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Luna Cuore

何時もの平穏

作者: 常葉青


エアグルス大陸――伝承から派生した、不思議な御伽噺が残る大陸。

キボートスヘヴェン地方と対であるファーレン地方の一つの国、トルシアーナ――通称トルン。

その首都スマラグドには、一つのある学校がある。その名も、トルン魔導学校。



勿論、通常の勉強のみを行う学校もあるのだが、その学校はこの世界に精通する《魔法》や《武道》を中心に学ぶ事が出来る。

大陸ではそれなりにレベルの高い学校であり、七歳から二十歳までの少年少女が日夜勉強に励んでいた。小学校から高校の少し先まで、エスカレーター式だ。進学先としては、かの有名なテトサント大学や専門学校がある。就職なら、一番良いのは大陸の治安を守る巨大組織だろう。


「この世界には、大地の恵みと同時に、光と闇、火と風と水の力が存在している」


黒板の前に立つ教師が、右手に持つチョークを置き、言う。

ワイシャツにズボンという至ってラフな恰好なのだが、小太りした腹の部分が出っ張っているせいで大してワイルドさは感じない。髪はお世辞にも長いとは言えず、つい最近出来てしまったらしい五円禿が目立つ。


説明を続ける表情は真剣そのものだが、話し方が少しゆっくりとしていて、学生達の眠気を誘う声を持つと言われる教師だ。このクラスの、担当教師でもある。

やがて、生徒から付けられたあだ名が『子守唄先生』。校内では、結構有名だった。


「大地の恵み――水、火、風……。それらが相反しあって、大地がある。そしてそれは、数百年も前から続いている、言わば世界の奇跡だ」


熱弁を奮う教師を見ている生徒は、皆無に等しい。


机に突っ伏して惰眠を貪る生徒、教科書を立ててその裏でこそこそ早い昼食を取っている生徒。説明などそっちのけで、黒板の文字を書き取るものの筈であるノートに絵を描き始める者もいる。

それを知ってか知らずか――多分知らないのだろう――、教師の演説は更に続いた。


教室の右から三番目、前から四番目に座る、短い黒髪の少年――クーザン=ジェダイドも、そんな生徒の一人。

手に持ったペンを持て余し、見た目だけ真面目に授業を受けている彼は、まだ幼さの残る顔に苛立ちを浮かべていた。宝石の翡翠のように美しい輝きを放つ緑を細め、心の裡で悪態を吐く。


「(授業に来る度に、それを聞く生徒の身に一度なれっての……)」


この教師が先程のような建前を言っているのを聞くのは、以前の授業を含めてもう十数回に上る。しかも、一字一句同じ。毎日、暗唱の練習をしているのかと問いたくなる程に正しく繰り返していた。

余程、先代の人々が遺した理論や物質に感動しているのだろう。それは、良い事だ。

だがいい加減、別の勉強――特に、彼の受け持つ歴史学の勉強を始めてもいい頃合いだと思う。家系の問題で使えない者からすれば、魔法やその構成理論云々等、只の雑学にしかならない。


ふと、隣に座る少年と目が合った。

海を思わせる輝きを持つ青い髪は肩に付くくらいの長さで、大きな瞳も同じ色だ。

空の蒼を忠実に映す、おおらかな青。全てを受け入れるかのように、穏やかな雰囲気が感じられる。

青いツナギを上半身だけ脱いで腰の辺りで袖を結い、黄色の半袖シャツを着衣している。首には、結構しっかりした作りのゴーグルを掛けていた。

そして――髪で隠れて見えないが、実は彼の右耳にはピアスが付けられている。宝石の名前は忘れてしまったが、瑠璃色の表面に黄色い不純物が混じったような、不思議なものだった。ピアスは校則違反なのだが、少年は長めの髪で隠す形で常に着けている。


