対峙
湿ったサビの臭いが鼻につくそこは、地下鉄道通路跡地。
充血した目で足下を見れば、石と腐ったレールが。
カサカサと蠢く『奴』を電撃で撃退し、渚は進んでいく。
昔には交通機関として使われ、MGR社日本支部の建設のための荷物運搬を担った地下道も今では見る影もない。
歩く度にさらさらと落ちてくるサビと石粉が鬱陶しさと不安を駆り立てる。
電気も既に通っていないトンネルを自ら生み出した明かりで照らし出し、進んでいく。
足取りは遅く、されど心拍は早い。
静寂の中では、足音と心臓の音、そして荒い呼吸の音が嫌に耳に付く。
ザッ……ザッ……ザザッ……ザッ……ザッ。
トク……トクトク……トク……トク……トク。
はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ。
自分が出した音が、迷わず自分に返ってくる事がこんなにも恐ろしいとは思ってもみなかった。
自分は一人なのだと、刻み込まれているようである。
「ふぅー」
不安を逃がすように息を吐き、その音を聞いた。
カサカサ、カサカサ。
「−−ッッ!」
電撃が走る。それは一瞬黒光りする個体を映し−−その物体を焼き殺した。
(認めない。認めない!)
自分は一人でなく、『奴』と一緒だという事実は、渚の精神を大きな現実から逃げさせるのに十分な事柄であった。
(うう、気持ち悪いよー)
泣き出しそうになる『奴』に対する恐怖を怒りで抑え、おっかなびっくり電撃が跳びまくる。
使用後、すぐに閉じられた空間だったからか。ネズミや蜘蛛、コウモリの姿はない。
ただ、閉じられる前からの先住民だった黒光りは、人の寄らぬ地で密かに増殖を続けていた。
脳裏に、地下へ通ずる扉を開いた時の事が思い起こされる。
厳重な鍵を弾き飛ばし、磁石の原理で手を使わず開く。
幸いにして黒光りが湧き出す事はなかったが、耳障りな音が底から響いてきた。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ。
血の気が一気に引き、気を失いそうになった。
そこはまるで、地獄への入り口。
全身に『奴』が這ってくる想像をしてしまい、本気で泣いた。
地下道に才能を巡らせ、『磁化変換』を発動。『奴ら』をくっつけ、決して通らない道に放置しておく。
それでも取りこぼしがあり、このように殲滅しながら進んでいるのだ。
(前向きに行こう。もう居ないもう居ないもう居ない)
カサカサ。
「ギャァー! 死にさらせこの野郎!!」
脊髄反射で電撃を発射。灰にならないよう加減され、『奴』は焦げ死ぬ。
「ハァ、ゼイ……もう嫌だ……っ」
感じないよう、できるだけ感度を下げていた『奴』の生体電気が、消える。
「っ!」
そうして同時に、その男が闇に紛れて佇んでいる事に気付く。
「あんた……今更、何の用?」
「お前には、語るべきだと思ってニャ」
計は、無表情で告げる。
「夜霧に壊された、一人の少年の話をニャ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
眠らぬ街にも静寂はある。
未明。夜風の止まった街を久澄は駆け抜ける。
臥内高校は四区の東側に位置し、交通網の止まった今、逆側へは鬼神化プラス雷駈でもかなりの時間を要する。
ただ裏道を中心に進んでいるため、監視網に足を止められる事がないのは幸いといえば幸いだった。
「はぁ……はぁ」
息も絶え絶えに廃倉庫前に。
休んでいる暇はない。開いている四番倉庫に飛び込み、そのまま地下への入り口へ。ベルトコンベアは既に動きと摩擦力を失い、滑るように下りていく。
着地と共に地下トンネルを蹴り進む。
サビに侵され鉄屑と化したレールを踏み抜き、石を沈める。
