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ファクターズ  作者: 綾埼空
六話 『今』を『未来』に繋ぐための戦い
115/131

因縁

何も終わってないですけど、更新です

 目を焼く圧倒的な白の大地。曇天の空からは粉雪が降る。


 それを切り裂くように竜を思わせるような鳴き声が遠くから聞こえた。


 木々を、大気を揺らす爆音に、男たちの集団は耳を塞ぐ。


 やがて遠のく鳴き声に、耳の拘束は解くことはできても、身体の硬直を解くことはできなかった。


 その集団は、帝国の首都の入り口で横に四列で隊列を組んだR帝国軍兵。防寒具の上にライフルを斜めがけしている。


 イヴァンにより出兵を命じられた兵士たちだが、集合してから今までで響いてきた鳴き声の連発に自分たちの武装をかんがみて、絶望的な気持ちになっていた。


 無論、軍にはR帝国の軍事力の粋を集めた戦闘機や、少々時代遅れではあるが戦車も存在する。核兵器の保有量も他国の追随を許さない。が、何分事態が急に動きすぎた。様々な準備に時間はかかる。


 それまでの間、戦場の状況を偵察するのが彼らの役割であった。


「静まれ!!」


 隊列の先頭に立つ隊長格の男が不安によるざわめきを声一つで封じ込める。しかし無駄に張り上げたその命令が、不安の裏返しであることは同じ状況下にある一兵卒たちにはわかっていた。


 それを笑うことはできない。もし許されるならば、この現状から逃避できるくらいに騒ぎ立てたい、と皆思っていたからだ。


「行くぞ!!」


 だが、そんなことは許されない。


 徴兵制により今年度から兵役に就いた者もいる。逆にあと数か月で兵役を終える者もいる。もちろん、その間の者も。


 運が悪いというほかない。しかし、そんな言葉で割り切れるほど心は生まれ育った環境と同期はしていなかった。


 隊長であり指導役の男は現役軍人だが、考えることは同じであった。


 純白の大地に踏む規則的な足音だけが、空虚な空間に渡っていく。見えるのははるか向こうの森か地平線くらい。


 だが断続的に、戦闘音は聞こえてきていた。


 まるで断頭台へ向かう死刑囚だ、と兵士たちは思った。その思考に呼応するが如く、罪人への責め苦のように向かい風が粉雪を運んでがこちらに向かってくる。


「ゔ」


 誰かが堪えきれなかったような呻き声を上げた。


 彼らを貫き後方へと去っていった風には、鮮血に濡れた臓物の臭いが混じっていたのだ。


 現在のこの国では、南に小さく見える森を抜ければ腐った肉や乾いた血の臭いが立ち込める地域に辿り着ける。訓練の一環として国の贅肉(、、)の現状を調べる調査隊として何度か駆り出されたことがある彼らだからこそ、この先に広がるであろう光景が容易に予想できてしまった。


 一団の足取りが予定より遅いのは、雪に足を取られたからだけではなかった。


 不安すらもう、行動として表されることはない。自身たちの許容範囲内を超えた現実をないものとして扱っているように静寂に包まれていた。


 先遣隊は気が狂いそうなほど純白な地面を踏みしめながら進んでいく。


 そんな中、前を歩く数名がそれ(、、)に気付き、足を止めた。状況が理解できない後方の人間に動揺が音となって広がっていく。


 理解不能の状況を恐れた後方の兵士たちが首を覗かせた。そして一様に顔をしかめ、言葉を失った。


 彼らが見たのは、白雪を紅い鮮血とぶよぶよの脳漿、ぐずぐずの臓腑で染め上げた地獄絵図であった。


 倒れる人の数は百を超えているだろうか。その八割が同じ顔をした少女だった。よく見るとその少女の亡骸の近くには歯車や鉄製の棒など機械的な部品が散乱していた。


 先程運ばれてきた臭いから最悪を想像していたが、これは彼らの脳が想起できる最悪の度合いを超えていた。


 血だまりや死屍の数々は南へと続いている。引き返すなら今だが、何の成果もあげずに戻れば制裁として自分、そして家族の命が奪われる。


 わずかな可能性に賭け前に進むしかなかった。


 生の証明を跨ぎ、それでも血染めの雪に足が分厚い耐水ブーツ越しにも軽く湿ったスポンジを踏んだような感覚が伝わってきた。


 ぬめる血と溶けかけの雪が足を奪い、前へ進もうとする心を折ろうとしてきている。


 だが、それでも彼らは下を向くことだけはしなかった。


 ――光が、銃声が、怒号が、理不尽が、命の真価を問う。国なんて大きな枠組みではなく、あくまで自身とその手の平で守れる全てのために臓腑の山を越え、血の海をかき分け進む。


