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ファクターズ  作者: 綾埼空
四話 〈犠牲児〉
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 計を逃がす事しかできなかった久澄は、裏路地から抜け出していた。


(無関係な人を殺したくないなら、か……)


 内心では、淀んだ感情が渦巻いている。


 計を追いかけ、問いつめたのは、知り合いが死体を持っていたからという単純な理由だ。そこに特別深入りしようと言う感情は湧いていない。


 渚が絡んできても、その思いは変わらない。


(それにしても、人口特殊才能児製造計画か……)


 夏休み。こちらの世界に帰ってきて始めに起こった精霊眼事件の際、萌衣の口から聞いた。それでなくとも、都市伝説として有名な話だ。


 曰わく−−試験管の中で製造した命に、特殊才能を付与するという計画。


 それだけが、伝播している。萌衣の言を借りるなら、そこまでが知られてもいい事実。


 『犠牲児』という不穏な単語と死体。そして胡桃渚に告げられた計の言葉が符号となり、あまりよくない予測が久澄の脳髄を駆け巡る。


(一応……事情だけは知りたいな)


 その嫌な予感を放置しきれず、久澄は夜の街を駆け出した。






 ベランダの軋む音に、自室に置いているベッドの上で読書をしていた萌衣は顔を上げた。


 次いで窓を叩く音が響き警戒感を露わにする。


(ノックは在宅中か、起きているかの確認? 空き巣……けどこんな時間に?)