所で、何故そんなに少年の事をクーザンが知っているのかを説明すれば、只の一言で片付く。

彼は、クーザンの幼馴染だからだ。本名はウィンタ=ケニストという。

序でに、ウィンタのピアスのもう片方は、クーザンの左耳に同じようにつけられている。

剣術科に属していながら、自らはその剣を中心とした武器を造り出す『鍛冶師』を志している、ちょっとした変わり者だ。

彼も例に漏れず、昼食として持ってきていたパンを一切れ、手に持ってかじっていた。

見た所机の上に載っているノートには、今回の授業の内容は何も書かれていない。これでクラスの十位以内に入るのだから、微妙に成績のヤバいクーザンは注意したくても出来ないのだが。


早食いしているパンを再び口に含もうとしていたウィンタが、幼馴染がじと~と見ている事に気が付いたらしい。手を膝の位置に戻してパンを隠し、教師の様子を窺いながらクーザンに小声で話しかけてきた。


『パン欲しいのか?』

『要るか!』

『遠慮するな。パンならバックの中にあと3個入ってるから』

『どれだけ食うつもりだ!?』


どうやら、クーザンがパンを欲しがっていると勘違いしたらしく、リュックを指差した。確かに、教科書を入れているにしては妙な膨らみ方をしているそれを見れば、彼の言葉が正しい事に気が付く。

少々コケながら、クーザンは遠慮した。この際、突っ込み所に感じた違和感は無視を決め込む。


そして、幼馴染の様子を笑いながら見ていたウィンタが、何か思い出したように再び口を開く。


『クーザン。今日、空いてるか?』


クーザンは、この教師の授業はちゃんと話を聞いていないと結構面倒な事になるのを知っていたが、まぁいいか……と諦めた。念仏のように紡がれる教師の声を聞くより、幼馴染と話していた方がよっぽど楽しい。

そして、ウィンタのように教壇を窺ってから、小声で返す。


『空いてるけど……どうかしたのか?』

『今日市場に行くんだけど、一緒に行かねーか? 丁度祭りがあってるし』


そういえば、今日は建国祭の最終日だ。市場はラストスパートをかけようと、売り子の人達や恰幅の良いおば様達が必死だろう。

戦場と化す市場を思い返しながら、頷く。もしかしたら安売りもあってるかもしれないので、人混みに襲われる不安はあったが。


『良いよ。行こうか』

『そうこなくっちゃ!』


クーザンの返答に、ウィンタがガッツポーズを取ったその時。


「こら、そこの二人!」


スコーン!!


「あだっ」


教師の怒号と共に、二人の頭に白チョークが飛んできた。クーザンは首を捻って避けたが、ウィンタは反応しきれなかったらしく、額に思いっきり当たり軽快な音を立てた。

ちなみに、クーザンが避けたチョークは後ろの席の少年の額に当たる事になる。周りの同級生達が、額が一部白くなったウィンタを見て笑い声を上げた。


教師は彼の席の近くに移動すると、あまり恐怖感を感じない表情で凄む。

近付かれる前に、ウィンタは膝の上に載せていたパンを引き出しの中に隠し、没収を免れていた。


「ちゃんと授業を受けないと、単位はやらんぞ」

「えーっ? 先生が何度も同じ事を言ってるからじゃないですか。念仏みたいでつまらないですー」


ウィンタがぶー、と頬を膨らませて反論する。少年にしては、愛嬌のある表情だ。

余談だが、彼はクラスで人気がある方になる。何人かの女子は、ウィンタのそんな表情を見て頬を赤らめたり、黄色い声を密かに上げていたりして、彼のそれを楽しんでいた。


「(ま……性格も、誰にでも優しいし付き合い易いからな)」


実際、クーザンも彼に何度助けられたか、分からない。

しかし教師からすれば、こういった難色を示す生徒は煙たがられる。案の定、彼も眉を吊り上げて説教紛いのものを始める事になった。


「何を言う。これは世界の心理だ。一番大切な事なのだ」

「先生歴史じゃん。ちゃんと考古学とか世界史の教師になってから語ってよ。それに、そんなに何度もおんなじ事言ってっと、全然偉大じゃなくなってくるしさー」

「ウィンタ、止めなって」


どんどん顔が赤くなっていく教師を横目に、クーザンは取り敢えずウィンタの愚痴を止める。彼はえー?と不服そうだったが、気にしない。また教室の女子がきゃーと叫んでいたとしても、気にしない。


