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ファクターズ  作者: 綾埼空
六話 『今』を『未来』に繋ぐための戦い
114/131

縮図

 光を取り込んでいるように黒々とし、昼間の明るい空の中では浮かび上がったように錯覚させる〈塔〉は、堅牢な扉に埋め込まれた四神の魔術的な効果を利用した外壁と、隠された科学的な武装によって守られている。


 七月の中旬に久澄と共に潜入した渚だが、今の弱体化した特殊才能ではその時のように外壁上に張られた電磁バリアを破ることはできない。


 ならば、潜入方法は一つ。その堅牢な扉を開けるしかない。つまり、夜霧の中でも異彩にして天才、夜霧冷夢が作り上げたプログラムをハッキングするしかない。


「ふむ」


 不変は扉に触れると、ショルダーバッグからノートパソコンを取り出した。


 それを見た萌衣が焦り気味にその肩へ手をかけた。


「ちょいちょいちょい。まさかそんなパソコン一台でクラッキングするつもり?」


「そうだが……何か問題が?」


「問題だらけよ。ここは日本支部に於ける夜霧の牙城。実質的には夜霧冷夢の実験場よ。なら、その警備体制は予想の斜め上を行く。潜入がばれたらどうするの!?」


「どちらにせよ、〈塔〉に潜入した時点でばれる。新の遊び心があったとはいえ、どこぞの男女が一度潜入に成功しているからな」


 計画が若干ずれたと、視線を向けられ渚は顔を逸らした。


「それにクラッキングに関しては、胡桃渚がいれば問題ない」


「え、私ですか?」


「私も夜霧冷夢の思考が理解できる存在だ。そこに弱体化しているとはいえ電磁系の、しかも実戦を幾つか経験し生き残れるだけの制御力を持った特殊才能保持者がいれば、あいつがどんなに斜め上への思考を持っていようがかいくぐれるさ」


 そこで不変は、表情を動かすことに慣れていないような引きつった笑みを浮かべた。


「あいつに造られたその才能で、あいつの作った地獄に対しても折れなかったその心で、あいつに一泡吹かせられるんだ。やる気は出るだろう?」


 その不器用な鼓舞に、萌衣と猫屋は同時にそんなこともできるのか、と彼の人間味に意図せず触れ感心していた。


 言葉を向けられた当事者である渚は、意味を咀嚼した瞬間背筋に強い痺れが走ったのを感じた。そして、今自分がやろうとしていることの重大に対してもようやく実感が湧いてきた。


 これは、復讐。踏みにじられた尊厳を取り戻すための殺し合いだ。


 どちらかは命の輝きを失い、どちらかはその罪過を身に宿す。何かを取り戻すために何かを失う、自己の感情に従った利己的な行動だ。


 唯一の救いは、冷夢には同情すべき過去もなく、残される家族(、、)もないことだった。故に復讐の螺旋は自分たちで止まる。


 そう思考は帰結し、渚の雰囲気から危うさが消える。それは、渚が確かに修羅の道へ足を付けたことを意味する。


「じゃあ、早速やりましょうか」


 渚の体が控えめに帯電する。静電気が弾けるような音が断続的に響き、それに合わせて青白い光が発光しては消失する。


 それが今の渚が出せる全力であった。


「これから繋げる回線はかなり不安定なものだ。だからその安定化と高速化を頼みたい」


「分かりました」


「では、始めるぞ」


 立ち上げられたパソコンに刺されたフラッシュメモリーから放たれたクラッキングプログラムが無線を通じ、外壁のプログラムへと侵入。渚の役割は、先の解れたプログラムを整え、迅速に針のデータへ通すことために軌道かいせんを整えること。


 ただ、


(進み方が、速い!!)


 タイピングの速度もそうだが、前兆もなくショートカットを使用したりなどするため軌道を変えるのに数瞬かかる。小数点以下のロスだが、それを繰り返せば取り返しのつかないさとなる。


(無駄な思考をするな! 走るプログラムについていき、修正することだけに身を任せるんだ!!) 


 一切合切の思考を止め、身を溶かすような感覚に自分を置く。脳領域空間へ裂かれるキャパシティーが増え、特殊才能の純度が上がっていく。それを正確に動かしているのは、脊髄的な反射だ。


 電気を生み出すための機械と成し意識を回線の中に置いた彼女の身体は必然的に力を失う。


 崩れ落ちる身体を萌衣が支える。


 しかし、本人がコントロールできない状態で帯電している渚の身体に触れるのは強い痛みを伴った。だが、ここで声を上げてしまえば集中力を削ぐこととなると危惧した彼女は内頬を噛んで堪える。