 埒があかないと立ち上がり、音源のリビングの窓へ向かう。


 脳内では特殊才能を準備し、臨戦態勢に。


 襲われても逃げられても対応できるようにする。


 暗がりのリビングの中、物音を立てないように窓辺へ。向こうにある月光で影が浮かび上がらないギリギリの距離で止まる。


 そして特殊才能を発動。念力で鍵のロックを外して回し、窓を勢いよく開く。


 そのまま向こうに存在する人影も縛り上げた。


「誰!?」


「俺だよ、俺」


 誰何に対する答えは、半世紀以上前に流行った詐欺の手口とそっくり。


 訝しげな表情を浮かべるも、その声には聞き覚えがあった。


「久澄!」


「どうも。ちょっと聞きたい事があるんだ」


「はぁ?」


 眉根を寄せ、疑問を表情とする。


 けれどこんな時間に監視システムをかいくぐって訪ねてきたという事実にただならぬものを感じ、念力を切る。


「まあいいわ。取り敢えず上がって。隣の人に見つかったら本末転倒でしょ」


「サンキュ」


 靴を脱いでそそくさと上がる久澄。


 その間に萌衣はリビングの電気を点けた。


「前座ったところに腰掛けて。飲み物はお茶でいいよね」


「あ、どうも」


 併設されたキッチンに空間空けて少し手前に置かれたテーブルを勧められ、従う。ただ色々な手際の良さにギャップを感じ、若干敬語気味になっている。


「はい」


 カラン、と氷の音を鳴らして出されたお茶。半分ほど流し込み、夏の夜を駆けて乾いた喉を潤す。


 萌衣も一口含んで口内を湿らせてから、言う。


「で、何、聞きたい事って?」


「人口特殊才能児製造計画についてだ」


 前置きも何もなく問われ、萌衣は無表情を保つのに苦労した。


「……なんで知りたいの?」


 彼女は知っている。夜霧としての専門を持っていない低い立場でも、それは知れるほど大がかりで有名なものだったからだ。


 しかし簡単に語ろうとは思わない。


 人口的に造られた命に失礼−−だからではない。冒涜的と言う人も居るだろうが、彼らは出生方法が違うだけで普通の人間と何ら変わらない存在だ。


 それを冒涜と言うのは差別的で、建前だけの真っ黒な綺麗事にすぎない。


 問題は人口特殊才能児製造計画の奥底に隠れた二つの計画。


 『犠牲児』と『傀儡児』。どちらも、夜霧姓を持つ者なら聞き及んだ事くらいはある計画名だ。


 『傀儡児』の方は夜霧新主導の下、夜霧冷夢が二番目に重要課題としているほど底の深いものなので知れなかった。


 が、『犠牲児』は人口特殊才能児製造計画の初めての成功例である胡桃渚が重要な柱の一本となっていたため、彼女について探り続ける事で暴けた。


 それに、今考えれば萌衣も間接的ながら特殊才能児製造計画『犠牲児』に一枚噛んでいた。


 幼少期、教育係として幾人もの子供と接してきた。


 当時は、身体的特徴として日本人ぽくない色を持った子供達だな、と思うだけだったがそれが『犠牲児』の被験者だったのだろう。渚とは、その時に知り合っている。


 そしてこの計画は、萌衣にとっては、夜霧としての萌衣にとっては仕方のないものだ。


 例え今昔の世で間違っていると言われても、それによる恩恵は社会にとって切り離せぬものとなる実験があるように。


 『犠牲児』も、その一種だ。


 が目覚めれば、この不安定なまま停滞した平和を打開できるかもしれない。


 魔術や恐苛、夜霧といった地球に発生した膿を排除できるかもしれない。−−不安の種はあるけれど。


 だからこそ、久澄碎斗という不確定因子に簡単な理由で教えるわけにはいかない。


 彼の意思が『犠牲児』のメリットを超えぬものでないかぎり。


「私を納得させられなきゃ、何も教えられないわよ」


「……黒猫の噂。お前が今朝教えてくれた」


「それが?」


「あれの正体は、猫屋の奴だった」


「……へぇ」


 動揺で動きそうになる表情筋を留めるのに、萌衣は苦労した。


「それが? まさかそれで詳細を教えるとでも」


「いや、今まで色んな事教えてもらってたし。それに猫屋への嫌がらせ」


 あっけらかんと告げる。


(猫屋何したのよ……)


「魔術名だけど、九氷火って女を知っているか」


 呆れの内心に被せるように、とんでもない人名を繰り出してきた。


 頬がひくつくのを自覚しながら、頷く。


「ふむ……。なら、二十六日に俺の母校の笹上中の前にそいつと会った。で、戦闘になって俺は敗北した。ついでに、というよりそれが俺に絡んできた理由らしいが、循環の蛇を奪われた」


「え、はっ?」


「魔術名をどうやら二つに分けているみたいで、氷果の方は氷の事象改変。苹火の方は炎の天災だった。氷は世界すら改変して、酸漿の話だと錠ヶ崎寧々さんすら超えているらしい」


「な、何の話よ」


「対等な立場から、始めようって話だ」


 淡々とのべつまくなしに語っていた声に、真剣の色が入る。


「今まで萌衣は俺に様々な情報をくれた。そこには都合も奸計も含まれていたかもしれない。けれど、それが俺を救ってきたのは事実だ」


 思いの吐露。いきなりの事で萌衣が目を丸くしている間も、言葉は続く。


「けど、そろそろ対等で行こう。情報を貰うならその対価は支払う。さっきのは今までの貸しをチャラにするつもりで言ったんだが……押し付けが強かったしな。俺にできる事なら何でもする。例えば、中馬英里の音声データを渡す、とかな」


 萌衣はこの時、久澄の中にある変化に気付いた。


「……じゃあ、質問。あんた本当に、五月から七月の間、に居たの?」


「……ああ、に居たよ」


 その声音に、嘘はない。


 溜め息一つこぼした萌衣は、感情の欠落した瞳を見つめ、言う。


「英里の音声データと携帯を貰うわ。先の情報と合わせて、それで対等って認めたあげる。まあ、もうあんたには必要ないんだろうけど」


 ピクリ、と久澄の口端が若干動いた。珍しい事に、感情が面に出ている。


 バレてもいいけど、まあ隠しておこうみたいな心情だったのだろう。


「洋頭の時に思ってたんだけど、あんた連絡先交換しなかったわよね。必要性がないとは言わないけど、優先度は四月の時より下がったんでしょ」


 そこの変化に対する違和感も、先程の問いかけに繋がる。


 果たして、久澄は首肯した。


「洋頭はあの性格が原因でそもそもそこまでの発言力はないみたいだから、顔見知り程度の線でいいと思って。それに二十六日の会議で宣戦布告をされてから、和ヶ原家以外は投資額を減らしただろ。その穴を和ヶ原家を中心に他の個人や企業が買い漁り始めた。から中馬と洋頭をカードとして持っとく意味がなくなったって感じなんだよな」


