A班(外)ファイル ― 人魚は楽器をひかない ― 《前編》
連載でおいていたものを半分に切っておきなおします。
A班シリーズとして警備官たちが事件に巻き込まれるはなしを書き続けております。
設定ゆるふわ。薄目でご覧ください。。。
それはいまも、
海にしずむ。
――――
1,
― 昼飯を食べに行こう ―
「・・・ほんとかよ・・・」
腕の時計を確認したザック・アシモフは絶句した。
時刻はまだ昼前だ。それなのに、レストランのこの混み具合はなんだ?
「観光客だよ。この店は観光案内にものってるし、でかい看板もたててるし、定期的にメッセージのページもつくってるし、客集めがうまいんだ」
この島を案内してくれている男は、客のあふれたそのレストランを横目にみて、先をすすむ。
「え?昼飯じゃねえの?」
ずいぶんまえから腹が減っている若者は、そのレストランからもれでてくる、海鮮を焼くいいにおいから、はなれられない。
「なにも、こんな混んでるところで食わなくてもいいだろ?」
案内役の男がふりかえり、キャップのツバをつまみ、なおすふりで首をふった。
「うまくねえってことだろ」
ザックをおいぬきながら、まぶかにキャップをかぶるケンがにやけた顔をみせた。
「いや、そうじゃなくて。この島はどこで食ってもうまいんだって。ただ、混んでるときは避けた方がいいってだけで・・・」
案内役があわてたようにつけたす。すぐ横をあるくレイがわらいながらうなずいた。
「どのレストランもおいしいってことはわかってるよ。 おかげでほとんどの店をまわれたし、漁師や生産者とも会えて、満足してるんだ。ありがとう、アラン」
それに安心したように微笑み返したアラン・マーシュは、この島が集まる地方で『探偵』という仕事をしている男で、すこしまえにレイが人生初の《船旅》を楽しんだときに、知り合い、今度のこの旅の案内役をかってでてくれた《ひとのいい探偵》だ。
そしてその《探偵》にひきつられてあるいているこの男たちは、この島の本島がある州内で(レイをのぞいて)《警備官》という仕事についている。
ザック・アシモフはこの仕事について二年目になる新人で、《警備官A班》に所属しており、じぶんはツイていると思える前向きな性格だ。こんかい参加したこの旅行は、ザックが所属する警備官A班の班長である男の婚約者が、つい最近、人生初で楽しんだ船旅でこの《ひとのいい探偵》と知り合い、その探偵がなわばりとしている諸島方面を、みんなで楽しむという目的で計画され、実行にうつされたものだ。
旅行の計画者であるレイは、じぶんが食べるのも、ひとに食べさせるのも大好きで、有名レストランに勤めていて、ザックはちょっとだけ彼に惹かれたときもあったが、所属するA班の班長であるバートの婚約者だと知って、いさぎよくあきらめた。いまではレイはいい友達だ。
レイがアランと出会った船旅は、船内でいろいろおもしろいことがあったらしいのだが、詳しい話をきこうとしても、レイは教えてくれない。レイといっしょに船旅をした、年上の友達で、《警察官》でもあるマイクと、偶然同じ船に乗り合わせていた、おなじレストランに勤めるケビンとの秘密だと、たのしそうに肩をすくめるだけだ。
だがじつは、マイクが(酔ったときに)レイの肩を抱きながら誇らしげにいろいろしゃべってしまったので、警備官たちはその船旅でなにがあったのかを、だいたい把握しているし、レイの婚約者であるバートなど、夜勤明けのマイクを軽く監禁して、すべて聞き出しているようなので、レイたちがのった船に『幽霊』がのっていた、という確実な事実だけはみんな認識している。
このはなしをきいたとき、ザックは、『幽霊』がいたというレイたちの船旅がものすごくうらやましかった。
こどものころにみた映画や、国営動画でこどもむけにつくられた、諸島地方につたわる海賊船や幽霊船の特集がすごく好きだったし、『幽霊船』というものにぜひ、乗ってみたかった。だが、レイたちが乗ったのはなかなか予約がとれないことで有名な客船だ。今回の旅ではその船には乗れなかったのは仕方がない。前向きな性格のザックは、けっきょくふつうの中型の客船でも、ここまでくるあいだじゅうぶん楽しく過ごせていた。
おなじA班で今回の旅行に参加しているのは、この旅行を提案したレイと案内をひきうけたアラン、とりあえず行きたいと手をあげたケンとそれにのっかったザックと、ちょうど旅行を計画中だったニコル夫妻、あまり諸島方面に行ったことがないなあ、とわらっていたルイと、もちろん行くと即答だったジャン。あと、レイの見守りでついてきたバート。
歩きながら指をおって人数を数えていたザックはちょっと首をかしげた。
「 あ。けっきょくウィルだけか。来られなかったのって」
「あいつ、行きあきてるっていってたぜ」
ふりかえったケンが、キャップのツバをあげた。
「ちょっとくやしそうだったけどね」
いつもののんびりした発音で、ルイが指摘する。
「『行きあきてる』ってやつにかぎって、定番の土産物をかってなかったりするからな」
なにかいいものを買っていってやるか、とジャンがサングラスをはずし、両側にたちならぶ土産物屋をのぞきこむ。観光客むけのおおきなロゴがはいったTシャツをみんなでえらんだ。
そのあいだ、土産物屋の主人とアランがはなしこみ、さいごはレイとおしゃべりすると、おまけで島の写真が印刷されたハガキをくれた。
「ぼく、これ、バートにおくるよ」
そう。彼の婚約者である男は、この島にレイが無事に足をつけたのを見届けると、出迎えにきた初対面のマーシュと握手をかわしながら、脅しともとれる挨拶(「招待には感謝する。あとはこの島をおれが破壊したくなるようなことにならないよう、レイを楽しませてくれ」)をして、とんぼ返りで同じ船にのり、帰っていった。警察官の仕事を手伝うことになったというその理由には、みんなが首をかしげたが、どうやらなじみのベインか、ノアからの頼み事だろうというのがみんなの見解だった。
そうでなければこの旅をあの男が放棄するわけはない。
ザックがみるかぎり、ここまでレイはずっと、アランといっしょに歩きまわっている。
アランも、レイのことをずっと気遣って、つねにいっしょに歩いている。
ふたりして、ものすごく顔をみあわせて微笑みあう数が多い。
「 ―― これ、あれだ。バートがみたら、すげえ怒るやつだ」ザックは後ろから二人をカメラにおさめてからそう思った。
「まあ、レイにしたら、人生初、『旅先でできた友達』だしね」ルイはお似合いのふたりだねえ、とのんきなことを言う。