 手持無沙汰となる猫屋だが、『不幸を司る魔の黒猫』は本人の望む反対のことを引き起こす能力であり、この場ではそぐわない。


 せめてできるのは、その力で外部からのクラッキングの妨害を阻害することだけだ。


 そして、結果は始めてから五分も経たずに出た。


 外壁は無理やり戸口を開かれ四人を不本意げに歓迎していた。不変の技術力と渚の特殊才能を以てその不動の扉を開けることに成功したのだ。


 それを見て、どっと疲労感が皆を襲った。


「じびれだー」


 ろれつの回っていない言葉で萌衣がふらつけば、その理由を悟った渚が慌てて支えようとし、しかし力が抜け膝から崩れ落ちた。


「大丈夫か?」


 猫屋に身体を支えられ、渚はどうにか地べたを舐めずに済む。どうにも微妙な感情が去来してきた。


「……どうも」


 猫屋の手から抜け出し、全身の筋肉を電流で活性化させる。刺激を受け、動き方を思い出したかのように渚の身体をしっかりと支えた。


 萌衣の方も自身の特殊才能で痙攣する身体を制御し、どうにか行動できるようにしている。



 三人は皆、特に渚は不変のクラッキング能力に舌を巻いていた。渚は一度〈塔〉に潜入した際、この扉すらも全盛期の力であっても外側からは絶対に開けられないと自覚していたからだ。


(特殊才能っていうブースターを使ったとはいえ、あんなファイアーウォールをノートパソコン一台で破るなんて)


 そもそもパソコンの処理速度からして異常だった。持てる科学力を総動員してとんでもない改造を施しているのだろう。


 不変はパソコンをしまい、全員に目を配った。


「皆、問題はないようだな」


 不変の言葉に表情を引き締め三人は頷く。


 超えるべき壁はもう一つある。〈塔〉そのものの扉だ。


「ん?」


 しかし、それに最初に気が付いたのは萌衣だった。


「扉……開いてない?」


 三人も〈塔〉を見る。


「確かに」


「開いてる」


「そうだな」


 四人の視線の先には、切り取られたかのようにぽっかりと開いた〈塔〉の入り口が見えていた。


 生徒三人はこの手の事情に明るい不変の方を一斉に見た。だが、彼の表情は勘案に浸っているもので、決して答えを知るそれではなかった。


(〈塔〉の実質的な管理者は夜霧冷夢。なら、開閉の自由権があってもおかしくない)


「罠、かしらね」


「その可能性は加味した上で行動するべきだろう」


 冷夢が仕掛ける罠。想像に差異はあるが、誰もが悲惨なものを思い描いた。


「行くぞ」


 四人は門扉を通った――瞬間、〈塔〉内部から爆発音がした。


 耳へと伝わる衝撃に怯み、その足を止める。渚以外の三名が反射的に現状把握に努めた。


 〈塔〉に異常は見られない。いや、その素材的に外的、内的要因でのダメージは視覚化できない。


「俺たちより先に潜り込んだやつがいたのか?」


「……その可能性は薄いだろう。あいつへ反逆する意思のあるもので、あの外壁を超えられるのは我々だけだ」


「ということは……何かしらの不備が内部で起きたと言うことよね」


「そう考えれば扉の件も辻褄は合うが、それが吉と出るかは分からない。……チッ、不測の事態が一番厄介だと言うのに」


 幾年の年月をかけ入念に練り上げた計画に斜め後ろから穴を空けられ、不変は純粋な苛つきを覚えた。


 だが、それでも進むしかない。既に門扉は破ってしまい、今後これ以上の好機が巡ってくる可能性も限りなく低い。


「警戒を怠るな」


 不変を先頭に、女性陣が左右へ意識を向け、猫屋が殿を務める。


 四人は一歩一歩着実に地を踏みしめながら〈塔〉内部への侵入を果たす。


 外観と同じく黒い壁に相反する白の光照らされた内部。爆発音は断続的に響き続けている。


「上なんでしょうが……反響して音源がどこだかわかりませんね」


「そうね。で、どっちに進むの?」


 四人の目の前には二手に分かれた階段が。以前渚が久澄と共に潜入した際は謎の立て札が行き先を示してくれていたが、もちろん今回は存在しなかった。


「あいつがどこにこもっているかまでは予想できない。完全に運に任せるしかない」


「なによそれ」


「仕方あるまい。あいつに一般常識は通用しないから、統計的なデータからの予測も不可能なんだ。発信機でもつけない限りな」


「大丈夫ですよ、萌衣さん。適当に歩いていれば意外と遭えますから」


 渚は重苦しい声音でそう告げる。かつて、意図せぬ形で邂逅してしまった経験によるものだ。


「そうだな。予測が立てられないということは、予想もしていない場面で遭えることがあることも意味するからな」


「この状況下だ。あまり期待はできないが、だからこそ、という可能性もあるしな」


 不変は左に足先を向けた。


「伝えた通り、この〈塔〉は『Rise=Above』の試験場そのものだ。私が抜けた九年前から配置も変わっているだろう。慎重に行くぞ」


 三人は了承を示し、身体の向きを変えた。


 階段を昇る。神経を尖らせ、己の割り振られた方向に最大限の注意を払う。


 しかし、映る風景とは真逆の白の光は着実に眼球へ疲労を与え、極限の緊張下の中で響く正体不明の爆発音は神経を逆なでる。



 一階分を昇り終え踊り場に辿り着いた四人は、周辺の安全性を確認してから立ち止まった。〈塔〉の階段はデパートやマンションなどの大型の建物にある非常階段のような造りで、踊り場の脇にある扉から研究所などに繋がる廊下へ抜けられる。


