責任
「−−さ−−−−す−−く」
途切れ途切れに聞き覚えのある声がする。だが、五感がそれに反応しない。
それは、力の行使のしすぎか、それとも現実を受け入れたくないが為か。
だが、現実はそれを許さない。それは、彼の罪の証であり、呪いでもあるのだから。
「ここは……ゴホッ、ゴホッ」
黒煙を吸い過ぎた所為で声が上手く出ていない。
それどころかむせ込んでしまった。
「サイト君、生きているかい?」
ユーキの声。
「ええ、なんとか」
上手く答えられているかは判断出来ないが、一応返答はした。
すぐさま起き上がろうとしたが、身体が脳からの指令を受け付けない。
「起き上がれないようだね。頼むよ」
久澄の状態をいち早く見破ったユーキは、念のために連れてきていた男性に運ぶよう指示を出した。
久澄はその男性に見覚えがあった。ギルド管理館を訪れる際に成り行き上案内をしてくれた二メートルの男性である。
「あ、あの」
「しゃべるな」
初めて聞いたその声は低く太いものであった。
おぶられるという身長故に慣れていない行為に、むず痒さを覚えていたが、ユーキが発した台詞が久澄を現実へ引き戻した。
「サイト、アルニカって子は? 消火はしたが村の皆はもう……。
だがキミが生きているんだ、アルニカが生きているかは別として姿が見えないってどうゆう……?」
久澄は目を見開いた。
忘れていたわけではない。だが同時に目を背けていたのも事実。
無意識ながらも自分の失敗を隠そうとしたことに怒りを覚えた、が無意識領域を支配していた事柄が意識領域に出てきたことで、無意識領域に空きができ本質である冷静さを取り戻し、今回の事について分析を始めた。
とその時、いきなり背中をユーキに殴られた。
「−−−−くはっ」
男性が前によろめく程の重い一撃に息が詰まる。しかし、痛みはなかった。
「おかしいわね。そんなに火傷をしているのに痛みを感じている様子がないなんて……! もしかして!? 急いでギルドに戻るわよ!!」
まず久澄が反応したのは火傷。急いで身体を確認しようとしたが、首を動かすという指令が届かず叶わなかった。
そこで、風景が流れ始めた。
このスピードは雷駈、と瞬時に判断できたが、その技は五行の理を修得し初めて使えるものだ。
しかし、久澄をおぶっている男性は原視眼を発動している様子は無く、否、同魔眼特有の共鳴が無かったため原視眼持ちでないと窺える。
なら心の目を開いた者だが、それこそ神話級の話で、また、他に五行が使える者が居るのならユーキが教えてくれたはずだ。
ならばこのスピードは彼の体術となる。
それに素直に感心しながらアルニカの事について考えを始めた。
「……そう。そんな事が」
休み無しで走り続けたことで夜が更ける前にギルドに着いた三人。
カウンターにユーディの姿を認めた久澄はアルニカが攫われた事と、その経緯を話した。
其処まで話したところで、何時の間にか奥に行っていたユーキが一枚の葉を持ってきた。
「さて、其処に横にしてちょうだい。治療を始めるわ」
ユーキは今日の朝まで久澄が睡眠をとっていたベンチを指差し、指示を出した。
久澄をおぶる男性はそれに従い、彼を仰向けに寝かせた。
男性が身を退かせた瞬間、ユーキはその手に持つ葉を頭へ押し付けた。
脳がピリピリする感じが走り、数十秒後、身体が脳の指令をきくようになった。
「ルカディメの葉!? それが必要なくらい傷ついてたんか」
そう言う間にも感覚は戻り、火傷で爛れた皮膚も再生を始めた。
「神経類の殆どが切れていたの。ゴメン、ユーディ、貴重な物を使っちゃって」
「いや、大丈夫や。それは助けるための道具やからな」
それよりも、とユーディは前置きをし、
「アルニカの事や。まずはそれや」
最優先事項を告げた。
「それなんだけれど、このギルドにある『勇者の鍵』ってやつを渡せば解放するって」
久澄は億劫に思いながらも最低限の礼儀として上体を起こし、まだ伝えていなかった事を口にした。
口にしながらも久澄は渡して解決何て平和に済むはずが無いと考えていた。
見せしめとして人々を殺し、こちらから人質を取る。其処までする人間が目的の物を手に入れたからといって平和的に立ち去るとは思えない。
だが、相手の条件に合う物を見繕わなければ仲間を奪取する状況も生み出せない。
あの敵がこちらを星妖精の空と知り、それを行ったのはかなり効果的だ。
星妖精の空は仲間を見捨てない。それが唯一守られてきたルールだからだ。
しかしマスターであるユーディの顔にははっきりとした逡巡が見れた。
「……なあ、サイト、そいつは巫女がどうのこうのと言ってなかった?」
久澄は記憶を少し前までに巻き戻した。
「……言ってた。巫女の儀式が何とかって」
「チッ、そうゆうかとかい。……サイト、アルニカの事は諦めてくれないか」
