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ファクターズ  作者: 綾埼空
四話 〈犠牲児〉
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猫屋計

「なんで久澄先輩が!!」


 黄色髪の少女−−胡桃渚から落ちてくる問いかけは透き通り、ただでえよい久澄の耳にしっかりと届く。


「それはこっちの台詞だ。取り敢えず、降りてこいよ」


「……嫌ですよ」


 チラリと久澄の横−−ビル影に紛れる計に目を向ける。


 それで表面上の関係性を予想した久澄は、計が逃げても追い付けるように体重を傾けながら言う。


猫屋こいつに用があるんだろ。もしくは、担がれている子、か。どちらにせよ猫屋こいつに用件があるのは変わらないよな」


 計を立てた親指で指しながら、断定するように話す久澄。


「まずはお互いの立場ってやつを明確にしようや」


「……そうですね」


 渚は世界中に在る原子のさらに中核にある電子を操り、磁石の反発力と同じ力の強弱をつけながら柔らかく落ちてくる。


 着地してくるまでに計も逃げられないこの状況に観念したのか、月明かり差し込む場所にまで身体を現した。


 足音なく、渚は地に足をつける。


 渚の意識は、久澄の主観では七割方計に。二割が自分で残りの一割は周りへの警戒という感じだ。


 その状態からまずは自分の事を話す前に、計について色々暴く方がいいと判断。


 計の方へ身体の正面を向け、久澄は告げる。


「さて、そろそろ教えてくれないか?」







(どうしたもんかね)


 問われた計は、考える。


 語る事自体は簡単だ。−−消した過去と代償を鑑みなければ。


 そして嘘を吐く事も簡単だ。−−それが嘘だと露見した時のリスクを考えなければ。


(胡桃渚だけならよかった。けれど、クズミンが絡んできた以上簡単に嘘は吐けないな……)


