよ。今十八ですし」
「十八か……ゴメンね十三歳でマスター任せちゃって」
十八という言葉に顔をしかめ、そう弁明をした。
「いいですよ、代理でいたし。それに今はユーディに押し付けちゃいましたから」
「そうみたいね。ビックリしたわよまさか『天修羅』がマスターやっているなんて」
本当にビックリしたという顔でユーディが運ばれていった方向を見た。
「? 何でですか? 別にユーディがやってても不思議ではないと思うんですが」
「んー、ユーディは其処まで人を纏める力があるのか。
と、それより、碎斗君。君の鈍さには驚きを覚えるよ」
視線をカヤから久澄に移し言う。
「ん? 何が?」
何の心当たりも無い久澄はこう返したが、その回答にガッカリしたようにハーツは下を向いた。
「何であれだけ似てるのに其処だけ……いや、言ってもしょうがないね」
「あのハーツさん? そんな堂々と馬鹿にしなくても」
何か諦めの極致に達してしまったハーツに、説明もされず諦められてしまった久澄は、此方も軽い諦めの入った声で非難した。
「馬鹿にもしたくなるよ。この状況に何もツッコまないなんて」
「何をどうツッコめば」
「はあ〜。碎斗君、原視眼解いてみな」
「そしたら……あっ!!」
ハーツの言っていることの意味に気付いた久澄はすぐさま原視眼を解いた。
「な、何で、見えるんだ……」
両目に写るハーツの姿。
何言ってんだこいつな目線も気にならない程の衝撃を受ける。
「フム。そこらも含めて事情を説明しようかな」
ハーツが発する緊張感を含む空気。
カヤも、ハーツを知らないメンバー達も、発せられた空気に唾を飲んだ。無論、久澄も。
しかし、
「だけど今はユーディが起きてないからだめね。話は今日の昼で。
じゃ、おやすみ!!」
高らかに右手を上げ発言した後、フワフワと何処かへ行ってしまった。
この言葉と行動に、全ての者が拍子抜けをして禁じ得なかった。
昼。
「それじゃ、みんなお話しするねー」
昨日の宣言通り説明が始まる。
ユーディは今朝何事もなかったかのように起きてきた。
朝はユーディに寝て以降の話をし、軽めの朝食を。
まだ眠気の取れない頭にどうしようか、と露骨に悩んでいたところにユーディから軽い運動の誘いを受け、それに了承。
最初十分は本当に軽く動いていたが、その後、もう十分はユーディに許可を取り二式の練習相手をしてもらうことにした。
火の二式、火砲。水の二式、沫水。雷の二式、雷刃。闇の二式、影喰。
長らくユーキと付き合いがあるユーディは様々な、そして的確なアドバイスで久澄に教鞭を執った。
今久澄の相手をしているのはユーディではない。
しかし、姿形はユーディである。
天星残滓。
大量の星を使い使用者のコピーを造る技を使い、久澄に外側から見たアドバイスを与えつつ、内側から戦闘経験を積ませるという効率のよい練習をした。
因みに、天星残滓は技を使えないが、肉弾戦は使用者より数段強くなる。
練習が始まり、十分位が経った頃、上からお声が掛かり終了となった。
原子配置の確認だけのつもりが、有意義な十分となったことに内心満足感を覚え、その時間を作ってくれたユーディに軽く礼を言い、久澄は上へ歩き出した。
上へ行くと、全員分の昼ご飯が用意されておりもうそんな時間かと感じながら、カヤにタオルを借り、自分の借り部屋からミヤ作の木の繊維服を一式取り外へ向かった。
水の一式、水霊、もどきを使いかいた汗を流す。
余談だが、この惑星、ティラスメニアでは、水浴びが基本的な入浴法で、森世界にいる間も入浴場を幾度となく借りていたが、温かいお湯に慣れた地球人にはツラいものがあった。
今は流石に慣れたが。
閑話休題。
タオルは水霊もどきで洗ってから適当な場所にひっかけ、乾燥を促す。