そうやって進んでいくも、一向に渚の姿は見えてこない。
(くそ。サビやら埃やらで臭いが判らない)
レールの破損具合からどうやらこちらに進んだのは確かだなのだが。
駆けて駆けて駆けていく。
「−−!」
突き抜けていく景色の中、久澄の目は正面にそれを見た。
制動。サビや砂を巻き上げ、その先に居る人物を睨む。
「猫屋」
「胡桃渚は今頃天津目葉の元ニャのに……ニャんで来ちゃうかニャ、久澄」
真剣味をまとった声音。呼び方を変えたのが、一層その趣を強める。
シルエットは黒猫。つまり、臨戦態勢。
「退いてもらうニャ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
百メートル程前に、生きた電力の走る広間が見えていた。そこには、一つの生体電気が感じられる。
渚は口を固く結びながら、その場所を静かに睨んでいた。
「…………」
ここまで来る道のりは長かったが、ここまで来てしまうとあっという間。だが、気難しい顔の理由は別にある。
「はっ」
しかし思考とは別に、今更ながらに膝が笑い始めた。
「はははっ」
片方の口端を上げ、笑う顔は歪んでいる。
それを自覚していた渚は、自らの才能で身体の神経を支配。
痺れ、刺す感覚と引き換えに、渚は前へ進む力を得た。
歩き出しつつ、ポケットを弄る。取り出すのは小さな銀の包装。
破いて中身を摘めば茶色い玉が顔を出した。
それを開けた口に放り込む。
口の中で転がる球体。
甘く甘く甘く、どこまでも甘いそれはチョコレート。
「はあ……」
現実もこれくらい甘ければいいのに。そう渚は思った。
ホール状に広がる操車場。淡黄色に照らされた下には、廃棄されたコンテナや電車が放置されている。
風の巡りが一方通行でないためか、息の詰まる臭いはしない。
カリッ、と口に含んでいたチョコレートを噛み砕き、渚は目の前を睨む。
「あんたが、天津目葉!」
縞髪色白の少年。季節外れの服装で、操車場の中央に置かれた電車の上に斜に構えている。
「来たかよ、始まりの児。」
犬歯を剥き、腕を広げる。
「殺してやるから、せいぜい抵抗しろや」
「死ぬのはあんたよ!」
無防備な身体へ、鉛色の塊を撃ち込む。それは、自らの特殊才能を使用して鉄屑を溶かし再生成した超密度のたった一発の弾丸。
磁石の反発力で跳ぶ弾は、人間の近くを超えた速度で進む。
そのまま心臓を穿ち−−
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「話し合いじゃ、解決できないのかよ」
膝を曲げる猫屋に、同じく構えながら久澄は言う。
「どうしようもできニャいニャ。言っただろ、お前が動けば関係ニャい人が殺される。ましてやその理由が私怨ニャら、ニャおさら無理ニャ」
「……その無関係な人ってのは、姐さんの事だよな」
確信と共に告げられた言葉は、猫屋の内心に動揺を与えた。
しかしまつわる過去は既に失われている。
だが久澄は、右の口端を吊り上げ告げる。
「殺されるのはこの計画に無関係な人なんだろうけど、お前自身に無関係な人を気にかけるはずがない。そして、お前が庇うのは姐さんしか居ないだろ」
「そりゃそうだニャ」
猫屋という人間を少し知っていれば、久澄でなくとも導けただろう。
その事実に肩を竦め、厳しい眼差しを向ける。
「ニャら、退いてくれよ」
「……らしくないな、懇願なんて」
「解るだろ、久澄ニャら。夜霧新はニャんでもする。容赦ニャく、徹底的にニャ」
忌々しげに久澄は舌を打った。
猫屋の言った事は事実だと、身をもって理解しているからだ。
「解ってるさ。けど、ならどうして姐さんを守ろうと思わない!」
だからこそ、彼は叫んだ。
猫屋は顔に不信感を現し、困惑と共に言う。
「ニャんでってそれは……」
「夜霧新の力を知ったからか」