「成る程ね」


 と言いながら、萌衣の中には疑念の気持ちがあった。


 今語った理由は事実だろう。けれど、それだけではない。


 何故そう思ったか。久澄は他の手に余程の自信がないかぎり、例え効果が薄そうでも抱えておく。


 だが今、中馬と洋頭というなかなか手に入れられないカードを捨てた。


(……本当に何があったんだか)


 心にゆとりができている。前みたいな危ない橋を渡っている感じが全然ない。


 精霊眼事件や体育祭の件を解決した力が、確かな足場を作り出しているのか。


 感心するも、それはそれ、これはこれだ。


「対等な立場になったのは認める。けれど、私を認めさせなければどんなものを渡されても言うつもりはないわよ」


「たく、それ程のものなのかよ……」


 苦笑いをしながら、何かを考えるように沈黙を作る。


 顎に手が添えられ、真剣に情報を編み込む。


 しばらくそうして、時計の秒針の音が六十回響き渡った頃だろうか。


「これは俺の独り言だから、別に返さなくっていいからな」


 そう前置きが入る。


「『犠牲児』って計画は、夜霧新の奴が絡んでいるのか?」


「…………」


 図星だったが、答えなくてもいいらしいので何も返さない。


「萌衣が情報を出し惜しみするのは、それが萌衣にとってはメリットになるからか。そして萌衣にとってのメリットとは−−」


 確信と共に告げる。


「自分と舞華さんの安全。そのためには夜霧冷夢、いや、夜霧全体が潰れる必要があるな」


 萌衣は内心で臍を噛んだ。


 久澄は自分経由で目的を推測できるだけの情報を抱えている。


 もし夜霧冷夢の前に立った事があるならば、彼女のような化け物がまた現れるなんて考えない。考えないよう、脳が回避する。


 しかし、彼が知る夜霧冷夢はあくまで伝聞によるもの。


 故にその危険性を脳で予想できる程度のものに留めながら、しかし彼女が様々な人物を不幸にしていると知れている。


 だから夜霧の思考だけが危惧できるもしもを考えられる。


「上手く行けば夜霧を消せる計画か……けれど、それを手の平で弄ぶのが夜霧新だしな……」


 それは、萌衣の感じていた不安の種と同じものだった。


 夜霧の中で一番危ない人物といえば夜霧冷夢だが、恐ろしい人物と問われれば夜霧新の名を出す。


 そもそも夜霧冷夢を支配下に置いている時点で、その恐ろしさの具合は計れるだろう。


「じゃあ、簡単な話だな。俺が情報を求める理由」


 腑に落ちたように頷く久澄は、告げる。


「夜霧新の野郎に一泡吹かせるためだ」


「受け入れられるはずないでしょ。私怨でどうこうされちゃあ困るの。この計画が成就すれば、私以外の、そう、あんたにだってメリットはあるのよ」


「ほう……それは?」


「教えられる訳ないでしょ」


「ならいい」


 と、いきなりの手の平返し。


「萌衣には悪いけど、実は実験場は知っているんだ。どんな計画かは知らないが、それでも関係ない」


「は、はあ!? ならなんで私のところに?」


「詳細を知るためだよ。動く理由はないけれど、猫屋や胡桃が関わっている以上、何かしらの情報は得ておきたかった」


 けれど、と目を細める。


 瞳には、爛々たる怒りが宿っていた。


「夜霧新が誰かの人生を弄んでるって知った以上、俺は意地でも介入してやる! ましてやそれが知り合いなら尚更だ!!」


「……っ」


 発せられる怒りに、萌衣は怯む。


(純度や粘度が私なんかと全然違う……っ)