 その信念だけを支えに、この広大な大地をどれだけ進んだだろうか。


 森は近く、竜の声はいつの間にか消えていた。


 そして、彼らはそこに辿り着いた。


「……なんなんだよ、これ」


 誰かが、皆の心中を代弁する言葉を呟いた。


 赤き右翼を生やし感情なき機械のように自身を痛めつけながら戦場を駆ける同じ顔をした少女の群。それを容赦なく貫き、砕き、潰す共通点のない一団。


 少女が負傷するたびに鮮血が舞い、降りゆく粉雪や積雪を赤く濡らす。しかし、彼女たちの身体はたとえ致命傷であっても傷ついた個所から羽と同じ色をした炎が這い回り、それが消失した瞬間にはまるで細胞分裂を先送りしたかのように傷が塞がっていた。


 だが時には、その炎が力を使い切ったみたく弱弱しい炎が浮かび、消えていく。そして少女は、血と臓物と機械的な部品をまき散らしたまま二度と動き出すことはない。


 少女の命を刈り取る側は、傷を癒すことはあっても、致命傷を治すことはしないでいた。いや、できないのか。少女の炎翼で薙がれ、直前までの表情のまま首が飛んだり、正中線で両断され黒焦げた断面を露わにして赤き雪に沈んでいく。羽の温度は相当なものらしく、血も臓物も零れ落ちることはなかった。


 目の前の戦士たちの志は、兵士たちとは逆であった。大きな枠組みのための戦い。そしてここは、血で血を洗う闘争の場。脳漿と命を踏みにじり自己の存在の証明を刻み込む死線だった。


 その価値観も、振るう力の法則も理解できない。自分の認識を超えた現実に、ただの人間である彼らは言葉を失う。


 だが時は止まることを知らない。瞬き一つで変わる情勢での硬直は、魔術師とHHRに彼らの姿を視認させるには十分すぎた。


 鋼の弾丸を吐き出す武装を携えた戦士の存在は、この場のパワーバランスを崩すのに足ると判断される。


 行動を起こしたのは、打算など持ち合わせない機械的思考を持つHHRであった。


 蠢動する炎翼。血や歯車をこぼす傷口を炎で治し、蹴り上げた足を切断されながら彼らの元へ迫る。途中、右翼を巻いて地面に差し込み抑え込まれたバネが元に戻るのように放つ。そのことで魔術師からの追撃を躱した。


 追撃として打たれた氷の礫は、先頭にいた隊長格の男の頭を吹き飛ばした。


 飛び散る脳髄に同期するように、恐怖が確かな実感となって部隊に拡散する。


「う」


 あ、と続くはずの悲鳴はしかし、隊列の中央に降りたHHRがその場で回転することで薙がれた炎翼に切り裂かれ失われた。


 隊列の外側にいた男たちは恐怖が許容範囲内を超え、悲鳴すら上げられない状態で肩にかけた銃器から弾丸を押し出す。だが血に濡れた視界と揺れる手足では照準は合わず、ついには一発の弾丸が味方を打ち抜いた。


 新たな敵襲かと戦士たちが頭蓋を砕いた弾丸の軌跡を追いその答えを見た瞬間、恐慌が彼らの心を完全に蝕む。背中を預ける味方すら、この状況では命を刈り取る死神かもしれない。


 鼻に突く血と硝煙、目に映る肉塊と敵、肌に張り付く血と臓物、口に広がる苦みと酸味。五感を犯す戦場の感覚が、彼らの首元に添えられた鎌となる。


 震える足では逃げることは毛頭叶わない。否、そもそもそんな考えに至る余裕はなかった。死から目を逸らしたいが、逸らすことはできない。そんな背反する感情が思考と反射を染め上げ銃器の構えを解かせない。


 そんな人間の感情を、くだらないと唾棄するようにHHRは復元した足で地面を蹴る。低空飛行。


 すぐさま足を積雪に噛ませ、生まれたエネルギーで弧を高速で描く。炎翼は大きな半月を描こうとその全長を伸ばす。


 が、しかし、捻られるはずの足が止まる。まるで、本当に雪に足を噛ましてしまったかのように。さらに上空から細身の女性の影が一つ。その影は人間離れした不思議な雰囲気を発していた。振り上げられた拳は、HHRの脳天に振り下ろされる。


