第一章(3)星空の下で
生暖かい風が、2人の頬をなでた。
空には数え切れない程の星が、所狭しと瞬いている。
宿屋の灯かり以外は、人工的な光は見当たらない。
闇の中、レベッカとレイは宿屋から少し離れたところの地べたに、2人並んで腰を下ろした。
「すごい……きれい……」
見ていると今にも吸いこまれてしまいそうな星空に、レベッカは感嘆の声を漏らした。
今まで長い道のりを旅してきたレベッカだが、これだけ綺麗な星空に出会うのは、今回が初めてだ。
「この辺りは、タッカートヴィレッジ以外に村がないんです。その上、この村はあまり人が住んでいなくて暗いから、星空が綺麗といわれるサース大陸の荒野の中でも、特に綺麗に見えるんですよ」
感嘆の息を漏らすレベッカの脇で、彼は緊張したような声で説明した。
「渇ききった大地とは、正反対なのね……。もしかすると、サース大陸は渇いた死の大地が広がってるんじゃなくて、綺麗な星空が広がってる大陸なのかもしれないわね」
レベッカが静かに言ったとても夢のある考え方に、レイは少なからず驚きの表情を見せ、彼女の顔を見たが、すぐに目をそらした。
レベッカは、星空を見上げながら続けた。
「私、ちょっとワケアリで旅してるんだけど、弱いから、時々寂しくなっちゃうのよね。そんな時、夜空を見上げるととても勇気が湧いてくるの。真っ暗な空を、一生懸命照らしている小さな星達が、こんなにたくさんいるんだ、だから私もここで寂しがってなんかいられないってね。だから私は、荒野でたった1人になっても輝き続ける……1人で輝き続けて見せるって、心に決めてるの。その事、ここの夜空を見て、もう1度確かめられた気がするわ」
レベッカの言葉に、レイもじっくりと星を見つめている。
しかし、どこか落ち着きがないように感じられる。
「でも、みんなが思いやりを持てたら、みんながもっと輝けたら、この夜空みたいに、もう少し明るいのに……」
レベッカはそこで言葉を切り、再び星空に見入った。
2人はそのまま30分ほど星を眺めた後、宿屋へもと来た道を戻りはじめた。
「今夜はありがとう。なんだかこれからも旅を続けていく勇気が湧いてきた気がする」
「いえ、こんな簡単なことでしたら」
どこかレイの声音がさっきからおかしいな、とレベッカは思った。
宿屋にいた時のやさしい口調が、だんだん引きつってきたというかなんというか、少し違和感のある調子になってきた。
しかし、レベッカはあまり深く気に留めなかった。
勝手口をレイが開け、彼が中へどうぞといったホテルマンさながらの素振りを見せたので、レベッカは何の迷いもなく中へと入った。
その刹那、彼女の右側の物陰から黒い男が飛び出してきた。先ほど、彼女と一緒のカウンターで飲んでいた黒いマントの男である。その男が、ものすごい力で彼女を床に抑えつけた。
「キャッ」
一瞬の出来事に何が起きたのか分からず、声も出ない。
背中には、黒マントの男の全体重がのしかかっている。
「よしッ、早く縛り上げろ!!」
聞き覚えのある別の男の声が宿屋に響く。
レベッカはハッとして顔を上げた。
そこには、迷彩柄の服を身にまとい、偉そうな声で周りの部下に命令する中年の男がいた。
部下は全部で15人ほど。
皆、ついさっきまでここで酒を飲んでいた男たちばかりだ。
4人ほどの男たちが、太いロープを手にレベッカに迫ってきた。
レベッカは一生懸命もがき、黒マントの男から逃れようとするが、ガッチリ腰を両膝で挟まれ、大きな手で両手を後ろ手に掴まれいるため、身動きすら困難な状況である。
アッという間に、両手を後ろ手に、両足もきつく縛られてしまった。