 内心で嘆息。


 もし渚だけだったら、バレる前に全てが終わっている。今バレたとしても、逃げ切れる。


 しかし久澄は違う。全てが終わった瞬間に、全てがバレ、逃げ切れない事は今証明された。


 そして彼の狙いが夜霧新である以上、闇に身を潜めてもいつかは会う事となる。


 それに計は、半身こそこの街の闇に染まっているが、完全に染まる気はない。帰りたい場所があるからこそ、今の悲惨な状況に折り合いをつけてやっていけている。


「話してもいいニャ」


 だから計は、渚を前提に話を進める事にした。これならば、情報漏洩に当たらない。なおかつ、相手を諦めさせる交渉もできる。


 しかし、


「ニャってこの人……」


「止めてやってくれ。そういうキャラなんだ」


「おい、聞いてんのかニャ? あとクズミン、これは痛々しいキャラ付けなんかじゃないからニャ。憑いた恐苛のせいだからニャ」


 「恐苛?」と聞き慣れない単語に渚は首を捻ったが、肝心の久澄が「そういう」と納得したので流し、話を進める。


「言っとくがニャ、胡桃渚。人口特殊才能児計画、『犠牲児』は俺を殺したところで止まらないからニャ」


「……分かってるわよ」


 計の発する雰囲気が変わったのに合わせてか、渚も重々しく言う。


「けど、あなたを拷問すれば答えに導けるでしょ? どう、痛覚に直接電気を流されるのはお好み?」


「そりゃあごめんだニャ。痛いのは嫌だし、猫だから電気も毛が逆立って不快なのニャ」


 貼り付けた笑顔で首を傾げる渚に、肩を竦めてとぼけるように返す計。


 久澄は黙ったまま、成り行きを見つめる。


「だから必要な情報は教えてやるニャ」


「……はっ?」


「そう驚くニャよ。そもそも、お前に対してだけは直々に予告が来るはずだったんだぜ、始まりのファースト・チルドレン


 相手の怒りを敢えて買うような、おどけた口吻こうふん


 途端に、渚の纏う空気が変わる。


 無表情の面に、二つの黒。黒く黒く淀んだその感情は、怒りを内包した殺意に似たもの。


「怖いニャ。第二位に催眠系の特殊才能で封じられた記憶の欠片を呼び起こさせられたんだったかニャ」


「それがなに?」


 淀んだ目で、彼女は特殊才能を発動。周りに、幾つものゴム弾を侍らせる。


 一発でも当たれば、数秒動きが止められる。そしてそれだけの時間があれば、電気は数メートルの距離を容易く走り抜ける。


「おい、胡桃」


 その空気に流石に危うさを覚えた久澄は制止にかかる。


 が、


「久澄先輩は黙っててください。これは私とあいつを指揮している奴との問題です」


 ゴム弾の幾つかが、久澄の身体を掠める。


 虚を突かれたというのもあるが、久澄は傷口が熱を持つまで反応ができなかった。


「さて、痛いのは嫌なんでしょ。下手な前置きはいいからさっさと要件を吐いてくれないかな」


「……この子が最後から二番目だったのニャ。四区の西地区旧倉庫街の三番倉庫に地下へ通ずる道があるニャ。そこは昔使われていた地下鉄の線路でな。その奥に一際開けた操車場がある。明日の明朝、そこに来い。最後の実験ニャ」


「そう」


 それだけ呟くと、渚は踵を返した。


 文字通り、廃ビルを磁化させ足裏を貼り付け屋上まで登り。


 そのまま渚は消え去った。


「事情ってやつは必要な奴に説明した。この子を弔ってやりたいからな、そろそろ俺も消えるニャ」


「待てよ、何も説明されてない」


「したニャ、なにもかも」


 そう、解る人には、何もかも理解できた。


「クズミン」


「……なんだよ」


 急遽な呼びかけは先程より重々しく、戸惑いながら返す。


 計は、自らの決意と覚悟を乗せ、告げた。


「あまり深入りすんなよ。関係ない人殺したくないならニャ」


 そして、黒猫のシルエットが発生する。


 先の話から推測するならば、『不幸を司る魔の黒猫』という識別名の恐苛を憑かせた代わりに得た力の一片なのだろう。


 夏の夜はぬるくとも冷たくはない。身体の芯を侵す嫌な冷たさがある死体を担ぎ直す。その冷たさに慣れない陽気である事に感謝しながら跳ぶ。


 逃げ出す計を、久澄は追う事をしなかった。







(全く、嫌な役回りだニャ)


 月光に紛れながら、ビル間を跳んで行く計。


 目指す先は、四区にある隠れ家の一つだ。


 眼下には行き交う人間達が。既に表通りへ出ているのだ。


 しかし誰も、その特異な存在に気付かない。


 空を見上げる者は居るが、それは計が通る前か通り過ぎた後。


 自分に宿らせている−−憑かせている力は、生者しか蝕む事はできない。


 だから計にとって、見られない事は『不幸』でなければならない。


 そういう、力なのだ。


(この瞬間、偶然俺の姿を見た奴が胡桃渚を救えるのニャら、ご都合主義だけどどんなに『幸運』かニャ)


 自嘲気味な笑みを浮かべる。


 結局自分は、どれだけ事情を知ろうとそんなヒーローにはなれない。


 唾棄される悪役にしか、なれない。


 そう三年前に、決めつけられた。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 猫屋計という存在を語るには三年前、彼に起きたとある事件と、それに紐解くキーワードを語らなければならない。


 恐苛きょうかと呼ばれるものについてだ。


 恐れられさいなむもの。


 悪夢。地獄。その体現者。


 いや、者と言うのは語弊がある。正確にはそれは現象と表される。


 人ではない。嵐や地震のような現象。人の世へ関わる、関わってしまう概念。魔術師にも改変できない程強大な存在力を内包した事象。


 そして、人の恐怖により生まれてしまった被害者。


 それが、恐苛である。


 そしてもう一つ。


 彼の『猫屋』という姓は偽りのものである。


 本名は、安城計。


 つまりMGR社日本支部にて彼が付き従う安城冷夏という女性は、実の姉なのだ。


 後は単純で、だからこそ誤魔化しようの無い物語。


 安城計がそれに出会ったのは小学校を卒業して、中学校に入学する前の空白期間。春休みと示すにはあまりに曖昧な時期であった。


 日本支部ではなく、外の中学校への入学が決まっていた計。


 彼が春休みであるため日本支部の中から帰省し、当時高校一年生から二年生の間であった−−まさか当時は昔で言うレディースの総長をしているとは思わなかったが−−冷夏の様子がおかしい事に気付いたのが始まりだった。


