悪女な義妹は断罪を望む
「あらお姉様! 今日も煤まみれで素敵なお姿ねぇ!」
屋敷の廊下に甲高い声が響く。
使用人たちに紛れて拭き掃除をしているのは、ぼろきれを着た少女。
彼女はエメリー。伯爵家の娘であり、本来なら伯爵令嬢として扱われるべき身分の娘だった。
それを見下ろして高笑いをしているのはエメリーの義妹、ローズ。メイドを引き連れて堂々と歩く彼女は伯爵の後妻の連れ子であり、本来ならエメリーを姉として敬い支えるべき立場だった。
「でもそうね……どうせならもっと、わたくしがお姉様に相応しい姿にして差し上げるわ!」
「きゃっ……!」
ばしゃっ。
途端に廊下が水浸しになる。
ローズがエメリーの足元にあった水桶を持ち上げ、そのままエメリーに浴びせたのだ。
汲んできたばかりであろう綺麗な水はエメリーの全身に降り注がれ、せっかく磨いた廊下も吹き直しだ。
「またローズ様に虐められてるわ」
「こら、聞こえたらどうするの」
だがそんな惨状でも使用人たちは誰も助けることなく、くすくすと笑いながら足早に通り過ぎていく。
「ふふ、いい気味ね。お姉様にはその方がお似合いよ」
「ローズ……どうして……」
「そうだわ。このドレス、今から捨てるところだったのだけれど、ちょうどいいからお姉様にさしあげるわ」
控えていたメイドの一人からドレスを受け取ると、そのままエメリーに投げつける。
少し前までローズが着ていた、銀の刺繍が入った青色のドレスだ。
豪奢で華やかなそれは新品同然で美しいというのに、ローズはもういらないと言う。
他にもまだ真新しい衣服が投げつけられ、濡れてしまわないようにエメリーは慌てて拾い上げる。
「ローズ……これは、お父様に買っていただいたばかりのものではなかったの」
「それが何? わたくしがもういらないと言えばゴミ同然なのよ。ロクに着るものなんて持ってないお姉様にはちょうどいいでしょう」
感謝こそすれ、なぜ文句を言われなければならないとばかりに不遜な態度だ。
メイドたちも誰一人咎めることなくローズにならってエメリーを蔑んでいた。
——————こうすることで、ローズはエメリーに伯爵令嬢としての立場はもう既に自身のものであると見せつけたいのだと、誰もが思っていた。
エメリーがみすぼらしい格好で使用人同然の扱いを受けるようになったのは、彼女の母が亡くなってからだ。
エメリーが両親どちらにも似ていない容姿をしていることで周囲から不貞を疑われており、以前より夫婦間での諍いの種となっていたが、妻が亡くなりついに伯爵はエメリーを虐げるようになった。
ローズは当初、エメリーと親しくしていたようだが、周囲が次第にエメリーを見捨てるにつれ、伯爵や自身の母と同様にエメリーを虐げるようになっていった。
誰もが、エメリーを蔑んで見下していた。
この家の令嬢はローズであり、エメリーはもう不要な存在なのだと信じていた。
———————隠されたローズの本心などつゆ知らず。
『今日からあなたは伯爵令嬢よ』
生まれ育った土地を離れ、母と乗った馬車の中、感情の抜け落ちた声でそう言われたのが始まりだった。
母は地方の村で高貴な身分であったが、ローズは『あやまち』によって生まれてしまった子であり、七つになる前に遠くへ売られるはずだった。
それが、母の再婚相手の意向により共に連れられ、正式に娘として迎え入れられることになり、ローズは生まれてから数度しか顔を合わせたことのない母親と共に長い道のりを歩むことになった。
『お母様を、お母様とよんでよいのですか?』
『ええ、そうよ』
『では、これからお会いする方は、お父様とおよびするのですか?』
『ええ、もちろん。お父様とお呼びし、精一杯媚びを売って寵愛を得なさい。エメリー……あなたの姉となる娘を蹴落とし、地位を築き上げるの。そうでなければ、あなたは今度こそ本当に捨てられる』
母の深刻な表情の理由が、当時のローズには分からなかった。
『私はエメリー。今日からあなたのお姉さんよ。仲良くしてね』
ローズを笑顔で出迎えてくれたのは、少し年上の少女だった。
エメリーはローズに優しく、なんの教養もなかったローズに姉として手本となる振る舞いを見せ、手習いも何でも教えてくれた。
