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二種類のクラス

「みゅ、みゅ、みゅ」


 小さな足音は、うさぎのような足取りで彼を追いかけていた。

 この息苦しいほどに明るい世界に、暗闇を灯すその力を求めて。


 ★★★★★


 《空間の制御者(コンソーラー)》。

 それが葵星の本当のクラス名だった。


 クラスとは本来、夢を叶えるために発症する力だ。

 人の数だけ派生するものであり、個人の資質や素質、家系で受け継がれた力が影響するので千差万別だ。

 同じクラスは世に二つと存在しないと言ってもいい。

 これを、オリジナルクラスと呼ぶ。 

 最大のLv100になれば夢が叶うという言い伝えがある。


 一方で、教会で授かるクラスは十種類程度。

 こっちはインスタントクラスと呼ばれる。

 剣士や魔法使いなど、教会が簡単に括ったものだ。

 ならばこちらでLv100になった方が早いのではないか。

 インスタントクラスでもLv100になれば夢が叶うのではないか。

 その議論は必要ない。

 即戦力(ルーキー)のLvは50で固定されるのだから。

 即戦力(ルーキー)は一生、ルーキーのままだ。


 芽生える筈だったオリジナルクラスも、インスタントクラスで塗り替えられてしまう。

 確かに、オリジナルクラスにはハズレがあるかもしれない。

 鍛え方が分からず生涯持て余すかもしれない。

 しかし、無限の未来があったはずだ。

 教会は管理のしやすいインスタントクラスを通じて、無限の未来を確かな未来に変えてしまっているのだ。


「情けねぇよなぁ。あいつらも、俺も」


 本当はかっこいい冒険者になりたかった。

 むかつく奴に喧嘩を売られたら、正面から戦って勝ちたい。

 何なら酒をかけられても笑って流すような、仲間の前で殴られてもこんな喧嘩は買うなと言ってやるような、器のでかい男に憧れていた。

 我ながら、冒険譚の読みすぎだ。

 そんな理想を隠し持ったところで、葵星はこそこそと逃げ回ることしかできない。


 住処があるのも、中心街の奏光球(ネオン)が届かないような路地裏の奥深く。

 一般的に奏光球(ネオン)が多い場所ほど栄えており家賃が高い。

 安定した冒険者収入が得られる即戦力(ルーキー)は明るい場所で暮らし、貧乏冒険者の戦力外(ルージー)は薄暗い場所で暮らしている。

 暗い方が落ち着くので問題はないが。


「ただいまー」


 と限りなく家賃を抑えた一人暮らしの部屋に声を掛ければ、そこには先客がいた。

 そいつは柔い体をして、ベッドの上でぽよぽよと跳ねていた。


「げっ、スライム」


 魔物とは本来ダンジョンにのみ存在する生き物だ。

 街の中に、ましてや部屋の中に湧いて出るなどあり得ない。

 部屋は荒らされ、食料は食い散らかされていた。

 ……報復だろうなとすぐに思い当たる。


 その柔らかい体のどこに目があるのは不明。

 エイムが自分に定まっているかどうかは察する必要がある。

 息を潜めてスライムの気配を探った。

 幸いまだ気づかれていないようだ、

 一先ずこの場から逃げることにする。

 が、自宅に魔物が出現すると言う異様な事態に気が動転していたのだろう。

 葵星は物音を立ててしまった。


「やべっ」


 スライムが跳ねるをやめてジリジリと葵星のいる方へ体をひねる。

 バネのように体を縮こめた。スライムの攻撃の予備動作だ。

 そして、葵星に目掛けてスライムは飛び上がった。


「うおぉぉぉぉっ!」


 咄嗟に短剣を突き立てる。

 しかし葵星の刃は通らず、短剣は弾かれてしまった。

 一度は攻撃を防げたがスライムは無傷。

 体を縮めて、次の攻撃が来ようとしていた。


「勘弁してくれよ。冗談だろ……っ!」


 慌てて葵星は逃げ出した。

 転びそうになりながらも建物の外に駆け出す。

 分の悪い相手に対して真っ向勝負が成立してしまえば、葵星はどこまでも無力だ。

 だから、追い込まれた。


「おいおい、冒険者のくせにスライムから逃げるのかよ」


 先ほど撒いたばかりの即戦力(ルーキー)が待ち構えていた。

 剣士と魔法使いがニヤニヤ笑って立っている。


