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ファクターズ  作者: 綾埼空
六話 『今』を『未来』に繋ぐための戦い
112/131

開戦

 二〇七一年に於ける各国の情勢の基盤は、過去類を見ないほどの歴史の変換期を起こした二〇一二年から二〇一五年の間で大きく変わっている。経過を見ていこう。


 前提としてまず、二〇一二年にA国とK国が戦争を行いK国は敗北し、隣国のC国が前述の戦争による自国への被害を謳い宣戦布告を行い核を使用した戦争となったこと。両国は他の常任理事国の制止を無視して核を使用したこと。両国の放った核はまるで示し合わせたかのように上空で衝突し、死の灰が地球へ降り注いだこと。それを解決したのが夜霧であることであるのを思い出してもらいたい。


 世界を滅ぼしかけた両国は、その罰則として国の存続を禁じられた。その結果隣国へ吸収されることとなった。


 世界の警察として大きな権力を握っていたA国が隣接するK国に併合されK共和国を名乗ったことにより、多くの国に影響を与えた。


 国そのものが消えたことにより日本との条約が破棄され、A国軍は各種基地から撤退。それにより日本は憲法の解釈を変えることにより自衛権の保持を認めさせなければならなかった。


 それに異を唱えたのがR国である。N国やC国を併合しR帝国を自称した彼の国は、領土問題にて日本と問題を抱えている。奇しくも吸収されたC国も似た遺恨があり、反発は白熱した。


 狙いは無論、日本全土である。土地だけでなく、極東の島国でありながら先進国として世界と渡り合えている理由である技術力を手に入れることができれば、他の追随を許すことはなくなる。


 しかし、R帝国の国民はその活動そのものには乗り気でなかった。多くの問題はあるものの、両国の国民の関係性はさほど険悪ではないからだ。


 それ以上に国際的な問題を抱えたK国とC国の受け入れと、それによる経済的な不安から元々あった政府への不信が最高潮にまで高まった。


 だが以前から連邦制を取りながら国家元首である大統領が行政の中心を担っており、さらに強固な独裁が敷かれ国民は反旗を翻すことができなかった。国内はいつ爆発してもおかしくない状態のまま半世紀以上を歩むこととなる。


 国外でもR帝国の暴走を止めようとする動きがあったが、有数の核保有国をに国も囲った彼らを止められる国は存在せず、また泥沼と化した中東の内乱問題を元A国からどの国へ委託するかにまごつき、ついぞ大統領が皇帝を名乗るほど地位を盤石のものとするまで問題の解決には至れなかった。


 しかし、その小さな摩擦が積み重なることで時間は過ぎ、情勢は膠着したまま夜霧とR国の権力だけが肥大し三年が過ぎていた。


 二〇一五年、魔術師が表舞台へ姿を現した。行き過ぎた科学への制動者として現れた彼らだったが、夜霧は宣戦布告すら行わず魔術師が仮の本拠地としていた北極を襲撃した。


 魔術師たちも応戦を決定。HHRを投下した夜霧と魔術師の戦いは安定した陸上を求め南下し、R帝国にまで及んだ。


 国と国ではなく、魔術と科学という世界の戦いの戦地に選ばれてしまったR帝国は、自国内でコントロールできない事態に焦り自軍の兵を出兵させようとした。しかしその前に、北極にとある隕石が飛来する。


 のちに変革の意思と呼ばれることとなるアルファだ。


 それから障煙に包まれた七日間の悪夢を経て、夜霧新は魔術界の錠ヶ崎寧々一派と手を組みサルデーニャ島にMGR社本部を設立。変革した世界にて既存の法則を超えた最新鋭の科学を使い人類にも生き残れる道を開拓したことで世界から大きな信頼を得た。


 二〇二二年に日本に唯一の支部を作り、万物を拒む障煙に包まれた北極の謎を解くために人間の進化と可能性の行き着く先である特殊才能の発掘を十八歳未満の有志の少年少女たちに施した。


 このことでMGR社の恩恵を受けているR帝国は日本に手出しできなくなり、次点であった南下政策もC国を手に入れた時点で国土は有り余るほどあり他国への侵攻は行わなかった。