「探偵にしちゃ、ひとがよすぎる男だけど、レイの観光案内役としたらかなり高得点だろ」ケンがどこかばかにしたようにわらう。
たしかに、ひとがよすぎる《探偵》は、今日をいれた三日間でレイをつれて島のすべてのレストランをまわり、漁師を紹介し、果物の農園もいっしょにみてまわっているらしい。
「あいつがレイの助手になりたいっていったら、レイは喜ぶだろうが、バートはこの島ごとなかったものにするかもしれねえから、探偵のままでいいだろ」ジャンが土産物屋で自分用に買ったストローハットをかぶりながら、はなしをしめた。
要は、ここでのあのふたりの仲良しぶりを、班長には話すな、ということだ。
ザックはここでとった写真は、そっとレイだけに渡すことに決めた。
ここまでみてきたかぎり、アラン・マーシュはこのせまい島のみんなと顔見知りのようにあいさつをかわし、年寄にはかならず声をかける。《探偵》というより、このせまい島をいつも見守っている頼りになる《警察官》というかんじだ。
きいたところ、《探偵》のしごとは、この島の『本島』ということになる、大陸のでっぱり部分にある同じ州内の街にたつ、ビルの事務所でうけるらしい。
まあ、そりゃこんな島じゃあ、《探偵》をやとうような仕事もないだろう。
「 ―― いや、家畜が逃げたとか、携帯電話をなくした、とかで、この島でもときどき仕事はうけてるけどな」
歩いてようやくたどり着いた港と反対側のがけっぷちにたつ小さなレストランで、入った時に二人ほどいた地元客は、マーシュとしばらく《いつもの》だろうやりとりをしたあと、彼がひきつれてきた若い男たちに『この島のいいところ』をつたえ、帰っていったところだった。
それも見てからザックが発した、失礼な感想に、マーシュは眉をよせることもなく、おだやかにこたえ、店の奥に大声でなにかを注文した。
「あのなアラン、ザックはいま『世のなかを勉強中』の若者なんで、遠慮なく怒ってやってくれ」
ザックの横にすわったジャンが、ストローハットをザックの頭におきながら謝るように言い添えた。
だが探偵は首をふり、いやいいさ、とザックに眉をあげてみせる。
「島はせまいし、のどかなもんだから、ここのひとたちはおれのことを《探し物をする仕事をしてる》って感覚でいるんだ。でもそれって、まあ、だいたい当たってるよ。本島でうける仕事だって、浮気相手をさがしてくれ、とか、音信不通になったこどもをさがしてほしい、とかがほとんどだしな」
「でもさ、『幽霊船』での探し物なんてのも、たのまれたんだろ?」
ザックはストローハットをとなりの席におき、探偵に身をのりだした。
「だめ。そのはなしは、ノーコメント」
探偵のよこからわりこんだレイが、ザックににっこりしてみせる。この話になるとレイの守りが堅くなるのをよく知るザックは、あきらめの意味でテーブルにあるコップに手をのばした。
このレストランのおすすめだという、レモネードだ。
店のおやじのばあちゃんが育ててるレモンなんだ、とマーシュは説明した。
「・・・すげえ、うまい・・・」
ザックの感想を、テーブルに料理を運んできた『店のおやじ』が耳にとめ、そうだろう?と肩をたたいてきた。だがその店主よりもさきにマーシュが得意げにくちをひらく。
「この店の料理はぜんぶ、そのばあちゃんの味なんだ。このおやじで三代目。そりゃ、この島にあるレストランはどこもそれぞれうまいし、レイにもそれを知ってほしくていろいろまわったけど、 ―― 正直、おれはこの店がこの島ではいちばんうまいと思ってる。観光客があんまりここまでこないから、昼飯の時間でもこうやってすぐテーブルにもつけるのも最高だ。おれとしては、この先もずっと店を引き継いでつづけてほしいんだが、・・・」
「おれでこの店もおわりだ」
マーシュのことばをひきついだおやじのあっけないことばに、レイがあげてしまった悲鳴をしまうように両手でくちをおさえた。それをみたマーシュは当然だというようにふかくうなずく。
「そりゃあ残念だな。なんならアランが引き継げばいいんじゃねえか?」
ジャンが冗談でもなさそうに提案する。
「できるもんなら、やってるが、残念ながらおれができる料理は黄身のくずれた目玉焼くらいだ」
こちらも冗談でもなさそうな答えが返る。
ここでザックはちょっとレイのことをみた。もしかして、アランはこの店のことをレイに頼みたくてつれてきたのかも、と思ったののだが、「 ―― だから、そのかわりに、おれができることをひきうけたんだ」と、アランがすこし重々しくうなずいた。
「『できること』って、なにかをさがすわけ?」
ザックがおもいついた質問に、また『宝探し』かよ、ばかにしたような顔のケンが、取り皿をくれ、と手をのばす。レイが思い出したように立ち上がり、ケンが手をだすまえに料理を分け始める。テーブルにのった大皿からのいいにおいに、ザックの腹が鳴った。
店のおやじは年季のいったエプロンで手をぬぐいながらマーシュをみた。
「・・・うちの息子を、アランがさがしてくれるっていうんだが・・・、きっとみつかってもあいつはもう帰ってこないだろう」
「そんなことないさ。マリオだってこの店のことをぜったい愛してるし、今回だって、ちょっと旅行のつもりで出かけてるだけかもしれないだろう?」
「ちょっとの旅行で半年以上なんの連絡もなしか?」
「そりゃ、 ―― 出て行き方が家出みたいだったんで、連絡しづらいんだ。伝言もなくてちょっとの荷物だけでいなくなるなんて。もう十代のガキじゃないんだから、それなりの覚悟もしてるさ。一年ぐらいは連絡しないつもりなんだろ」
マーシュがおやじのほうにからだをむけて気楽な調子でいってみせるが、おやじは首をふりながら厨房へと消えた。
「・・・えっと、ぼく、厨房を見学させてもらおうかな」レイが気遣うようにその背をおった。
「ケン、ザック、おまえたちはできあがった料理をここへ運べ」
副班長であるジャンの命令に、ザックは不服そうな顔のケンの肩をたたきたちあがった。うしろから、ジャンのわらいをふくんだ声がきこえてきた。
「 ―― で?それについて、おれたちに頼みたいことってのは?」
「え!?まだなにも言ってねえだろ? ―― いや、たしかに頼みたいことはあるが、なんでわかった?おれ、おまえらに会ったときから、そういう顔してたかな?」
じぶんの顔を両手でおさえ驚く《探偵》の声をききながら、ザックもちょっと、アランのひとのよさは探偵にむいていないかも、と考えた。
2.