生まれ故郷では忌み子として扱われていたため、これほど人の優しさに触れたのは初めてだった。
あっという間にローズはエメリーを大好きになり、母親からの言いつけも忘れ、エメリーを姉として慕うようになった。
『冬になると、ここにもたくさん雪が降るのよ。寒さは厳しいけれど、一面が白銀に染まる美しい季節だわ』
『わたし、雪を見たことがありません』
『じゃあ、その分もっと楽しみになるわね。新年の祝祭も、賑やかでとても楽しいの。早くみんなに、あなたのことを紹介したいわ。きっとみんな、ローズを好きになってくれるわよ』
そうだったらいいな、なんて思いながら、エメリーと手を繋いで庭を歩く。
エメリーは物知りで、ローズに色んなことを教えてくれた。
草花の名前、季節のこと、村のこと、他所の土地のことも。
母がなぜ、こんなに素敵なエメリーを蹴落せなどと言ったのか理解できなかった。
伯爵がなぜ、こんなに心優しいエメリーを嫌うのか納得できなかった。
だが、屋敷で暮らしはじめてしばらくした頃、エメリーは自分がここへ来た理由を知った。
伯爵は、ローズとエメリーを天秤にかけていたのだ。
『出来の悪い方を国外の貴族に嫁がせる。残った出来の良い方には夫を見繕い世継ぎを産ませてやる』
幼いローズの頭を撫でながら、伯爵は笑顔でそう告げた。
私の期待に答えておくれよ、と。
それは慈悲ではなく、ただの脅迫であった。
数年前から伯爵家の財政は悪く、悪化する一方だった。
しかしそれを好機と捉えたのか、他国から政略結婚の申し出があった。
伯爵家は国境に近く、かなり前から結婚の話は出ていたと言うが、若く美しい娘を嫁がせるのであればいくらでも伯爵家の財政を支援しようと相手側が言い出したのだ。
この話に乗った伯爵は、娘を差し出す約束をした代わりに、多額の金銭を得て財政を立て直した。
ローズ母娘が迎えられたのも、これが理由だった。
だがローズは、黙って伯爵の計画を受け入れることはできなかった。
屋敷の状況からして、伯爵はこのままエメリーを他国に送るつもりなのだろう。
この世は不公平で、神は助けてくれない。
母はローズが自ら生贄となることを許さないはずだ。
そして伯爵もそれは同様だ。よほどの事がない限り、伯爵がエメリーを生かすことはないだろう。
ならば、そのよほどの事を起こして盤面をひっくり返すのみ。
元々捨てられるはずの命だったのだ。
大好きなエメリーの為ならば、自ら望んで生贄になってやろうと、ローズは決意した。
そしてローズは、ある計画を思いつく。
王家に助けを求め、エメリーを守ってもらうのだ。
罪深い強欲な妹に虐げられた悲劇の姫として物語を作り上げ、王家の保護を得て、その後に自身が他国へ売られるのだ。
伯爵が抗うことのできない唯一の立場は、王家しかいない。
そうすれば、エメリーは王家に護られ、ローズが嫁ぐことで約束も反故にはならない。
この計画のため、ローズは自ら仮面をかぶり別人のように振る舞いはじめた。
周囲の村にもエメリー悲惨さが伝わるように、人前でエメリーを虐げるようになった。
やがて誰もローズを止める者はいなくなり、目論見通り、哀れな伯爵令嬢の話は瞬く間に伝播していった。
そして月日は流れ、今に至る。
「ああもう邪魔よ! 見るだけでうっとおしくなるんだから、わたくしの視界に入らないで!」
今日は伯爵家で新年の祝祭のため、夜会が開かれる。
その準備のため朝から忙しくしているのだが、エメリーは他の使用人に足をかけられて転んだりわざと物を隠されたりと相変わらずの様子。
それでもめげずにローズの手伝いをしたいと申し出るものだから、仕方なしにローズは声を張り上げてエメリーを追い払うことにした。
「ごめんなさい、でも……」
「口答えする気!? 今すぐわたくしの前から消えてちょうだい!」
そこまで怒鳴れば、流石のエメリーも引き下がったものの、後ろ髪を引かれるような様子は隠せていなかった。
エメリーが心配しているのは、夜会のためではない。
王家から招待客が来るからだ。
(頼むわよ、王子殿下……!)
