プロローグ ~雪の中で~
晴れやかな空だった。
直視するにはあまりにも眩しすぎる十二月半ばの冬空を見上げる。
雪が道の表面をすべて覆い、周りは辺り一面見事な雪景色。
車を村の入口看板があった場所に止めて、一歩一歩村の中へと進んでいく。
舗装されているこの一本の道だけ、村から分離されたように感じるのは今でも同じだ。
不意に庭らしき場所を覗けば、季節を間違えてしまった綺麗で哀れな夏の花が一輪、雪の表面から顔を出している。
まるでその花だけ、あの夏の日から時間が止まっているような気にもなった。
ただただ何もない雪道を、自分の足音だけが聞こえるままにまた歩き続ける。
無音の白い世界を歩いていると自分だけ、どこか違う世界に取り残されたような気分にもなってくる。
この村に俺が居たのは、蜩がせわしなく鳴いていた夏。
あの夏とは天地がひっくり返ったと言ってもいいほど、この村は変わってしまった。
いや、この場所を村と呼んでいいのかそれすらも疑問に思う。
人の気配すら感じさせないほど閑静で、どこか不気味とさえ思ってしまう。
目を閉じれば、この村で出会った何十人もの優しかった人々の顔が今でも鮮明に思い出すことができる。
それほど、俺にとってこの村の人の存在というのはとても大切だった。
一つ一つを順番に思い出していく内にいつも最後にいきつくのは、俺に最高の思い出をくれた親友の顔だ。
でも、彼がした最後の裏切りを俺は何度も憎み、何年もの月日を経た今でさえ、俺に大きな傷跡を残している。
あの裏切りから数ヶ月は、夜がくるたびに何度も泣いて、何度も自分を追い詰めたくらいだ。
けれどそれと同時に、彼の最後に見た笑顔を忘れることは一度もなかった。
彼がいなければ、俺は今頃この晴れやかな空を見ることはなかっただろう。
けれど決して、俺はあいつに礼なんか言わない。
裏切られて、俺はこんなにも長い間苦しめられているのだから謝りにこい。
いつものようにどこからともなく現れて、笑って俺の前に出てくればいい。
そうしたら俺は、笑ってお前を許してやることができる。
その願いが叶うのなら、自分を殺してやってもいい。
けれど、どんなことをしても俺の願いが叶うことはない。
それに、お前はそんなこと願わないこともわかってる。
そんな馬鹿なことをする余裕があるのなら、自分が出世する努力でもするんだな、と
皮肉っぽく、けれど俺のためを思ってお前なら笑ってそう言うのだろう。
足しげく通ったお前の家を見上げながら、俺は今お前を思い出している。
俺がこの村で過ごした日々はとても暖かくて、優しくて、切なかった。
人生で一番楽しく、人生で一番辛い思いをしたあの夏の日を一生忘れない。