― よくない潮 ―
この旅行で島にマーシュがとってくれた宿泊先は、ランクが上の高級なホテルではなく、むかしから、この島の海だけを楽しむために少人数でやって来る人たちを相手にしている古く大きな一軒家だった。その家は、もとはこの島に滞在するためにむかしの《貴族》が建てた別荘で、その《貴族》が先祖だという老女は、マーシュから頼まれて、やめていた宿泊施設を今回だけ復活させることを、こころよくひきうけてくれた。
「みんな、きょうはどうだったの?」
レイに笑顔をむけたこの屋敷の主、ジュリアは、大きな暖炉の横にある古い木製の椅子で、ニコル夫妻をあいてに昔の観光資料の説明をしている最中だった。
「今日もすごく楽しかったです。それに、アランのとっておきのレストランに連れて行ってもらえたし」
「まあ、マルコのお店にいったのね。あそこは最高ですものね」
かがんでただいまのキスをしたのに、ほめるようなキスをかえす。
「うそ。そんな秘密のレストランがまだあるの?この島っていったいいくつとっておきのレストランがあるのよ?」
ニコルの妻のターニャがうれしそうに両手をひらくが、となりにすわる夫がこまったように妻の腕に手をおいた。
「残念だが、おれたちはこれからつぎの島へ向かうから、今回はそのレストランにはいけない。そこはまた、この次のお楽しみってことでいいか?」
「ああ・・・そうね。残念だけど、じゃあ、この次ね」
ターニャがききわけよくうなずくと、ニコルはこの旅行ではじめて満面の笑みをみせた。
この諸島旅行のはなしが仕事仲間でもちあがったときに、ニコルは『夫婦で楽しめる旅行』を《別枠》で計画し、すべての手配を(結婚してからはじめて)ひとりでやりおえ、サプライズとして妻のターニャへプレゼントした。
だが、この島についてから、宿で顔を合わせる以外は別行動だったはずの『仕事仲間』が、すべてのニコルの《計画》にくっついてきている。
ターニャとしては、夫の仕事仲間が好きだし、いっしょに観光にまわっても食事しても楽しかったのだが、残念そうな顔のままの夫が三日目で可哀そうにもなっていたので、これから完全に別行動になる男たちに、ここまでのお礼をつたえた。『仕事仲間』はあと二日ほど、まだこの島にいる予定だ。ニコルは正直に満面の笑みで、やっとふたりきりの旅がはじめられる、と妻の肩をだいて、みんなに笑われた。
ここはもともと《貴族》の別荘だけあり、暖炉のある居間は広い。美しい布張りの長椅子も、年季の入ったソファもあちこちに置かれ、古いが丈夫な造りの揺り椅子や凝ったつくりの椅子をつかうことを許された男たちは、初日からそれぞれお気に入りの椅子をみつけている。
ニコル夫妻がすわっているのは、ローテーブルをはさんだ新しい布張りのソファだった。まだここを宿泊施設としていたときに、ジュリアが客にすすめられて購入したというそれは、ターニャがデザインした家具であり、それを聞いたジュリアは初日から自分の暮らす部屋にもターニャを招き入れている。
「そうね。あなたたちはもうこの島をはなれたほうがいいわ。もうすぐ《よくない潮》がくるだろうから、そのまえに離れなさい」
やさしい笑みをうかべた老女の助言に ニコルが妻と顔をみあわせ、そんな潮がくるんですか?と礼儀正しくききかえす。
テーブルにある飲みかけのカップをなでながら、ジュリアはこまったようにくびをまげた。
「そうね。なんだか《嫉妬深い》のよ。だから、つかまらないうちにこの島からにげて」
これをなにかのたとえだとはおもったジャンは、「それならおまえたちは早くにげろ」とわらって手をはらってみせた。
ジュリアは満足そうにうなずくと、ほかの男たちをながめ、「これだけいればだいじょうぶでしょ」とレイに同意をもとめるようほほえみかける。
「ええ。みんな頼りになるんで、きっと大丈夫ですよ」
レイは、いつものように嬉しそうにうけこたえていたが、ザックはちょっと、なんだかいやだった。
たしか、レイたちの船旅も、こうやって年寄りの女を安心させるようなことを言ってるところからトラブルがはじまったと、マイクに聞いたような気がする・・・。
ぽん、と長椅子で隣にすわっていたケンが、ザックの肩をたたいてきた。
「おれたちも、せいぜいつかまらないように明日からがんばろうぜ」
言っていることはめずらしく前向きだが、いつものようになにかをふくんだようなにやけ顔だ。そばの揺り椅子にいたルイが長椅子の二人にだけとどくようなひとりごとをこぼす。
「潮につかまるなんて、ちょっといやな表現だな。なんだかこの島から、ほんとうに出られなくなりそうだ」
「『これだけいればだいじょうぶ』だろ?」
ジュリアのことばをなぞったケンは、いつものにやけ顔でザックに顔をむけたが、ザックはあいまいにうなずいてみせただけだった。
3.