「ここまで追ってきたのかよ。魔物まで連れてくるとはしつこいな」

「たかがスライムの一匹、冒険者なら倒せばいいだろ?」


 ルークはしらばっくれる素振りもなく、魔物がスライムであることも言い当てる。

 教会が売り出しているアイテムの中に、魔物の使役を可能とするものがある。

 教会の販売するアイテムはどれも高値なはずだ。

 逆恨みのために大金をはたくとは……、葵星は飛びきりに執念深い男に喧嘩を売ってしまったものだ。


「にしても一度は撒いたはずなのにな。どうして俺の家が分かったんだ? しかも先回りまでするなんて……」

「追跡のアイテムに決まってるだろ」

「……用途が違うだろ」


 おそらくはダンジョンで逸れた際にパーティの場所を把握するためのアイテムだろう。

 赤の他人に日常使いをしたらストーカーだ。

 話しているうちに、スライムも背後から追いついてきた。


「へっへっへ、追い詰めたぜ」

「……分かったよ。報酬は全部やるから」


 ただでさえレベル差があるのに、弱点までつかれては打つ手なし。

 葵星は降参して報酬の詰まった革袋を取り出した。

 今からでも油断をついて逃げる方法があるかもしれないが、途端にどうでもよくなった。

 報酬の全てを投げつけた。


「これでいいだろ」

「最初からそうしてれば、痛い目を見なくて済んだのにな」

「は? それで全部だって言ってるだろ」

「もう遅いのよ」


 魔法使いの女が下品な笑みを浮かべると、背中に衝撃が走った。


「がはっ——」


 スライムが全力の体当たりをかましたのだ。

 体が柔らかいが故に痛みは小さい。しかし勢いが強かった。

 葵星は大きくの仰け反ると、今度は目の前に鞘が飛んできた。


「おらよ!」

「ぐはっ」

「これならもう逃げられねぇだろ」


 正面にはLv50の冒険者が二人。

 背後には葵星の天敵であるスライム。

 そしてここは狭い路地裏。

 逃げ道なしの袋小路だ。


 鞘に収めた状態とはいえ、剣士はその剣で容赦無く葵星を殴りつける。

 乗じて、魔法使いも魔法使いにあるまじき素行で、杖で突ついてくる。


「あまり、戦力外(ルージー)が調子に乗ってんじゃねぇぞ」

「私たちよりも長く冒険してるのにこんなに弱いなんて、冒険者やめたらいいのにね」


 地面を流れる血が、奏光球(ネオン)の元に晒される。

 夢を諦めろと暴力が暴言を吐いている。

 与えられた力で跋扈する冒険者の存在が地道な努力を否定する。

 戦力外(ルージー)をやめて、同じだけの力が欲しいと考えたことなんて何回もある。

 けれど、やめられなかった。

 やめるわけにはいかなかった


「……予感があるから」


 間違ってるのは星空もないこの世界の方で、信じる道を進んでいれば、いつかきっと想像もしない未来に辿り着けると。

 それこそ、名もなきクラスと一緒に引きつがれた遠い過去からの想いのように。

 予感は胸の中に、ずっとある。


「峰打ちなら、切っても死なないらしいな?」


 男が鞘を捨てた。

 鋭利な刃物が奏光球(ネオン)の元に姿を現す。

 復讐というものはどこまでやっても気が晴れないのだろう。

 狂気は際限なく膨らみ、行き着くところまで行こうとしている。


「ちょっと。流石にやりすぎじゃない?」

「大丈夫だ。軽く表面を切るだけだからよ」


 こちらも応戦しなければならない。

 だが腰に手を伸ばした手は空振り。

 スライムから逃げ出した時、部屋の中に置き去りにしてきてしまった。

 武器を捨てて逃げるとは、冒険者失格かもしれない。


「——死ね」


 それは、峰打ちをする人間が発してはならない言葉だろう?

 振り上げられた剣の切先が、奏光球(ネオン)を反射して輝いた。

 冒険者なのに、街中で死ぬのかなぁ。

 ぼんやりと、他人事のように、目の前の光景を眺めていた。

 この時——。


「いじめはやめるみゅ!」


 路地裏に可愛い声が響いた。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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