と、此処で終礼のチャイムが鳴った。思わぬ天の助けだ。


教師は咳払いをし、ぞんざいに授業を終わらせると、教室から去っていく。

その様を、二人は笑って見ていた。




放課後。


「お待たせ」

「おー、待ってないぜ」

「え? 結構遅かったよね俺」

「オレも今日のアレでセンセに呼ばれてた。エヘ」

「いや可愛くないから」


クラスの女子なら喜びそうだけどね……と続けようとするも、何だか負けたような気がするので止めておく。


クーザンは委員会の仕事があった為校門で待ち合わせをし、先に来ていたウィンタと合流して歩き出した。早く終わると思っていたのだが、つい同じ委員の金髪の少年と話をしていたら、約束の時間より遅くなってしまったのだ。


教科書を入れた、何時もの緑色の鞄を肩にかけ直す。ウィンタはあのリュックを背負っていた。青の迷彩柄だ。


「学校も明日で終わりか。早かったな」

「ウィンタはまた鍛冶師の訓練だろ? 寂しくなるな」

「アイツがいるじゃん」

「……アイツって、ユキナの事?」


二人には、もう一人幼馴染がいる。ウィンタの言葉に、クーザンが少し眉を寄せた。


「アイツは……騒がし過ぎて逆にいない方がいい気もしなくない」

「そう言うなって、ユキナが聞いたら泣くぜ? 只でさえ泣き虫なんだからさ……ん、噂をすれば」


ウィンタが呟くが、クーザンには何の事か分からなかった。もっとも、直ぐに分かる事になるが。


「クーザン、ウィンタ~!!」


快活な少女の声が、辺り一帯に響いた。二人が、同時に声がした方を振り向く。声の主は、長い桃色の髪を風になびかせながら走ってくる、たった今話していた幼馴染だった。

名はユキナ=ルナサス。

丈が短い白いワンピースの裾を気にする事なく、全力疾走してくる彼女が二人に駆け寄る。


嫌そうな顔をするクーザンを、ウィンタは若干楽しそうな表情を浮かべながら見詰め、直ぐにユキナに視線を向けた。


「ユキナ。どうしたよ?」

「どうした、じゃないよ! 二人とお祭り行こうと誘いに行ったらもういないんだもん、走ってきたのよ!」


実際かなりの速度で走ったのか、彼女の両肩は大きく上下している。学校からまだそう離れてないから、別にそんなに急がずとも追い付いたであろうが。


元々少し赤い頬を更に紅潮させ、ユキナは思い切り叫んだ。金切り声、と言って良いかもしれない。


「あらら。もうちょい待ってりゃ良かったな」

「もう……レディが男追いかけてきたのよ、少しは大丈夫か?とか、長かったろ?とか、優しく労いなさいよ! レディの扱いがなってないわ!」

「大丈夫か? 学校からここまで長かったろ? キツいなら帰れ」

「遅い! あと帰れって何よ!」

「つーか、この場にレディがいるなら教えてくれ。上品で、おしとやかな美しいレディがいるなら、な」

「何それー! あたしがレディじゃないって言うのー!?」

「少なくともおしとやかで清楚ではないな。生物学上雌に分類される、って所か」


ウィンタとユキナの言い合いは続き、クーザンは黙ってそれを聞いていた。

さっきとは違う、何か言いたそうな、でも言うのを躊躇っているような複雑な表情を浮かべている。


「うええ~ん!!」


ふと泣き声が聞こえ、何事かと三人は声が聞こえた方を振り向く。


その先では、孤児らしき男の子が泣いていた。足に擦り傷を負って、引き摺るように歩いている。

ユキナがいち早くそれに気付き、近寄ると男の子の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。

スカートの中身を一応気にしているのか、それを巻き込ませて器用に座る。


「どうしたの? 痛いの?」


男の子は泣いてばかりでユキナの問いには答えなかったが、足の怪我が痛むのは容易に分かった。そこまで酷い訳ではないが、派手に転んだか何かしたのだろう、血が滲んでいる。