 寧ろ土地や人口の増加、そして事実上の鎖国状態による政治、経済的な問題がR帝国には重くのしかかっていた。


 それは、二〇七一年現在でも続いている。











 二〇七一年九月二十六日土曜日。


 白雪の化粧をしたR帝国の首都は、上空から見ると東西南北に外から中心部へ一直線に走る道を挟んで斜め屋根の民家や商店が並ぶ造りをしている。中心部には、街の景観にそぐわない門扉のついた円形の壁があり、中には皇帝の住居が存在していた。


 左右に結った白銀の髪を揺らし母国の土を踏む幼い外見の女性、水仙蒔華は南からの一本道を進んでいた。


 町は活気づいているとは言えなかった。人の通りは少なく、開いている商店も疎ら。だが皆、顔色は悪くなかった。


 この国の国民の中では、彼らの状態は最上級に良い方である。


 首都を離れれば衣食住が満足に揃っていない人々のいる地域もあるし、そもそも都市という単位が崩壊している場所もある。南下し旧国境線の先にある元CやK国は全体的にそんな状態だ。


 日本を手に入れ損ねたことで広大な土地や多数の人民が意味をなさなくなり、またR国人がCやK国人との姦淫はもちろん接触の一切すらも拒んだため、三国は事実上薄皮一枚で繋がった関係にまで落ちていた。


 長さだけはある道を脇見をしながら歩き続けた華は、街の中で頭二つ三つは抜けた堅牢そうな壁の前まで辿り着く。


 ライフルを肩にかけ門扉を警備する二人の毛皮の帽子と外套を羽織った兵士から許可を得て白塗りの宮殿を守る門を通る。


 正面に大きな存在感を放つ城が佇んでいた。一階の右手から廊下が伸び、その先にはホール状の球体の建物がある。城は皇帝の権力の象徴であり、備え付けの建物は形だけの決を採る国会議事堂だ。


「……」


 まるで汚らわしいものでも見るかのように目を細めた魔術界のトップは、その足を進める。既に後ろの門は閉ざされ後退は選択肢になかった。


 雪をブーツで踏み鳴らし成金趣味の光るドアの前まで行くと、合図をするまでもなく老齢の執事により扉が開かれ、冷気で硬くなった体の芯を解す熱気が外に立つ華を襲った。 


 温暖色の明かりの下、二組のメイドが向かい合うように縦に並んで道を作って客人を歓迎している。覗けるだけでも部屋にはこれでもかと成金趣味を輝かせる赤絨毯に『禿・ふさ・禿』と交互の髪の状態をした三代までの皇帝の肖像画、金メッキのあしらわれた手すりのついた階段がその先には、四十台ほどの禿げ頭に恰幅の良い似合わぬスーツ姿の男性が彼女を見下ろしていた。


 三代目皇帝のイヴァン・ローゼンだ。


 華は一礼を返して赤絨毯を踏んだ。階段を上り、イヴァンの元まで。 


 イヴァンは何も語らず、背を向け歩き出す。華はその後ろについていく。



 無駄に装飾が多くて胸焼けがしそうな廊下を淡々と歩き進め、とある扉の前に止まった。扉が開けられ、黒地のソファーとそれを挟む形で獣の毛皮の上に置かれた応接机が目に入った。


 通され、素直に従う。


 扉がイヴァンの手により閉められ、お互いに向き合うように座った瞬間、華が仕掛けた。


「単刀直入に聞く。九氷火との関係は?」


 その幼い容貌からは考えられない威圧感に、脂ぎったイヴァンの顔に汗が流れた。



 だがしかし、すぐにその顔は下劣な笑みを刻んだ。


「言うなれば同盟関係さ。どう調べたのかは知らないが、今更その程度は彼女の『計画』には支障をきたさないぞ?」



 この男は強欲の固まりだ。彼の政権は富も権力も人間も何もかもを手に入れようと画策するものとなっている。だが、先人が掴み取った国民と土地から搾取し満足する正真正銘の小物である。