「想像以上に疲れるわね。渚、大丈夫?」


「はい。ただずっと黒い壁を見ているんで目がちかちかしてきますね」



「わかるわ。それで、どうするの不変さん、まずはこの階から調べる?」


「いや、まずはこの音の原因を探りに行こう。正体がわからぬままではいざというときに思考の幅が狭まってしまうからな」


「じゃあ、もっと上ね」


 再び隊列を組み、階段を昇る。音はどんどん大きくなっていく。


 十五階ほど登ったころだろうか。鼻の奥を刺す焦げた鉄のような臭いが上階から降りてきていた。


「う、なにこの臭い」



 渚は漂ってきた臭気に顔をしかめ鼻をつまんだ。



「血を焦がした臭い、かしら……」


「ああ」


「ということは、上では戦闘になっているのね。しかも、誰かは火器、もしくは炎熱系の特殊才能を持った人間ね」


 炎熱系と聞き、足を進めながら不変は一人の少女を思い浮かべた。


(〈道化師〉……鈴香赤音か?)


 もしそうだと仮定した場合、彼女は生まれたその瞬間から自己を持った夜霧の傀儡。ならば、その相手は誰になる。


 戦闘に特化して造られ、開発し続けられる彼女と長時間戦える相手となると、


「厄介だな」


「え?」


 突然の呟きに、最初に反応したのは萌衣であった。


 音の響きは次第に弱まり、直線的な衝撃となっていた。


「この先にいるのはもしかしたら……魔術師かもしれん。しかも、敵側として」


 不変の仮説に、三人は言葉を失った。しかし、足は止まらない。


 しばらくしてそのことの意味を自分有に消化した三人を代表して、萌衣がその答えに至った理由を尋ねる。


「何でそう考えたの?」


「むしろ私を含めて何故全員が今までその考えに至らなかったのかがわからない。忠誠心を示した? そんなものいくらでも偽造できる。機械での判断だって魔術の前では欺かれてしまう。夜霧は魔術を科学的に模倣できても、その原理は解明できていないのだから。魔術師の与えられた情報と何千何万と反復した発動データを基にしてそれらしきmのを作り出しているに過ぎない。できていたら戦争になどならない。ただの虐殺となる。全てはこの日、この混乱の日に反旗を、否、腹を食い破るためだけに信条も規則もかなぐり捨てたのだとしたら辻褄が合う」


 まくし立てられた理由に皆それぞれ息を呑む。



「「「――!!」」」


 その空気に血臭と焦げ臭さが感じられ、三人は戦場がすぐそこに迫っているのを知った。不変も遅れてそれに気付く。


 駆け出したくなる気持ちを必死に抑え込み、四人は慎重に階段に足をかけていく。



 そして、反響の音源となっている階に着いた。三十四階、〈塔〉の造りが全四十階層であることを考えると、かなり最上階に近い。



 廊下と階段を隔てる門扉を開く。熱風が吹き抜けてきた。





 ――そこは、一つの戦争の縮図であった。





 電灯は割られ光を灯さぬが、両軍がそれぞれの方法を用いて光を生み出していることで現状は知れた。開けた廊下の全方位を染める血と肉片と脳漿と焼け焦げ痕。床と壁はところどころ穴が開きその役割を果たしていない。研究施設などに通ずるドアも金具ごと吹き飛ばされ辺りに散乱し、その奥の部屋の惨状は、それこそこの場だけ大地震が来たのではないかと言う荒唐無稽なことを想起させる様相を表していた。


 だが四人の目は、そこにくぎ付けにならない。目の前に流動する情景があったから。


 その八つの瞳は、この階の全てを埋め尽くし戦う多勢の魔術師と数で劣るHHRの姿を映していた。


 それもHHRは赤く燃えるの右翼を生やしている。それが朱雀の右翼だと、渚以外の四人は瞬時に理解できた。


 だが四人は不意を付けたというアドバンテージをそのことへの衝撃で逃し、同じように、魔術師とHHRも不変たちの姿を視界の端に収める。


 どちらにも与さない第三者の介入。双方の立てた勝ちへのシナリオは音なく瓦解した。


 真っ先に次の道筋を立てたのは、HHRであった。



 自らが相手取っていた魔術師を躱し、四人に食い掛ってきた。無論そんなことをすれば数で劣るHHRはいい的となるのだが、朱雀の右翼の力で傷を炎が舐め回し癒す。


 機械少女の手は、戦闘にいた不変の腹膜を貫き破った。


「グゥ……」


 苦悶の音が戦火に混じる。


 その後ろから、魔術師が風の刃で少女と不変、後ろに佇む三人を薙ぎにかかった。


 HHRが胸部から分かれ、不変に向かう刃はしかし、不自然に逸れて階段通路の壁にぶつかり消滅した。黒色には一切のムラはないままだ。


「あ」


「っつ――躱す必要ないぞ、夜霧。相手が明確な攻撃の意思を持っていれば」


「あっ! ごめん、癖で」


 萌衣は自身の特殊才能で自分も含めた三人を地に沈めて回避を狙っていたが、「ニャ」が抜けた言葉に自分たちは何の加護を受けているのかを思い出す。


 三人は即座に立ち上がり臨戦態勢を採った。不変は回復力が足りずガラクタとなった機械の上半身を捨て腹部の傷を自然回復。後に残るのはむき出しになった健康的な肌と漏れた血液のみ。


