スルメイカ
学生時代、札幌に住んでいた私は、実家のある旭川に週末に帰ることがあった。
都会の電車と違い、列車というローカルな響きが似合う石北本線は、懐かしい思い出の一つだ。
旭川駅のプラットホームのベンチに腰掛けていると、七十代位の腰の曲がったおばあさんが、私に向かって、
「これ食べないかい、美味しいから。どうぞ、遠慮しないで」
と、声をかけてきた。
手には、袋から出したスルメイカを持っている。
貰わないのも失礼かと、ありがとうと頭を下げ、頂く。
じっとこちらを見ているので、食べないわけにもいかず、口にした。
「美味しいでしょ」
と、おばあさんは笑顔で同意を求めてくる。
「ええ」
と、応える私。
こんなことはよくあった。
その当時は、あまり特別なこととは思わなかったが、年を経て東京生活を送るなかで、街中で北海道訛りを耳にし、ふとこのことを思い出した。
食べないかい。
柔らかく跳ねる言葉の末尾。馴染んでしまうと感じることのない北海道訛りが、優しく耳に残った。
気さくな北海道の気質が言葉の端ににじみ出ているようだ。
雑踏で胸の奥が温かくなった。