ユキナは男の子の足の怪我の上に手をかざし、目を閉じた。

回りの皮膚から失われたそれが再生され、青白い光が生じ、男の子の怪我を瞬時に治す。瞬きした目がそれを再び映す時には、傷はもう完璧に塞がっていた。

彼は、驚いたのか何時の間にか泣き止んでいる。


「もう痛くないわ。大丈夫?」

「……う、うん……」


出来るだけ怖がらせないように優しく問いかけるユキナに、男の子は今度はきちんと答えた。相変わらず、怯えていたようだが。

男の子はユキナに礼を言うと、足早に去っていった。ばいばいお姉ちゃん、と手を振りながら。


と、それまで黙って一部始終を見守っていたウィンタが、漸く口を開いた。


「ストリートチルドレン、孤児……か」

「最近は少なくなってると思ってたのに」

「そうでもない。実際の所は、日常茶飯事過ぎてラジオにも取り上げられないだけ」


小さな紛争が絶えないこの地では、望まずに親と生き別れたり、死別する子供が少なくない。寧ろ、両親が揃っている子供が珍しい位だ。

行き場を失った子供の行く場所は、国が定めたスラム街より他にない。あの子供も、トルンのスラム街に住む一人だったのだろう。


「ほぅ。……ユキナ、それ、あまり使わない方がいいからな」

「……うん、分かってるけど……」


真面目な顔で言ったウィンタの言葉に、ユキナが頷く。


ユキナは、ノウィング族でありながら治癒能力が使える。ノウィング族とは、翼を持たない種族の事だ。

確かに、世の中には治癒能力を有しているノウィング族は五万といる。しかし、それは聖職者や魔導師など、訓練を積んだ職業に就いている者。または、白い鳥類の羽根を持つ天使族のみ。