「そうだよ」
ハッ、と久澄は馬鹿にしたように笑った。
「だったら尚更だ。あの野郎に従順するって事は、大事なもの全て差し出すのと同じなんだ。なら、抵抗するしかないだろ」
「久澄、それはお前の私怨がそう見せてるだけニャ。事実、この三年間俺はニャにも奪われていニャい」
嘘だった。何もかもを奪われた。もう、戻っては来ない。
「新しい関係性だって作り出せた。それを失わニャいために、強者に屈してニャにが悪い!」
目を厳しく細め、思いをぶつける。
「お前の憎しみは歪んでいる。俺は吸血姫にまつわる夏休みも、誘神命の件も知っている。あいつがしたのは最低な事だ。けれど、お前が現実を見誤る程のものではニャかっただろ! 物事を客観的に見ろ! 夜霧新は、お前にとってそこまでの絶対悪か!?」
「確かに俺の憎しみは歪んでいるのかもしれない。感情が欠落しているからな」
「じゃあ」
「けど、大切なものを奪われた痛みに従った感情がこの憎しみだ! それを否定はさせない!!」
トンネルに、久澄の声が反響する。
思いの強さに怯んだように一歩後ずさる猫屋。
それに、久澄は踏み込んでいく。
「奪ったやつを恨む事が間違ってるって本当に思っているなら、夜霧新はお前から人間性を奪ったんだ」
「っっっ!」
下唇を噛み締める。一瞬認めてしまった心を戒めるために。
久澄はさらに歩み寄りながら、言葉を叩き込む。
「お前には抗えるだけの力があるだろう! 俺の時とは違う。恐苛の力を操れたんだ。から、夜霧新はお前を人質で縛った!」
ザッ、と足音。石を踏み込み止まった音だ。
「気付け、自分で自分を縛っている事を」
眼前。久澄の事を細部まで視認できるくらいに接近してきていた。
腕を伸ばせば届く距離。
握った拳が、届く距離。
「通してくれ、猫屋」
「俺は……」
迷いの混じった表情で呟き、引き締める。顔を、感情を。
猫屋は、影を伸ばした。
「馬鹿が……!」
悔しそうに呟き、身を翻し影をかいくぐる。
恐苛最強種の吸血鬼とただの恐苛である黒猫。
結果は、明白であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
空気を切り裂き無回転で進む弾丸。
通常弾丸は回転が加わる事でその殺傷能力を露わにする。が、音速を超えればどんなものでも命を刈るに足る凶器となる。
ましてやそれが、先端を尖らせた鉄片ならば。
(行け!)
渚は願う。記憶を封じられていた当時はその集まりに共通点など見いだせなかったけれど、幼少期共に過ごしていた同胞を殺し、自分を殺す男の死を。
左胸に着弾。結果は、
「はぁ」
溜め息で表された。
「この程度で、本当にランク4なのかよ」
ダルそうに首に手を当て、傾けた。コキン、と軽い音が鳴る。
「そんな……」
渚は現れた結果より、その過程に信じられないようなものを見た目をした。
確かに当たった弾丸。しかしそれは、葉に触れた瞬間、その部分から消え去っていった。
「んじゃあま、死んでもらうぜ。夜霧冷夢の悪趣味で、かなり痛めつけてだけどな」
夜霧冷夢。その名に反応し、渚の瞳に闘志が蘇る。
「いいねぇ〜、その目。抵抗してくんないと経験値にならないからな!」
吼え、葉は前傾になり足場を蹴る。
跳んだ。そう視認した時には目の前に葉の姿があった。あるべき空気抵抗を感じさせず、その身体は無傷だ。
伸びてくる手。ほっそりとしたその手は死を予感させず、凶器が隠されている様子もない。
「−−−−!!」
けれど渚は、特殊才能を全身に巡らせ、全力で後退した。
先程弾丸が消失したのを見て、渚の警戒度は最大限に上がっていたのだ。
手を躱しながら、雷撃の矢を放つ。
しかしそれは、葉に触れると共に消える。
その体はまるで、
(拒絶……されている?)
