火火葬葬
漆黒の空。白い月は世界を煌々と照らし、熱を持って吹く風は身体にまとわりつきじんわりと汗を滲ませる。
かつて、MGR社日本支部の中核をなしていた〈塔〉が瓦解し、〈時〉を司る概念体との人類史の存続を賭けた決戦の跡地にて、その三人は佇んでいた。
久澄碎斗。〈夜〉。鈴香赤音。
ティラスメニアへと誘う手を取った少年は、疑問を伴う声を作った。
「それで、ティラスメニアへはどうやって行くんだ? まさか、お前の魔法か?」
「私のは〈空の操手〉のほど利便性があるものではない。だから、向こうへと繋がる扉を保存しているものについて行くのさ」
「そうか」
ならば、今すぐに行動が起こるわけでもないということだ。
背後に向き直り、静かに足元へ視線を這わせた。
二つの死が、そこにはある。
片や、目から上を失った顔。
片や、心臓を貫かれ、頭蓋を中身ごと両断された人間。
大切だと思った二人の恩人を殺され、傷つけられ復讐を誓った対象が、自分の関与しない形でその命を奪われていた。
久澄の心はそれを見ても、伽藍であった。
抱えていた思いの行き場を見失い、なにかしらの波が立つこともなく、ただただその現実のみを受け入れていた。
ましてや、彼の復讐には自罰が含まれていた。
正しさを見過ち、幻想で生きた結果、何もかもを取りこぼした。だからこそ、その対極にいるような生き方をしていた二人を鏡とすることで何度も自らの醜さを自覚してきた。
その結果を、しかし得ることができず宙づりになってしまった。
顔だけとなった颯真には、一度も行動の真意を聞くことができなかった。
彼を殺したであろう〈夜〉に、その理由を問いただす気には、なれなかった。
(別に、俺だけが特別ってわけじゃないしな……)
同様に、新を殺した赤音に対してもだ。
久澄は最終的に新そのものは認めずともその在り方は肯定した。多くを救うために小数を切り捨てる。
実際に、それでこの世界は救われた。
そして、その結果に対して賞賛を得ることなく自身を終わらせる。それも、理解できた。
彼を罰する刃が久澄ではなかっただけ。
赤い赤い復讐の色を孕んだ断罪の刃は、赤音が持っていた。それだけ。
新の声にも疑問はなかった。
久澄と同じくらい、もしくはそれ以上に赤音に殺される可能性を考えていたのだろう。
そして、地に落ちる死を見ていたのは久澄だけではなかった。
赤音もまた、自身がもたらした一つの終わりを瞳に刻み込んでいた。
そして一つ、動きをとる。
右手を突き出し、炎を吐き出したのだ。
颯真の顔が炎熱に飲まれ灰燼に帰す。
久澄は灰の行方を追い、顔を戻す。
新の身体は――燃え尽きることなく炎に犯され続けていた。
揺らめき揺れるその炎は復讐の業火。終わることなき怨嗟を詰め込んだ、地獄の焔。
それを瞳に映して久澄碎斗は、
「……」
湧き出る熱を過去のものと遠くに感じていた。
やがて、新の身体は炭化し砕け散る。
赤音は何を語ることなく身を翻した。
「終わったか」
その言葉は、〈夜〉のものではなかった。
聞き覚えのある声に久澄は反射的に振り返る。
「九、苹果」
氷の扉を闇夜に霧散させながら、眼帯の女性は泰然と新だったものを睥睨していた。
視線を上げ、久澄の目に視線を返す。
「多少は見れる面になったな」
「おかげさまで」
嫌味っぽくなるのを自覚しつつ、久澄は頭に浮かんだことを口にした。
「お前が、扉とかいうやつを持ってるのか……?」
「わたしの氷は事象改変だぞ。消えゆくものくらい留めておくことはできるさ」
「扉って、異世界へ繋がる門みたいなものじゃないのか?」
「そんなものはない、と言いきれないが、少なくともお前は知ってるはずだぞ。でなければ、ティラスメニアへ跳んだ理由に説明はつかんだろう」
「いや……気付いたら向こうにいたから」
「まあ、知覚できるものでもあるまいし、それもそうか。もしくは、そういう風に仕組まれたのかもしれんがな」
「どういう意味だ」
「なに、高密度の魔力で構成されているからな。ここの技術なら知れただろうよ。ましてや、そこの夜霧新だったものはお前に縁があったのだろう。今や真意など知れるものではないがな」
「………違う、だろうよ」
断言はできなかった。久澄の勘案を超えることを何度も行ってきた実績がある。そんな男の、ましてや苹果の言うように死者の考えなど知る由はない。
それでも、こちらの世界より向こうの世界が危険であることに変わりはない。循環の蛇があっても、何度か死にかけている。
内にティアハートを封じられていた以上、理由の見えにくい事情では博打を打たないだろう、とは思っていた。
「まあ、いいさ。それで、向こうに行くのはここにいる四人でいいんだな」
「ああ、そうだ」
「風間の奴は、いないのか」
「あいつには暇を出したよ。あれが忍であった理由が不意に叶ってしまったからな。心が落ち着くまでは、わたしみたいなのからは離れてもらうさ」
「そうなの、か」
(なんだか……)
その先は頭を振るって取り払い、久澄は状況の流れに従うこととする。
苹果の背後に再び氷の扉が現れ、ひとりでに開く。行く先の景色は見えず、混ぜた水あめのような歪みだけが一面に脈打っていた。
「この扉は魔力と同座標上に出した。くぐれば向こうの世界さ」
真っ先に苹果が扉の中へと入っていった。その後に続いて〈夜〉、赤音と消えていく。
久澄はもう一度街並みを眺め、ふと脈絡のない思考に至った。
「そういや、学校の出席日数やばいよな」
だが、そんな思案は彼の歩を止める理由にはならなかった。寧ろ、この状況で浮かんだ考えがあまりに平和的すぎて、苦笑に呆れを含ませていた。
少年もまた扉の向こうへと消え、異世界への出入り口は解け消えた。
――その数秒後のことだ。
「あれ、おっかしいなー」
金髪の少女が、突如〈塔〉跡地に現れた。
「こっちに来た時と似た魔力の反応視えたのに。うーん、だけど微妙に残滓は残ってるわよね……ん? そういえばここ、こんな荒地だっけ?」
首を傾げつつ、しかしアルニカはこれ以上得られるものはないと冷兎中学校の地下シェルターへと戻る。
彼女が久澄の失踪を知り、この違和感と結び付けられるのは数日後のことであった。