ユキナは天使ではなく、ましてや聖職者でもない。なのに、治癒――というより、怪我する前の時間に戻しているようにも見える――の力を彼女は持っているのだ。

彼女自身の話によると、その力を初めて使ったのは3年前だと言っていたのを、クーザンは思い出した。


そんな得体の知れない力だからこそ、ウィンタはユキナに忠告しているのだ。何時何処で、面倒な事に巻き込まれるか分からないから。

言われたユキナはしゅんとして俯き、ぽそっと洩らす。


「つい、ほっとけなくて……」

「そんな気にしなくても、大丈夫だと思うけど。一応、今のは人助けだし」

「……ま、気を付けるに越した事はねぇよ」


クーザンとユキナはウィンタの心の裡にも気付かず、街の中へと足を向けた。


「な~んか嫌な予感、するんだけど。ま、いっか……。こらお前ら、オレを置いてくなー!!」


ウィンタは頭をガリガリと掻いて溜め息を吐くと、置いて行こうとする二人を慌てて追いかけ始めた。

デートの邪魔をするつもりは毛頭ないが、元々クーザンを誘ったのはウィンタだ。その本人を置いていくのは許せねぇと呟くウィンタからは、既に不安はなくなっていた。


その不安が的中してしまうとは、露にも思わず。




  *  *  *




「うわぁ、凄い凄い凄いすっごい!」


市場の中心地に着くと、ユキナが興奮した様子で辺りを見渡した。


毎年恒例のこの祭りは、スマラグドの住人総出で開催される行事だ。元々、トルシアーナというこの国は小さな街で、古代の偉人がこの地で研究を始めた事から始まる。

世界を創造したと言われる三大神に愛されたその人物は、スマラグドの中心にある碑に言葉と研究の成果を残し、住んでいたノウィング族の者に護らせるよう厳命した。

その時に残っていた民族の子孫が、時が経つに連れ数を増やし、今ではエアグルス大陸第三の大きさを持つ大国に発展したのだ。

この建国祭は、丁度その人物が住人に厳命した日と、指導者が定まった日と重なるように行われる。


うろうろと露店を見物するユキナに、クーザンとウィンタは溜息を吐いた。

確かに物珍しいものもあるが、こういった露店で騙されないとも限らない。――トルンの住人に、悪人がいるとは思いたくないが。


「ユキナ。はしゃいではぐれるなよ」

「だいじょぶだいじょぶ! そうなったら、クーザンが見つけるでしょ」

「はぐれるの前提にするんじゃない」


一体全体お前は何歳だ、と問い掛けたくなったクーザンだが、そんな無益な問いをする程馬鹿ではない。


と、彼女はあるひとつの露店の前で屈んだ。

その店は、鉱山が有名なソルクで採れたという鉱石を用いて、女性にウケが良いキーホルダーやペンダント等のアクセサリーを売っていた。

店の主人は、一目では山奥の熊と間違えそうな体躯をしている。この巨漢から、目の前に広げられている精巧なアクセサリーが造られたと思うと、拍手のひとつでも贈りたくなった。


売物は、先に述べた二つの他にも、指輪やブレスレットが揃えられている。何れも職人技と言える素晴らしい造りだ。それでいて、値段は大して高くはない。


「綺麗……」


成程、ユキナが興味を持つ訳だ。見れば、彼女の隣にも少女グループがそのアクセサリーを見て、感嘆の声を上げている。


「どれどれ? うわ、すげ!」

「ウィンタまで……」


横で見ていたウィンタも身を乗り上げ、そのアクセサリーを見て声を上げる。

その時、ユキナが徐に財布を取り出した。簡単な作りの財布の中身を見ると、あからさまに落胆した表情を浮かべる。


「足んない……お金持ってくれば良かったぁ……」

「嬢ちゃん、何れをお望みだい?」

「これ!」


ユキナは店の主人の問い掛けに、迷いなく目的の物を指差す。

それは、やはり精巧に造られたペンダントだった。

銀色の輪が連なった鎖の先に、月を象ったトップが付けられている。欠けた月を模しているように見えるが、その部分には桃色の宝石が嵌められている為、全体的に見れば満月にも見えた。


「おぉ、嬢ちゃんお目が高い。これは、昔王妃様が着けていたアミュレットと同じ形に作ったものだ。嵌めている鉱石はダンビュライトと言って、それの中でも桃色が一番濃い奴なんだ」

「嘘っ! ……じゃあ、やっぱり千ルーン妥当だなぁ……」

「今、幾らなんだい?」

「さ……三〇〇ルーン……」

「それは、流石に無理だなぁ」


更に肩を落とすユキナに、店の主人も呆れて言う。

かなりお気に召していたのか、彼女は「今から家に戻ってたら、祭り終わっちゃうし……」と、本当に残念そうだ。

仕方ない、諦めようとユキナが立ち上がり、


「これより下って言ったら、どれ位になるんだ?」

「え?」


今まで黙って聞いていたクーザンが、そのペンダントを見ながら相手に訊いた。

その言葉に店の主人は、頭を掻きながら計算する。


「うーん、まけて八〇〇かな」

「七〇〇は無理?」

「そうさなぁ……よし、分かった。七五〇だ、これからは一ルーンもまけんぞ」

「ありがとう。ユキナ、残り出してやるから払え」

「えっ? そ、そんなっ! 諦めるから良いよ!」


クーザンは鞄のバックルを開け中から自身の財布を出すと、丁度入っていた硬貨をユキナに手渡した。彼女はあまりの出来事に目を白黒させ、慌てたようにその硬貨を返そうとする。