― 手伝い 情報その1 ―
港をみおろす高さにあるその店は、朝から酒を飲んだり、朝食をたべる人たちでにぎわっていた。
警備官A班の男たちは、ジュリアとレイがつくってくれた朝食を腹につめてきたばかりなので、店の外のシェード下の席につくとジュースをたのみ、目当ての人物の手がすくのをまっていた。
「―― ねえ、あんたたち、観光なのにどうしてアランといっしょなの?仕事なかま?」
その目当ての人物がジャンの横にたち、追加でなにか食べないかとメニューをルイに差し出した。
「友達なんだ。それでこの島にもあそびにきてる」
「ああ、そうなの。ちょっと、この島で目立ってるわよ」
ジャンのこたえを素直にうけたっとその女は、忠告ではなく、いい意味ととれるような笑顔をみせた。
そりゃうれしいね、と受けたルイが、メニューにあるワインを一本注文してから、「この島は、 ―― 楽しい?」とふくみをもたせる間をとってきく。
「『楽しい』わよ。海にかこまれてるなんて最高」
「でも、遊べるところなんてないだろ?海の遊びは限られてるし」
いつものゆったりとしたしゃべりかたを強調するような発音でルイはきく。
どうやら、『海があまり好きではない観光客』という路線で行くらしい。陽に焼けた女は『お気の毒』というように肩をすくめた。ジャンがあとをひきつぐ。
「なんかさあ、アランが諸島の中でもこの島をいちばん推すからみんなできたんだけど、まあ、泊まってる場所はいいとしても、あとは海と畑ぐらいか。一緒に来てるやつがレストランにつとめてるんで、農家とか漁師にも会ったけど、若いやつがほとんどいないよなあ」いかにも、『なにかものたりない』という顔をしてみせる。
「泊まる場所って・・・ああ、ジュリアのところに泊まってるのね?なるほど、アランの友達っていっても、あんた、『上流階級』なのね?」返されたメニューで、ルイをさす。ルイはただ、いつものおだやかな笑みをうかべてみせた。
「なるほどね。いくらアランが紹介したっていっても、あのばあさん、よっぽどじゃないとあの屋敷に入るのも許さないもんね。あたしなんか、玄関どころか、裏の台所口までしか入れてもらえないもの。 ―― ふうん、そうなの。金持ちの旅行だと、海があっても楽しくないのね」
ばかにしたような顔で、ワインを持ってくるわ、と女は店の中へもどっいった。
その後ろ姿を見送りながら、A班の男たちは納得しあう。
「あれが、アランにきいた『オリビア』?」ザックはとなりのケンの顔をみた。
「どう見てもそうだろ。このレストランで働いてる若い女っていうんだから」興味なさそうに下にある港をながめこたえるケンは、サングラスをとって海をながめた。
「まあ、情報どおり、意見のはっきりした女性ではあるね」ルイが店の中でほかの客と楽し気に会話をするオリビアをゆびさし、すこし思い込みははげしそうだけど、とつけたす。
「それで、あのひとがマリオの行方をしってると、アランはおもってるんだろ?」
「いや。アランというか、マリオの親父さんはそう思ってるから、そのままアランに伝えたんだろうな」 ザックにジャンがこたえると、確証はないんだろ?とケンがにやけた顔でつけたす。
アランがきのう、とっておきのレストランでA班に頼んだのは、半年以上前から帰ってこないマルコの息子のゆくえをつきとめるのを手伝ってほしいというものだった。
「でもさあ、もしおやじさんが考えてるとおり、オリビアにそそのかされて島を出て行ったなら、オリビアもこの島を出て行くんじゃねえの?」
ザックが飲み干したグラスをものたりなさそうにゆする。
「おれもそうおもった」ジャンも納得しかねるように首をまげる。
「だいたい、この島でマリオをどこかに誘うようなのが、彼女しかいないって親父さんが思い込んでるふしがあるよね。新しくきたよそ者を疑いたいのはわかるけど」ルイも困ったような顔でジャンをみる。
「じゃあ、べつのほうも見にいってみるか」ケンがサングラスをかけなおして立ち上がったが、まあ待て、とジャンにとめられる。
「オリビアが持ってくるワインをたしかめてからにしよう」なぜかルイと顔をみあわせてわらいあっている。
「なんだよ。彼女が注文を間違いそうだと思ってんの?」
ザックがにやけあうふたりをみくらべ、もしかして何か意地の悪い注文をしたのかと眉をよせきいたとき、むこうからグラスを二つ片手にぶらさげたオリビアが、もう片手でワイン瓶の首を、しめあげてつかむような恰好でやってきた。
「 ―― あんたたちみたいな観光客って、たぶん、こういう方が好きなんじゃない?これ、むかしうちの店に来た《上流階級》の客が、次に自分が来た時はこれをだせって置いて行ったワインらしいから」
ルイとジャンをみながらテーブルに置いたそれは、ラベルが汚れ色も落ち、瓶もいま拭かれたあとが残っているほこりっぽいものだった。
いどむような笑みをうかべ、女は伝票を目の前でふってみせた。目をとめたジャンが、冗談だろ?とその紙をつかむ。
みんなにむけられたその紙には、ジュースの四桁上の数字があった。
「店主からその値段だってきいてるけど。嫌なら注文通りの安いワインをもってくる」
「いや、これでいい」ルイの返事にみんなが驚いた声をあげるが、女はふきだした。
「友達の前で見栄はるのはやめたほうがいいよ」
「見栄もあるけど、このワイン、ほんとうにいいモノだとおもうよ。まえにウィルがさがしてたのと同じラベルがついてる。とりあえず、あけてみようか」みんなが止める間もなく、ルイはコルクに器具の先をさしこんでてしまう。
グラスふたつに赤い液体が同じ量そそがれると、ひとつをオリビアへとさしだし、試してみろと言うようにうなずいてみせ、もうひとつをつかみあげるとすぐに飲み干した。
「 ―― うん。これ、ウィルに売りつけよう」新たに注いだグラスをジャンへとまわす。
疑り深そうにグラスをのぞきこんでいた女もようやく口をつけ、うう、とうなると、おいしいね、と困ったようにルイをみる。
「これ、あと六本残ってるけど、全部買う?あー、だめ、だめだわ。一本は店のみんなで飲むから、五本・・・、いや、二本残して、店で出した方がいいかな・・・」
「きみたちで一本、あと、これを残していた店主に一本、あとの四本を、さっきの伝票の値段にきみの紹介料をつけて友達に払わせるよ」
ルイの提案にオリビアはしばらく眉をよせていたが、それでいいかも、と納得したようだ。
「《上流階級》はみんな、あんたみたいに気前がいいといいのに」
ルイは否定せずに空になったグラスふたつにすこしつぐと、瓶をオリビアにさしだし、ほめられるのをまつような顔をした。まだずいぶんと残っているそれを受け取った女は唇につけた二本の指を微笑みとともにルイへとおくり、足取りもかるくもどっていった。
「なるほどね。たしかに意見がはっきりしていて、主義を通すけど、いがいと柔軟だな」
ジャンがグラスのワインを味わうようすもなく一気にのみほし、ザックが手をのばそうとしたもう片方のグラスはケンにうばわれ、けっきょくひとくちも味わうことができなかった。
4.