腰にもロープを巻きつけられ、その端を1人の部下がしっかりと手首に巻きつけながら持っている。
逃げる事は不可能だ。
「ここにひざをつけ」
言い終わる前に、レベッカのロープを持っている部下が、彼女の背中を蹴った。
「いたッ」
彼女に抵抗の余地はなく、言われるがままに立ちひざの姿勢になった。
すると、迷彩柄の指揮官が、ニヤニヤしながら彼女の前に歩み寄ってきた。
「いやぁ、実に久しぶりだね。君を捕まえるのに随分てこずらせてもらったよ。サース大陸重要指名手配犯、レベッカ・フォルトナー」
レベッカの瞳には、怯えと憎しみとが入り混じり、今にも全てが溢れ出しそうだ。
「あんたは、私の村を……よくも!!」
「まぁ落ちつきたまえ。君は自分が置かれている状況がわからないほど馬鹿じゃないはずだ。冷静に、周りを良く見たまえ」
彼女はその言葉には全く反応せず、ただただ指揮官を睨みつづけている。
「おお、そうか。自己紹介がまだだったね。私はランドロットという。サース軍新エネルギー研究部実働部隊の隊長を務めている。我々は今まで君を捕らえる為に、遥々首都ロンパーサよりこの周辺を捜査してきた。そして遂に君を捕らえた。だから今はとても気分が良いのだよ」
ランドロットは、なおもニヤつきながら喋り続けた。
「家族を殺されたこと、まだ怒っているのかね?死んだ人間はもう戻ってこない。それに死んだのは他人であって、自分ではないんだ」
レベッカの顔が見るみるうちに憎しみの色で塗りつぶされていく。
そして、後ろめたそうな顔でレベッカを見ている宿主とレイの方を睨んだ。
2人は目をそらした。
「ああ、そこの2人か。彼らはまさに模範的な良民だよ。君がこの宿屋にいることをいち早く知らせてくれたんだからね。おかげで村人を迅速に避難させることが出来た。その上、身柄の拘束まで協力してくれるなんてね。いやぁ、素晴らしい事だと思うね」
「クッ……」
レベッカは下を向いた。
目から涙が溢れ、床にこぼれ落ちた。
「この荒野では他人を信用してはいけない。そんな事は君も分かっているはずだが……とにかく詳しい事は本部で聞くこととする。連れて行け」
ランドロットが鋭く命令すると、部下4人に取り押さえられながら、レベッカは鉄格子がはめられた馬車の中に放り込まれた。
「お前は重要犯罪人ってことで世には通ってるんだ。助かりたけりゃ、そこでおとなしくしてることだな」
下っ端の部下がレベッカに皮肉を言ったが、彼女の耳にはまるで届いていないようだ。
朦朧とする意識の中で、彼女は何を考えているのだろうか。
また、一体彼女は何者なのだろうか。
宿屋の中、ランドロットが宿主と話をしている。
「これが賞金だ。手配書通り金貨20枚だ」
ランドロットは麻の袋を、人間に満足感を与える金貨がぶつかり合う音と共に宿主に手渡した。
「へい、確かに受け取りました」
宿主の顔は晴れない。
「ご協力に感謝する。では、私はこれにて失礼させてもらう」
そう言って宿主の前で1度敬礼をすると、颯爽と宿屋を後にした。
宿屋の前には、白く美しく力強そうな馬が1頭つないであった。
彼はそれに軽く飛び乗るようにしてまたがると、先に馬に乗っていた他の部下たちと、レベッカの乗る馬車とを率いて、堂々と荒野の中へと消えていくのであった。
「目指すはサース帝国の首都、ロンパーサだ!!」
「オオーー!!」
ひっそりと見送りに出ていたレイと宿主は、指揮官と部下たちの掛け声が闇の中から聞こえた気がした。
久々の更新です。
自分で読んでいても違和感のある文章だと思います。
感想や批評を書いていただければ幸いです。
読んでくださいまして、ありがとうございました。