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ファクターズ  作者: 綾埼空
五話 その力は誰がために
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地獄の再来

 九月五日。時刻は二十一時を過ぎた頃。


 MGR社日本支部に一陣の風が侵入した。闇に紛れ外壁を越えたそれは、夜を気化させたとしか言えない色をしていた。


 明らかな異物。しかしその存在は、誰にも感知される事はない。


 日本支部は体育祭や文化祭のようなイベントがない限り、この世界で五指に入る堅牢さがある。それは何も壁の堅さを示すだけでなく、MGR社製の監視システムが優秀な事を表している。ましてや、一ヶ月前に大戦のきっかけとなる魔術師の侵入を許したのだ。


 けれど、否、だからこそ。


 その存在は十日もの日時をかけて、入念な下拵えをした。


 そして生まれた隙をつき、それは侵入した。


 ほつれた糸が風になびくような入り方をした闇夜色の風は、建物と建物の間を縫い奥の奥へ。


 一瞬で人類の叡智が遠く及ばぬ場所まで吹き抜け、やがて区を跨ぐ。


 五区を冷やかし、四区へ。闇夜色の風は人目を避けるように放置された東の倉庫街へ到達し、人の形へと収斂していく。


 フードの付いたゆったりとしたシルエットの黒衣。コートのような衣服には急所となる部分部分に黒色の光沢ある防具が仕込まれている。が、動きを阻害しないためか首には付けられていない。全身黒ずくめの中で唯一白の仮面は無表情。


 伝説の暗殺鬼にしてローマ教皇の懐刀−−〈夜〉だった。


 明確な形での顕現を行ったため、すぐさま認識を阻害する。ただしそれは通常の魔術師が扱うのとは違い、黒い霧のようなものを身の回りに立ち込めさせるものだった。


 しかしこの街での魔術使用はすぐに検知される。が、その心配は〈夜〉にはなかった。


 自分の力が、そういうものだと知っているから。


「……」


 そして〈夜〉は、消え去るように倉庫街から姿を消した−−






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







 星の光は地上にはびこる人口の光に霞む事なく鮮明に地上へ届き、月明かりはどこか営みを拒絶するような輝きを発している。そんな夜を久澄碎斗はトレーニングウェアに身を包んで疾走していた。


 人間としての力で地を蹴る。スピードは彼の年代の平均よりはるかに速い。


 ティラスメニアでの修行や経験は新たな力だけでなく、それを支える『地』の部分を確かに鍛えていた。


 向かうは夜霧新を裏切った猫屋計に訊いた、監視システムの死角。膿出しのために敢えて作られた空白地帯を、先人達の工作により管理外にした場所だ。


「−−−−」


 蹴るテンポを上げつつ裏道へ。一気に暗がりになる。


 吸血鬼としての力を使わず疾駆し、角にさしかかったところでつま先のソールを摩擦させ、できるだけ九十度に曲がる。溜め込まれる力を放つように前へ。


 それを幾と繰り返していけば、流石の久澄でも息が上がってくる。


「はぁはぁはぁ……すぅーーーふぅーーー」


 走りながら息を大きく吸い、吐き出す。それにより気休め程度には心臓が落ち着いた。


 さらにペースを上げた。他聞によるものだが、あと少しの距離に目的地はある。


 少しでも前に進む事を意識する。数ミリが生死を分ける戦場を忘れるな、と言い聞かせて。


 そして辿り着く。広場と形容するに足りるホール上の空白地帯。割れたビンや放置された椅子などの生活雑貨や鉄パイプに金属バットといった危険物が散乱している事から、過去に不良グループがたむろしていたのを窺わせる。