 男は言葉を続ける。


「なんなら俺たちと手を組むか? 『計画』の過程でMGR社は潰れてくれるぜ。それはおたくらの本願だろ」



 魔術師にとってMGR社は自然を害する悪であり、今は甘美な言葉を並べ仲間を奪い卑劣な実験に使っている宿敵だ。



「断る。私はお前が嫌いだから」


 それを踏まえた上で華はそう言い切った。


 それを聞いたイヴァンは、唾を吹き出しながら失笑した。


「それが魔術師の長の言葉かよ!? そんなんだから裏切者が大量に出るんだぜ」


「経緯はどうでもいい。求められるのは結果。最終的に魔術師(わたしたち)が勝っていればいい」


「だがその結果にたどり着くためには経緯こそが重要なんだぜ」


 華は言葉を重ねなかった。瞑目し、何かを待つように椅子に深々と座り込んだ。


 イヴァンはそれを訝しむものの、下手な悪手を打ってしまうことを恐れ何もできずそれに付き合うこととなった。


 時計の秒針が両者の静寂を際立たせる。


 どれくらいの時が刻まれたであろうか。静寂を叩き割るノックの音が部屋に響いた。


 イヴァンの返答を待たず、ましてや客人がいる中老執事が扉を開けた。それだけ重要な事柄と言うことだ。


「なんだお前は! 俺を皇帝と知って無礼か!!」


「申し訳ありません、皇帝。しかし、早急にお耳にお入れしたいことが」


 暴君の叱責にも頭を下げることなく、駆けた老執事は主人の耳元で何事かをささやいた。


 見る見るうちにイヴァンの表情は引きつり始め、老執事が離れると怒りで真っ赤に染め上げた顔で華を睨みつけた。


 視線の先には、冷淡がデフォルメの少女には似つかぬ笑みが浮かんでいた。


「この程度では九氷火には効果は薄いと思う。けど、あなたは?」


「お前……――」


 目を見開き、歯ぎしりの隙間から言葉を放つ。


「勝手に戦争を始めやがったな!!」


 宣戦布告はなかった。


 秘密裏に動いていた魔術師の部隊が、まるで意趣返しのようにサルデーニャ島にあるMGR社本部を襲撃していたのだ。


「悪い?」


 華は可愛らしく首を傾げ、立ち上がった。


「五十九年前の続きを開始するだけのこと」


 立ち去っていく華を止めるものはいなかった。


 イヴァンは苹果との密約により、R帝国の地を戦場にすることを承認していた。彼女の『計画』の通過点には、MGR社の衰退が組み込まれていたからだ。


 しかし、イヴァンが描いていた局面は、戦争が始まる前に華の一手により崩された。そもそも戦争とは宣戦布告をしてから行うものである。それを怠れば他国から非難が集中する。


 だが、その時点で見誤っていた。魔術界は国ではない。特殊な力を持つものが集まった一種の軍団である。


 故に他国からの非難など恐れるに足らず。形式的なことなど意味をなさない。それは、六十九年前のMGR社も同じであった。


「皇帝、どうなさいましょうか?」


 老執事の言葉に、イヴァンは上った血を十二分に使い思考を巡らせる。どう考えようと打てる手は一つだけであった。


「軍を出せ。じきに日本支部からの先兵が来るだろう。そうすれば、あいつの言う通りあの日の続きが始まる」


 イヴァンは客観的な事実を口にしただけのつもりだったが、老執事の顔は緊張にこわばった。彼は今は少なき魔術と科学の戦争を実際に見た元兵士である。


 「かしこまりました」と一礼し退出する老爺から目を離し、ソファーに深くもたれかかる。


「してやられたわね」


「……ああ、あなたか、九氷火」  


 突如背後からかかった声に、一拍の遅れがあったものの慣れたものでその正体を声音だけで看破した。


 蒼炎のようであり氷のようでもある蒼い髪に同色の瞳。しかしそれは右目しか表に出されず、左の瞳は大げさな黒い革の眼帯に包まれている。首には縄のようなものによる擦過傷がくっきりと浮かんでいた。



 彼女を認識した瞬間から世界を支配するかの圧倒的な意志を空気中に感じ、イヴァンは口で息をし始めた。


「あなたの情報網なら、この事態になることくらい知ってただろ?」


「無理よ。元二位の座は飾りじゃないわ。頭は切れる。まあ、予測はできたけど」


 最後の言葉にイヴァンは眉を上げた。


「何故教えてくれなかった?」


「自分の思い通りの道を歩んできた独裁者がその道を踏み外す姿を見たかったから。挫折は知るべきよ、生きる上ではね」


「あなたが俺の前に現れてから何度も味わっているさ。今回も俺が引いた警備に引っかからなかったみたいだし」


「機械は凍らせればいい。人間にはこの『手』を使えば問題ない」


 そう言うと、苹果の背後に『左右どちらにも見える手』が現れた。


 背後を向きそれを確認したイヴァンは、気味悪そうに顔を歪める。


「そんなゲテモノも魔術の一種なのか」


「違うわよ」


 苹果は、『手』を消失させながら答えた。


「類似する何かな気はするけど、動かすときの経路が違う。から催眠以外の使い方分からないし。あとこれ誰かの所有物よ。勝手に憑りつかれたけど、多分前の所有者も化け物レベルの力を持ってたんでしょうね」


