一を聞いて十を知る粗忽者ー生芋の十吉ー
一を聞いて十を知る──などという人は、そうそうお目にかかれるものではございません。
ですが、この長屋の十吉ときたら、その真逆。
一を聞いたら十を早とちり、二を聞く前に三を語り出す、筋金入りの粗忽者でして。
その粗忽ぶりたるや、生まれながらの筋金入り。
「十吉は、母親の腹に入ってる時から『もう生まれて日が経った!』とばかりに、腹の中でお七夜の祝いを始め、腹の中でドタバタしたらしい」
と、長屋では専らの評判。
どうやら、出てくる時から早とちりだったようでございます。
ある日のこと。
十吉が大家さんの家の前を通りかかると、中からこんな声が聞こえてきた。
「……そうか。『病』に侵されておるのか。だが、この時期の『病』は、『出世』の兆しかもしれんぞ」
「ええ。ですが、無理をして、『高熱』が出そうだと……」
これを耳にした十吉、ピクッと反応。
「病」「出世」「高熱」──なんと劇的な取り合わせでしょう。
頭の中で稲妻が走り、勝手に物語が完成した。
「こりゃあ、ご隠居のご子息が、大出世して激務に倒れたに違いない!」
思い立ったが最後。
十吉、勢いそのままに大家の家の戸を蹴破り、
「大家さん! おめでとうございます! ご子息の『出世病』、まことに栄えあること!」
……大家さん、呆気にとられて目を白黒。
「なにを言っとる。病にかかったのは芋だ。畑の芋が『病』に侵されてな」
「……芋?」
「ああ。だが病に負けず育ったやつを『出世芋』といってな。『高熱』で蒸すと、それはそれは美味いんだ」
十吉、しばし沈黙。
やがて膝を打ち、
「なるほど! 熱い志が、ただの熱い蒸し芋でございましたか!」
そう言ってふかし芋をねだり、祝いの代わりに三つも食って帰ったとか。
数日後。
「隣の旦那が『家を手放す』らしい。奥さんが大変なんだと」
と耳にした。
長屋の住人にとって、家を手放すとは、借り家を離れる、つまり引っ越しという意味あいだったのだが、またしても十吉の早とちりが火を噴く。
「なんと! 奥方が重い病で、治療費のために家を売るのか!」
なけなしの小銭を握りしめ、隣家へ駆け込み、
「旦那! 奥方のお加減、お察しいたします! せめてもの足しにこれを!」
と、小銭を差し出す。
旦那、苦笑して、
「いやいや、奥さんが買い物しすぎてタンスが増えたんだ。
家が狭くなって、もっと大きい家に引っ越すだけさ」
十吉、顔を真っ赤にして小銭を引っ込め、
「なるほど……『家を手放す』とは、『世間体と勘違いを手放す』ということでございますな!」
自分が盛大な勘違いをしたことを棚に上げ、相手の行動を無理やり褒めて、その場を収めようとしたのでございます。
その夜。
長屋の連中が井戸端で話しておりました。
「十吉の奴、またやらかしたらしいな」
「今度は裏の婆さんが『熱を出した』そうだ」
「それを聞いた十吉、いま頃ふかし芋を抱えてお見舞いに行っとるさ」
ところが、十吉が持っていったのは生の芋。
どうやら前の件を思い出し、
「病の芋は『高熱で蒸す』と立派になる」
──つまり、
「病気の人も『芋の力』で熱を出しきれば出世できる」
と信じていたらしい。
しかも、「病の芋はまず生きのよい芋から」と聞きかじって、
「ならば生の芋のほうが効く!」と考えた。
彼の中では、しっかり筋が通っていたのでございます。
そして案の定、婆さんの家からは──
「やめろ十吉! まだ生の芋だ、皮ごと突っ込むでねぇ!」
という悲鳴が聞こえたとか。
お後がよろしいようで。
上の文章でもわからない方用
「婆さんが熱を出した」→「熱と言えば芋!」→
「病の芋は高熱で蒸すと立派に育つ」→
「じゃあ婆さんも芋の力で高熱を乗り切らせよう」→「生芋を持っていけば婆さん自身が出世芋になる」
『粗忽者』というより『あたおか』かもしれないですね。これでは…