― 手伝い 情報その2 ―
アランはこの島では《灯台守り》の老夫婦が暮らす家に泊っている。灯台の手入れの手伝いもしているし、ペットとして飼っている鶏とヤギの世話も手伝う。老夫婦はアランの親が生きていころをおもいおこさせるほどよく夫婦喧嘩をして、それでも仲がいい。
そんな夫婦の小さな家に、からだも大きな若い男たちがそろってやってきたので、妻のエマは嬉しそうにお茶を準備し、めったにつくらない甘いパンのお菓子まで用意した。夫のトマスはそのパン菓子が好きなのにおれが頼んでもつくってくれやしないんだ、とアランにこぼし、きいていたエマが、あんたはいつも食べきらないじゃないか、と言い返し、いつものケンカがはじまりだす前に、かごにいれたパンがあっという間に消え、オーブンにまだあるからとエマが立ち上がったので夫婦の言い合いはなくなった。トマスもひさしぶりに食べられたそれに顔をほころばせ、ここだけのはなし、この郷土料理のパン菓子だけなら、うちのやつがつくるのがこの島で一番うまい、とみんなに教えた。
「なあトマス、ついでにあんたが守ってる灯台のはなしをしてやってくれよ」アランがおかわりで新たに盛られたパン菓子をつかみあげ、さいそくする。ああいいとも、と口のまわりを指でぬぐった年寄りは、年季の入ったテーブルに肩をよせあってどうにかおさまった若い男たちをみまわした。
「 ―― この島に灯台がつけられたのにはわけがあってな。島の東側には《人魚の巣》があって、船を沈めようとするんで、『ここに近づくな』ってことで、むかしのひとがあの小さい灯台をつくったんだ。まあ、島と島のあいだを通る潮の流れと、岩礁のことがよく知られていないころのはなしだから、《人魚》のせいってことになったんだろうなあ」
菓子パンの三個目をくちに入れ終えたザックはこどものころ家族といった海に、必ずといっていいほど水着の上にスパンコールのついた丈のながいスカートをはいた女の子たちがいて、『人魚デザイン』とか言っていたのを思い出す。「えっと・・・『人魚』って、けっきょく人間じゃないんだっけ?」
このつぶやきに、しんじられないという顔でエマが大笑いし、『人魚と王子の恋』の《おはなし》をしらないのかい?と今度は薄いパイのお菓子を、かごに追加した。
「あ、なんかそれ、きいたことあるな」ザックがすぐパイにも手をのばし、あちい、と皿に落とす。
「中央劇場でかなりまえにやってた舞踊劇だろ?」菓子パンから手についた砂糖をはらったジャンが、ルイにきく。
「いや、何年か前まで季節限定でやってたんじゃないかな。元のはなしがこのあたりの《人魚伝説》だっていうんで、そのころからこの諸島方面の観光客がふえていったんじゃないかな。 ―― 上流階級とかのね」ルイが指先をなめてわらう。
そうそう、と老夫婦はそろってうなずいた。
「そんで、いままでみなかったような感じの《観光客》が来るようになったんだ」
「ばかでかいツバの帽子をかぶった、かかとの細い靴の女が、この島の砂利道とか、港までの石畳に金切り声で文句つけてさ、なんだかえらそうなんだよ」エマがいやなことをおもいだした顔で首をふる。
「男もそうさ。すべる、とか汚れる、とかで、ひどいやつはレストランのナフキンで靴をふいたっていうぜ。それなら果樹園なんていかなきゃいいのになあ。灯台をみたいっていうからいれてやりゃあ、上まで続く階段に文句つけて、触るなって言うのに大事なガラス部分をべたべた触る。遊泳禁止の東がわに勝手に泳ぎに出て溺れたりしてなあ」
「ジュリアのところに泊めてもらえないからって、金を払うからとめてくれってうちにいきなりくるのもいたよ。あのころこの島にホテルはなくてね。それを知ってるくせに、泊まるつもりでくるなんて、どうかしてるね」
夫婦の文句はつきることがないようだった。
はなしがそれてゆきそうなのをみてとったアランが、両手の砂糖をはらいながら《警備官》たちをみて、「 ―― つまり、島の東側で船の事故が多いのは事実なんだ」とお茶のはいったカップにてをのばす。
そうそう、とまた老夫婦がそろってうなずいた。
「だから、このあたりのもんは、東側に船はださない。港もないしな。東の浜にある船は、近場で貝をとる漁師のものだけだ。それだって、ほんとに島の近くまでしかでない。沖にいくとすぐ潮のながれで、『人魚の巣』につれていかれちまうからな。出入りは安全な西の港からだ」
「北の沖からこの島の東がわにくる船は、『幽霊船』しかないって、あたしのじいさんもよく言ってたよ」
「『幽霊船』!?」
おもわずさけんだザックの口からパイのかすがとぶ。
ザックの反応に気をよくしたようなトマスが、そうだ幽霊船さ、と声を大きくし、片手をふると指をたてた。アランの顔をみながら、あれだ、あれ、と強調し、「だから、 ―― 来たんだ」とこわいかおをした。
「『来た』って?なに?『幽霊船』がほんとに来たの?」テーブルに散ったじぶんの食べかすを皿にあつめながら、ザックがまた身をのりだす。
「ふん。『幽霊船』なんかじゃないよ。ありゃ、あの女が船で逃げて来たってだけさ」
エマが不機嫌そうにザックの皿をとりあげ、台所にきえる。
「女が『幽霊船』にのってきたってのか?」
ジャンがいやなことをきかされた顔をトマスにむける。
「『幽霊船』だとおれたちは最初、噂した。なにしろあんなちいさな船が北側を通って東の海岸にこられるわけないんだ。しかも、女ひとりで漕いできたなんてな。だが、その女が病院から逃げ出してきたときいてから、なんだかみんなの態度がかわって、 ―― いまでは人気者だ」トマスは奥にいる妻にわざときこえるように最後を大きくつけたした。
「『病院』って本島の?」