 彼女の見た目や内面に異常があったのではない。ただ、異様に運が悪かったのだ。


 家の中で歩けば毎回どこかに足の小指をぶつけていたり、彼女目掛けて食器が落ちてきたり。


 外に出れば植木鉢が降ってきたり、車やバイクに轢かれそうになったり。


 極めつけは通り魔に襲われ、生死の境をさ迷った事だ。


 病室に駆けつけた両親は悲しみに暮れていたが、ただ一人彼だけがその異様さに引っかかりを覚えた。


 過去、計は冷夏に命を救われた事がある。


 幼い頃、崖から転落した時に下敷きとなり計を庇ってくれたのだ。


 今の医療技術なら、崖からの転落でも、余程酷くないかぎり命は助かり、傷は消える。


 けれど、傷は消えても傷を負わせたという事実は変わらない。何より、命を救ってもらったという事実は、決して消え失せない。


 だからこそ、この病院のベッドで寝ている姉の姿というのは、計に漠然とした不安を与えた。


 その形なき不安は、卒業したとはいえまだ小学生と言える計に明確な形を欲しさせた。


 故に、今まで姉を襲った『不幸』がしこりとなり計の心に引っかかったのだろう。


 そして、冷夏の状態を説明するために両親が医者に連れられ彼一人になった時、それは視えた。当人ですら気付いていなかった原因を。


 それは、黒い、猫だった。


 何の変哲もない黒猫が、彼女の上で寝ころんでいた。


 計は驚きに目を瞬かせ、その存在が幻でも何でもない事を意図せぬ形で理解する。


 黒猫はうにゃー、と鳴いた後、見つめてくる計の目と自らの目を合わせる。


 計が気付いている事に気付いたのか、猫とは思えない程凄惨な、半月を思わせる笑みを浮かべた。


 そして、言う(・・)。


 −−お前さん、こちら側が視えちまったのか、と。


 低い声で、流暢な日本語で、同情するように、言った。


 −−……お前は……なんなんだ?


 計は聞く。突拍子のない出来事だからこそ、彼の精神はついて行かず最も原始的なところを突けたのだ。


 −−オレは黒猫だよ。みたまんまな。


 黒猫は一度伸びをしてから、さらに丸まる。


 −−ただし、少し事情ありだけどな。


 そう告げ、にゃーと鳴いた。


 それ以上は会話をしないとばかり柔らかそうな身体を上下させ、眠りにつく。


 計がその存在を全ての元凶と判ずには、あまりに証拠が揃いすぎていた。


 そして扉の開く音がした。−−それが地獄へ通ずる扉だとは、まだ知れない。


 計は両親が戻ってきたのかと振り向き、そこに見覚えのある青年の姿を認める。


 対面した事はなかったが、確かにそれは既知の人物であった。


 −−夜霧、新さん……?


 計は疑心に満ちた声でその人物の名を呟いた。


 夜霧新。科学の台頭を支える代表的な人物が何故ここに?


 そんな思いと共に発露された言葉は、目の前の夜霧新らしき青年に笑みを作らせた。


 −−やあ、初めまして。ちょっとばかし取引をしないかい。お姉さんを助けるための取引を、安城計君?


 疑念は、渦巻いた。偽物の可能性は考えた。いきなり登場してこいつは何言ってんだと思った。なんで俺も今知った姉ちゃんの事情を解っているんだとも思った。何より、なんで自分の名前を知ってんのかと訝しんだ。


 全てを呑み込み、理解した。理解した。理解した。


 −−で、取引内容は?