 過度な力で顔面を圧迫され、脳漿と眼球を飛び出させながら少女然とした顔が胴体にめり込んみ、それ以上に女性の細腕の肩まで刺し込まれた。


 弱々しく炎が生まれるも、充電切れしたかの如く消滅。女性が腕を抜くことでHHRは地面に崩れ落ちた。


 心が現実の事態に追いつかず呆然とするR帝国軍の前で鮮血で濡れた腕を気にする様子もなく、それ以上の血を浴びた姿で彼女が、結神契が口を開く。


「あんたらR帝国軍よね」


 先程までの恐慌でおかしくなった頭が質問の意味を理解するよりも早く、HHRによる第二波が迫る。条件反射的に照準を合わせようとする彼らに苦笑しつつ、迫る顔を裏拳で戦火へ吹き飛ばした。


 点と点をで移動したが如き移動で戦場へと消えた契。滑走の合間に朱雀の右翼により顔が再生する前に、待ち構えた背後から後ろ回し蹴りでどてっぱらを切断。分断されて地に落ちる胴体と下半身のうち、胴体から炎が再生を始める。踏み砕き、赤色に濡れた機械片に戻す。


 再生し形ができ始めた瞬間から踏み潰すこと五回。その間に肉薄してきた三体を頭から地面に差し込み、契の上空を抜けてR帝国軍へ攻撃しようとした一体へ踏み込みで溜まった力で跳躍、背中へ踵を落として墜落させていた。


 一体を回復不可まで追い込むと、残りの四体も同じように脳漿と機械的部品へ変えていく。


 いつの間にか戦火の音が遠い。


「終わったみたいね」


 契の呟きで、奥の戦場も終息していることに気付く。人間側の勝利であった。


「……あんたは……あんたたちは、なんなんだ?」


 いち早く現実を受け入れた一人の男が、契の発する神々しい空気に当てられながら見当外れの質問をする。


「魔術師よ。分かるでしょ、それくらい」


 苦笑交じり答えを聞き、兵士たちは銃口を彼女へ向けた。痺れた思考は、HHR五体を簡単に屠ったという事実を失念している。


 契は大きくため息を吐いた。


「まあ、そうよね。あなたたちはそういう風に命じられているはずだも――」


 言葉は最後まで紡ぐことはできなかった。


 乾いた空気を乾いた衝撃で波立たせ、放たれた鉛の弾丸。一発放たれればそれを皮切りに、掃射が始まる。


 が、しかし、彼らは銃口の先に佇む女が魔術師であるという事実から目を逸らしていた。そして知らなかった。〈聖人〉であることを。彼女が結神契であることを。


 数センチメートルという単位で離れ、収束するのはただ一点のみである鉛の弾丸。彼らの脳裏には、どんな超人であろうと段差のように時間差で迫る何十発もの弾には対処できまいという思考があった。


「……!!」


 だからこそ、全ての弾が彼女の両の手に掴まれたのを視認した瞬間、彼らは言葉を失うことしかできなかった。


 傷の一つもつけられないどころか、火傷すらない。ただ皮膚が頑丈と言うだけではできない所業だ。


「さて、事実としてボク(、、)に攻撃を仕掛けたわけだけど……気は済んだかな?」


 契は拳を握り、その行き先に目線を向けながら一つの塊とした鉛を地面に落とす。重々しく地面にめり込んだそれは歪み、ねじれ、光を反射していなかった。


 視線を戻すと、銃口は真っ直ぐ自分の方向を向いていた。


「……そんなわけないか」


 契はそこで初めて戦士として彼らを見据えた。冷静に、相手を確実に仕留めるために覗かれたライフルスコープからの目線と交わる。


「何故あなたたちは戦うの?」


 契はあくまで悠々と問いかけた。


 一人の男が皆の思いを代弁して不動のまま端を切った。


「我らが母なる寒冷の地にて鍛え上げられた信念と、その天命を終え大地に回帰した同胞はらからに恥じぬため!!」


「――だ、そうですけれど華さん」


 答えは、虚空に向けてのものだった。それに返す言葉は、出所の分からぬものであった。


『交渉の価値あり』


 兵士たちは気付かぬが、契の穿くジーンズの太ももの部分が小さく膨らんでいる。それは彼女の肌を食い破って先端を出した華の魔術、死の華の芽だった。そこから声は受信され、発信されていた。