「化け物が」


 そう言った魔術師の背後から、首にめがけて炎翼が薙がれる。逃がしてしまった魔術師が追撃を仕掛けるも遅く、生首が血液に軌跡を描きながら中空に舞う。


 攻撃を決めたHHRは、追撃の魔術で爆散。機械的な部品や血液(、、)に肉片(、、)、脳漿(、、)を全方位にまき散らす。その魔術を放った魔術師は、様々な赤色の化粧を施しており、かなりの数のHHRをあのように葬ってきたのだろう。


 今起こった現実に疑問を抱く余裕もなく、また何の指示もないのにまるで示し合わせたように互いが己を守るために戦場に紛れた。女性陣は固まり、男性陣は散開した。


 萌衣は多方への念動力で自身の周りの敵を抑え込んでいく。そこへ渚が電流を走らせ神経経路を麻痺させ行動を封じ込める。


 しかし、一部の魔術師が萌衣の拘束に抗い戦闘不可能になる事態を避けた。


 その理由を萌衣は一瞬で看破する。


「事象改変使いね」


 物質、事象に宿る世界への定着力。自身の力がそれを上回った場合のみその現実を変えられる。それが事象改変の魔術だ。


 特殊才能は人の脳が作り出し、顕現させた現象に過ぎない。世に対する定着力など霞ほどもない。それを弁えていたからこそ萌衣は困惑せずに済んだ。


 その答えを口に出したことで渚の混乱も瞬時に解ける。そうしたら後は彼女の独壇場だ。


 彼女は腰裏に手を当て磁化変換を使う。そのことで仕込まれた針が手の平に張り付く。


 それを立ち上がった魔術師に一本ずつ射出。それぞれが僅かな痛みに気付き、その原因に触れようとする前に針めがけて電流を放つ。


 増幅回路が仕込まれた針は弱体化した渚の力を補助し、全盛期に半分劣る力を与える。が、今の状況ではその程度で良かった。なにせ、魔術師たちを殺すつもりはないのだから。


 電流は彼らの身体を駆け巡り、そのショックで気絶まで追い込む。


 倒れ行く身体から磁化変換で針を回収し、増えた地を屈辱そうに舐める魔術師の中でその拘束を逃れ魔術を発動しようとしている者たちにその針を刺し込む。電流を巡らせ針を回収しつつ、さらに地に伏す人間と機械にも麻痺させる程度しか出ない電流を流す。