ルイが信じられないというわらいをのせてきく。
「まさか!『砂島』だよ!」聞こえたのか、台所からエマが大声でこたえた。
「『砂島』?」ザックはケンをみた。
この諸島の下調べをこの男がしていたのは知っている。なんだか気になることがあったのか、調べながらめずらしく、こりゃジャンに相談しねえと、と頭をかいていた。その『砂島』のことでも相談したのだろうか。
「『砂島』はこの島から一番近くにある小さい島で、そこには隔離病院しかない」
ケンはつまらなさそうにこたえる。
「『隔離病院』ってなに?」
「ふつうはほかの患者にうつる病気もちの患者だけ、隔離した病棟におさめるもんなのを、この島に隔離したってことだ」
「なんの病気だよ」
「もとは、感染病の患者を収容する病院だったらしいが、六十年まえくらいから、いわゆる精神病の患者専用の病院ってことになった。上流階級の患者がほとんどだってことしかおれはしらねえ」
これいじょうの質問は断わるというように、ケンは身を乗り出してひとつだけ残っていたパイ菓子に手をのばした。
「その病院を逃げ出してきた女の人が、人気者になった?」
納得いかない顔をザックはトマスにむけた。
トマスが説明しようとくちをあけたたのに、アランがさきに「ありゃ、『魔術』だ」とおかしな単語をだした。
その単語のひびきに、警備官一同はいやな顔をする。
それをみたトマスが、なんだぼうやたちはこわいはなしが苦手か?と大笑いし、台所から果実の浸かったガラス瓶をかかえてでてきたエマが、まさかあんたたち酒が飲めない年齢かい?と、夫婦そろってわらいだした。
5.
― 手伝い 情報その3 ―
「その、『病院』からにげてきたっていうエレノアっていう女があやしいと、おれは思ってるんだ」
アランはA班の男たちをあいてに、《貴族の別荘》につくられた中庭にある椅子にゆったりとくつろぎ、そうきりだした。
《貴族》を先祖に持つジュリアの家の、その中庭は、宿として客を泊めている部分と、彼女が暮らす部分がむかいあった部分にあり、むかいあってつくられた半円型の花壇は、建物から一段ずつ低くなっていく。その一番低い部分に石がしかれ、食事やお茶をたのしむための金属製のテーブルと椅子がある。
《灯台守り》のところからそこへ場所をうつした五人の男たちは、テーブル近くのアランを中心として、すきかってにちらばり座っている。
「 ―― おれがこの島にくるのは基本、春と秋だけなんだが、いつきても島の雰囲気はそれほど変わりないよ。ところが、その年の秋は港に着いた途端、男たちはなんだか浮かれたみたいな顔で、おれにホセの店に早く行けってすすめてくるし、どのレストランのおかみさんたちもくちをそろえてホセの店にいくなっていう。 ホセの店になにがあるのかはみんな話さないからそのまま《灯台守り》のところにいったら、トマスとエマが先をあらそって、『幽霊船』が女をおくりこんできたってはなしをはじめた」
春。靄がたちこめた早朝に、その小舟は東のせまい砂浜にたどりついたのだという。
「船がたどりついたってのを、見届けたやつがいたわけじゃないんだ。ただ、『船に乗ってきた』って本人がそういってるってだけで」
「それが、エレノアっていう女で、じぶんで病院を逃げ出してきたっていってるのか?」
ジャンが腹の上で手をくみ、晴れた空をみあげた。
きょうはすばらしい夕日がみられるだろうとジュリアが予言しているので、レイがみんなで写真をとろうと楽しみにしている。
「ああ。彼女は東から西の港まではだしで歩いてきて、漁の片付けをしてるやつらに、ここはどこかとたずね、オーロラ島だときいたとたんに倒れた。そのまま診療所に運ばれて、昼過ぎに目を覚ましてから、自分の名前と《砂島の病院》から逃げ出してきたことを医者に伝えて、そこから騒ぎになったんだ。確かめたら東の浜に、きのうまでなかった古い小舟も見つかった。だが、それだけだ。なにしろ砂島の病院とこの島とは、いままで何の交流もないし、情報も何もない。この島の人間は、あそこは頭のおかしい病人が入るための病院だっていう噂程度のことしかしらない。あの『砂島』自体、個人の所有物なんだ」
「個人で島もってんの? あ、貴族か」
ザックのおもいつきに首をふったアランが、「いや、貴族ではなくて上流階級らしいけど、そいつが島にある病院の持ち主でもある」とつけくわえた。「 ―― もとは、自分の家族をみるためにつくったってはなしだ。おれもこんかい本島の図書館でふるい新聞を調べてそれだけみつけられたけど、頭文字だけでなまえはのってなかった。役所の記録をしらべると、いまは上流階級でつくった慈善団体みたいなところが運営してるのがわかったんで、諸島を管轄する警察官がその運営団体に連絡したらしいが、エレノアなんて名前の女性は入院したことがないっていわれたらしい」
「なんだそれ?どういうことだよ」
「病院か、エレノアのどちらかが、嘘をついてるってことかな」
ザックにしかめた顔をむけられたルイがやさしくこたえてやる。だがザックはもういちど、なんだそれ?とまゆをよせた。
「もし病院が嘘をついているなら、その女性とかかわりがあったのを知られたくないんだろうね。エレノアのほうが嘘をついているなら・・・身元をごましたいのかも」
ルイが、なにか考えるようにあごをさする。
「そうなんだよ」
アランが指をたてて、ルイへむけた。
「おれも、そう考えたから、マリオの捜索を頼まれたとき、まっさきに彼女をしらべようとおもったんだ。だけど、この島のひとたちは、おれみたいに彼女を『怪しい』って考えなかった。 病院がエレノアを『不当』に入院させていたから、それをばらされたくないんだろうってな。 ―― その考えのもとになったのも、『あの施設にどうして自分が入っていたのかわからない。あそこにいるあいだも、じぶんの名前しかおもいだせなかった』っていう彼女のはなしだ」