 魔術師の長い歴史の中で最も原初に近い彼女が言うのだから間違いないだろう。


「今日はずいぶんと饒舌だな」


「ようやく『計画』が成就するのよ。わたしだって気分はいいわ。あなたはどうなの? 協力してくれる見返りに邪魔な国はあの『手』の催眠で崩してあげたけど」


「この戦場があなたの掌の上にあるなら問題ないさ。取るべきものは取る」


「そう。ならビビりなあなたに一つアドバイス。足元を固めようと下を見すぎて上から迫りくる脅威に気付かないなんて失策は犯さないように気をつけなさい」


「どういう意味だ、それは?」


「考えなさい。振り返れば簡単よ、いったい自分が誰の怒りの琴線に触れてしまったのかを」


 意味深なことを言い残して、苹果は姿を消した。いや、イヴァンが催眠を受け認識できないでいるだけだ。この部屋にいるかもしれないし、もういないかもしれない。


 イヴァンは大きな溜め息をついて目を閉じた。


 その心中にあるのはやはり、自己の保身だけであった。








 ――全世界へ情報が出回り始めたのは、科学の総本山が瓦解してからであった。








 MGR社日本支部はどの国よりも早くに情報を手に入れ、街の中に流した。その衝撃はすぐさま波及していった。


 休日と言うことで、この街の人口の七割を占める生徒たちは学校の管理下から離れ、多くは町へ駆り出していた。それ故に、様々なモニターから流れた開戦の狼煙は管理不可能な混乱を巻き起こす。


 予想はしていようと、脅かされ続けたものがついに来たことにより少年少女たちは悲鳴を上げながら走り回る。何か方法があるわけではないが、それでも避難行動を採っていなければ安全の二文字は永久についえると冷静でない頭は判断したのだ。


 事態に備えて訓練を続けてきた『警備隊』が駆けつけるも、混沌の坩堝と化した街中を収集するにはかなりの時間を要する。もしその間に攻め込まれでもしたら、この街は最悪の様相を見せることとなるだろう。


 学生区の四区でしかし、この混乱に混じり萌衣は小型の携帯を手で操作しながらタッチパネル式の携帯を耳に当てていた。


「お姉ちゃん、ちょっとばかし頑張ってくるね。――大丈夫だって。馬鹿みたいに強い人間が集まってるから。うん、じゃあ」


 姉の舞華への連絡を終えた萌衣は、同時に小型携帯の操作も終わらす。それは、以前久澄から譲り受けたものだ。


「終わったかニャ?」


 いつの間にか合流していた猫屋が、そう語りかけた。


「そっちは」


「立場が違うニャ」


「そうね。それで、私たちがいない間冷夏さんは誰が守るの?」


「姉ちゃん(、、、、)に危害を加えようとしても、『不幸』なことにそれが叶わないようになっているニャ」


「そゆこと」


 そこで会話は終わり、二人は歩き出す。


 三区に辿りついたところで、渚が二人の横へ並んだ。


「行きましょうか」


 規則性皆無の雑踏や『警備隊』の目を躱し、二区へ。研究者が集まるこの区は人っ子一人いない静寂を見せていた。各々の研究室に立てこもっているのだ。


 三人には好都合であった。


 そして、二区の最奥でそびえ立つ〈塔〉を見つめていた不変の後ろに辿りつく。


「では、始めよう――」


 三人の到着を確認した不変は、一区へ足を踏み入れながら宣言する。


「私たちの戦争を」


 三人はその言葉にそれぞれの思いを重ねながら、その背に追従した。














 〈塔〉の最奥部にある研究室。広大な部屋の壁一面を覆う巨大な画面はほのかに白い光を放ち文字列を並べている。キーボードを叩くのは二番目の夜霧冷夢――夜霧裂。その後ろで一番目の夜霧霊夢が経過を眺めていた。


