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ファクターズ  作者: 綾埼空
六話 『今』を『未来』に繋ぐための戦い
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火花

 MGR社の台頭を許した一因であり、母国を衰退させた原因であるR帝国皇帝に一泡吹かせることに成功した華は、広い首都の町を抜け木々の立ち並ぶ雪原の一角まで足を運んでいた。


 戦争は始まった。既存の常識が通用しない、超越者たちの戦争が。


 じきにこの場所も戦火に包まれるだろう。


 華は早速行動を始めた。


「契、準備は?」


 なにもない虚空へ語りかける。


『完了しています。ただ……』


 脳内に聞こえた結神契の声には、若干の不吉さが宿っていた。大体の予測を立てながら聞き返す。


「ただ?」


『MGR社本部に襲撃した部隊からの連絡がなく』


 その情報を脳内に転がす。最悪の答えが頭によぎった。契も同じ考えに至っているためにその声色へ不吉さが混じっていたのだろう。


 その答えは、一介の兵士が断定するにはあまりにも重すぎる。故に頭である華に回答は任せられた。


 責任を伴う事柄は全て(はな)が背負う。それが魔術界の規則だ。


「あの会議の時点で戦争は始まっている。それが答え」


 契から重い沈黙が。華の内心にも裂くような痛みが走る。


 戦争は、一族の長の言葉一つで始まる。下の者は望まずとも戦火に駆り出され、その尊い命を落としていく。


 せめて自分も出兵すれば、とも思うが、頭が取られては意味がない。


 後ろで偉そうに踏ん反り返って一兵卒たちを鼓舞するしかないのだ。


 その役割を自覚したうえでしかし、彼女は笑みを浮かべながらうそぶく。


「大丈夫、勝つのは我々」


 その瞬間、どこかから大質量のものが空気を裂く重々しい音が聞こえてきた。それはどこか、伝承にある竜の鳴き声を想起させる。


 華は空を仰いだ。雪が降り注ぐ曇天に紛れるように、鋼色の流形のフォルムをした飛行船が広大なる天を駆け巡っていた。


 実物を見たことがあるわけではない。それでもそれが、〈聖人〉の契を完全敗北に導いき、開戦の鐘を鳴らすこととなったあの会議のきっかけを作った一つ、『ドラゴフライ』であると断言できた。


 警戒を強める華の目に、さらに胡麻粒大の影が映る。


 何かが投下された。そう判断し魔力を練ったころには、それの正体が全容まで確認できる程度にまで近づいていた。


 『HOME HELP ROBOT』、略称はHHR。


 今ではオバチャンの通称で親しまれるお掃除ロボットだが、六十九年前は掃除ロボットにカモフラージュした最新鋭の武器を積む殺戮兵器の一種であった。アルファの変革により痛み分けで終わった第一次マジックサイエンスウォーの後、世界を先導する一企業が武装兵器を持つことを危惧した多くの国を代表して常任理事会がその開発を禁止する条約をMGR社に呑み込ませた。しかし、完全に人と見分けがつかない意思なき機械の利便性は捨てきれず、武装を完全に放棄した人型ロボットして開発を依頼し、MGR社は快諾。魔術の総本山であるバチカン市国を除いた全ての国で社会基盤の外郭を支えている。


 だが実際、目的の知れない夜霧新と対峙した華は、その甘さに危惧を覚えていた。


 HHRが武装しているかなど、外見からは窺い知れない。世に普及させたHHRが彼の指先一つで暴動を起こすかもしれない。いやそもそも、武装したHHRを造れる可能性があるのが問題だ。


