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ファクターズ  作者: 綾埼空
二話 巫女との出会いと守るべき思い
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運命の歯車

 ギルド管理館から帰って来るとユーディがあの女性が生み出したリストを見ながらユーキと話している姿が見受けられた。


「あらかたは片づけたんやけど……これがな……」


「酷いわね。全部SかSSじゃない」


 別に声を潜めているわけでは無いので彼女らの会話の内容は耳に入ってきた。


 久澄の視線に気付いたのか二人が彼の方を向いた。


「おっ、久し振りやなサイト」


「戦果は上々みたいね」


 ユーキは久澄の持つ袋を指差し言った。


 それに、久澄は困り顔で頬を掻き、


「ええ、まあ。……ユーディ、これアルニカの部屋に置いてきてもらえない」


 了承も得ず、遠慮がちに袋を投げた。


 ユーディは危なげなくそれを受け取ったが腑に落ちないという顔をした。


 それに答えるのが得策だと判断し、久澄は口を開いた。


「えっと、報酬自体はアルニカが受けたクエストの報酬って事で理解してもらえると思うんだけど、まあ、女性が寝ている部屋に男性が忍び込むのはどうかと思って……」


 一ヶ月。


 この期間は異世界の空気に慣れるには充分な時間。


 だだでさえ感情が希薄なのに、その感情が麻痺していたのだ。


 だが最近は本性が出てくるようになり、意識してしない限り常識的な判断が出来るようになってきた。


 そのため、久澄が言ったことは本当の事なのだが、日頃の行いは大切だと思わされる事になる。


 まずは、ユーキ、アルニカを覗く全てのギルドメンバーから視線と言語で「今更!!」とツッコまれ、更に何処からか「遊びだったの」、「とんだ猫被りね」、「いいかも……」とか言う罵詈雑言が飛び交い始め(最後のに久澄は嫌な気配を感じた)、ユーディを除いた今更メンバーから暴力を受ける羽目になった。


 ユーディとユーキ、何時でも止めに入れた二人が鶴の一声を発したのは久澄が充分にボコボコにされた後であった。






 リンチと言う名の絡みが終わり久澄は肩で息をしながらも淀みなく立ち上がった。


(と、途中、五行を使わなかったら死んでたぞ!!)


 絡みにしては少しばかりハードであったらしい。


五行の理、土の式、一式、土鎧つちよろい


 デカい土の壁を想像してもらえればその強度が分かると思う。土鎧は身体をその強度で囲う感じである。


 ただし、それすらもボッコボコにされたが。


 乱れた服も整え(リンチの最中服などを脱がそうとしてくる人が居たのだ。誰だったかは確認出来なかったが)、皆が集まっているカウンター前へ足を運んだ。


「それでいいと思いまっせ。オレらで雑魚は片づけとくんで」


 ギルドメンバーの一人。猛犬のような顔をした男性が何かしらに同意を示していた。


 皆、一斉に自分の部屋に向かいそれぞれの荷物を整理し始めた。


 話についていけていないのは久澄のみ。


「えっと……どういう事?」


 答えたのはカウンター奥でリストを手のひらで下から上になぞり消しているあの女性。


「あらからクエストが片づいてきたんだけどね……SS級ランクが三つとS級が九つ残っているからまとめて終わらせようって事でみんなそれぞれの準備を始めているの」


「成る程。で、えっと、お姉さんは?」


 決まり悪げに女性を見る。それもそうだ、何せあれだけ話ていたのに女性の名を知らなかったのだから。


「あっ、カヤでいいわよ。わたしはギルドに届くクエストの管理をする役目だから」


 久澄の考えに気付き名前を名乗り、質問に答えてくれた。


「サイトくんはアルニカちゃんが起きたらSS級のクエストに行ってもらうから」


「SS級ですか……? しかも、アルニカと」


 A級クエストを簡単にクリア出来たのは偶々相手の相性がよかったからであり、実際はもっと難しいはずである。


 なのにSS。


 アルニカにとってあのクエストは相性が悪かったみたいだが追い詰められたのは事実。余り考えたくないがユーディの目が信用できるかどうかと問われたら……答えは否である。


「ユーディとユーキさんが決めた事だから、大丈夫よ」


 信用できる実績のないユーディと先程までSSの可能性を否定していたユーキ。


 これらの条件が揃って、まだ信用できるほど久澄は素直な性格では無かった。


 しかし、だからと言って断る理由になるわけはなく、カヤにクエストの内容を訊くことにした。


「サイトくん達のクエストはね……森世界付近に現れた氷獣と石蛇の群れの退治ね。これは他世界の生物が近くに迷い込んじゃったからSS級になったみたいね。案外簡単に終わるかもよ」


