転生者であること自体チートなあなたに、村の幼馴染はついていけません
短編。よくハズレ転生なんて幼少期から努力して覆す系のストーリーがあるけど、よく考えたら前世の記憶持ちが自体がめちゃくちゃチートだよね、っていう。
「メアリー、俺と一緒に王都に来ないか」
鍛錬を終えて林から村に戻る道中、カイルはふと振り返ると私に言った。
「俺はこれから学院に入って今よりもっと強くなるつもりだ」
「何のために?」
私は尋ねた。
「カイルはもう十分強いのに」
いや、と彼は首を横へ振る。
「俺はまだまだ未熟だ。学ばなきゃならないこともたくさんある……やらなきゃならないことも」
「もっと広い世界を見たい。色んな人と出会って、色んな経験を積みたい。そして、それはこの村じゃできない」
カイルが私の方へ手を差し出してきた。
「俺はメアリーと行きたい。どうか一緒に来てくれないか」
私はにっこり笑って言った。
「ごめんなさい」
*****
幼馴染のカイルとは村のお隣さん同士で物心ついた頃からの仲で、彼が変わったのは三つの時だった。
高い木に上って落ちた際、痛みに頭を押さえながら驚いたように目を丸くして周囲を見回した。
その日以来、彼は私や大人たちに隠れてこそこそと林の方へでかけるようになった。
ある日、気になって後をつけたら魔法の練習をしていた。
後になって知ったことだが、魔法を練習し始めるのは王都の貴族でも七つくらいからだそうだ。
「カイル、何してるの…?」
隠れて魔法や剣の練習をしていることがバレた彼は私に「一緒に練習しない?」と聞いてきた。
私は剣には興味なかったものの、魔法は使ってみたいと思った。
他にやることもなかったし、暇だったので付き合うことにした。
*****
ある日、”転生者”という存在について知った。
全ての生き物は死ぬと生まれ変わって別の存在になる。
人が死んで犬になり、犬が死んで鳥になり、鳥が死んで魚、魚が死んで虫…そしていずれはまた人として生を受ける。
それがこの世界の…いや、全ての世界の理だ。
生まれ変わる生き物も、場所も、時代も、世界さえも自分では決められない。
この世界のいずれの時代、場所とも異なる全く別の世界で死んでこの世界に新たな生を受けることもあるわけだ。
そして奇跡的な確率…神の意志が働いたとしか思えないような奇跡によって、別の世界で人として死に、この世界で再び人として生まれる者達がいるとう。
”異世界転生者”と呼ばれるこれらの者達は、生まれた時から前世の記憶を保持していたり、そうでなくともふとした拍子に前世の記憶を取り戻すことがあるという。
*****
カイルがそんな”異世界転生者”なのではないかと思うに至るまでそう時間はかからなかった。
木から落ちて頭を打って以来、奇行が増えた。
時々大人びた口調で物を言ったり、どこから学んだかわからないような知識を披露するようなことが度々あった。
冬の朝、寒さに手を震わせる母親のために”手押しポンプ”なる代物を作ってみせ、村が貧しくなったら卵と塩と酢を混ぜた”マヨネーズ”という調味料を発案して近くの町で売り出した。
そして暇を見つけてはひたすら魔法と剣の練習をする。
十三歳になる頃にはどちらも大人顔負けの腕前となり、人伝に彼の噂を聞きつけて王都からその真偽を見極めようとどこぞの学園の教師がやってきた。
カイルが空に撃ち放った火球を見た彼は、是非にと彼を王都の学園に入学するよう勧めた。
そうして彼が旅立つ前日、彼の魔法の練習に付き合うため林へ赴くのも最後となった日。
*****
「俺と一緒に魔法の練習をしてきたメアリーの実力ならきっとどこに行っても大丈夫な筈だ。メアリー、俺と一緒に王都に来ないか」
カイルの目は、私がきっと彼の提案に乗ってくると微塵も疑っていない自信に満ちていた。