 現在の数十倍は魔術師がいたあの頃でさえ、あの圧倒的数と武力の前には泥沼の状態を保つのがやっとであった。


 ましてや今は、引き抜かれた魔術師を研究し、あの頃より科学が魔術に精通している。


 そして、この戦場に投下されたのがHHRということは、華の悪い予感が少なからず当たったと言うことだ。


 真上から圧殺してこようとするHHRを軽い身のこなしで躱す。


 雪を巻き上げ、何体もの無機質な表情でで同じ顔をしたメイド服の少女が着地する。


 白のカーテンの向こうで揺れる影に指の関節を曲げた右手を差し出し、起動文言を唱える。


「終わりなき鎮魂歌に、捧げる死の花束を」



 一般人にも可視化できるほど濃密に練られた赤色をした魔力が手の平から溢れ出し、小粒状になってHHRへ放たれる。


 影は回避行動を起こすが、素早き魔弾は一番奥にいた一体を除き着弾した。しかし、特異な変化はない。


 HHRたちは組み込まれたシステムの通りに地面を蹴り、敵に襲い掛かる。


「死の宣告」


 そう呟くと、空中にて被弾したHHRの身体に白い水仙の花が咲き誇った。


 水仙の花は、HHRの行動を司る中枢を死滅させ、核を失った機械は残った運動エネルギーで華に向かうもあっさりと躱され、雪原に落ちる。


 残すは一体。再び華は魔力の粒を形成する。


 彼女の魔術は、自身の魔力で形成した『種』を埋め込み、相手の神経と同期する芽を発芽させたり、命を奪う水仙の華を開花するというものだ。



 その強大さの対価に種を埋め込まなければその効力を発揮することはできない。また、他の魔術に裂けるキャパシティーが異常に少ない。


 普通の魔術師なら事象を改変して自分の存在を希薄にしたりしてゼロ距離から埋め込むことも可能なのだが、華にはそれができない。


 故に十分に距離を取り、再び種の弾幕を張る。


「……!?」


 そこで華は目を見開いた。それは彼女には珍しく、驚愕の感情を示すもの。


 その瞳には、HHRの信じられない姿が――右の肩甲骨の辺りから燃ゆる羽が生えた姿が映されていた。


「朱雀の右翼……!?」


 この戦争の原因である〈科学魔術〉が、華の眼前で広がる。


 羽は振るわれ、種を燃やし尽くした。その羽には、魔術の根幹をなす生命に宿る霊格や神格に直接干渉できる力がある。


 侵攻を遮っていた幕は音も煙もなく消え、HHRは前方へ跳ぶ。伸縮する羽が空と地面を舐めとりながら螺旋状に華へ迫った。


 目の前の減少について考察をしながら、羽の先端が通り過ぎた方向に逆に身体を逸らす。これにより一秒は稼げる。


 一秒あれば種は精製できる。


 しかし先端はもう一周することなく地面に突き刺さり、伸びたばねが元に戻るように宿主を引き寄せた。


 積もった雪へ片足を突っ込んで制動し、真横で立ち尽くす華の首めがけて炎翼を薙ぐ。


 脊髄反射的に膝を折り曲げ、それを回避。通り過ぎる熱を感じる暇もなく転がりながら距離を取って立ち上がり、さらにバックステップ。


「ふう」


 魔術的に死に近しい華だが、掠めた死の感覚にはさすがに冷や汗の一つも頬を流れる。  


 緊張による身体の硬直を呼吸で解し、魔力の種を形成、射出。


 すると同時に、首に刃物が添えられているような恐怖感が彼女を襲った。


 辺りを確認するまでもない。熱はすでに感じている。


(朱雀の力は蘇りを可能とするまでの再生能力。それ以前に、何で夜霧の科学を侮った!)


 どういう方法かは知らないが〈科学魔術〉を機械に使用させることに成功している。ならば、それが量産されているに決まっている。


 何前何万と繰り返そうと、過程が同じなら帰結する結果も同じ。それが科学と言うものだ。


 『死の華』がなければ彼女は〈聖人〉や〈忍〉のような特別な身体能力があるわけではないただの少女である。


 奇策も万策も準備する時間がなければ張ることはできない。


(これは、あの子の役割が重きを占めそうね)


 死の鎌が命を刈り取るその時まで、華は戦局と魔術界の行く末について勘案し――後ろから響いた爆音に顔をしかめた。


 遅れて突風が華のツインテールを揺らし、霧散した雪が視界を奪う。


 理解の追いつかない状況に首を傾げ、取り敢えず前方に揺れる影へ一つ種を奇襲し水仙の華を咲かせる。


 そして残りの種を携え背後を向いた。


「誰?」


 雪煙の向こうには、女性特有の凹凸のある細身の影が。


 この状況でまず考えるべきは、あの最強の魔術師の存在だ。


 臨戦態勢を整える華に対して、影は両手を上げて敵意がないことを示し、声を上げた。


「華さん、私ですよ」


 影が足を振るう。その風圧で舞い散った雪は全て彼方へと飛ばされた。



 その向こうに佇んでいたのは、右手首にリストバンドをしている以外寒さなんて概念を感じさせないほどラフな格好をした契。その足下には華が仕留めそこなったHHRだったものが鉄片レベルにまで粉砕され、再生するには足りない乏しい火を揺らめかし、契の全力の行動でむき出しとなった地面に落ちていた。


 華が二の句を継ぐ前に、契が一陣の風となって背後へ。


 再び蘇生して立ち上がろうとしていたHHRが、彼女の華奢に見える腕から放たれた拳で粉々に粉砕される。


 朱雀の力で再生し始めるが、他のHHRだったものと同じように辛うじてパーツだと判断できるところまでしか持ち直せず、その行動を停止した。


「全く、あんな大きな口叩いておいて簡単に諦めないでくださいよ。どんな事情であれ、あなたが死んだら士気が下がるんですから」


「……ごめん」



 正論過ぎて、華には謝ることしかできなかった。


「いいです。取り敢えずこれは、華さんの魔術とは少々相性が悪いみたいなので、サポートお願いします」



 契は地面の残骸を指さしながら、空を仰いでいた。


 その言葉が何を意味するのか理解した華もその視線の先を追う。


 残留していた機体から、追加で無数のHHRが投下されている。さらに東の方から追加の機影が。


「あれの移動音を聞いて全力で駆けつけてきたので、みんなが追いついて来てくれるまで数分は要すると思います」


 契は無理やり作ったような笑みを張り付け、淡々と現状を報告し、自身の置かれている現状も再確認する。 


 最低最悪の状況であった。勝機が見えないどころか、何を持って勝利なのかも理解できない。


 MGR社が降伏するまで損失を与える? そもそもそんな映像が思い浮かばないし、夜霧新本人のいる本社が潰されてもこれだけの戦力を平気で投入してきているのだ。


 そもそも、MGR社の管理が消えた世界はどうなってしまうのだろうか。


 映像一つから様々な、しかも戦闘には不必要な疑念が頭を渦巻いていく。


 ただ殺す。それだけを考えられる戦闘とはわけが違う、と契は自身を鼓舞するための作り笑いを深めた。


 不安を煽り立てるように、二人を囲ってHHRたちが着地する。

 契りは拳を握り、華は種を生み出す。

「じゃあ、消耗戦と行きましょうか」

 そして、結神家の契としての起動文言を唱える。


「紙を結んで神と契り、紙を千切って神と結ぶ」


 彼女の足下から人型の折り紙が螺旋状に舞い、やがて黒く染まり崩れ落ちて残滓すら残さずに消える。


 中の契の見た目には変化はない。しかし、当たり前に感じられる人間らしい雰囲気が消失していた。


 いつも冷静で口数が少ない上司の代わりに、彼女は戦闘の口上を述べる。


「結神契。仇名は『聖神子』。いざ尋常に、参る!!」

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