「他世界に他世界生物が入ると何かマズいんですか?」


 簡単なのにSS級。理由を気にするのは当然の思考と言えた。


「マズいわよ、世界は理により守られ、分けられている、なのに別理の魔物同士が交わったら何が起こるか分からないんだから」


 何が起こるか分からない。世界で一番怖いのはそれなのかもしれない。

予想が立てられない、対策が打てない、それがどんな事を意味するか分からないほど子供ではない。


「まあ、簡単に越したことはないですよね」


 なのでそう相づちを打つことにした。






 皆を見送る中アルニカは今日中には目覚められないと告げられたので今日は水を浴びて休むことにした。


 五行の理、水の式、一式、水霊みずち


 戦闘用の使い方は違うが、水を生み出すことには変わりはない。


 水霊を使い身を清めた後、借りたタオルで素早く身体を拭き、素早く衣服を着た。


 原視眼での監視も怠らず、何時でも雷駈を発動し逃げれるように準備し警戒をしながら行う。


 羞恥心とは別に彼には全裸を、正確には前上半身を見られてはいけない理由があるのだ。


 滞りなく終わり、今日の疲労の回復と、明日以降の事を考え、カウンター近くにあるベンチを借り眠る事にした。




 朝日がギルドを照らす刻限。


 鼻に強い衝撃を受け目を覚めさせられた。


 鼻の奥から温かいものが流れ出る。


「っっ痛」


 目を開け視認した相手はアルニカであった。


「何すんだよ!!」


 鼻を押さえながら言ったため声がこもる。


「何すんだじゃないわよ!? いきなり居なくなって!! 一言声を掛けなさいよ!!」


 顔を真っ赤にして、かなりお怒りのようだ。


「ご、ごめんなさい」


 此処で「お前寝てたじゃん」と揚げ足を取るのは得策ではないと考え素直に謝る。


「ふん。助けてもらった礼もあるからこの件は終わりでいいけれど、これは何!? なめているのかしら」


 気づいていたんだ、という驚きを持ちながら久澄はアルニカの持つ袋を見る。それは昨日、ユーディに置いてくるよう頼んだものだ。


「嘗めてないよ。クエストを受けたのはアルニカ、なら報酬を受け取るべきもアルニカだ」


「だからって−−」


「それよりもクエスト行こうぜ」


 話が長引きそうだったので無理矢理打ち切り、今日やるべき事を告げた。


「クエスト?」


 幸いにも興味を逸らせることに成功したようだ。


「うん。森世界の近くに他世界の魔物が迷い込んだらしくて」


 森世界と聞きアルニカの目の色が変わる。


「……魔物は?」


「氷獣と石蛇の群れだって」


「そう。森世界の近くだしいけるわ。行きましょう碎斗」


 そして、二人はギルドを出た。


 他世界の魔物が二種類も同世界に居るという異常な事態の本当の意味を考えぬまま。







 アルニカという連れが居る以上雷駈を使う事も出来ず、また、あの力で運ぶにもお姫様抱っこという今の久澄にはハードルが高いことをしなければならないため普通に歩きながら進む。


 幸い、目的地は半日で着く隠れ村のあたりだ。

隠れ村の事をカヤから聞きアルニカは大層驚いていた。


 森世界と王都領を結ぶ道の脇は森になっており、遙か昔、まだこの道が整備されていない頃は迷う人が多く、その人たちを安全に送り届けるために集まった人たちが作った村で、今でも魔物退治の据え迷った人や、隠れ村ならではの名産品を求めてやってくる人で割と賑わっているらしい。


 知識で負け、地元のこともよく知らなかったからか、悔しそうな顔をしていたが、このために来たんだろうという思いと共に肩をたたいた。


 まあ、そのため道中は自然とお互いの一ヶ月についてになった。


 久澄の方は原視眼に目覚めてしまったこと、その制御とそれを使った技の修得のために同じ原視眼持ちのユーキに師事を仰いでいた事を話した。


 アルニカの方は元々の興味と久澄への怒りを原動力としクエストに打ち込んで、最近ではユーディと一緒にSSクエストを受けにいったと告げた。


 天修羅の実力はかなり恐ろしいものだったと教えてくれた。


 久澄は掘り返すつもりではなかったが、昨日のクエストについて訊いた。


 氷世界付近では木が生えず戦闘で唯一使える位に仕上がっているのが木を使う魔法だけで、その事を考慮しながら準備を進め、戦いに行ったらしいのだが予想と報告以上に数が多く様々な工夫を凝らしたが九割までしか削れなかったらしい。