「病院に、《閉じ込められていた》ってかんじをにおわせたわけだ」ケンがなぜかうれしそうに椅子に背をあずける。
アランもうれしそうにテーブルに身をのりだす。
「おれもそう感じた。 ともかく、あの女は正体があやふやで、病院をにげてきたのしか覚えてないっていうだけなのに、どういうわけかそれを島のみんなが信じて、同情したんだ」
「なるほど。それでうけいれられて、いまは、そのホセの店で働いているってことかな?」
ルイがゆるくうなずく。
「あれ?おれ、それもう言ったか?まあ、そうなんだ。 ―― 一番はじめにエレノアと港でしゃべったのがホセだったっていうこともあって、彼が店で雇うことになって、同情したおかみさんが、空いてた店の二階に住まわせてやったんだ。そしたらエレノアが、うたがすごくうまいっていうのがわかって、いまじゃホセの店の《歌姫》だぜ」
なぜか困ったようにテーブルを指先でたたくのをみて、ザックが納得したように指をならした。
「そうか。つまり、アランはエレノアの身元を調べたんだな?それで、なにかあやしいことをつかんだから、彼女にめをつけたってことなんだろ?」
いいや、と探偵はすぐに首をふった。
「なにもつかめてない。病院の持ち主である団体も表面的なことを調べた限り、これといった問題はない。前の持ち主の遺言で、島ごと病院を受け継いだってことだ。そっち方面から入院患者について調べるなんてとうてい無理だろうから、あきらめて、おれはエレノアと直接あってはなしをきいたんだ」
「あ、それで彼女のはなしがあやしいって?」
「・・・あやしいんじゃなくて・・・おれは正直、・・・彼女がこわかった」
「は?」
ザックが口をあけておくる視線をかわすようにアランは頭をゆらし、何ていえばいいのか、とテーブルを指先で拭いた。
「・・・おれは、灯台守りのトマス夫婦が主張した『あの女は幽霊船がおくりこんできた』っていうはなしを、正直いちばん馬鹿にしてた。 ―― 他のみんなからのはなしをきいておれが考えてたのは、砂島の病院から頭のおかしい女が逃げてきて、男たちはその女が若くて美人だから喜んでる。女たちははじめは同情したが、ホセの店で女が働くようになってから、若くて美人なエレノアを警戒するようになった、っていう単純な状況だった。その状況が面倒だったんで、おれは彼女が来てからホセの店には行ってない。この島でおれがいちばん仲がいいトマス夫婦に『あの女には気をつけろって』さんざん言われても、ふたりとも、海に関しての古い迷信をほかのみんなよりかなり信じこんでる年寄りだから、いままで、彼らの主張は除外してたんだ」
「ところが、直接会ってみたら『幽霊船』が似合うような女だったわけか」
ジャンが同情するように息をつく。
「幽霊船が似合うって・・・」ザックの思い出の中の『幽霊船』に乗っていたのは、海賊たちだ。女の海賊なんていただろうか?
「なんていうか・・・エレノアがいうことを信じりゃ、陽にあたった生活をしてなかったんだろうから、色も白くて、弱弱しい感じなのもわかる。話し方も静かで会話を楽しむってタイプじゃない。そりゃ、ほんとに記憶喪失なら、話せることもあまりないだろうし、病院の生活も楽しいものじゃなかったっていうのはわかるが・・・。 おれは、彼女にほほえみかけられたとき、どういうわけか、寒気がして、彼女の顔が・・・ちょっとおかしなモノに見えちまった」片手でめもとをふさぐ。
「おかしなモノって?」
とうぜんザックは確認せずにいられない。
しょうじきにこたえようかふざけようか、迷ったアランが顔をあげると、警備官の男たちがみんな、しょうじきな答えをまっているのがわかった。
「あ~・・・まあ、その・・・、口のりょうはしが耳のところまで裂けて、目玉がこぼれそうなぐらい中から押し出されたみたいになって・・・元に戻った。いや、おれの見間違いだっていったほうがいいのか・・・。よくわからないんだ。なにしろその間、こっちはひどい耳鳴りにおそわれててさ。音がきこえない状態と彼女の顔の変化に驚いて、頭をふったら、どっちもなくなった」
「『微笑みかけられた』ってことは、会話の途中だったんだろ?なんの話してたんだ?」
ケンはめずらしく、にやついていない。
「ああ。どうやって『砂島』の病院をぬけだして、この島まで船をどう漕いできたのか、ってことと、 ―― この島にきてからの暮らしについてだ」
「彼女なんて言った?だれか、手引きしたやつでもいたって?」ルイが、それは無いのをわかったような顔できく。
「看護師がいなくなるちょっとのすきをねらって、散歩のときに目をつけておいた海岸にあった小舟にのったってさ。とにかくあの島を離れたいってことだけで、先のことはなにも考えずに、櫂もなかったんで、船を漕いで進むことも考えなかった。つまり彼女のはなしを信じるなら、この島の北西にある島から、なにもせずにこの島の東がわまで着いたことになる」
「ありえねえだろ」
すぐにはいったケンの否定は、警備官みんなの意見だった。
「おれもそう彼女に言った。そうしたら、・・・微笑まれたんだよ」
「バケモノみたいな顔でな」
からかうようなケンのつけたしにうなずくと、そのうえ、と続ける。
「 ―― 今夜、ホセの店が閉まるころにきてくれっていわれた、手を触られそうになったんでおもわず払ったら、動物みたいな声をあげやがったんだ。ところがそれをききつけてホセがかけつけておれに怒鳴った」
おまえ彼女に悲鳴をあげさせるようなことをしたのか!?