 一時期とはいえ、氷刃のような怒りを携え生きてきた萌衣だからこそ、底の深さが解る。


 久澄の怒りに当てられ、ぐるぐると思考が巡る。


 萌衣だって渚が殺される事をよしとはしたくない。けれど、そうしなければ地球に膿みが残る。


 損得勘定で考えれば、渚を見捨てるしかない。


 だから、


(情報をせき止めても無駄。なら、いっそ開示して理性に訴えかける)


 萌衣は決意し、口を開く。


「分かったわ、久澄。人口特殊才能児製造計画『犠牲児』について教えてあげる」






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 月が高い。漆黒のカーテンを背景に、細やかな輝きが散っている。


 その下を歩く、縞髪の少年。


 辺りにはおおよそ誰もいない。『警備隊』に補導されたり、店にこもっている時間だ。


 鼻歌交じりに歩む姿は、先程猟奇的な殺人を犯したようには見えない。


 不意に、ジーンズのポケットから振動が伝わる。


 携帯が着信を知らせる。取り出し、耳に当てる。


「もしもし」


『はァい』


「冷夢、なんだよ」


『いやァ、どうやら君の趣味にそぐわぬ事を命じちゃったみたいでね。謝ろうかと』


「チッ……見てたのかよ」


『あの子はワタシだからね。君の不機嫌な顔もまたたまらなかったよ』


「……趣味のわりぃ」


『よく言われる』


 電話の向こうから、壊れた録音機から垂れ流されるような笑い声が響いてきた。


「うるせぇな。で、用件はそれだけか?」


『渚ちゃんさ。できるだけねちっこくしとめてくれないかな』


 喜の色を交え、夜霧冷夢は告げる。


『あの子の恐怖に壊れた顔を見たいんだ』


 電話の向こうではどんな表情を浮かべているのか。


 ただ少年−−天津目葉は獣のような残虐な笑みを浮かべた。


「それは、オレ好みだなぁ」


 通話を切る。


 雲が月を隠し、闇の街を街頭と−−爛々たる瞳が照らし出していた。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 カラン、と涼やかな音が鳴る。


 萌衣の説明を受けた久澄は、茶を口に付けた。


「……ふぅ。まあ、ここの設立理由と合うな。ありがとう、話してくれて」


「で、引いてくれる気になった?」


「いや、全然」


 その答えに萌衣はすぐに返答せず、麦茶を煽った。


 冷たさに頭が痛んだ。


 涙目になりながら、呟く。


「だと思ったわよ」


 鼻から大きく息を吐き出す。


 話している時のリアクションから、何となくそんな気はしていた。


「止めないわ……というより止められる気がしないからさっさと行きなさい」


「ああ。悪いな」


「悪いと思うなら、行かないでほしいけどね」


 久澄は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 ベランダで靴を履き、目を紅く光らせる。


「それが安定の正体ね」


「?」


「何でもない」


 首を傾げる久澄に、微笑を見せる。


「んじゃ」


 ベランダのへりに足をかけ、跳ぶ。


 月にかかり、やがて消える背に萌衣は、悪戯っぽい笑みを浮かべ、


「ちゃんと渚の事救うのよ!」


 言い終わり、着地音。


「ずりぃな、おい!」


 笑い混じりの声に、萌衣は縁に駆け寄り下を見た。


 そして手を振る。


「行ってらっしゃい!」


「−−行ってくる」


 夜の街を、風を裂き行く。


 相手の居なくなった振り手を見つめ、一言。


「私もチョロいなー」


 呟き声は夜風に連れられ、消えていく。


「はぁー、寝よ寝よ」


 そうして萌衣は、部屋へ戻っていった。


 月が雲に隠れた事には、気付かぬまま。


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