始まりの夜
「ルナのいるところに悪は栄えないみゅ!」
遠のく意識の中、ちっちゃな人影が駆けつけてきた。
殺気だった冒険者にも怯まず、葵星のことを庇うようにして立ちはだかったのは、女の子だった。
「なんだこのガキは」
「ルナだみゅ!」
堂々と名乗る女の子は、うさぎのような耳がついたフードを被っていた。
ウェーブのかかった蒼い髪は、かつてこの世界に存在した星の流れる銀河のよう。
不思議な輝きを秘めた双眸は、大気中の粒子の屈折を経て蒼く煌めく。
柔和な頬のラインが幼くも顔の造形は精緻に整っていて、まるでフィルムの中の天才子役のようなオーラを纏っていた。
仰々しい紺のローブがたな引き、プリーツのミニスカートがゆらめく。
彼女の右手には、胸の高さまである白の杖。
先端には、それまたこの世界には存在しない三日月の造形。
「聞いたことあるわ。確か、時代遅れの魔法使いだって」
「みゅみゅ!?」
「魔力が高いのに魔法は使えないって噂の、ポンコツ魔法使いよ」
「ルナは時代遅れでもポンコツでもないみゅ!」
ドシドシと地団駄を踏んで抗議するルナ。
噂には聞いたことがあった。
魔法の使えないに等しい魔法使いがいると。
そんな悪評を立てられるのは自分と同じ生粋の冒険者だろうと、勝手に仲間意識が芽生えていた。
「ならお嬢ちゃんにはこんな魔法が使えるって言うの? 『火の玉』」
魔法使いの女は杖を掲げて炎を宿した。
女の子相手に大人気もなく、炎がメラメラと揺れる。
「みゅみゅ。天晴れだみゅ」
ルナは拍手をして、素直に相手を称賛した。
ロゼの方も素直と言えば素直なもので、愉悦に浸り、高らかに笑った。
与えられた力でマウントを取っていることを恥じる様子は当然ない。
「この程度の魔法も使えないなんて、魔法使いの意味あるの?」
「みゅ?」
ルナが首を傾げた。
「ルナは、魔法使いじゃないみゅ」
ルナが振り返り、泥まみれになっている葵星を見た。
先ほど葵星が暗闇の中で見た蒼い瞳だった。
「真っ暗にしてほしいみゅ」
「え?」
「そしたら、ルナが助けてあげるみゅ」
「君も、戦力外なんでしょ? 俺のことはいいから、逃げた方がいいと思うんだけど……」
「大丈夫みゅ。ルナを信じるみゅ」
簡単で真っ直ぐな言葉。
この子は、いい奴だと直感した。
その微笑みを浴びてからというもの、身体中の痛みも忘れてワクワクが勝手に膨れ上がっていく。
魔法にかけられたような衝撃が体中を駆け巡る。
「《空間制御》」
葵星はその子に見せつけるかのように、左腕をぶん回して手を翻した。
そして声高らかにスキルを発動する。
「《機能2》・『消灯』」
左手が掌握するのは、周囲を照らす奏光球の灯り。
葵星は一つずつ、目障りでならない灯りを消していく。
この路地は入り組んだ奥地にあり他所の光は入り込まない。
奏光球が消えた地上には、真っ暗闇が訪れる。
「は? 奏光球が消えるなんて、ありえないだろ」
即戦力は暗闇に恐怖した。
今度は声を出すことも出来ないほどに、怯えている。
死と隣り合わせの恐怖を感じてることだろう。
ロゼの灯した炎の魔法も恐怖と共に鎮火した。
停電だけでもあの騒ぎだった若者にとって、この世界を包む本物の暗闇には心から恐怖するものだ。
闇を恐れ、光を好むよう、子供たちは育てられる。
この世界にはどこか作為的なものが感じられる。
つまりは葵星の、奏光球をも消すことのできる力は、この世界にとって不都合な力だった。
さらに出し惜しみをせずにもう一つのスキルを使う。
「《機能1》・『消音』」
右手を翻した。
掌握するのは、雑音と認識される全ての音だ。
雑踏の音だって微塵も響かない。
即戦力の乱れた呼吸さえも聞こえなくする。
「最高の力だみゅ」
静寂の中で、声が凛として耳に届いた。
暗闇の中で、ルナは神秘的に輝いていた。
輝くと言っても、主張の激しいものではない。
彼女はただ淡く、仄かに、ぽわぽわと光を纏っていた。
それこそ、奏光球のせいで見えなくなっていた、神秘の光だった。
ルナが三日月の杖を掲げる。
時代遅れの魔法使いと揶揄された女の子には、熟練の魔術師の余裕さえ見えた。
「《星空の魔法》・《第一章》」
ルナが唱えると、この暗闇に輝きが満ちた。
葵星は突然、涙を流した。
不意打ちだった。
この世界から消えた景色が頭上に広がっていたのだ。
「星空は、あったんだ……」
「その力があれば、何度でも唱えられるみゅ」
生まれて初めてみる星空の下で、ルナが笑った。
そして光の迸る三日月の杖を振り下ろす。
「『星に願いを』‼︎」
杖の描いた軌跡に沿って、星の光が降り注ぐ。
その光はスライムに命中し、光の柱を作りだして消滅した。
見事なオーバーキルだった。
「はっ、冗談だろ……」
面食らった即戦力どもに、ルナが杖を向ける。
「ルナと、戦うみゅ?」
「あーもう、冒険者なんてやってられっか。二度と関わらねぇよ」
腰を抜かしていた若者は、報酬を置いて奏光球のある明るい場所へと走り去っていった。
「戦力外を舐めるなみゅー!」
杖を振って、敗北者の逃走を見届けるルナ。
葵星はどうにか立ち上がって、その背中に話しかける。
「すごい魔法だった」
「だから、ルナはただの魔法使いじゃないみゅ」
くるりと、ルナが振り返った。
奏光球なんかの光とは違って、星影の中で煌めく彼女は、嘘みたいに綺麗だった。
「ルナは、《月の星使い》だみゅ」
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