 萌衣の特殊才能に見境はなかった。重量制限はあるもののそれは持ち上げる時のものだ。効果を示したい場所に念じれば前兆なく超負荷がかかる。


 さらに渚の特殊才能で魔術を使う暇さえない。


 敵ごと同胞が沈められていく様を見続ければ身構えと心の準備はできるものの、何せ速い。気付けば沈み始め、魔術を使おうと思う前に電流が身体を駆け巡る。


 それに相手採るべきは彼女たちだけではない。数は少ないとはいえ驚異の再生能力と魔術そのものに干渉できる朱雀の右翼を携えたHHRに紛れ込んだ第三勢力二人。


 そのため彼女たちに攻撃できるのは広範囲系か貫通系の魔術しかない。


 地面が揺れ、地割れが襲い掛かり中からマグマが吹き出し、木々が茂り鋭利な枝を全方位に伸ばしても彼女たちには傷一つつけられなかった。



 故に言葉を語る余裕があった。


「この針便利ですね。確か、お友達から仕入れてくださったんでしたっけ?」


「うん。けどまあ、本来は拷問で使う道具みたいよ」



「どんな友達なんですか、それ」


「ペテン師でとっても危険なお友達よ」


 萌衣の脳裏には四月のあの豪雨の前夜に体験した苦い経験が浮かんでいた。



 そんな風に語り合いながらも、やるべきことは忘れない。


 次第に戦線は前に進み、ごちゃごちゃしていた光景も整理し始められた、瞬間――





 ――錠の閉じる音が一際大きく響き渡った。





 同時に、敵の魔術である大樹から伸びた木の枝が明確な敵意を持ってに二人へ向かってきた。


「なっ!?」


 今度は何も理解できない状況。硬直する萌衣の心臓を狙って上から下へそれは迫る。


「萌衣さん!」


 だが、渚が彼女に電流を走らせることで神経を麻痺させ身体を落とす。木の枝は頭上を掠めて通り抜けた。


「っ!! つあああああああ!!」


 代わりに、萌衣の命を救うために躱す暇すら惜しんだ渚の太ももが貫かれた。


 悲鳴を聞き、渚が攻撃を食らったのだけは想像できた萌衣だが、加減のされていない麻痺は解ける兆しすらない。


 そして、貫かれた渚の太ももからは、一切の出血はない。出るべき血液を取り込んでいるように枝に赤い筋が浮かび上がっていた。


 さらに前方から獣の雄叫びのような声が身体に響いてきた。


「グゥルウエェェェト!!」


 二人の横を男性の上半身が通り過ぎる。遥か後方で水っぽい音が聞こえた。


 それが不変のものであると、前に何をされたか気づいていないかのように佇む下半身からわかってしまった。


 その惨状を引き起こした〈マギ〉の隊長を務める筋骨隆々の男は、普段の姿を二倍にまで膨らませ、その筋骨から拳を一つ放った後の動作をしていた。


 その手を引き、残った下半身も肉塊へ変えようと動作を整える。


 しかしその前に不変の下半身からむき出しの上半身が高速で生え、迫る拳を背後に飛ぶことで躱す。不変はバックステップでさらに距離を取り、渚の横にまで下がった。


 加えて猫屋も伸びるような跳躍で筋骨隆々の男の頭上を越え、三人のところに着地した。


「どうなっている、猫屋計」


「ああ、いや、この場合はうニャと言ったほうが伝わりやすいか。簡単な話、相性最悪な人間に捕まったのニャ」


 語尾をあえて戻したしゃべり方が示すは、『不幸を司る魔の黒猫』の力が発動していないということ。


 ちゃりり、と涼やかな音を鳴らして、一人の女性が男の横に並ぶ。


 銀色の鍵が一つ繋がったリングを人差し指で回転させ、渚と正反対の暗い黄色髪をした女性は泰然と佇んだ。


「錠ヶ崎、寧々……」


 不変はその女性の名を、忌々しげに呟いた。





 






 ――時は少し遡る。


 〈塔〉の複雑な造りを抜けた最上階は、二つの区画に分かれている。西煉はMGR社魔術師トップ、錠ヶ崎寧々の私室となっている。


「始まった、か」


 妙齢の部下から開戦の知らせを受け、彼女はそう呟いた。


「私たちに出兵の命は来ていないのよね」


「はい、今のところは、ですが」


「本部は崩壊し、夜霧新の生死は不明。己世界や〈道化師ピエロ〉も所在は分からぬ、ね……」


 寧々は勘案で表情を染め、しばらくして部下にこう命じた。


「魔術師を全員招集して。いい、全員よ」


 そんなことをしたら企てごとがあるのではと怪しまれてしまうのでは、と強調された命令に疑問を覚えるが、それを差し挟むことなく命を遂行するため部屋を出た。それはひとえに信頼があったからこそだ。



 彼女に寧々の考えは分からない。少なくとも、第二世代の彼女には。


 退出した部下を見送った後、どこか遠くを見るような焦点の合わない瞳で宙空を見つめる。


 寧々はポケットから一つの鍵がぶら下がるリングを取り出した。リングを人差し指に通し回し始める。それが精神安定剤的な意味を持つ癖であるのは、彼女自身は気づいていなかった。


 此れから始めようとしているのは、魔術界の存続をかけた一世一代の大勝負。六十九年前に交わした約束と信頼、そしてここに至るまでに踏み越えてきた同胞に報いる戦いだ。


 一つの失敗すら許されない重圧に、彼女が不安を覚えるのは無理のないことであった。


 それからしばらく鍵は空を裂きつ続け、


「揃いました」


 先ほどの部下を先頭に、MGR社日本支部に在籍する魔術師全員が部屋に集まってきた。


 無論、全員が入りきるはずもなく、一部の魔術師は己の魔術を使用して壁や天井に張り付いてスペースを作った。それによりすし詰め状態ではあるが、全員が入りきった。


「これはどういうことなんですかい、寧々さん」


 MGR社において唯一実務の権限を与えられた魔術師組織〈マギ〉の隊長を務める筋骨隆々の男が、この場を代表して疑問を発した。彼も第二世代である。


 壮年や妙齢の第二世代や幼子の第三世代はその疑問の通りその表情に不安や疑念を張り付けている。


 ただ、六十九年前に共に移籍してきた第一世代の者たちだけが、使命感に満ちた硬い表情で寧々の発言を待っていた。皆、華の魔術を心臓に埋め込まれ(、、、、、、、、、、、)年齢にそぐわぬ身体的な若さを保っている。


 寧々は回していた鍵を手の平に収め、大きく息を吐き出した。


 そして、凪のような声音で告げる。


「私たち魔術師は、これからこの〈塔〉を破壊し、夜霧冷夢を殺害します」 


 空白が生まれた。しかし、それも意味が解釈されるまでで、次第にざわめきが広がる。


「そ、それはどういうことですかい?」


「どうもこうも、そのままの意味よ。ねえ、私たちは、何?」


「それは……魔術師ですが」


「そう、魔術師。じゃあ魔術師の敵は誰?」


「それは……」


 教科書に載った答えを復習するような問答で、男は答えに迷った。


 魔術師に明確な敵はいない。過去、科学と戦争した歴史はあるが、それは自然の摂理に反する存在であったからで――そこまで考えて、男の表情に変化があった。


 気付きであり、恐れ。彼は紡ごうとする声が震えるのを止められなかった。


「まさか、いまだに我々は戦争を続けていたとでも!?」


「驚くことかしらね?」


 寧々は首を傾げた。


「一体いつ終戦の宣言はなされた? 一体いつ私たちは自らの法則を曲げた? 一体いつ牙を抜かれ媚びる動物に成り下がった? ――否! ただ機会を窺っていただけ。牙を隠し服従したように見せかけ、損得と現状の表面的な改善のために同胞すら切り捨てたように思わせ、国単位ではないが故に軽視された一筋の可能性を隠し続けてきた!!」