そうだとすれば、一連の動作に理由がつく。
渚は脳に特殊才能を使用した。反応速度を上げるため。
「駄目だな」
不意に、そんな言葉が飛んできた。
反応し注視すれば、葉は足を地面に叩きつけた。
弾かれたように浮く幾つもの石。その一つを葉は蹴り飛ばす。
芯の入っていない弱々しい蹴り。
しかし石は、弾丸のような速度で飛来してきた。
速度は空気を押し壁を作り出すはずだが、そんな感は微塵も感じさせない。
「っ!」
倒れて躱している隙もない。脊髄反射で身を捻る。
左肩口をごっそり持って行かれる代わりに、命は救われた。
「ッッッ!」
夥しい量の鮮血と、それに比例した鈍く、それでいて鋭い痛みがほとばしる。触れた際に肩が外れたのか、左腕は動かない。
しかしそれは命ある証明と意識を切り替え、渚は迎撃体制を採る。
まだ、幾つかの石は浮いたままだ。
「届けっ!」
叫びながら、雷撃を放つ。
空中で枝のように分かれ、浮く石を的確に砕いた。
一瞬遅れて葉の蹴り足が触れたのは、砕けた破片群。
即座に渚は自らの失敗を悟る。
だがそれを反省する間もないまま、砕け、鋭利となった小石が雨のように密度高く迫り来る。
拒絶の力は、空気抵抗を感じさせない時点で明白だろう。
身体の中心を避け、肉を軽くえぐる散弾。
鮮血は玉となり、空中を回って地に落ちた。
全身に突っ張った感じと熱っぽさが生まれる。
しかしそれに呻いている時間はない。もう一度地を叩けば、次弾はすぐに準備される。
その通りだった。
散弾攻撃に味を占めたのか、蹴られると同時に散る石。
「どりゃい!」
気合いの叫びと共に、朽ちた電車を縦に引き寄せ身体を守るため壁に。
小石の弾かれる音を聞き流しながら、渚はその場をすぐに離れる。
轟音と共に、電車が吹き飛んだ。
電車が在った場所には、葉の姿が。
「ショボいな、第四位」
「るっさい」
葉の足下を磁化変換。
「落ちてけ」
言葉通りだった。天井に引き寄せられ石や土が浮かび、変わりに穴が生まれる。
土石を拒絶してしまう葉は、顔を驚愕に染め上げながら重力に従い穴の底へ。
その穴に土を戻す。次いで、磁力で固定。
葉の特殊才能が『拒絶』だと仮定した場合、それを打ち破る手は一つしかない。が、その方法を狙うには渚の力は弱すぎた。
から、彼の人間の部分をついた。
彼が人間である以上、呼吸は必要となる。重力を拒絶すれば普通に歩けないし、日光を遮断すれば次第に免疫力は落ちてくる。
そして虚をつけば、一瞬特殊才能は乱れる。それは実体験として何度も体験していた。
驚きは息を吐き出させ、呼吸を乱す。焦りは冷静さを奪う。
そのような状態では特殊才能−−ましてや『拒絶』のような強大な力は振るえまい。
「本当は生き地獄を見せたかったんだけど……」
諦念を滲ませた声音で呟く。
言葉は虚空に消え去り、渚は背を向けた。
しかし。
「なっ!?」
自分の特殊才能が乱暴に引き裂かれるような感覚に振り向く。
先程葉を埋めた地面。そこにぽっかりと大きな穴が空いていた。
土はどこに行ったか−−考えるまでもない。
拒絶され、人間の視認外へ消え去ったのだ。
「なん……で……」
おののき、口から恐怖に染め上げられた声が漏れた。
そんなか細く、しかし感情を如実に表した声に返すのは、獣を通り越し、悪魔のような笑みを貼り付けた葉。
「オレがいつも身に付けている拒絶は、デフォルトでな。心臓が動くのと変わらねえ」
つまり、それは、
「脳領域空間が動いている限り、オレを傷付ける事はできない。そして発現してこの方、脳領域空間が止まった事はない」
絶望を告げる声が、渚の脳髄を駆け巡る。
内容の真偽は重要ではない。今目の前にある現実が、全てだ。
「はは……」
目は虚ろに。笑いながら崩れ落ちる。
「ははは……」
死ぬ時だというのに、笑いが止まらない。
「はははは……」
それは自分の中にあった歯車が壊れた音だと、なんとなしに理解する。
「夜霧冷夢が見たい光景は現せたからな」