 だが痛みや埃の具合から年単位で使われていなさそうだ。


 計に感謝をしつつ、息を整える。


 鼓動は次第に落ち着き、広場の真ん中まで歩き出した。途中で鉄パイプを一本拾っておく。


 そして辿り着くと同時に構える。軽く膝を曲げて、腕は垂らしたままの無形の構えを。


「ふぅ」


 一息。次の瞬間に右足をスライドさえ前に。それと同期させ鉄パイプを逆袈裟に斬り上げる。


 鈍い風切り音が響いた。


 流れを殺さぬまま右足を軸に外側に回転。勢いを乗せて薙ぐ。


 鉄パイプを引き、後ろへ飛ぶ。着地の衝撃を溜め込み、解放。前傾姿勢で地面すれすれを跳び、再び切り上げる。


 氾濫する大河のように激しく途切れぬ剣舞は、久澄が自分自身で吸血鬼の血を押さえられなくなるまで続いた。


「ぜぇ……はぁ……はぁ……はぁ」


 壁にもたれかかり、滝のように流れる汗を拭いながら息を整える。


 血の巡りをコントロールできるまで落ち着いた瞬間、左目に意識を向けた。


 原視眼。分子や素粒子こそ視れないが、それでも万物の最小単位を映す眼の力に霞はかからない。


(言葉の流れを読むのな、ら!)


 原子を集合、原視眼の力で変質させ顕現するは、魔力を必要としない魔法。



 五行三祿の自然色、四式、火焔。



 不可視の炎が鉄パイプにまとわる。


「やっぱりか」


 九氷果との戦闘で水の四式、水魔を使ってから一ヶ月経っていない。


 ファイの言葉からなんとなく予想はできていたが一応は隠し玉、監視システムを前に試すのははばかれたし、また確証があったわけではなかったので実践で使う事もしなかった。


「これで多少はやりやすくなったな……」


 鉄パイプを一振り。しっかり火焔が起動しているのを確認してから、解除した。


「ふぅ」


 一息吐く。循環の蛇を奪われた代わりに吸血鬼の血の力が向上し、また四式に打たれた楔も抜かれた。結果だけ見ればプラスに働いている事に安堵を覚えたのだ。


 剣の感覚も鈍っていない。試したい事を全て終えた久澄はこの場を去ろうと鉄パイプを手放し−−


 その前に、それが現れた。


 黒いフード付きのゆったりとしたフォルムの衣服。首を除いた弱点各所には見覚えのある黒色の石が防具としてあしらわれている。全身黒の中で、ぽっかりと浮いた無表情の仮面が面を隠している。


 周りに夜を気化させたようなものが漂っている。


 ヤバい、と一瞬で久澄は鬼神化。


 何か特別な忌避感を覚える要素はない。


 けれど、例えば料理のためとはいえ包丁を持てば、それがどんな一般人でも危険に感じる。そういう培われた常識の部分が目の前の人物を嫌っていた。


 脊髄反射で警戒してから、後追いで思考が巡る。


(こいつ、俺の鼻や耳に引っかかんなかった!? というより、どうやって現れた?)


 それだけで一般人どころかただの玄人の可能性も消え去る。


「お前は?」


 答えてもらえるとは思っていない。戦闘態勢を僅かでも整えるための時間稼ぎだ。


 目の前の某は漂う夜色の風を目の前に集約させ、そこへ右手を突っ込んだ。


「……?」


 臨戦態勢を整え訝しむ久澄を前に、某は手を引いた。


 そこから、身の丈はあろう大剣が抜かれる。


 それを構え、久澄の予想と反して中性的な声音で名乗りを上げだ。


「我が名は〈夜〉。ローマ法王が懐刀の凶手。我が主の命に従い罪人、久澄碎斗。貴殿を裁く刃とならん!!」


 〈夜〉は地面を蹴り、久澄に接近する。


「っ!」


 久澄は鉄パイプの原子結合を強固なものとし、火焔を発動。


 振り上げ、大剣をはじこうとする。が、


(重っ!)