 上司の判断に従い、契は両手を上げ、非戦の意を示した。


「と、いうわけで、ちょっとだけ話を聞いてほしいんだけれど」


「ふ、ふざけたことを言うな!」


「そんなつもりはないんだけどなー」


 とそこで、契から不思議な雰囲気が消え失せる。


「時間よね」


 それを光明としたかのように、発砲音。乾いた音と共に鉛の弾丸が契を襲う。


 螺旋を描き空を裂き進む弾丸の軌道は彼女の目に映る。躱すかどうかを考え、眼前まで迫ったところで指先でつまみ指にかけられる圧で回転を止めた。


 そのまま握り潰し、首を傾げる。


「まだやるの?」


 兵士たちは苦鳴を漏らし、ライフルこそ下ろさないものの発砲音が続くことはなかった。


 変わる音で、湿った足音が一つ響いた。


「初めまして、R帝国軍兵さん」


 血濡れの髪を指で梳きながら、華が彼らの前に姿を現す。


 応を言わせるその前に彼女は核心を告げる。


「私たち魔術師との共闘を提案」


 淡々とした言葉は、鉄臭い風に運ばれ男たちの耳朶を撫でた。


 鼓膜が震え脳に音が響く。音が持つ波の強弱や幅からそこに含まれた意味を認識する。


 そうして咀嚼した言葉の意味。しかし兵士たちは「どういう意味だ」と華に問うた。


「含みはない。ただ、共闘の提案」


「……なぜ、共闘を望む。お前は先程、皇帝の怒りを買うような真似をしたはずだが?」


「私が望むのは、この国との共闘ではない。今、この場に駆り出されたR帝国軍」


 その言葉に彼らは目を見張った。ただの一兵卒に過ぎない自分達に対し、魔術という、言わば一つの世界の長である華が対等な目線で対話をしようとしているのだ。


 今回のような非常時の命令経路は、R帝国の王である皇帝の命令を付きの執事が電子文書として軍の指令室に送り、上官を経由して戦地へ向かう一兵卒に届く。直接の謁見すら許されず、言葉を交わすなどあり得ない。


 だから、どんな姦計を巡らそうとしているのかと彼らは警戒心を強めた。


 金属音が鳴り、銃口の約半数が華の方を向く。


 そんな対応に魔術界の長は小さく首を傾げた。


「あなたたちとの交渉、不可能?」


「我らが同胞を殺しておきながら、可能だとでも?」


「その償いのために、いや、それは無理。だから、その意思の証明のため、彼女たちの力を貸した」


 たち? と首を捻り、一体のHHRが足を雪にとられていたのを思い出す。あれ以降あのような現象は起きなかったが、それは今も目の前にいて、先程まで嵐のような殺戮を振るっていた女性の魔術ではなかったからと理解した。