 それはちっぽけな、少年のプライドだった。


 男女の違いを明確に意識する時期は過ぎた。


 姉に対する近くて遠い。そんな気持ち悪さも抱えている。


 だからこそ、計は取引に応じる。


 姉に助けてもらった恩は忘れない。けど、どこかでそれをチャラにしたい。


 対等でありたい。


 そんな思いが、計を動かす。目の前の存在が、そんなものをいとも簡単に踏み潰せる存在と知らずに。


 −−何、簡単な話さ。


 計の思いを手に取るように理解している夜霧新は笑みを深め、


 −−君がお姉さんの罹っている恐苛という病気を御し、その存在を己に憑かせる。


 手を計に差し出す。


 −−そして僕の手足となり動いてもらう。


 承諾は、手と手が交わる事でなされた。


 『不幸を司る魔の黒猫』は夜霧新の手により−−比喩でも何でもなく、素手で掴み取って−−冷夏から計に移され。


 黒猫の中に渦巻く禍々しい力をプライドでねじ伏せる。


 −−それじゃあ、諸々の連絡は後に来るMGR社の職員がするから。


 そう言って、夜霧新は去っていった。


 彼の姿を見ようと窓を注視していたら、彼方へと無音で飛んでいくヘリコプターの姿が。


 それが闇夜に紛れた頃に、両親は帰ってきた。その表情を見るに、冷夏の状態はそこまで悪くないらしい。


 それに張り詰められていた精神の糸が緩み。


 計は倒れた。






 後の日に、冷夏は目覚め、それを見計らったかのようなタイミングで安城家にMGR社日本支部の職員がやってきて、中の中学校への紹介状を届けにきた。


 戸惑う両親に、計は強い意思を伴い入学の意を伝えた。


 こうして彼はMGR社日本支部に、夜霧新の手足となるために入学した。


 ただし、最悪の入学祝いと共に。


 安城計という存在が、抹消された。


 誰も彼もが計を覚えていない。記録媒体からも、一度放たれれば二度と消える事はないはずのインターネットからも。


 さらには安城冷夏を人質に取り、夜霧新は告げた。


 −−甘い現実は、もう終わりだ。


 あまりに現実感がなさすぎて精神が追いついてなかった計。


 しかしその瞬間に全てが壊れ−−安城計という存在は死んだ。


 そうして新たに、猫屋計という存在が誕生した。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






(嫌な事思い出したニャ)


 心が感じる苦痛に顔を歪め、不快感を露わにする。


 せり上がる吐き気をどうにか押さえ込み、計は思う。


(今日は、やけに昔に引っかかる出来事が多かったからニャ……)


 溜め息。しかし自業自得なのでどうしようもない。


 そうしている間にも、隠れ家は見えてきた。


 表向きは民家を改装した自営業の小売店。しかし実態は闇に通ずる者が昼は工作として実際に商いをし、夜になると自由な使用が許可される裏の不動産屋が売り出していた一軒だ。


 計は各区に何軒かこのタイプの家を借り、一時的な死体安置所として使っていた。


 二階の一部屋に、死体を置く。


 防弾窓はシャッターごと全て閉められている。


 『不幸を司る魔の黒猫』の力を切り、部屋に用意してあった服に着替える。


 血の付いた服は置いとけば明日に処分される。


 障害が多かったがやる事を終えた計は死体の前まで行き、膝を折った。


「…………」


 そして手を合わせ、瞑目。


「……ごめんなさい」


 そうして一言、言葉を漏らす。


 それで何がどうなるわけではない。ただの自己満足だ。


 最低の行為だとは解っている。


 それでも、言わずにはいられない。


 でなければ、罪悪感で潰されそうになるから。


 そうして謝り、また罪悪感に苛まれる。


 その繰り返しを、何回しただろうか。


 人口特殊才能児計画『犠牲児』が行われるはるか前から、それは行われている。


 始めの、始めから。


 こんな事をもうする必要がないように、と願いながら。


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