水浴びを終え、戻るとギルドメンバーの殆どが自身達が普段居る何時もの位置にその身を落ち着かせている。
久澄も定位置となったベンチの上へ座りその時を待つことにする。
暫くすると久澄同様に水浴びをしてきたユーディが戻ってきた。ギルド備え付きのシャワールームからである。
そして全員が大体の位置に収まった頃、カヤに呼ばれハーツがパジャマ姿で気怠げにフワフワ浮きながらやってきた。頭にはとんがり帽子もどき着用である。
何時着たの? てか着れたの? という疑問がギルドメンバーの頭に浮かび上がったが、幸いな事にその手の、長くなりそう系の話を今聞こうとする者は現れなかった。
これが朝から今までの行動。
「それじゃ、みんなお話しするねー」
ハーツはカウンターの上で、配られた昼ご飯のパンを片手に、足をパタパタさせながら話を始めた。
「まず私はハーツ・フェアリー。このギルドの創設者で初代マスターよ」
久澄、ユーディ、カヤにとっては既知の事実だが、他のメンバーは初めて知ったことらしいのでそれなりのどよめきが起きる。
それを遮るようにハーツは続ける。
「五年前からある事情でギルドを空けていて、その間はカヤに任せていたんだけど……かなり増えたわねー」
見渡し、最後にカヤを見る。
カヤは照れくさそうに頬を掻いた。
カヤの反応に笑顔で返し、さて、と言い話を進める。
「此処からが多分、みんなが興味あるところだと思うわ。
ユーディ、前に来て」
ユーディが呼ばれたことに何事かとざわめく皆。
しかし、ユーディはハーツに呼ばれた意味を理解した顔で足を進め、ユーキは何か心当たりがあるような顔でユーディを見ていた。
「ユーディ、そろそろ時が来てしまったけれど……話して大丈夫かしら?」
ユーディの表情に迷いが生まれる。
しかし、それはすぐさま決意へと変化した。
「……かまわないで。ただし、貴女が知っている事を話してくれるなら、や」
「それは勿論だよ。此処まで事が運ばれているのに、勿体つける意味は無いからね」
「じゃあ……頼むわ」
「その決意に感謝するわ。
さて、今から一つ歴史の話をするわ。長くなるけれど、それをしっかり聞いて頂戴」
歴史の話と今の流れに何の関係があるんだと思わないものも居ないわけではなかったが、何故か、全員、口を挟む気にはなれなかった。
それだけハーツの放つ空気は緊張感を含んでいる。
そして、ハーツの口が動き始めた。
「まず始めに、この世界は創られているという事実を受け止めてほしいの。それを事実として認識してくれないと話は進まないわ」
自分達の住む世界は創りもの。
いきなりそんな事を言われ受け止めろと言われても受け入れられる筈もなく、故にこの怒りも当然か。
「何を言っているんだあんたは」
「そうよ。大体証拠はあるの?」
次々と上がる否定の声。
しかし、ハーツは怯むことなく言葉を返した。
「証拠ならあるわ。まぁ、信じられるかどうかはあなた達次第だけれど。
先に出さないのは、まずは口頭で伝えた方が証拠をいちいち止めずに見せられるからよ」
押し黙る皆。
だがそのぐらいで反論の言葉を失うような甘い経験はしていなかった。
不屈の心で非難の感情を口にしようとする。しかし、またしてもそれを遮るようにハーツは言葉を続け始めた。
「まあ、普通は短時間でこんな事を理解しろって方が無理よね」
そう言いつつハーツは久澄の方へ本人以外に気付かないくらい小さく視線を向けた。
その瞳は言う「あなたは驚いていないみたいだけれど」と。
確かに、と久澄は思う。
元々驚きの感情が薄いためか、実際はそんな事興味がないと思っている。