「折角値切ったんだから、買わないと店の主人に迷惑だ」

「それはそうだけど……い、良いの?」

「良くなければ、金は渡さない」

「……あ、ありがと!」


大分渋ったが、ユキナは満面の笑みを浮かべて礼を告げ、店の主人に代金を渡した。彼は例のペンダントを彼女に渡すと、クーザンには聞こえないように言う。


「良かったなぁ、嬢ちゃん。彼氏に出して貰って」

「かっ……彼氏!? そ、そんなんじゃないですけど!」


その言葉に驚き、すっとんきょうな声をあげ、顔を赤くさせるユキナ。店の主人は首を捻り、問い掛ける。


「違うのかい? そうにしか見えん」

「うっ……お、おじさん、ありがとう! ま、また来るねっ!」


ユキナはあまりの慌てように、早々に会話を切ってクーザンとウィンタの元へ駆けた。

背後から、店の主人が「しっかりな~」と、激励の言葉をかけているのが聞こえる。


クーザンとウィンタは、ユキナの隣で見ていた女の子達の冷やかしとも取れる視線に堪え切れず、早々に別の露店に移っていた。何時の間にか買ったトウモロコシを口に頬張りながら、ユキナが駆けて来るのを待っている。


「お、ユキナ来た」

「……だから、何で走って来るんだよ」

「だ、だってぇ~……」


乱れた息を調えながら、ユキナは手に持っているペンダントを思い出し、クーザンの方を向く。


「ほ、本当に良かったの?」

「まだ言うか」

「だって……クーザンだってお金ないって言ってたじゃない」

「そんな、ユキナ程生活に困ってはない」

「ま、好意は有り難く貰っとけよ。クーザンにしては、珍しい事なんだし?」


ウィンタの最後の言葉は、ユキナに耳打ちするように告げられた。

ヤケに「好意」という言葉を強調されたクーザンは、そっぽを向いていた為に気が付かなかったが。


「それよか、ちゃんと付けとけよ。手に持ってたら無くすぜ?」

「あ、そうだよね」


ウィンタの提案に、ユキナは幾らか手間取りながらペンダントを付けた。太陽の光を浴びる桃色の宝石は、彼女の胸元で反射してその存在を誇張している。


「似合う?」

「オレに聞くなよ」

「……ウィンタまで」


再び顔を赤らめさせ、不貞腐れたように呟くユキナに、ウィンタは最後まで含み笑いを浮かべていた。


「で! クーザン、次何処行く?」

「歴史的博物館に……あそこ、祭りの間パンフレットがちょっと変わってるから、貰いに行きたい」

「クーザンらしいわ……」


昔の居候の影響で、歴史等にかなりの興味を抱く彼らしい意見に、ユキナも苦笑する。

ウィンタもそう思ったのか、口元に手をやりながら空を仰ぎ、呟く。


「そういや、セーレ兄さんどうしてんのかなー」

「さぁ……世間じゃ行方不明って言われてるから、こっちも心配してるんだけど」

「だよな。この前もラジオで特集やってたぜー、『歴史の足跡を追え!』って感じの。結局、大半が歴史の話のお復習みたいなものだったけどなー」

「ザナ姉も……うぅ、また会いたいのになぁ」


そうやって何気ない会話を交わしながら、クーザン達は市場を歩いた。


市場の盛り上がりは、底を見せない。楽団と呼ばれる、歌と音楽と躍りを愛する一団により行われる見世物や、露店の盛り上がりも増していった。


ぱぁん、と花火が上空で炸裂する。

まるで、今までの平和な日常が崩れ始める、前兆のように。



「……アレが、《姫》ですか?」


銀色の短い髪と紺色のマントを風に靡かせ、赤黒い瞳を持った青年が呟く。全体的に青い、ゆったりとしたタイプの衣服を身に纏う彼の胸元には、十字架のブローチが光る。

青年の立つ建物の眼下には、少年と笑う少女の姿があった。


『先ず間違いない。アイツが、僕の命を弄んだ悪女だ』


彼の隣に黒髪の、ツンツン頭の少年が現れる。

白と黒を基調とした動きやすい服装に快活な印象を受けるが、その口調は冷たい氷をイメージさせた。

銀髪の青年は少年を一瞥し、微笑する。


「さてと……動きますか」



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