ローズが助けを求める先として選んだのは、第二王子ルーセルだ。
齢二十一の若き青年だが、誰よりも賢く、もし生まれがもう少し早ければ次の王は彼であったと言われているほど。
さらには賢いだけでなく、公正を重んじる正確であり、義侠心のある男だとももっぱらの評判だ。
本来ならそのような身分の高い人物は簡単には呼べないが、今回の夜会の客人は国外からの貴族も含まれている。
慣例となっている数年に一度の使節というだけでなく、エメリーの結婚相手である貴族も来るのだ。
彼とエメリーを顔合わせさせるつもりだという伯爵の魂胆が丸見えだ。
「ローズお嬢様、ルーセル王子殿下が到着されるようです」
「ええ、すぐに行くわ」
エメリーのみすぼらしさが際立つように、派手なドレスで着飾り巻き髪でこれでもかというほどに飾りつける。
王子を迎えるため伯爵と母の隣に並び、いかにも私がこの家の正式な娘と言わんばかりの顔をする。
「ようこそお越しくださいました王子殿下」
「久しいな、伯爵。出迎えありがとう」
馬車から降りてきたのは黒髪の美青年だった。
長旅の疲れなど一切感じさせない爽やかな笑顔を浮かべている。
「お初にお目にかかります。娘のローズですわ」
「おや? もう一人のご令嬢はいないのかい?」
ルーセルはエメリーの姿を探して辺りを見回している。
「も、申し訳ありません。そちらの娘は体調がすぐれないようでして、自室で寝込んでいるのです」
「そうだったか」
「それより、屋敷をご案内します。どうぞ、こちらへ」
伯爵はサッとエメリーから話題を逸らす。
なぜ王子がエメリーのことを気にするのかと、予想外だったのか冷や汗をかいていた。
だがそれは、全てローズの計画通りだ。
しばらくしてから、ローズは庭に誰もいないことを確認してサッと姿を現す。
そこで待っていたのは、ルーセルだ。
「どうだ? 私の演技は。なかなか上手いだろう」
「ええ。お父様のあの顔、それはもう見ものでしたわ」
ローズは事前に、ルーセルに伯爵家の現状を訴える手紙を送っていた。
一蹴されてしまうかとも思ったが、なんとルーセルは答えてくれた。
正義感の強いというのは本当のことらしい。
「先程、あなたの姉君に会ってきたよ。今日は一段と冷えるのに洗濯をしていた。自分のことをただのメイドだと言っていたな」
「伯爵から口止めされているんでしょうね。娘を虐待して金と引替えに外国に売り飛ばすなんて知られたら、あまりに外聞が悪すぎますもの」
「ああ、だろうな。君の望みとしては、伯爵家の内情を明らかにし、エメリー嬢を保護して欲しいというものだったが……君自身はどうするんだ?」
「もちろん、わたくしが代わりに外国に嫁ぎますわ。既に金銭を頂いていますもの、反故にはできませんから」
約束だけで前金と言わんばかりに渡すなんてなんて、他国のとはいえ裕福な貴族だろうか。
金額にはエメリーの美しさが理由として含まれているのだろうが、そこはなんとかして目をつぶってもらうしかない。
「……そうか。実行に移すのは夜会の最中だから、まだ猶予はある。しばらくゆっくりするといい」
「お気遣いありがとうございますわ」
あまり長居しては誰かに見られてしまう。
話し合いもそこそこに、ローズは挨拶すると退散していく。