だから非常に申し訳ないのだけれど。
多分彼がそんなことを言うのではないかと予感していたため、私も用意していた言葉を口にする。
「ごめんなさい。お断りします」
「え」
笑顔を作る私に対し、カイルは耳を疑うようにしばし言葉を失った。
「私は村に残る。王都にはカイルだけで行って」
「メアリー…どうして…?」
「カイル、あなた”異世界転生者”なんでしょう?」
「な…!」
「五歳の時、高い木から落ちたことがあったよね。あの時でしょう、前世の記憶が戻ったの」
彼の顔を見れば、私の推測が間違っていなかったと分かる。
「あれからだもんね。剣と魔法の練習を始めるようになったの。それだけじゃない、手押しポンプにマヨネーズ…ああ、あの酒場にある白黒の碁石を使う遊戯もカイルが考え出したものだっけ」
カイルはしばし俯いていたが、やがてか細い声で「…うん」と言った。
「すごいよね。カイル一人のお陰で貧しかった村が随分変わっちゃった。次の春が来る頃には、町になるんじゃないかってこの間、父さん達が言ってたよ」
「そんなの……」
でもね、と私は言う。
「それって何だかとってもズルをしているような気がするの」
「ず、ズル…?」
カイルが反論に口を開いた。
「そんな……俺、特にチート能力……その、他の人間を出し抜けるような大きな力とかは貰わずに転生したんだよ!?」
「前世の記憶があるということ自体、理に反しているとは思わないの?」
彼は叩かれたように目を見開いた。
「だってそうでしょう?カイルの前世がどんな世界のどんな素性の人だったのか、私にはわからないけれど、あなたは本来なら”カイル”として生まれる際に失っていなければならないその時の記憶をそのまま保持して、自分が有利な立場に立てるように振る舞ってきたのだから」
他の子供達がまだ世界と自分を手探りで理解しようとしている時、彼は既に成熟した思考で先を行くため自分を鍛え、周囲を整えた。ズル、とは言いすぎかも知れないが、フェアでもないだろう。
項垂れる彼の頬に私は手を当てた。
「勘違いしないで。あなたに同情こそすれ責める気はないの」
「同、情…?」
ええ、と私は頷いた。
「今は何もないけれど、あなたが子供の時に子供らしく振る舞えなかったことの代償を払う時はいずれきっと来る。可愛そうだけど、あなたはそのうち誰とも共有できない苦悩を抱えるようになるから」
カイルがつい、と視線を逸らすのが分かった。
何となく、もうその苦悩を感じ始めているのかも知れない。
「この村も、あなたが変えてしまったことでいつかその反動が押し寄せた時、誰かが責任を負わなければならないと思うの。だから私は残る」
「そ、それなら俺が…!」
私は彼の口を人差し指で塞いで続きを遮った。首を横へ振る。
「”異世界転生者”が生まれるのは神様がその人に何かをやらせたいからだって聞いた。なら、あなたはここを旅立つべき。そして、あなたの代わりに私が責任を負う」
私はカイルの少し前を歩き出し、振り返って言った。
「これはあなたが払う最初の代償だよ」
*****
翌日、カイルは村を旅立っていった。
私達はいくらか別れの言葉を交わし、彼は再びここに戻ってくると言ってくれたが、おそらくその時のカイルはもう私の知らない人間になっているだろうという予感がした。
最近、村が栄えるに従って素性の知れない人間がそこかしこに見受けられるようになった。
大人達も以前とは違い、お金の話をすることが増えた。
晴れの日に太陽の下で干したシーツのようだった村がいつかぐちゃぐちゃに汚れてしまう予感がする。
私にそれを食い止めることができるだろうか。
いや、食い止めなければならないんだ。
異世界転生者である幼馴染、その原点に一番近かっただけの私が。
さくっと書いたなのに思ったより重い話になっちゃった気がします。