自分の母星で無いのもあるが、これを理解しなければ先には進めないと言われているのだ。色々隠している様子だし、無理矢理にも理解してさっさと話を聞くのが一番いいと判断してのことだった。
ハーツの瞳は此方のそんな心理状態を覗いているような、そんな深みを帯びていた。
心の内を視られているような感覚に嫌なものを感じながらも、久澄は敢えて視線を逸らさなかった。
そして促す。話を進めろと。
此方の視線に含まれる感情に、やはり何処か慣れたように肩を竦める事で返し、口を動かし始める。
「ふう。まあ、しかし、今すぐに理解しろっていうのは残酷な話ね。だから今受け入れなくていい。ただし、頭には入れておいて。大事なことだから」
切実に訴えるハーツの言葉に何かを感じたのか一人、また一人と首を縦に振る。それは、了承の証。
打って変わった皆のしおらしい態度が嬉しかったのか、その光景を見たハーツは見た目にあう太陽の様に輝くような笑顔を顔に映した。
よくキャラの定まらない人だなと思いつつ、久澄は再び語られる話に耳を傾ける。
「私は、いや、私達はこの世界が創られる前の世界で暮らしていた。その世界の名はブレイヴァリ。勇者にまつわる神話が多い世界だったわ」
其処でハーツは手に持つパンを一かじり。
こんな緊迫した空気の中、美味いって顔をされても、と皆が思った。
皆がそう思っているのを知りながら、ハーツは敢えて気づかぬ振りをし、話を続ける。
「その地に一人の勇者になりえる男子が生まれた。それが私達の狂った物語の始まり」
其処で一旦言葉を切り、ハーツは表情を苦いものにした。
それは、辛い過去を思い出す人間が浮かべる表情である。
その表情のまま続ける。
「勇者の目覚めは、同時に魔王の目覚めを表す。ブレイヴァリの北地域に、そのもの悪が生まれたの。理性も無く、ただただ破壊するだけの塊。勇者資質の少年が生まれてから十六年後、魔王は独りで進出を始めたわ」
そして、とハーツ。
「その心に優しさを持ちながら、恐怖という狂気に染め上げられた人間達に勇者として育てられてきた青年は魔王と戦う事を余儀無くされたの。魔王退治の旅の際、支える人材として次世代の、世界を祀る四方の巫女として育てられていた私達が選ばれたの」
話が核心に触れ始めたのを感じてか、何処からか唾を飲むような音が聞こえた。
「北に居た巫女は北の住民が命懸けで西の巫女の元へ送られたからこの残酷な運命に参加することになったわ。
それから色々あって、勇者の無駄な優しさのお陰で、心に抱いていた傷を乗り越えた北の巫女が勇者に結婚を申し込んで、まあ、一悶着あって最終的には結婚したんだけれど、辛い事も、楽しいことも、幸せな事もありながら、遂に世界の中心で魔王と遭遇したわ」
魔王との遭遇。
話が最終局面に辿り着いたのを悟り、久澄は、皆は集中力を最高潮にまで上げた。
しかし、ハーツは何故かユーディの方に向き直った。
ユーディも予想外の事だったのか、意外感を表情に映していた。
「ユーディ、天空転写使ってもらえない?」
「へ? 何で」
ユーディは尤もな疑問で返した。
だが、次のハーツの言葉は、否、次起こした現象は、ひねくれた経験をしてきた皆の疑問を解決するに足りえるものであった。
「魔王戦の様子は、映像で観てもらう方が早いから。それを映す媒体として天空転写が一番いいの」
「そ、それなら、天空転写」
ギルド内に宇宙が広がる。
そして、その光景を確認したハーツは、何事かを唱えた。
天空転写の一部が歪み、映画館のスクリーンと同じくらいの大きさの長方形が生み出された。
その長方形に超高画質でとある映像が映し出される。
それは、ハーツの記憶、知識。
全ての者は、その映像に見入った。
久澄と大して変わらない年齢であろう青年と四人の少女が、一山分位の大きさの影と向かい合う姿。