「……それに関しては感謝します。ですが、それとこれとは話が違うと理解してもらいたい」


「話だけでも聞いてもらいたい。だってこれはあなたたちにも――」


 その先の言葉が彼らの耳に届くことはなかった。


 それ以上に大きな、悲鳴と、轟、という戦闘を想起させる音が鼓膜を支配したからだ。


 この場にいる全員がその音を追う。


 先程まで魔術師とHHRの死線となっていたその場所で今、保護色の衣服を身に纏った白面の某が両手の小刀で魔術師たちに死を添えていた。


 応戦しようにも、疾風と化したかのような速さに翻弄され、攻撃は虚しく爆音と巻き上げられた雪のカテーンを作り出し、自身らの視覚と聴覚を奪う羽目となっていた。


 だが白面はそんなものなど意に介さず、確実に魔術師を葬っていた。


 華と契の踏み込みは同時であった。


 華がまず前進する。契が神結び、神殺しの祝詞で和神殺しの権能を宿した分、前に進むのは遅かった。


 だからこそ、視界の端に薄汚れた外套を着た人影がいるのを映せた。


 強大な魔力の気配。腕――


「なろッ!」


 兵士たちの方向につま先を向けて踏み込む。地面か揺れ、彼らの足を不安定にする。そのまま踏み込んだ足を軸にもう片方の足で空気を蹴りだす。


 普通なら軽くよろけさせることしかできないような風圧の膜は、しかし地面の支えを失い軸をぶらした彼らを大きく吹き飛ばした。


 言葉が形作られる合間に行動は始まり、帰結する。


 ――が振るわれ、世界が凍った。外套の人影から契までを覆う鐘の内側のような半楕円をした濁った氷の蓋。


 華は急静止し、振り返る。


 練られた水あめを思わせる白っぽい歪んだ色をした氷の檻。そこに込められた魔力の質と量は、彼女が知る九苹果のそれをはるかに上回っていた。


 舌を打ち、そこに背を向けて駆け出す。


 目の前では、殺戮演戯が繰り広げられ続けていた。


 担当が違う、と静かに思う。風間の魔術に対抗できるのは、現存の戦力では契しかいない。


(だからか)


 両の手の平に粘度の高い赤色の液体が浮かべる。視覚化できるほど高密に練られた右手の魔力を、花の種大にして撃ち出す。


 その赤色は、白雪の風景では小粒大でも目立つが、白面の死角を走って行った。


 しかし、距離を中ほど詰めたところで忍の姿が消える。


 瞬き一つの間に、正面に右手にだけ握られた鋼色をした忍刀の切っ先を向けた白面が在った。


 後ろへ逸らせず、致命傷となる下腹部に突きが迫る。


 華は左の手の平に溜めたままの魔力を種状に放射する。


 再び忍の姿が消える。――否、足跡は残っている。


 華は種を飛ばした瞬間、足跡を追うことをせず、雪原に手を着き倒立前転の要領で転がり出た。紙が一房舞う。身体を丸め込み足を着くと同時に忍の方に身体を直し、後方へ飛びながら焦点を合わす。


 さらに、手を着いた際に埋め込んだ種を発芽させる。黄色の死の華が咲き誇り、辺りに死へ誘う毒素を含んだ花粉を舞わせる。


 花粉は降りゆく雪に付着し地に落ち、風に運ばれ一帯を生物の生存が不可の地域と化させる。


 等間隔で雪に手をうずめながら下がっていると、直した目線が白面の奥の瞳と交わる。冷たい殺意が彼女を逃がさないように向けられていた。


 突如、上へ突き上げる突風が巻き起こる。漂う花粉と毒素の付着した雪が巻き込まれ、うねる竜のように何処かへと消え去る。


 晒された黒色の大地に、粉雪が静かに落ちてゆく。


 しかし、それは折り込み済みであった。でなければ、R帝国軍兵のいる場所で死を招く毒をまいたりなどしない。


 すぐさま二番目に仕込んだ種を発芽させる。少し離れた場所に先程と同じように命を刈り取る花粉が舞う。


 華は後ろに下がりながら次記憶を確認していく。


(風間家の魔術は、自らの行動速度を疾風へと変え移動できるもの)


 再び、全てを巻き込み何処かへと消えていく突風が起こる。


 華はすぐさま三番目に仕込んだ種を発芽させる。


(集は加えて、風を集め、使役できる。だけど、その二つを同時には使えない)