 彼女たちは第二次マジックサイエンスウォーの実質的な開戦を受け、R帝国への兵士の投入を準備していた。


  素早く文字列が信号となり〇と一の海に混じる。必要事項を全て埋め込み色あせていた『送信』の文字が赤みを帯びる。そこをマウスでカーソルを合わせクリックして、作業は終了した。


 座っていた椅子を回転させ、真後ろを向く。


「終わったよ、一番目(うち)


「ご苦労様、二番目(ワタシ)


 形だけの報告と労いを交わし、裂は立ち上がった。


「それじゃあうちは隠れさせてもらうけど、あんたは?」


「まだ仕事があるので」


「そう。じゃあね」


 あまり関心のなさそうに言い切ると、裂は研究室から出て行った。


 一人残された冷夢は、データの送信の完了の旨を知らせる画面をシャットダウンする。ウィンドウが閉じ、部屋は完全な暗闇に支配された。


「ハア」 


 諦観の入った溜め息を吐くと同時に、冷夢の携帯に〈塔〉への侵入者を伝えるメールが届いた。


「ワタシはいったい誰に殺されるのかね」



 冷夢の唇が半弧を描いた。その笑みは彼女らしく、死と狂気に満ちていた。











 三区の外れにある赤十字を掲げた病院。木々に囲まれ人の喧騒や実験施設からも離れたそこは、夜こそ不気味な様相を醸し出し街の住民からは忌避されているものの、昼は澄み切った空気と隔絶された特別な雰囲気から位の高い者の居城を思わせる。



 何人を拒絶し何人からも拒絶される建物に縞髪の少年が足を踏み入れた。


 葉は思慮を抱えた目で白壁を見ながら、整えられた草木の先にある入り口まで歩を進める。


 マジックミラーの原理により鏡にしか見えない自動ドア。そこに映る自分の顔がひどく弱気に見え、葉は舌を打った。


 同時に電子ロックの外れる音が響き、センサーに反応して扉が開く。


 奥で黒スーツに身を包んだ黒い長髪の少女が腰を折っていた。


「お待ちしておりました天津目様。こちらへ。お嬢様がお待ちです」


 上げられた顔は、酷く不愛想なものであり、人の感情の機微に鈍い葉でも歓迎されてないのが理解できた。


 静まり返った受付前を案内されるがままに歩く。個人の意思でかけられた電子ロックから考えるにこの病院は買い取られており、人間の職員や他の入院患者は存在しないのだろう。


 たった一人のためにこんなことができる力があるのかと、葉はここの住民にそんな感慨を抱いていた。


 エレベーターホールに着くとエレベーターが口を開いた状態で待機していた。


 流れるままに乗り込むと扉が閉まり、すぐに動き出した。ボタンは四階の部分で光っている。


 ようやくできた何もしない時間。短い間だが葉はすぐさま思慮の原因となっている疑問を吐き出した。


「ずいぶんあっさりと面会の許可を出してくれたもんだな」


 葉の疑問を、しかし少女は無視した。


 葉が何か二の次を継ぐ前に、エレベーターが到着音を鳴らす。


 先導する少女は、降りて右側の道へ進んでいく。


 葉も続く。曲線を描く廊下を進み、終点で止まり左手の病室を手の平で指した。


「こちらです」


 ノックを三回し少女が引き戸を引いた。


「お嬢様、天津目様がいらっしゃいました」


「入ってきてくださいます」 


「どうぞ、天津目様」


 主の了承を確認し、ドアを引いたまま横に逸れる少女。


 誘われるがままに葉は入室する。


 純白のカーテンを揺らし吹き抜ける夏風が香る白壁の部屋。その対面にできた影の部分に置かれた同色の布団が置かれたベッド。備え付けの小棚もやはり白い。


 気が狂いそうなほど白い空間の主は、ベッドにて上体のみを上げていた。


 色素の欠けた白髪に病的な白い肌を守る白のパジャマ。存在自体が風景に溶け込みそうでありながら、全てを圧倒する赤い瞳が彼女に存在感を与えていた。


「ずいぶんあっさりと招いてくれたな、由麻静波」


「別に断る理由もないもので」


 西洋系の顔立ちに柔らかな微笑みを浮かべ、アルビノ体質の少女は葉の懸念に答えた。


「それで、何の御用でして?」


「九月五日、四区の監視カメラの映像が欲しい」


「どうしてですの?」


 葉は理由を言うべきか一瞬迷った。しかし、今は彼女を信用するしかない。


「その日に、己世界と戦闘になった。こうして生きている通り勝ちはしたが、その時意識を失っててな。どうやって勝ったかを知りたい」


「ああ、夜霧亜莉紗さんを守り切ったのはあなたでしたか」


「……あいつが狙われていたのは知ってたのか」


「良くも悪くも有名な人物ですしね」


 葉は思い当たることが多すぎて苦い笑いを刻んだ。


「分かりましたわ。わたくしもあの傲慢な男にどうやって貴方が勝ったのか興味がありますし。三十分後、またここに来てくださいます? 夏の日差しは日傘程度では遮れないんですの」