 刃の潰された大剣にかかる力に、腕力が悲鳴を上げる。


 久澄は鉄パイプから手を離し、横へ跳ぶ。


 抵抗力を失った大剣は鉄パイプを押し地面を砕く−−かと思われたが、その前に制動。


 カラン、と鉄パイプの叩きつけられた虚しい音と共に脚を薙ぐ一閃が迫る。


 久澄はすぐさま水魔を選択。加えて大剣の原子分解を促した。


 大剣は水魔に勢いを殺される事なく、しかし刃が結合崩壊を起こして久澄の脚は折られなかった。


(今のは……)


 今の光景に疑問が答えへと行き着く。


 だがそれを言語化する前に〈夜〉は肉迫しており、いつの間にか手にしていた小刀を顎めがけ振り上げてきた。当たれば趣味の悪い串団子の出来上がり。


「ふっ」


 気管から息が漏れる程急に上体と顔を逸らせる。


 小刀は顎先を掠め、返す刀で振り下ろされる。


 だがそれを予期していた久澄は後ろに向かい地面を蹴る。すぐ隣に空き瓶が落ちているのに肝を冷やしながら着地。そのエネルギーに乗り膝を曲げ、足下に落ちていた鉄パイプを取る。


 顎先の傷には既に薄皮がかかっているが、その切断力は忘れていない。から投擲された小刀をはじく事はせず身を翻して躱し、流れのまま鉄パイプを肩に担ぐ。



 五行三祿の自然色、雷の式、四式、雷迅。



 鉄パイプに可視可能の電気が走る。さらに全神経へ電流が巡り、移動速度を急加速度的に上昇させている。


 足先から地面に力を伝え疾走する。瞬き一つで移り変わる風景を強化された脳で処理し、間合いに〈夜〉を捉える。


「−−−−!!」


 振り斬る。雷撃が尾を引く一撃が〈夜〉へ。


 〈夜〉は悠然と手首を頭上に構えた。


 漆黒の籠手に鉄パイプがぶつかり−−その部分から弾け飛んだ。


「やっぱりかよ……!」


 忌々しげに舌を打ち、


「〈夜〉。ティラスメニアの暗殺者だったな」


 久澄の言葉に反応して、仮面から空気が漏れる。それは確かな笑いの音だった。


 久澄は持ち手だけとなった手パイプを捨て、後ろへ飛び退く。


「確信を持って言えるとは流石だな。普通は有り得ないと思うはずだが?」


「魔法に黒絶対硬石。それだけ揃えばそれ以外に答えが思い浮かばないだろう」


「……魔眼は魔力を見れるんだったな。その様子だと、こちらの手もバレているか?」


「感覚的に、だがな。分類は闇。空間に関する何かだ」


「概ね正解。素晴らしい。勇者の称号は伊達じゃないな」


「……それは好かないな。で、今は話し合いに応じてくれるのか?」


「もちろん。私自身は君と対話してみたかったから。けど、その前に一つ言いたい事がある」


「……?」


「勇者の称号は本人が望もうと望まないと、魔王を倒した時点でつきまとう。だからこそ、ファイ・エルトの悲劇があったんだろう」


 その言葉は、久澄の無意識下に生まれていた間隙を突いた。


「……そうだな」


 甘えていた、と久澄は自戒を込めて呟く。


 そして〈夜〉を見据えた。


「で、なんでお前はそこまで知っている?」


 〈夜〉は怯む様子もなく淡々と答えた。


「知れる立場に居る……と言えば納得してくれるか?」


「理解はする」


「好ましい答えだよ」


 ふふ、と控え目に笑い、〈夜〉は本題へ入った。


「じゃあ、話を聞こうか」


「ローマ教皇の手のものとか言ってたな。なのにティラスメニアでも名が広まっていた。お前は、なんなんだ?」