 誰もが勘違いしていた。六十九年前の戦争は終わったのだと。


 しかし、何の条約も結ばれていない。ただアルファの介入により休戦になっただけだ。彼らは知る由もないが、魔術界の代表である華は常にこう言い続けてきた。「再開しただけ」と。


 七日間世界を包んでいた瘴煙の中魔術師の前へ現れ、科学との併合を持ちかけた夜霧新に、二人の代表は姦計を巡らせた。


 それが、


「奴らの腹を内側から掻っ捌き、その首根っこを切り飛ばす。そのために我々は志を売った」


 静寂が生まれた。だがその中で、圧倒的な熱量の違いがあった。


 それを知って着いてきた第一世代や事情を鑑みるには経験の浅い第三世代とは異なる、第二世代の冷たい空気。


 一人の女性が、ぽつりと漏らした。


「何故、それをわたしたちには伝えてくださらなかったのですか」


「この作戦は決して知られてはいけないもの。私を含めた第一世代だって、当初は私の鍵で記憶を封じて気取られないようにしてきたわ。一つの不自然な挙動で記憶を覗かれる可能性がある限り、むやみに情報を開示するわけにはいかなかったわ」


「……この際、信頼がなかったことには目を向けないことにします。共に潜り抜けてきた死線の数が違うと。けれど! ……いえ、言っても詮のないことでした。けれど、〈Day=Walker〉の行ったこととその顛末は胸に刻んどいてください。子供たちが帰ってこなかった事実を、どうか……」


 悲痛な訴えに、場の空気は冷たさに包まれる。それは皆が同じ方向を見たことを意味した。年齢も、信念も関係なく、一つの事実に向き合う。


 皆の視線は、まっすぐ寧々に集まっていた。


「分かっているわ。私たちは踏み越えた屍に報いるためにも、この作戦を成功させなければならない。たとえそれが、自己満足であったとしても」


 その発言に一瞬魔術師リーダーとしての顔ではなく、錠ヶ崎寧々という一人の人間としての顔を覗かせ、またリーダーとしての顔に戻る。


「もちろん、子供たちや戦える自信のないものは避難してもらうわ。この戦いは量より質が求められる。仲間を守る時間があるなら、敵を一人でも倒す。そういう戦いになるから」


「避難と言っても、どこにですかい? 外は四神の結界で俺たちは勝手に逃げられないようになっているはずじゃあ」


「〈Day=Walker〉が作ってくれた道があるじゃない。厳重な警備下にあるだろうけど、それを超えてもらうしかないわ」


 彼らの犠牲を肯定するわけではないが、それでもその行動は無駄ではなかった。目の前の子供を救うことはできなかったが、もっと多くの子供たちの命を守る一筋の光を残した。


 彼らの意思を決して費やせはしなかった寧々に、先ほど食らいついていた女性は目の前を滲ませながら頭を垂れた。


「どうしたの、おかあさん」


 こぼれ行く液体の意味を悟れず、足元にいた彼女の息子が心配そうに声をかけた。


 彼女は一児の母として気丈な笑顔を涙の流れる顔に浮かべた。


「お母さんは大丈夫よ。ただちょっと、嬉しくなっちゃって」


「うれしくて泣くなんてへんなの」


「そうね」


 そんな母子の一幕を傍らに、話は進んで言っていた。


「それじゃあ、人選を始めましょうかい」


 男の言葉に従い、戦う意思がありそれに伴う実力があるものだけが残された。


 第一世代は全員、第二世代は四分の一が残り、第三世代は先ほどの言葉通り全員が残り四分の三の第二世代先導の下〈Day=Walker〉の作り出した脱出通路に向かった。


 百の単位を切りはるかに広くなった部屋を見渡しながら、寧々は告げ始める。


「それじゃあ、やるべきことを改めて確認するわね」


 寧々は鍵を包んだ方と逆の手で指を三本立てた。


「一つはHHRの製造ラインと製造済みの本体の破壊。これは最優先で行う。戦場に駆り出されているのはあれらだからな。あと勘だけど、どうにも素材がきな臭いのよね。二つ目は四神結界の中枢の破壊。非戦闘員と同じルートで逃げるわけにはいかないからね。〈塔〉の入り口は私の権限で開けておく。そして第三は、一番目ファーストの夜霧冷夢の殺害。零番目オリジナルの所在は分からないままだから妥協するしかないけど、今の夜霧の頭は確実に彼女。夜霧新しんぞうの生死は情報が入ってこないけど、きっと華さんが何とかしてくれる」


 指を一つづつ折り曲げ、情報の共有と整理をした。


 彼女は次に鍵を皆の方へ向け、回した。解錠するように。


 疑問が波及する中、かちり、と何かが開く高い音がした。


 次の瞬間、寧々の内蔵する改変力が増大した。遍く全てに存在する世に在ろうとする存在力を捻じ曲げる力。それらは全てに内包された魂の格――それを魔術師は霊格と呼ぶ――であり、その大きさが優劣を決める。