忌々しそうに、本当に忌々しそうに絞り出すようにユーディは言った。
だがそれに同意できるはずがなく、
「何故?」
他人行儀に、可能性の一つを潰すかのように訊ねることしかできない。
「詳しいことは話せん、けれど、そいつの言うことを守ったら……大変な事になるんや」
「ユーディ、俺にはアルニカを守る義務がある。だから、どんな理由があろうとも諦められない」
「それはこっちも同じや。アルニカは守りたい、それはギルドの伝統だからって訳じゃなく、ウチの信条がそうやからや。けれど、あいつらの言うことは絶対に聞いちゃあかんの」
「ユーディ、俺は目的のためなら武力行使も問わない人間だ。事情とやらを訊かれたく無いなら訊かないが、その分、説得はできないと思ってくれ」
「そうかい……なら、こっちも武力行使でいくわ。地下に来なや」
ユーディは確かな敵意と共に、地下へと繋がる階段を指した。
地下の闘技場。
其処には、久澄とユーディしか向かわなかった。
ユーディが殺し合いに近いものだからと言い止めたのだ。
久澄は話し合いより時間を無駄にしなくてすむと考え受けたが、もしかしたらどちらかの生死に関わる問題になると思い始めていた。それ程の緊張感が此処にはある。
「木刀は持たなくていいんかいな」
「ああ」
久澄は徒手。始めて戦った時と同じスタイル。
しかし、実力はあの時とは違う。
二人は動かない。
久澄は胃にかかる重圧で、ユーディは肌で、来るべきその時を待っていた。
久澄の心音は次第に早まる。
そして、緊張感と重圧が最高潮に達した瞬間、二人は動いた。
「雷駈」「天空転写」
唱えたのは同時だった。
久澄が原視眼を発動させる間にユーディは場を創り、久澄が雷駈を使う瞬間、次の技を繰り出した。
「天星移動」
ユーディの姿が消え、久澄の真後ろに姿を表した。
「天空砲撃」
百の星星からの光線が久澄に迫る。
久澄は後退、つまりユーディに近付くことでこれを回避した。
「第二撃……第三撃」
前回と同じように、しかし雷駈のスピードに合うように時間差をつけての攻撃。
前回と同じ様に第二撃をかわすが、其処には、第三撃目が迫っていた。
しかし、此処で前回との違いを思い知らせる。
五行の理、土の式、一式、土壁。
土壁で全身の強度を上げ、多少の衝撃では怯まない身体を作る。
そして、原視眼の力で背中に爆発を起こす。それにより間に合わない筈だった回避を行う。
後ろでは止められることなく、久澄が居る筈だった場所を通り過ぎていた。
土壁を解除し、再度ユーディの元へと駈け始める。
もう、天空砲撃は使えない距離、否、使えるが意味を成さない距離。
しかし、ユーディはユーキというパートナーが居るため、原視眼、五行の理の扱われ方には慣れている。
再度、天星移動を使い久澄の後ろに姿を移した。
それを勘で悟った久澄は右回りで後ろを向いた。
其処である事に気付く。
光り輝く星の中に、暗い色を見せる星があることに。
雷駈で進みながら、視線を左に向ける。
同じ様に明と暗が分かれた星星が存在した。
久澄の頭に一つの仮説が浮かぶ。
(もし、その通りなら……)
考えている久澄の元に第四撃目の光線が迫った。
それを危なげなくかわし前に進む。
(しょうがないか……)
久澄は消耗戦に突入する状況にうんざりしながらも、唯一の勝機を見いだした。
「ちょっと待って!!」
しかし、第五撃目が発射唱えられると同時に二人を止める声が割って入った。
だが止めるには些か中途半端であった。
その声に反射的に立ち止まってしまった久澄の元へ天空砲撃が迫る。キャンセルをするには近すぎる距離。
割って入ってきた女性は両目を光らせた。
「闇の式、二式、影喰」
光の下にあった影が消え、光の存在が曖昧になり、久澄に当たると同時に崩れ消えた。
「何をするんや!!」
決闘の邪魔をされ当然の様に怒るユーディ。
怒りをぶつけられたユーキは、此方も怒り気味に答える。
「それどころじゃないのよ!! 氷世界が……大変なのよ!!」
「なっ! どうゆうことや!?」
「村々に爆発魔が」
「チッ、もうかよ」
反応したのは久澄。
「もうってどうゆうこと?」
「すいません、時間がないので。
ユーディもそれでいいよな。お互いに目的地が一緒になったみたいだし」
「そうゆうことかい。ユーキ、サイトの話は後で聞いてもらえるか。ユーキにはギルドを任せたい」
ユーディは天空転写を解除し、ユーキの承諾を得ないまま階段へ走り出した。
それを見た久澄も原視眼を解除し、普通の走りで階段へ向かった。
階段を上りきり、ギルドメンバーの動揺の表情を横目にユーディはそのまま、久澄は座っていたベンチ近くに立てかけてあった木刀を右手で掴んでから外へ駆け出した。