「それから始めるのか。特異だな、全く」


 くつくつと笑う〈夜〉。無表情の仮面を付けているはずなのに、笑い上戸なその体は毒気を抜くようだ。


「私は君の逆だ。ティラスメニアから地球へ渡った。そして前任者の〈夜〉を殺し、私が成り変わったという訳さ」


「……随分とあっさり教えてくれるのな」


「隠し立てする程の事でもないから」


「……」


 久澄は一瞬思案し、「なら」と呟いた。


「地球からティラスメニアに渡る原理を知っているんだよな」


「もちろん知ってるよ」


「じゃあ教えて」「あげないよ」


 〈夜〉が狙い澄したタイミングで被せ、機先を制す。


「有り得ないし、不可能だとは思うけど、もしもがあるかもしれないから。それに今君に疑心暗鬼になられても困る。だから教えるわけにはいかないよ」


 言っている意味は解らないが、教えてもらえないという事実に苦いものを覚える。


(どうにかアルニカが帰れる手段は確立しておきたかったのに)


 徐々に馴染んできてはいるが、やはり地球ここは彼女の故郷ではない。


 もしもの時や彼女が帰りたいと思った時になってからでは遅い。ティラスメニアに跳ばされて去来した焦燥感は、感情の薄い自分でも辛いものがあった。感情豊かな彼女がそれを抱えれば、どのような無茶をしでかすか分からない。


 或いは杞憂なのかもしれないが、それでも模索はしておくべきだろう。


 思案は一瞬で、〈夜〉は次の言葉を述べていた。


「二十四時間、三百六十五日という日時の合致。六十九年と幾千年の差異。ただし、約六ヶ月に対して約二ヶ月の経過を今回は無視する」


「……何を?」


「私が今教えられるティラスメニアと地球の関係性だよ。君はこっちに帰ってきた時、不思議に思わなかったかい?」


 久澄は黙り込んだ。確かに疑問は覚えていた。


 しかし、


「今は答えが出ないと割り切っていた」


「冷めてるね。ま、普通は正しいんだけど」


 普通に重きを置かれた言葉。


「でさ」


 くつくつと馬鹿にしたように身体が上下し、


「君、油断しすぎじゃない?」


 久澄の背後から、『夜』が広がった。


「なっ!?」


 気付き、回避しようにも遅い。


 『夜』は久澄に絡み付き、十字架に張り付けにするように形どった。


「文明レベルの違いで、向こうの人達の方が強いから、君はこちらで上手く立ち回り続けられた」


 責め立てるような口調で、〈夜〉は悠然と語る。


「だが私は、生まれは向こう。牙も抜いたつもりはないぞ」


 〈夜〉の前に広がる虚空に、夜色の煙が蠢動する。そこへ手を突っ込み、両刃のナイフを取り出した。


 それの腹を何故か久澄の左手に当てる。


「君は私達(、、)に必要な人材だから。かどわかさせてもらうよ」


「それは困りますね。私達(、、)にも必要な人材なんで」


 同じような内容は、絡み付く声音。


 ガラスが割れるような音と共に夜色の十字架が砕け散った。


 闇の中、月光が少年を差す。


 適当に切られた黒髪はきっちりと整えられ、卵形の輪郭に乗るパーツは一つを除いて平凡で、それが唯一の特異点を際立たせる。


 真っ黒な瞳。感情が欠けているようで異なる、そう、まるで死人のような光を反射しない目を。その目の一つ−−右目は今は朱色に輝き、瞳には編まれた鎖のような線が縦横に走る禍々しい黒十字が刻まれていた。