 風間集の魔術で、死を招く花粉がどこか遠くの大地へ姿を消す。


 あとは鼬ごっこであった。そして、華が同胞の元へ辿り着く方が速い。


 先程まで殺戮演戯が開演していた場所は紅色に染まり、鉄臭さと酸の臭いが鼻を突いた。


「何人、動ける?」


 生存者を視認したわけではない。ただの希望的観測での確認であった。


 それに、立ち上がることで答えたのが十八名。皆死体に紛れ息を潜めていたため、全身が紅く染まっていた。


「随分減った」


 同胞らの亡骸を見下ろし、華は嘆息した。


 そして、全ての仕込みを破った集を見据える。


「行きましょうか」


 応じる鬨の声。忍の姿が風と成る。


 上空に幾人もの忍の姿が現れた。式紙による変わり身。本命を探す手間を惜しみ、華は両手を上げて赤色を掃射。死の華が芽吹き、命を刈り取られる音が充満する。


 全てがその姿を失わせ、腐った紙となって雪と共に落ちる。


「なっ!」


 全てが偽物。本物が顕わは現れるは――


「頂戴」


 華の右下。目線の隙を縫った顕現が、脇腹に向かい銀の煌きを放つ。


 瞬間、千代紙の刃が忍へ噛みつきにかかる。弾ける電気の刃と水の竜が追撃をかける。


 舌打ちが聞こえ、姿が消えた。


 そう脳が認識した時には、千代紙の魔術を使う女性の首が飛んだ。


 さらに逆の手を腰に回し、小刀を抜く勢いで水の竜を使役する男の心臓を撃つ。


 姿を消し、倒れ行く男から小刀を回収。先読みし振り下ろされようとした電気の刃を二つの刃でいなし、横を通る足をひっかけ落ちる首に刀を添える。


 身体から切り離され一瞬停滞する顔を蹴り、雪を操るため構えた魔術師の視界と行動を奪う。移動し一閃。


 彼の行動から次に現れるその場所を読んでいた近接系の魔術師たちが、忍を囲い決死の特攻を仕掛ける。


 だが、


「残念」


 両の小刀が風を纏う。風の刃渡りは約八十メートル。身をかがめ、旋回。飛びかかり浮く足を、力を伝達するため地を噛み締める足を、風がすくう。


 風の刃が霧散すると同時に、集が疾風の速度で消える。逆さ姿で現れた先は、真上。両の小刀に刃渡り三十センチの極薄の風を纏わせる。


「あでゅう」


 〝禍舞断かまいたち〟と内心で唱え、落ちる頭に死を手向ける。


 風が刀に付いた血脂をさらう同時に、血の泉に彼は足から着地する。


 五秒。わずか五秒で十一名が殺された。近接系の魔術師は全滅。


 状況は絶望的であった。


「……」


 華は静かに息を吐き出した。


「華、さん……?」


 そこにいやなものを感じた部下の案じる声に反応せず、華は地面を蹴り上げる。


「華さん!!」


 部下の悲痛な声も意識には遠い。


 忍の姿が消える。再び現れた時は、真正面に。


「……!!」


 その時彼の目に映ったのは、弧を描く華の唇であった。


 不吉なものを感じながら、刃を止めることはしない。


 右の忍刀は心臓を食い破りにかかり、左の小刀は喉を抉りにかかる。


「死ね」


「嫌」


 と、そう声があった。まるで、正面からの攻撃が読めていたかのように。


 柔らかくも反発してくる感覚は、人の肉を貫いた感触。しかしそれは、走る刃の行き先に挟まれた腕のものであった。


 両の手に、赤い魔力が溜まっていた。


「そんなに正面から殺したかった?」


 全身の毛が逆立つ。


 死を咲かせる種が射出される。忍は仮面の奥から歯ぎしりを鳴らし、右手で着弾予測点を覆い、左の忍刀を引き抜いて風と成る。


 しかし、その引き抜く間が仇となった。右腕に一粒の種が埋め込まれた。


 埋め込みに成功した以上、それは発信機の役割も果たし、颶風と化した忍の姿を捉える。そして、死を芽吹かせることができる。


 彼は華の背後に現れた。同時に、彼女は種を発芽させようと痛みと出血で霞む意識を向けた。――瞬間、背後で血の花が咲く。


 忍自身で斬り落とした右腕が宙を舞う。遅れて死の華が咲き、雪に沈むころには黒く壊死していた。


 返す刀で袈裟斬りが来る。だが、背を向けたままの華にはその攻撃の種類は分からない。縦に斬りかかりか、横に薙ぎ払いか、正面に突きか。


「……」


 華は腕を力なく下げた。笑みはそのまま。その両手に溜めた赤色を、放った。


 だが、その流れは死の華が抱える欠点。神の領分である死を扱える代わりに、手に溜め、撃ち出すという方法しか取れない。


 暗殺を生業とする忍の集が、何度も繰り返されたその流れを読み取れないわけがなかった。


 風と成り、少年は死をかいくぐる。


 そして私怨よりも、冷静に見据えた現実を受け入れる。


「俺はまだ、お前を殺せない」


 冷たい刃のような声は風に紛れ、華の鼓膜を震わすころには風と成った忍は消えていた。


 視認できるわけでも、気配が感じられるわけでもない。だが、その声に混じった色は、そう確信させるのに十分であった。


「……貴方にわたしを殺すことは、不可能」


 溜まった疲労を体外に逃がすように、彼女は息を大きく吐き出した。そして、当たりの惨状を見渡す。


「これは、わたしの責任」


 静かにそう言うと、左腕に刺さったままの小刀を抜く。走る痛みに、華は顔をしかめた。

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