それにしても、伯爵は金を領民のために使うどころか私腹を肥やし贅沢を続けるばかりで、この調子では領地経営もまた悪化するのではないかという不安になってしまう。
今後の金策など考えてはいないだろう。
領民からもっと搾り取ろうと言う考えになる前に、王家からも釘をさして貰わねば。
「はぁ……本当に、これから我が家はどうなるのかしら……っ!」
「おっと!」
前を見ていなくて、曲がり角で誰かにぶつかってしまった。
ローズが倒れる前にサッと抱きとめてくれたのは、白髪の綺麗な男性だった。
「すまない、前を見ていなかったんだ。怪我は無い?」
「え、ええ……ありがとうございます」
こんな招待客はいただろうか。初めて見る。
(これほど美しい人がいたら、一目見ただけで一生忘れないわ)
柔和な笑みは絵画のごとき麗しさだ。
彼はローズからそっと手を離し立たせてくれる。
「おや、君は……エメリー嬢かい?」
「いえ、私はローズですわ。申し訳ありません、姉のエメリーは風邪で寝込んでいますの」
「そうだったのか。それは残念だ。後で見舞いの品を用意しておくよ」
青年はのんびりと微笑みながら去っていく。
なんだか不思議な雰囲気の人だ。
悠々としていて、時間の流れが違うみたいな。
(一体なんだったのかしら……。でも、誰にも手出しはさせないわ。お姉様は、王家に守ってもらうもの)
夜になれば宴が始まる。
エメリーは、必ず助かる。後は、どうなっても構わない。
そして、夜会が幕を開ける。
賑やかな大広間で、ローズはルーセルと共に入場した。
そのままルーセルのエスコートで伯爵の元へ向かう。
「ローズ? なぜ王子殿下と……」
ハッと伯爵は動きを止める。
ローズとルーセルが親しいなんて聞いていないと言わんばかりの顔だ。
それからすぐに、にこやかに笑顔を作る。
「いやいや、いつの間に仲良くなられたのですかな。はは、どうですうちの娘は可愛いでしょう」
ローズをルーセルに売り込むつもりなのだろう。
王子妃を狙っているわけではないはず。ただ、娘を気に入ってもらえれば伯爵家そのものに目をかけてもらい利益が出ると踏んでのことだ。
「ええ。本当に愛らしくて聡明で、頼りになります。それに彼女は、私にとても大切なことを教えてくれました」
「ほほう、それはなんですかな」
「あなたの罪についてですよ」
予想外の言葉に、伯爵は動きを止める。
「伯爵、あなたには脱税の容疑がかかっている」
「は……」
ルーセルの告発に、周囲は静まり返った。
皆、ただならぬ雰囲気のこちらを見ている。
「何を、急に……」
「はは、この私がただ外国からの招待客をもてなすためだけに足を運ぶと? 勘違いしないで頂きたい。私は外交官ではないよ」
伯爵は冷や汗が止まらない。
なぜ、王子がこのことを知っているのか伯爵は理解できないだろう。
出来の良い方だと可愛がってやった娘が、とっくに自分を見限ってたなんて夢にもともわなかったはずだ。
「招待客の皆様にはすまないが、あなたが逃亡するのを防ぐため、この宴の場を借りさせていただいた」
「なっ、なんだと……!?」
動揺する伯爵を前に、ルーセルは静かに文書を取り出して掲げる。
それは、いつかローズが書いた手紙だった。