「三十分でいいのか?」


「ええ。わたくしをだれだとお思いで?」


 第二位。最強の電磁系才能保持者にかかれば、たった三十分で世界最高峰のセキュリティーを足跡も残さずにハッキングすることが可能らしい。


「三十分ならどっかに行ってるだけ無駄だ。下のホールで待たせてもらうぞ」


「構いませんが、いいんですの? ああいや、確か電子機器の類を持ってなさらないんでしたわね。駄目ですわよ、情報は何よりも武器になるんですから」


「は? 何が言いてえんだ」


「第二次マジックサイエンスウォーが開戦いたしましたけれど、彼女を守りに行かなくてよろしいんですの、と。近いうちにここも戦場になりますわよ?」


 葉の表情に疑念が浮かぶ。


 静波は上体を傾け、横の小棚の引き出しからタッチパネル式の携帯端末を取りだした。指を動かし、葉に画面を見せる。


 有名な検索サイトのトップニュースで科学と魔術の戦争の開幕の欄があった。リンクからさらに詳しい情報を知ることができたが、葉はそれをせず窓へ駆け出した。


 その背へ静波は言葉を投げかける。


「天津目さん、一つお教えしたいことが」


「なんだ!?」


 窓枠に両足を乗っけた葉が焦り気味に返す。


「『囚われの烏』という言葉を覚えといてください。きっと役に立ちますから」


「あ? ああ」


 よく理解はできていなかったが、今問答を繰り広げている余裕はなかった。


 窓枠から自身を拒絶し、混乱の街へと消えていった。


 葉が去っていったのと同時に、ドアの前で控えていた少女が入室した。


「開戦以外、あの方の言う通りになりましたね」


「そうね。相も変わらず末恐ろしい方ですわ」


 柔らかな微笑みを怪しくも楽し気な笑みに一変させ、静波は遠い夏の太陽を見ながら呟く。


「これでいいんですのよね、新さん?」






 混乱の中心部から少し離れた臥内高校の寮。久澄は自室から飛び出た。


 灰色の半袖の上に厚手の黒生地シャツを羽織り、下には暗い青のジーパンを穿いて腰には水の入った小瓶を納めたポーチを下げた戦闘を想起した服装だった。


「始まったか」


 苦々しく吐き捨てる。結局開戦までにR帝国への行き方は見つからなかった。


(考えろ、俺が目的なんだ。あそこまでお膳立てしておいて行き方を準備してないってことはないだろ!?)



 そこまで理解できている分、答えが出ない現状に焦りを感じていた。


(R帝国は海を隔てた向こう。俺は特殊才能じゃないから純粋な方法でしか行けない。飛行機か船。飛行機までは努力次第で辿り着けるにしても、どうやって飛行機を操る? 雷の式は電磁系の特殊才能のように機械系にまで応用は効かないし、何より俺に知識がない。船なんてこんな内陸の地でどうすればいいんだ?)


 考えは巡り、消える。


 勢いよく飛び出してきたものの、久澄はその場から一歩も歩き出すことができずにいた。


 この時間にも戦局は動き出し、命への道は遠のいていく。


 その事実が、久澄を動かす。


(グダグダ考えてても仕方ねえ)


 感情に押され行動しようと左を向いたその瞬間、逆さに上唇に突き傷のある白い無表情の面が見えた。


「あ――」


 何か反応を起こそうとする神経の伝達が手足の末端まで届く前に、顎に強い衝撃を受け脳と視界が揺れる。間髪入れずに後頭部にも固く重い殴打を食らう。


「やー、悪いな、サイトン」


 どこかで聞いたことのある声。しかしその正体を特定しようと脳が動き始めるより早く久澄の意識は暗闇へと落ちた。

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