 一部とはいえ自身の力すら封印していた寧々は、驚く皆にうそぶく。


「能ある鷹は爪を隠すものよ」


 この戦いの先導者の強大な力に当てられたのか、雄たけびこそ挙げなかったが、静かに士気を高める。


 足元にすら及ばぬ頂に立つ天才。これが当時最強の事象改変使いと謳われた女性の霊格。汚れを知らぬ純白に女性的な強さを携えた、人を率いる才を持った魂の輝きであった。


 己たちが十二分の実力を出すに足るまで士気が上がったことをその肌に受け感じた寧々は、最高の言葉での宣戦を放った。 


「さあ、準備は整った! 同胞の死屍に隠れ密かに研ぎ続けた牙を剥け!!」


『『応ッッ!!』』


 そして魔術師たちはその牙を以て、仇敵の腹を食い破った。






 辺りを騒ぎ立てるHHRと魔術師の戦闘音に紛れ、宙空を回る鍵が涼やかな音を鳴らしていた。



「これはこれは、珍しいお客さんたちですこと」


 四人を前に、寧々は余裕の感じさせる笑みを浮かべていた。


 猫屋が回る鍵を睨みつけながら、忌々しげに呟く。


「〈恐苛〉を封じられたニャ」


「……小規模の世界なら変えられるほどの改変力を有しているということか」


 不変の出した答えは、女性陣の理解の外にあった。


 だが、それを問う時間はなかった。


 渚から吸い上げた血を養分とし枝が急成長。分かれ、爆発したかのような勢いでように四人へ迫った。


 交渉の余地はなかった。彼女たちにとって不確定要素は潰しておきたい存在。ましてや、九年前に逃した不変の姿もある。


 彼はともかく、三人は確実に死ぬ。肉薄する死へ誘う槍に回避行動は間に合わず、ただ条件反射的に瞳を閉じ、自身へ降りかかる惨劇から逃げようとした。


 しかし、


「ありゃ」


 その枝は四人に到達する前に弾け飛んだ。いや、枝だけではない。その大本の巨木すらも内側かかる負荷にでも耐えられなかったかのように爆散した。


 萌衣はすぐさま念動力の防護膜を張り飛散する欠片を押しとどめる。だが渚に刺さっていた枝は間に合わない。


 しかしそれは、煌びやかな光の粒子が舞う橙色の炎に燃やされた。


「う``う``……」


 傷口内で爆散した枝までは燃やされなかったらしく、肉を食い破られた痛みに渚が苦鳴を漏らす。


 だがその悲痛な訴えに対応できる暇はなく、三人は耳朶を叩く爆発音に顔をしかめながら現状把握へ勤む。が、その前に聞こえた平坦な女性の声音に萌衣だけが聞き覚えがあり彼女は振り向きそして、その人物を視認した。


「久しぶりに古巣へ戻ってきたと思ったら、ずいぶん物騒になっているもんね」


「え? あ? お、お姉ちゃん!?」


 青みがかった紫紺の髪を目鼻立ちのくっきりとした顔はしっかりと見えるようにしている以外適当に伸ばした長身細身女性。化粧っ気はなく市販のシャツと女らしさのない質素なジーパンを穿いているにも関わらず、モデルなどの人前に出る仕事人を思わせる姿をしていた。


 紛うことなき夜霧舞華その人であった。


「ハロー、萌衣。あんたも久しぶりねー」


 呑気に手を振る姉の姿に萌衣の頭は現実への思考が追い付かず、諦めて目の前に起こっている現実をそのままに認識することにした。


 端を発したのは無論、疑問であった。


「何でこんな所に!?」


「ん? 可愛い妹が開戦時にここへ乗り込むって前々から聞いていたから心配して来ちゃった」


「来ちゃった!?」


「うん。さっき電話もらった時には六区に潜入しててね。急ごしらえ的に作ったような補修跡が一か所あったから簡単に入れちゃった。で、一区まで〈警備隊〉とかの目を掻い潜ってきたら〈塔〉に通じる二つの扉が開いててラッキー、みたいな」