「領民からの嘆願書だけでなく、伯爵家内部からの告発も既に届いている。伯爵、あなたの行動はあまりにも目に余るものが多すぎた。貴族の規律を正すため、我々はあなたを野放しにするわけにはいかない!」
だが伯爵は、諦め悪く食い下がる。
逃げ場はなくとも、大勢が見ているここで、罪を認めるわけにはいかないのだろう。
「脱税? なんのことですかな、私には分かりかねます。その証拠とて、捏造したものでは? 確たる証拠とは到底思えませんなぁ」
「いいや。これは、あなたの娘からの告発だ」
「……は?」
ローズが一歩前に出る。
「お父様。わたくしがただ、お父様に黙って従っているだけだと思いましたか? 見くびりすぎですわ」
ただ、娘を虐待している容疑だけでは伯爵も抵抗するだろう。家庭内のことに口を出すなと突っぱねるのは分かっていた。
だが、脱税となれば話は違う。
王子を、引いては王室を動かす為なら最も重い罪を暴かなければならない。
このためにローズは父に取り入り、書斎の入室を許されるなどして密かに苦労して証拠を集め続けていたのだ。
「お父様は言いましたわよね。出来の良い方に跡継ぎを産ませ、出来の悪い方は外国の貴族に売ると。わたくしは父を裏切る出来の悪い娘です。さあ遠慮なく、わたくしを売り飛ばすが良いですわ!」
ざわめきが広がる。
「ローズ、やめなさい! 一体何を言っているの! ありえないわ! いますぐ黙るのよ!」
金切り声で乱入してきたのはローズの母だ。
彼女にとっては悪夢のような光景だろう。
だが、ローズの意志はもう決まっている。
「さあ伯爵、詳しい話はこちらで聞こうか。あなたが虐待している娘については、我々の元で保護をさせてもらう。伯爵家の正当な後継者は、他ならぬ彼女だからな」
「何をふざけたことを……!」
「あなたには爵位を退いてもらった方がいいかもしれないな? 聡明な女伯爵に財政を立て直してもらい、今後はこのような事態が起こらぬよう王家の監視も強めねば」
「馬鹿な! 伯爵家は私のものだ! 脱税などでっち上げて、私の財産を奪うつもりなんだろう!? まさか、エメリーがこれを仕組んだのではあるまいな!? 出てこいエメリー! どこだ!」
伯爵がみっともなくエメリーを呼んで怒鳴り散らす。
そのかたわらでは母が泣き叫んでいた。
一体二人はどこまで醜態を晒すつもりなのだろう。
だが、混沌とした大広間に凛とした声が響く。
「彼女ならここに」
扉が開き、入ってきたのはエメリーと、あの白髪の貴族の青年だった。
よく通るその声に、皆が静まり帰って二人を見る。
「ローズ……一体、どうしてこんなことになったの?」
エメリーはなぜか、この家で見たことのない綺麗な薄桃色のドレスを纏って着飾っていた。
宝石の髪飾りなんて、エメリーは持っていなかったはず。
ローズはハッと気づき、隣の青年に目を向けた。
「あなたは……」
彼はあの時何故か、エメリーのことを探していた。
そこで、ローズはあることを思い出す。
エメリーと婚約している他国の貴族は、白髪の年老いた男だとメイドが噂していたことを。
「そういえば、あの時名乗っていませんでしたね。僕は、イリンガム侯爵です。エメリー嬢を妻に貰う約束をしていた男ですよ」
侯爵はエメリーの腰を抱き、守るようにそばに引き寄せる。
(どこが年老いた貴族よ……!)
