二種類の冒険者
星空が消失し、暗闇に怯えるこの世界では、明るさこそが権力の象徴だった。
光の国のステラで一番明るい建物といえば教会だ。
王城に遠慮して高さこそないが、纏う奏光球の数には遠慮がなく、この国で一番明るい建物であることは間違いない。
王都の中心にそびえ立つ教会は、それはもう明るかった。
——夜が死んでしまうほどに。
『冒険者に安心と安全を』
と、教会は謳う。
そこに行けば、誰でも冒険者になれてしまう。
初期Lvは破格の50。
誰もが最初から最強の即戦力になれる。
初心者にも扱いやすいクラスを好きなものから選択が自由。
『今が冒険の始め時。おまけに二つの保証がついてくる!』
《安全》、魔物の標的にならない。
《安心》、万が一致命傷を負ったら教会に強制送還される。
つまり教会は、長年ダンジョン攻略に苦戦していたこの国で最大の功績を上げた機関であり——。
「ダンジョン探索をヌルゲーの娯楽に落とし込んだ諸悪の根源だ」
と、教会の前で呟く男がいた。
パーティを組めずともソロでダンジョンに潜り続け、魔物を狩って地道にLvを上げる生粋の冒険者。
経験値稼ぎの効率が悪く、冒険者を始めて三年経ってもLvは17。
なんせお試し《チュートリアル》ダンジョンですら魔物の平均Lvは30なのだ。
訳あって最弱の魔物スライムには手が出せず、自分に倒せる魔物を見つけ出すのに手間がかかってしまう。
加えて周囲にはLv50の冒険者がうじゃうじゃといる。
葵星が苦労して痛めつけた魔物を横取りされることもよくあるのだ。
そんな彼のような冒険者はLvが低いという理由だけで、即戦力から蔑まれる。
——戦力外と。
「おいお前、戦力外だろ」
「げっ、即戦力かよ」
教会前の煌びやかな表通りを歩いていると、二人組の冒険者に絡まれた。
特段癖のないクラスで人気の剣士と魔法使い。
一目で即戦力だと分かったのは、ほとんどの冒険者が即戦力だからというのもあるが、確定ポイントはもう一つある。
街中にはこの二人と同じ装備の冒険者がわんさかいる。
クラスごとの最強装備というまとめ記事が流行っているらしく、試行錯誤する手間を惜しむ若者はそれに倣っているのだ。
「何か用かな」
「お前の今日の報酬、全部出せよ」
と、横暴な目に遭うことも珍しくない。
Lv差にも動じず、ため息をつきながら聞き返す。
「なんで俺が?」
「いいから寄越せ。この劣化版暗殺者が!」
今どき珍しい戦力外たる葵星はギルドでもちょっとした有名人だ。
他称、劣化版暗殺者。
教会の信託を受けたLv50の暗殺者なら音と気配を完璧に消し、闇に乗じて魔物を仕留めることができる。
この時、隠密スキルの他に、魔物を屠るのに必須となるのが暗殺スキル。
魔物の弱点を正確に突くことで、一撃で息の根を止めるものだ。
だが彼には暗殺者足り得るスキルが多数不足していた。
スキルで消せるのは音だけ。
気配は頑張ってそれらしく殺している。
そして致命的なことには、暗殺スキルはおろか、攻撃スキルを一つも持っていなかった。
ダンジョンをこそこそと駆け回り、一匹の魔物相手にヒットアンドアウェイで通常攻撃を振り回す。
攻撃を繰り返すうちに魔物の標的を買って不意打ちができなくなることが日常茶飯事だ。
「さてはもしかして、教会に強制送還されたのか? 命は助かるとはいえ道中の報酬がゼロになるもんな。だからって俺を襲って元を取ろうなんてどうかと思うよ? Lv50のくせに色々とダサいね……」
「てめぇ……っ!」
人通りが多いにも関わらず、血気盛んな男が葵星の胸ぐらを掴んだ。
人が集まってくる。それも皆、冒険帰りの即戦力だ。
対峙する二人のうちの一人が戦力外だと分かると品のない野次が飛び交った。
本当にこいつら、全員嫌いだ。
冒険を、日常を、娯楽として消費している。
葵星の方がLvは遥かに下。まともにやり合えば呆気なく負けるだろう。
だが、暗殺者を真似た生き方をする葵星がまともにやり合うはずがない。
彼には即戦力に対する必勝法があった。
「《空間制御》・《機能2》」
葵星は目を閉じて、左手を突き出した。
「なんだ? 音を消したところで何になる」
暗殺者が消せるのは音と気配だけ。
しかし葵星は信託など受けてはいないし、ましてや暗殺者などというクラスでもなかった。
「『消灯』」
光を刈り取るようにその左手を翻す。
ぷつりと、街中を照らす奏光球の明かりが消えた。
目障りな教会の明かりごと全てだ。
「きゃあっ——!」
暗闇に慣れていない人間が子供のように悲鳴を上げる。
早く明かりをつけろと街中は軽くパニック状態に陥った。
この世界は、闇を恐れているからだ。
葵星の胸ぐらを掴む腕も腕も力なくぷるぷると震えていたので、鬱陶しいその腕をサッと振り払った。
「あまり、冒険者を舐めない方がいいよ」
勝ち逃げのセリフを残し、直に奏光球の明かりが戻る前にその場から離れる。
物音を消してしまえば、暗闇の中で逃げるなんてのは楽勝だ。
残酷なことをしている認識はあった。
皆が恐れている闇を作り出したのだから。
けれど、恐れることがそもそもの間違いだと葵星は思っている。
この世界はあまりにも明るくて、何かを見落としている気がするから。
「——見つけたみゅ」
暗闇の中で、蒼く光る瞳と視線がぶつかった。
たまたまだろうかと注視してみると、蒼い視線ははしっかりと葵星の動きを追っていた。
とはいえ葵星の居場所を知らせるような気配も、葵星に飛び掛かる素振りもない。
革袋に手を突っ込んでぽりぽりと小さなお菓子を頬張るだけだったので、その子のことはあまり気にせずに葵星はさっさと退散した。
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