お誘い
綾音と宗助が文通を始めてから二ヶ月が経った、とある夕暮れの時間帯。
フォーチュナ劇場の裏手にある建物、フォーチュナ劇場の団員達が住まう寮のポスト前。竜人族の男、宗助が落ち着かない様子で、うろついていた。
郵便ギルドを使わず、手紙をフォーチュナ劇場に届けにきた宗助は、ポストに手紙を入れようとする手を止めては、誰かを探すように辺りを見渡す。宗助がフォーチュナ劇場のポストに、手紙を入れるまでのお決まりの行動。
「まだやってるわ」
こっそりと寮の二階の窓から宗助の様子を窺っていた綾音は、困ったように笑う。
文通を始めた頃に、フォーチュナ劇場に手紙を届けにきた宗助と綾音が、偶然寮の前で鉢合わせの事態が起きた。その時はフォーチュナ劇場の開店前であったことから、綾音は手紙を受け取り、宗助と少しばかりの世間話をした。
それだけだったのに、宗助は寮のポスト前でそわそわと留まるようになった。流石にフォーチュナ劇場開店前の時間帯程に待機はしないが、数十分はポスト前で宗助は留まっている。
余談だが、他のフォーチュナ劇場団員と鉢合わせた場合、宗助は手紙をその団員に預けるが、露骨にガッカリと肩を落として帰っていく。その場に鉢合わせした団員は、なんかごめんと語る。
しばらく様子を窺っていると、宗助がガッカリと肩を落として、手紙をポストにいれようとしていた。
「宗助さん」
寮の窓を開けて、綾音は宗助に声を掛ける。
「綾音!」
呼ばれて顔を上げた宗助の顔がぱっと明るくなる。わかりやすい宗助の表情に綾音は笑みを返す。
「ちょっと待っていてください」
窓を閉めた綾音は、寮の玄関に向かう。
フォーチュナ劇場の寮は、部外者の立ち入りは禁止。身内であっても事前に団長、コーデリアやモンドの許可が必要となる。なので、公演中のエメラルドの宝石姫、綾音にプロポーズをしてきた宗助は、手紙を届けにくるのはいいが、寮へ立ち入りは禁止だ。
「お待たせしました。こんにちは、宗助さん」
「ああ、こんにちは。今日は綾音に会えないと思っていたから、会えて嬉しい」
寮の玄関先、本当に嬉しそうに宗助は、うっすらと淡く染めて頬を緩める。
運良く綾音と会えたとしても、話せるのはほんの数分。それなのに宗助は、綾音に会えてことを心の底から喜ぶ。
「そうだ。綾音は知っているか?南通りのお菓子屋で、新作のお菓子がでている」
「あら、そうなのですか?」
「ああ、夏の果物を使った新作だ。綾音は果物が好きだろ。ぜひ、食べてくれ」
新作の果物タルトの美味しさを宗助は力説。
甘い物も好む宗助は、仕入れたお菓子情報を綾音に教えてくれる。フォーチュナ劇場では食べ物の差し入れは禁止されているので、情報だけを教えてくれる。
「それじゃ、俺はこれで」
「宗助さん」
綾音に会えたことの喜びに浸りながら帰ろうとする宗助を、綾音は引き留める。
宗助は自分に会えるだけで素直な喜びを見せてくれる。そんな宗助を綾音は好ましく思えてきている。
「今度、一緒に新作の果物タルトを食べにいきませんか?」
それでも、綾音には譲れないものがある。そのために、綾音は宗助を利用する。