エメリーの反応はぽっと頬を染めて彼を見つめており、すっかり恋する乙女の顔をしていた。
ローズたちが騒動を起こしている間に、二人は仲を深めたのだろうか。
「こうなった以上、エメリー嬢をこの家に置いておく訳にはいきません。僕が国に連れて帰り、必ず彼女を幸せにします」
侯爵の発言に異を唱える者は誰もいない。
だが、それではローズの立場はどうなるのだろうか。
計画外の急展開に、ローズはこわごわと隣のルーセルを見る。
しかし彼は、一切動揺することなく満足げな様子だった。
まるで、最初からこうなることが分かっていたかのように。
「そういうわけだから、次期伯爵は私が王家に連れて帰ろう。今後は、私の指示に全て従い、彼女がこの家を取り仕切ることになる。異論はないな? ローズ次期伯爵?」
「え……!?」
「この男はあなたとエメリー嬢を天秤にかけ脅迫し、精神的に苦しめ続けていた。その上、ローズ嬢の母はあなたに姉君を虐めるように主導していた。十分立派な虐待だろう? しかし、ローズ嬢が後継者として既に指名されているのもまた事実。であれば、我々があなたを保護し後継者教育を受けさせるのが最も良い手段だと思わないか?」
「でも、それじゃあお姉様は……!」
エメリーの様子からして、侯爵を好いているのは間違いない。
たが、ローズからしてみれば侯爵はエメリーを金で買った男だ。
そう簡単に渡せはしない。
ローズの物言いたげな視線を受けてか、侯爵は苦笑いを浮かべる。
「あなたにとって僕は信用に足らないでしょうね。でも、誤解しないで欲しい。伯爵家に渡した金は単なる援助だけでなく、結婚の準備の為でもあったのです。エメリーには一つとして使われなかったのはとても残念でならないのですが……」
侯爵はちらりと伯爵へ視線を向けた。
その視線はエメリーに向けるものと違い、ずいぶんと冷たい。
「こんなことなら、もっと早く迎えに来るべきでしたね。あなたからの手紙は全て嘘ばかりでした。エメリーが結婚を嫌がって家から離れたがらないなんて言うものだから、僕はずっと待っていたというのに」
「まあ、侯爵様……!」
侯爵がエメリーの頬を撫でる。
「あとのことは全て王子殿下にお任せします。今まで会えなかった年月の分、僕は彼女をたっぷり愛さないといけないのでね」
すっかり仲睦まじい様子を見せつけてくれているではないか。
(な、なによ! わたくしのお姉様に気安く触れちゃって……!)
結果的に姉の幸せという目標は達成できたが、ローズはなんだか納得できないような気分になる。
「はは、まあこれからはいくらでも大手を振って仲良くできるだろう。今は少しぐらい彼に譲ってやれ」
「王子殿下、まさかと思いますけど最初からこうするつもりだったんですか!?」
「さあ、どうだろうな」
ローズに問い詰められ、ルーセルははぐらかすように肩を竦めた。
「殿下……!」
「ま、イリンガム侯爵は優しいだけでなく非常に切れ者で外交でも頼りになる人物だ。姉君を任せても問題ないと保証しよう」
「それならいいですけど……」
「それより、先に荷物をまとめてきたらどうだ。私はこのまま君を連れて帰るつもりだからな」
「ほ、本当に言ってるんですの?」
てっきり、伯爵を黙らせるために言ったのだとばかり思っていたのだが、ルーセルは本気らしい。
それを聞いた伯爵は、往生際悪くルーセルに詰め寄る。
「そんなことは許さん! 殿下、いくら王族とはいえこれ以上の勝手は許されませんぞ! あまりに度が過ぎる、越権行為だ!」
「いいや、父上に許可は取ってある。それに、伯爵。あなたはそんな口が聞ける立場かどうかよく考えて発言すべきではないかな」
招待客の間から、ルーセルが連れてきた従者たちが現れ、伯爵や母を連れていく。
伯爵は最後まで抵抗していたが、為す術なく連行されて行った。
(ようやく、これで終わるのね……)
母は自分を守りたい一心だったのかもしれないが、伯爵の脱税を黙認するどころか、その財に手をつけていたのだから言い逃れはできないだろう。
色々と思うことはあるものの、ようやくこれで一息つける。
本当に、長い戦いだった。
「心配するな。私は私情で重い罰を下したりはしない。法に則り手続きを進めるだけだ」
「ええ。殿下のそういう厳格なところを見込んで、あなたに声をかけたのですから」
「信頼してくれているようで何よりだ」
ルーセルはふっと微笑む。
「ではローズ嬢。私の手を取ってくれるかな?」
ルーセルは恭しく騎士のように手を差し伸べる。
「……ええ。喜んで」
ローズはその手を取った。
悪として断罪されることを望んでいた相手に助けられるなんて、夢にも思わなかったことだ。
これからはもう、悪女を演じなくて良い。
新しい人生の幕開けを予感しながら、ローズはルーセルと共に大広間を立ち去った。
その後、伯爵家はローズとルーセルの手により財政を立て直され全ての問題は解決された。
女伯爵ローズはその才覚を見出され、第二王子ルーセルの右腕として活躍した逸話は長く語り継がれている。
お読みいただきありがとうございました!
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