少女達の中には地に足を付けるハーツの姿もあった。
だが、それ位で騒ぎ立てる者達はいなかった。
状況は目まぐるしく動いているからだ。
戦闘が始まる。
四人の少女が、普通は見ることの出来ない、それこそ賢者が口伝で伝えるほど価値があり、危険な魔法で先制攻撃を喰らわせた。
しかし、それはあくまでサポートである。
二振りの剣を操り影に斬りかかっていく勇者のための。
戦闘は激化する。
魔王の攻撃により、大地は抉れ、天は割れ、空気は毒と化す。
だが、一人の巫女が抉れた大地を補強し、また一人の巫女が割れた天を修復し、また一人の巫女−−ハーツが空気を浄化する。
そして、最後の巫女が勇者をサポートしながら行動する。
完璧なコンビネーション。
久澄は、皆はその連携度に驚嘆を表す、が久澄は次の瞬間、もっと驚く光景を目にする。
勇者が右の剣を肩に担ぎ、その姿を掻き消した。
次の瞬間には魔王の懐に入り、雷撃を纏った右の剣を振り下ろす。振り下ろす、と同時に左の剣が限りなく透明な焔を纏い、左の腕が極限まで捻った骨、筋肉を使い横薙に斬った。
雷駈、雷迅、火焔。
どれも、五行の理の式。後の二つは、最終の四式の技である。
勇者が原視眼を発動している様子は無い。
様々な疑問を持って、久澄には珍しく焦るようにユーキが居る方を見た。
ユーキは、久澄を見るような事はしていなかったが、驚きに表情を染め上げていた。
ユーキも無知の事実だったと悟り、久澄はすぐさま映像に向き直った。
様々な式が、魔法が、力が入り乱れるが決着が着く様子は無かった。
それは、お互いの力が拮抗している事を意味する。
このままでは不味いと思ったのか、勇者は遂に切り札の力を解放し始めた。
知らない式。
風が魔法を切り、光が魔王を組み伏せ、何も感じさせない無が魔王を抉る。
五行外の三系統の式。圧倒的な力と共にその存在を誇示するかの如く魔王を削っていく。
勝てる。この場に居る誰もがそう感じたが、奥の手を隠し持っていたのは勇者だけではなかった。
魔王を形作っていた影が外れる。そして、中からは眩い光を放つ人間の形をしたものが現れた。
影から出てくる様は、まるで聖人君子の誕生の様にも見える。その身が放つ光がその感情を後押ししていた。
重力を無視するように降り立つ魔王。
その瞬間、大地が割れた。
圧倒的な力に大地が耐えられなかった所為である。
四人の巫女は世界の補強に全ての力を使う。
それはつまり、勇者のサポートをする人間が一人として居ないことを表している。
勇者と魔王。
何時の時代も敵対し、どちらかが死ぬまでその存在を削りあう者達の、真の戦いが始まる。
光を纏う魔王に光の式は使えない。
何故なら、同系統同士の属性は、基本的には相殺しあう関係にあるからだ。
これは、魔法をかじるものならば誰でも知ることである。
魔王はその身を持って、勇者の式の一つを潰した。
今勇者にある戦力は究極まで高めた七つの式と戦いに特化した人間の身体のみ。
次元の違う魔王と戦うには少しどころか、もう何倍もの力を必要とする。
それでも戦う。彼は勇者なのだから。
勇者は満身創痍。
一撃一撃が世界を壊す力を持つ攻撃を人の身体で此処まで受け止められている方が以上なのである。
しかし、勇者は戦いの中でこの魔王を倒す方法を考えついていた。
だから、勇者は決断する。
後にどんな悲劇を生むことになろうと、今目の前にある悲劇を止めるために、禁断の力を解放する事を。
絶対的力である魔王の真の属性は光。
ならば、その光を一切外に漏らさないあの『かげ』は何なのか。
答えは、影を喰らい、唯一光を取り込むことが出来る、もう一つの闇。つまり陰。
ならば今の魔王の弱点は陰と考えられる。