「びっくりしたよ。ホセは漁師だけど、あの店はおかみさんがひらいて、店のなまえを旦那のものにするぐらい夫婦仲がよかったんだ。 なのに、エレノアをひきとって三か月あとには離婚したっていう。もちろん、原因は彼女だ。いまじゃホセの店には島の大半の男たちが夜集まってるし、おかみさんたちはみんな、エレノアどころか旦那もいっしょに島から追い出したいって思ってる」
「わりと、島の危機ってかんじだな。夫婦間の傷害事件でもおこりそうだ」
冗談でもなくジャンがまゆをあげて、それで、ホセになぐられたのか?とこたえをわかっている顔で腕をくむ。
「いや、かけつけたホセにエレノアが誤解だって言ったんで、あのぶっとい腕で殴られずにすんだ。だからこんどは、彼女の歌をききに店が開いてすぐの時間に行ってみた」
店内はすでに男たちで埋まり、ドア横に前はあったテーブル席がなくなったそこに、ハープという大きな弦楽器がおかれ、その弦をつまみながらうたうエレノアに、みんなが『酔って』いた。
「おれが『魔術』だってかんじたのは、そのときのみんなの顔をみたからだ。みんなビールを手にしてるけど、ひとくちかふたくち分しか減ってないグラスをにぎったまま、赤い顔して潤んだ目をエレノアにそそいだまま、ぴくりとも動かないんだ。いいか、おれはためしにとなりの男の顔の前にてのひらを出してみた。なのに、無反応だ」
「その店のビールになにかはいってたのかも」ルイが、アランがアルコールをあまり飲まないのをおもいだす。
「いや、おれも飲んだよ。さすがにまっさきに疑ったからな。隣の男がもってたグラスからもらったが、なんともなかった。そのままエレノアの歌がおわるのをみんな動きもしないで聞き入って、終わったら拍手喝采だ。またみんな動き出して酒をのむ。次が始まると、みんなまた動かなくなる。ありゃあ《歌の魔術》にみんなかかってるんだよ」
いやそうにじぶんの頭をゆびさしてみせた。
「アランは?ずっと平気だったのかよ?」
ザックの質問にわらいをうかべ、耳鳴りがまたひどくてそっちにまいってた、と返す探偵は両耳をおおう。
「あれ以来耳鳴りはしてないけど、そのおかげでおれはみんなのようすをみられたし、エレノアがおかしいって気づけたんだ。あんなふうに《歌の魔術》がつかえるなら、ほかの魔術もつかえそうだし、なにより、あの女、不気味なんだ。それなのにこの島の住人ときたら、いまだにトマス夫婦しか、それに気づいてない」
「エレノアが来たのは、どのくらい前なんだ?」ジャンが髪をかきまわすようにじぶんの頭をなでまわす。
「もう四年まえかな」
「そのころから、男がいなくなるってことは?」
「きいたことなかったな。若い男は出て行くけど、行く先から連絡もあるし、マリオみたいに行方不明になるなんてなかったはずだ」
「オリビアがきたのは?」
「一年半ぐらいまえだ」
「男が行方不明になってないか?」
「男はない、が、・・・そうだな、そのころから家畜が数頭いなくなるってのは起こってる。マルコのところでも鶏を盗まれたって言ってたな。ああ、だからもう、おやじさんはそのあたりからオリビアのことを疑ってたのかも。なんていうか、マリオがオリビアと仲がいいのを、あんまり喜んでなかったからな。この島の男たちは女が海にもぐるのをいやがるし、もぐった彼女が勝手に魚をとってるって怒ってた」
とっちゃいけないの?と小声でザックがルイにきき、漁業権とかあるんだろ、と教えられる。
「まあ、本来はそこまで魚をとることにうるさくないんだが・・・。本島のなにかの研究所で働いてたとかいう女が一人でやって来て、むかしその研究で建てられたとかいう、この島のボロ小屋にすみついて、レストランで働きだした、っていう彼女のぜんぶが、マルコは気にいらないってことだ」
なんでそんなに嫌うのかはわからない、とさすがにアランも肩をすくめた。
「ただ、マリオはすごくシャイな性格でさ。本島からきた女と急速に仲良くなるなんて、正直おれも驚きだった。親父さんが、息子が彼女にそそのかされて消えたって思いたいのも、すこしはわかるよ」
「オリビアのほうにもはなしはきいたのか?」
「もちろん。エレノアに会うよりさきに、マリオのことをぶつけたさ。『彼がいきなりいなくなっておどろいてるし、心配してる』って言ってたけど、・・・なんとなく、もうわかれた彼氏のはなしをしてるような感じで、それほど興味なさそうだったけどな」
「興味はなくても、行き先を知ってそうな感じは?」
「そこなんだよ。 ―― 会話中、腕をくんだまま壁にもたれて、肩をすくめたのが二回。もし彼から連絡が来たらしらせてくれるって言って、面会は終了。知ってるとおもうか?」
「知ってそうだな」
「でもそれなら隠さなくていいだろ?べつに彼女がマリオを誘拐したわけでもないし。もしマリオが本島に行くのを彼女が手伝っていても、親父のマルコに彼女はもともと好かれてないんだから、いまさらなんの問題にもならないんだ。知ってたらおれに教えるだろ」
「誘拐じゃなけりゃな」
気が重いようにジャンがおおきなため息をつく。
「え?だって、身代金の請求なんかないぜ。観光地だからってあのレストランがそんなに儲かるわけねえんだし」
ありえねえだろ、とアランは警備官にわらってみせた。
目の合ったケンが、白い歯をみせ、さわやかともいえる笑顔をかえしてきいた。
「ニワトリだって、請求なかっただろ?」
「はあ?」
「みんなー、そろそろ夕食の準備はじめるよー」
庭園にでるためのガラスのとびらがひらきくだされたレイの軽やかな号令に、アランいがいの男たちはいっせいに立ち上がった。