 あれで九割削ったのかよという驚きと、誤情報の状況で工夫を凝らしたというアルニカの実力、それを見抜いたユーディの目の正しさに敬意を表す事にした。心の中でだが。


 逸る気持ちから早歩きになっていたのと、長話のお陰で時間を余り感じずに進めたため、予定よりその二重の意味で速く着いた。


 と、其処であるものを見つける。


「アルニカ、お前はどっちの魔物を相手する?」


「氷獣で」


「了解。行くぞ!!」


 見つけたもの−−氷獣と石蛇の群れに向かった二人はダッシュした。


 石蛇の外見はその名の通り石のような鱗をした蛇。


 まず最初に獲物へ辿り着いたのは久澄。勿論、雷駈でのダッシュだ。


 火の式、火鉢。


 原視眼での元素調節+上段からの振り下ろしにより敵を発火させる。が、火は暫くして沈静化した。


 石蛇には焦げ跡一つ無い。


 効かないと判断するや次の式に入ろうとするが、左から石蛇が跳びその鋭い歯で腕に噛みついてきた。


「くっ!!」


 上顎と下顎を無理矢理こじ開け剥がそうとするが、返しの付いた側面の所為で上手く剥がせない。


 痛みで心臓が速まる。血が巡る。


 この一ヶ月で五回しか使わなかった力が解放される。


 急激に上がり始めた腕力により上顎と下顎を外し、その石蛇に向かいキャンセルされた五行を使用する。


 五行の理、水の式、一式、水霊。


 薄く、圧縮し生み出された水はウォータースライサーの様に切れ味抜群の刃となり木刀に纏われる。


 それを維持したまま次の五行を使う。


 二重使用。


 それは久澄がユーキに秘密で盗み取った奥義。


 五行の理、雷駈。


 元々の力+雷駈。その高速移動の際、敵を視認するのは左の原視眼と右の強化された視力。


 問題は脳がそれを処理できるかだが……やってみるしかない。


 久澄は、光速には多少劣るが、高速並みの速度−−雷速で駆けた。






「はあ、はあ、はあ」


 頭が痛い。只でさえ魔眼の使用で脳が酷使されているのに、雷速移動かでの原視眼での風景と右目での多重認識(何時も原視眼使用時は右目を閉じている)。


 それに脳が耐えきれないのは勿論、途中から目に見える光景が数瞬後のものになり身体に様々な傷を負ってしまった。


 両目は充血し、止まったばかりだというのに鼻血が出ている。乗り物酔いに近い吐き気すらある。


 だが、ユーキの監視下では試せなかった事が出来たのは収穫だ、と久澄は思った。


 しかし、そんな喜びも束の間、アルニカの様子を見ようと氷獣の居た辺りである村の辺りを見ようとした瞬間、鼓膜を裂くような爆発音が聞こえた。事実、向こうとしていた右耳の鼓膜が破ける。


 目より先に事実を受け入れたのは鼻。物の焼け焦げる匂いを強化された嗅覚で感じ取り、ふらつきながらも立ち上がり其処へ走り出した。


 雷駈も強化された脚力での走りでもない。


 使えないから仕方のないことだが、もし使える状態にあっても彼は使わなかったかもしれない。


 事実から、逃げるために。


 だがどんなに遅かろうと事実はやってくる。


 数百メートル走り彼が見たのは五体満足のアルニカの姿と、彼女を肩に掛けようとしていた黒ずくめコードを羽織りフードを目深に被り下を向く人間だった。


 その光景だけで襲いかかるには充分だが、彼の精神がその行動を安易にさせない。


「お前は……誰だ!!」


 精神を司る部分はまだ耐えているが、他の部分は噴火寸前である。


「巫女の儀式は終了した。彼の者を救いたくば星妖精の空に封印されし勇者の鍵を持って来い。入手してこない場合は彼の村のように他の村を爆破していく。無論、彼の者の安否も保証せぬ」


 口唇を読み、左耳に入ってくる微かな情報と共に彼の−−声で判断−−言葉を聞く。


 いきなり現れ、訳の分からない事を言う黒ずくめ。


 久澄は話し合いの余地なしと切り捨て、行動に入った。


 五行の理、雷の式、雷駈。


 限界を越えた脳が新たな付加に悲鳴を上げる、がお構いなしだ。


「爆」


 黒ずくめはそれだけを言い背を向けた。


 駆けた久澄の前に爆発が起こる。


(な、何で?)


 この攻撃は五行の技を知らなければ行えない迎撃。


 原視眼が無ければ行えない技ではないが、仙人が心眼を開かなければ修得出来ないし、原視眼を持っていたとしてもこの技に辿り着くのはほんの一握りだと説明を受けた。


 五行にはそれぞれ予備動作が入る。


 だが、その予備動作を見るには……。


 其処で久澄の意識は途絶えた。






 この瞬間、そしてこの日を境に四人の少女と、一人の少年。そして、ティラスメニアに住む全ての生物の『運命』という名の歯車が狂い始めた。



 そして、その余波は今は三つしか存在しない異世界の運命さえ狂わせる。



「さて、そろそろ、私達の出番ね」


 遠くで聞こえた微かな、しかし常人には聞こえない位の爆発の音。それが狂った歯車の音と気づいたのは唯一、断片情報だけでその物事の全てを理解する彼女だけか。


 半透明な身体であり、その身を宙に浮かせるも彼女を認識できる者はいない。


 彼女を認識できる者は『普通』の人間ではない。


 彼女−−ハーツ・フェアリーは幼さの残るその目に、瞳に、絶対的な使命を宿していた。


 ハーツ・フェアリーは彼女の源である存在を使いこの街、プルフェスタにに、少し離れた場所にある王を抱える街、プルファに彼女が敵とした者に対する不可視、不可侵の結界を張った。


 彼女の仲間である他の三人はそれぞれの役目を果たした。


 彼女らの役目の意味はハーツの行動次第で変わる。


 その双肩に世界の命運を乗せ彼女は次なる地、氷世界へ向かった。


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