勇者は五行とはまた別に、生まれたときからその身に宿していた力を全身に、剣に宿し、魔王へ攻撃を繰り出した。
数瞬後、絶対的な破壊を終えその地に降りたったのは、自身の全てを黒く染め上げた勇者の姿であった。
魔王は跡形もなく、崩れ去った。
四方の巫女、特に北の巫女はすぐさま勇者へ駆け寄ろうとする。
しかし、魔王の居なくなったその世界に魔王のものとは比べものにならない爆発的な光が生まれた。
其処で映像は切れた。
「ユーディ、天空転写解いていいわよ。ありがとね」
「い、いや……」
天空転写が解かれ、暗から明へ、日の光が目に入る。
目がチカチカするが、今使うのは目ではなく、耳である。
「みんな訊きたいことがあるだろうけれど、少し待って。あともう少しで終わるから」
言われた通り、映像を観て今皆共通して訊きたいことがあった。
しかし、訊きにくいのも事実。
今は語り終わるのを待つことにした。
「あの光に呑まれてから、一瞬後、私達はこの世界、ティラスメニアに居たわ。驚いたわよ、いきなり知らない場所に、他に知らない人と居たんだから」
ハーツは休まず次の言葉を続ける。
「それから色々あって、私は『知恵の実』と呼ばれる力に自身の存在を変成したわ。そして、その力を使い、この星は様々な星星が複合され創られたところだと。そして、星星を複合したならば、また私達の様な役目を負った子達が生み出されると考え、私達は私達という存在を、存在のみにし、封印していたの」
そして、
「今その危機がこの世界に迫っている。その為、四方にある少女達が生まれたの」
ハーツが紡いでいく言葉にユーディの顔が苦しさに歪むのが分かった。
「あの映像を観ていて気付いたみたいだけれど、その通り。ユーディは目覚めた巫女の一人。天体魔法をその身に宿す北の巫女、天修羅よ」
全員の疑問に答える形でハーツはユーディの抱える事情を暴露した。
そして、ハーツがわざわざギルドメンバー全員にこの話をした訳を話す。
「あなた達には身の置き方を考えてほしいの。世界を救うために戦うか。ユーディの足枷にならないために逃げるか」
ハーツは低く、重い声で言った。
似合うにあわないでは無い。彼女の過去の出来事が出来るようにしてしまったのである。
日は暮れ始め、話が終わったギルド内には重い空気が流れていた。
長くなるから、とハーツがカヤに頼んでくれたお陰で昼食はおいしく食べられた。
ハーツも普通に食事を終え、ギルドの外へ出て行った。
ハーツの生態について興味を覚えつつ久澄は、ハーツのその行動の意味を静かに悟る。
自分の居ない場所で決断をさせるためだろう。
久澄は自分に問いかける。
この世界の危機とかには興味は無い。が、そもそも、このギルドに来たのは元の世界へ帰るための方法を手にするため。それに、アルニカが攫ったのは、その世界の危機に関係する奴らである。
結果、残らなければならない。
面倒事は御免だが、今はメリットの方がでかい。
それに、ハーツが本当に『知恵の実』ならば、少しは面白い情報を持っているはずだ、と久澄は思う。
ならば、接点を此処で立つ必要もない。
溜め息の百は吐きたくなるようなこの状況に、久澄は目を閉じた。
久澄は話を聞いて思っていた。あれが全てなのかと。
どうせ乗りかかった船だ、全てを知りたくなるのが人の性。
世界の危機。それがどんなものかを確かめてみたいという気持ちもある。
「はぁ〜」
抑えきれず出てきてしまった溜め息。
それは、ハーツが皆に問うた質問に対して、答えの分かりきっている事柄に時間を使うのが勿体ないと感じてしまったからだ。
『仲間は見捨てない』
全く、カヤの代理発言からして、ハーツが考えた信条ではなかったのかと、もう一度溜め息を吐いてしまった。