 そこからはるか下に向かおうと奇怪な身体的特徴はない。そんな身体を外部から隔絶する黒の学ランも、またおかしな点は見受けられない。


 一人称こそ変わっていたが声で正体は解っているはずなのに、久澄はその人物を目視で確認し−−


「お久しぶりです、久澄君」


 その薄ら寒い敬語で、理性が弾ける。


 〈夜〉の存在を忘れ、見開いた目で少年を睥睨する。その瞳は、鮮血色の紅を越え、深紅に輝いていた。−−まるで、彼の感情に呼応したかのように。


「相馬ァ! 颯真ァァァァァ!!」


 怒りと憎しみでぐちゃぐちゃになった声音で名前を呼ばれて、颯真は軽快に、空々しく笑った。


「昔のみんなみたいに、そう例えば−−みことちゃんみたいにソーマと呼んでくださいよ、久澄君」


「テメェがあいつら、ましてや誘神いざなみを語るんじゃねぇ!!」


 そして久澄は、自分の中でくすぶる感情を推進力に、前へ飛び出た。


 一線の向こう側に存在していた、『殺し』の技を携えて。


「逸らないでよ」


 久澄の足が止まる。物理的に動かなくなった。


 見て、右足に五百円玉の周囲はあろう釘が、左足にペットボトル大の杭が刺さっていた。


 遅れて、痛みが走る。が、怒りが痛みを和らげる。


 原視眼で原子分解し前に再び進もうとした瞬間、とん、と前から押された。


 いつの間にか目の前に、颯真が居り、その右手は前に突き出されていた。


 その瞬間にゴン、と足下が崩れ、倒れる。


 そこへ顔や正中線などの弱点部分を避けた殆どの部位に釘や杭、螺子に針金、コルクオープナーやアイスピッケル、果ては空の注射器が突き刺さる。


「ガッ……あああぁぁぁぁぁあああああああああ!!」


 神経を直接刺すようなものもあり、それには耐えられない痛みを覚える。


 それでも毅然と颯真を睨み付ける事を止めない。


「私は君のそういうところが好きですよ。怒りと冷徹、二つの矛盾した感情が同居する、人間らしさが顕著に表れていますからね」


 颯真の左目が赤色に輝く。瞳には二重の五芒星が刻まれる。


「なっ!」


 遠くから驚愕の声が聞こえた。


 どう目を動かしても見えないが、何が起こっているのかは解る。


 キン、と硬いものを叩く音がした。−−先程から響いていたのだろうが、今ようやく久澄の耳には颯真以外の喧騒も届くようになっていた。


(破滅眼に魔滅眼)


 破滅眼。万物を壊す力を秘めた魔眼。


 『生死』みたいな深い概念までには介入できないが、それでも『距離』のような身近なものなら壊せる。先程響いた金属音は、取り出した武器が砕かれる音だろう。


 魔滅眼。巡る魔力を断ち切る力を秘めた魔眼。


 驚きの声は、魔法が使えなくなったためだ。魔術と違い、この世界ではどこか解らない場所へ伸びる魔力の糸でも発揮する能力は変わらないらしい。


 まさに魔王の眼(、、、、)の名に相応しい力だ。


「邪魔者には一時的にご退場願えましたし。さて」


 気持ちの悪い声音は、痛む傷に入り込んでくるようだ。


「第二次マジックサイエンスウォーの開戦はご存じですよね」


「……」


 今も世間を賑わせている話題だ。沈黙は肯定と受け取られた。


「それに是非、参戦していただきたいと、九氷火からの伝令がかかっています」


「ふざけるな! ッ、んな罠だって解ってる事に乗るわけ、ないだろうッ!!」


 走る痛みを噛み締め、久澄は叫ぶ。


「だいたい、な。はぁ……理由がない!」


「そう言うと思っていましたよ。理由がない。なら、作ればいい」


 薄ら笑いの表情がさらに深く、細くなる。


「命ちゃんの身柄は私達が預かりました。故に、取り戻しに来てください」


「……お得意の嘘だろ」


「今は『四月一日』じゃないので」


 それでは、と言い、二つの破砕音が鳴る。


 一つ目で久澄の全身に刺さる鋭利物の全てが破壊された。


 そして二つ目で、颯真は消え去った。


「……泳がせた方が得か……死なないでくださいね。貴方が死ねば……」


 そう言って、〈夜〉の気配もどこかへ消える。


 残された久澄は痛みを忘れたように立ち上がり、天を振り仰いだ。


 追い付いたつもりでいた。もし一対一で対峙するような機会がもう一度あれば、必ず倒せると。もうあの頃のような弱さは切り捨てられたと。


 けど違った。自惚れていた。


「ああああぁぁぁぁぁ!!」


 叫びは、虚しく月夜へ消えていく。

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