その姿に気味悪げな表情を向けながら、足を地に叩きつける。
夜霧冷夢の名を聞いても、渚にはもう立ち上がる気力すら生まれない。
「知ってるか。人工特殊才能児ってのは、足の爪、指の爪、瞳、髪の毛のどれかに自らの特殊才能を表す色が入っているんだ。そして色が濃く、上の部位に行けば行くほどその力は強い傾向にある。お前はいい黄色をしていたからな。期待してたんだが」
失望を声に混ぜ、吐き出すように語る。
声が切れると共に、足の甲が石を捉えた。
蹴られた石は原形を留め、脳漿をぶちまけるための軌跡を描いた。
(ああ……死ぬんだ)
どこか別の人の事を思うように、渚は冷静に判断した。
巡る走馬灯の中に後残りや大切と思える人の顔がない事を寂しく思いながら、渚は目を閉じた。
その時−−浮遊感。誰かに抱えてもらうものでなく、押されたような感覚だ。
地に腕を叩きつけられるも、勢いを殺しきれず石の上を転がり、痛みに目を見張る。
「生き……てる?」
切れた口内や唇に痛みを感じながら、呆け呟く。
痛い−−つまり生きている。
幾重にも疑問は去来するが、全ての答えは自分を吹き飛ばした何かにある。
先程まで居た場所に目を向け、さらに見開く。
自分のすぐ眼前に、数時間前見たばかりの夏服姿の少年が佇んでいたからだ。
顔は高くて見えない。高いところから、声が降ってくる。
「一つ聞くぞ。お前は、生きたいか?」
「はっ? 何を言っているんですか?」
「いいから」
促され、面倒臭そうに一度舌を打ってから、
「別に。もうどうでもいいですよ」
「じゃあ、なんで泣いているんだよ?」
「え?」
手を動かし、頬に触れる。
温かい雫が流れ落ちていた。
顔面の感覚が痛覚に支配され、気付けなかった。
「これは……あなたに吹き飛ばされて目に砂が入ったからですよ」
ごしごしと目をこすり出す渚。手に付着した砂が眼球を刺激し、さらに涙が出る。
だがその涙には、温かさはない。
「……なんで……なんでなんですかね」
「……何がだ?」
「なんで……私なんですかね」
ぽろぽろと、堰を切ったように涙が、声がこぼれ落ちていく。
「なんで私がこんな痛い目に遭わなきゃいけないんですか! なんで私がこんな辛い目に! なんで! なんで! なんでなんですか!!」
「……それに答えるには、俺は何も知らなすぎる」
目をつむり、渚にとって残酷な事を告げた。
「ですよね……」
「で、まだ質問の答えを聞いてないぞ」
「え……?」
「お前は、生きたいか?」
「……………………か」
ポツリと、言葉を零す。
都合がいいのは分かっている。そんな事を言えた義理も関係もない事も。
けど、涙と同じように、それは理性なんかでせき止める事はできなかった。
「生きたいに、決まってるじゃないですか!!」
感情の発露に、鼻から息を吐き出す。まるで、力を抜くように。
「−−その答えだけで、十分だ」
目を開く。開かれた瞼は怒りを収斂するように厳しく細められ、葉を射抜く。
「お前は、なんなんだ?」
今まで静観を守っていた葉が、一区切りついた瞬間に口を挟んできた。その顔には、紅い両目や純粋な怒りに対する怯えなどなく、寧ろ楽しげな笑みが浮かんでいる。
「久澄碎斗。ただの先輩だよ。年齢でだけどな」
「それだけで命を捨てるのかよ。狂ってんな」
「感情が希薄化してんでな。それに、死ぬ気はないぞ?」
「オレに勝つと?」
「ああ。じゃなきゃ、意味がない」
チラリと、久澄は渚を見た。
傷だらけの全身。出血量も少なくはない。なぶられたその姿は、痛々しい。
自分の中で、決定的な何かが動くのを実感する。
その流れに身を任せ、久澄は渦巻く感情を種に口火を切った。
「いいか、大切な事を教えてやる!」
怒りの叫びは、冷たさをまとい−−
「命は大事なんだ! 踏みにじっても、粗末にしてもいけないんだよ!!」
−−助けを求められない少女のため、久澄は拳を握る。
「それをお前に、教え込んでやる! 徹底的になッ!!」