「……意味が分からない。本当に意味が分からない」


「いいじゃない。そのお陰で命が救われたわけだし。結果オーライってやつよ」


 口調はアンニュイな雰囲気を醸し出しているのにいやに前向きな発言は、夜霧舞華その人である証明でもあった。


「さて」


 そう前置きし、彼女は目の前で気を窺う魔術師を見据えた。


「私はあなたたちの天敵。それを忘れてはいないわよね、寧々さん」


 名前を呼ばれ、寧々はようやく何かに気付いたような表情をした。


「ああ、そういうこと。あんた、あの舞華ね。かなり変わってて気づかなかった」


「十年も前のことですからね、ここを出て行ったのは」


「ということは、そこにいるのは萌衣か。覚えているか、私のこと?」


「……忘れてはいない、程度には」


「まあ、そうよね。特に絡みがあったわけではないし」


「寧々さん」


 懐古の情を漂わせる上司を筋骨隆々の男が現実へと引き戻す。


「こ奴らの処遇は?」


「……正直なところ、事情だけは聞く価値があると思う」


「それはつまり、情けをかけると?」


「そういうわけでもないんだけど。まあ、面子を改めて見て見なさい。どうにも偏りが感じられるのよね」


 男にはその意図が理解しきれなかった。それもそのはずで、魔術師で四人の素性を完全に把握しているのは寧々ただ一人である。


 けれど男は、先の宣戦から感じられた強固な意志に信頼を置き、巨木を扱う魔術師に待ての命を出した。


「ありがと」


 それに感謝をしつつ、寧々もまた五人を見据えた。


「で、何しに来たの?」


 それに答えたのは不変であった。簡潔に、夜霧冷夢の殺害を示唆する。


 その間に、舞華は渚の患部に手を当てた。先ほど欠片を燃やし尽くした炎が傷口を這いずり回る。


 だが、不思議と痛みはなかった。めり込んだ木の破片は灰燼に帰し、穴はまるで逆再生のように元に戻った。


「すご……」


 奇跡にも似た所業に渚が感嘆を漏らした頃に、寧々たちは不変の言葉を咀嚼し終えた。


「だ、そうだけど」


「私に聞かれましても。最終的な決定権はあなたにあるのですから」


 それはつまり、寧々の決めたことならどんな結果でも従うということであった。


「そう。なら、あなたたちに提案がある」


 と、彼女は五人へ、敵対者として告げる。


「夜霧不変だけを置いて、この場から立ち去ってもらいたい。その後を追うこともしないし、今後干渉することもない」


「断る!!」


 強き語調で即答したのは、渚であった。自らの行動の意味を自覚したばかりだからこそ、その熱量は誰よりも大きく彼女を燃やしていた。


 無論それは、他の三人も一緒であった。そのためだけに危険をかえりみてまでこの場所に来たのだから。それに、


「まあ、私もそれに賛同かなー」


 私怨を燃やすまではいかずとも、舞華にもそれなりの貸しがある。故に経過は違えど、結果として彼女も四人と生死を共にすることとなった。


「まあ、あなたたちの事情をかんがみればそうよね……」


 深くため息を吐く。その姿に五人は、押し通るしかないと決意した。


 特殊才能に魔術に〈恐苛〉に不死者、この世に存在する特殊の天敵である事象改変。その最強の使い手と。


「じゃあ、協力しましょう」


 だがその決意は、杞憂に終わる。


 皆が皆、その脈絡のない発言に首を傾げることしかできない。


「どうしたの? 目的が同じなら協力したほうがいいじゃない」


 まず心の平然を取り戻したのは、年長者である不変であった。


「……そうだが。我々を信用するのか?」


「信用、とは違うわ。お互いに利用し合いましょうってことよ」


 結果として、魔術師は夜霧冷夢がこの世から消える場面に遭遇できればそれでいい。その経過は問わない。


 ならば、少しでも人手が増える方が有益であると判断したのだ。


 そしてこの提案は、不変たちにとっても魅力的なもの。


 確実に死傷者が出る戦闘を回避でき、なおかつ魔術師という強力な味方ができるのだ。


(無論、背中を撃たれる可能性は加味せねばならないが……)


 メリットとデメリットを秤にかけ、その天秤はメリットに偏った。


「私個人としては、この誘いに乗りたいと思うが……お前たちはどう思う?」


「いや、まあ、一番頭が良くて性根が悪そうな不変さんがそう判断したなら、私たちとしては反対のしようがないんだけれど」


 他のメンバーも同意を示した。


 とても残念な信用のされ方であったが、事実なのだから仕方がない。自分も認めたくはないが、夜霧冷夢である。


「ということだ。こちらはそれに賛同したい」


「交渉成立ね。条件は夜霧冷夢の打破、報酬は夜霧冷夢の死体」


「確かに聞き届けた」


 口頭のみであったが、契約はなされた。


 と、その時五人の後ろから血に濡れた魔術師が一人駆け出した。寧々の前で止まり、直立の姿勢をとる。


「待たせたわね」


「いえ。HHRの殲滅を報告します。これからの行動は?」


 その報告を聞いて、いつの間にか戦闘音が止んでいるのに気が付いた。自分のことで手一杯になっていたのもそうだが、こちらへ一切の余波も持ち込まなかった実力に戦慄を覚える。


 先ほど圧倒できていたのは、猫屋の力があり、何よりHHRとの戦闘も同時に行っていたからだ。もし正面から対峙した場合、今の戦力で勝てるかどうか。


 改めてあの提案が成立したことに安堵する。


 寧々は鮮血や臓物に濡れた同胞を見据えながら宣言する。


「これからHHRの製造ラインへ入る!」


 そして、五人の方へも言葉を向けた。


「悪いが、ついて来てもらうぞ。……まあ多分、知っといた方がいいものが見れると思うからな」


 不吉な色を見せる言葉に、不変を除く四人が臓腑が押されるような感覚に襲われた。漂う血臭が、悪い予感を加速させる。


 ただ二人、寧々と不変だけが辺りの惨状からこれから行うことの意味を察していた。


 ――もしこの予想が真実になれば、我々は今、地獄の鎌を開こうとしている、と。

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