第四話・続「鳥と弓と変態たち。魔物一羽が所望を拓く」
岩山を越え、渓谷へ差しかかる頃だった。
「……止まれ」
武蔵の声に、創冶もカエデも反射的に動きを止めた。
「……な、なんかおる?」
「風が……軽く鳴いてる」
カエデが耳をすませた瞬間、上空から轟と音が降る。
「来るぞ!」
――ギギャァアアアアア!!
空を裂いて現れたのは、全長四メートルはあろうかという巨大な鳥型の魔物。
灰黒の羽根と鉤爪、嘴は槍のように鋭く、目は赤く光っていた。
「“裂嘴鷲”か! カエデどの、危のうござるぞ!」
「言われんでも分かってるっちゅうねん!」
カエデが瞬時に弓を構える。
腰の双剣ではなく、背中の風弓を抜いた彼女にとって、これが“弓”の初披露戦だ。
「……五連風矢(ごれんふうや!」
風をまとった五本の矢が同時に放たれ、羽ばたく魔物に突き刺さる。
「グギャアァア!!」
「効いてるでござるカエデどのッ!
ならば拙者も――」
黒鋼創冶が叫ぶと同時に、地面から岩壁が立ち上がる。
「“地鎧陣”!!」
魔物の嘴が突き刺さる直前、分厚い地の壁が砕けるも、直撃を防ぐ。
続いて、武蔵が一歩、前に出た。
「……静かに」
風が止まる。
大地も沈黙する。
「――参る」
武蔵が木刀を構えた。
重心を極限まで落とし、重みすら感じぬ“静”の構え。
一拍、二拍。魔物が再び羽ばたいた瞬間――
「木刀奥義・残影一閃」
ひと振り。
それだけで、裂嘴鷲は地に落ち、もがくことなく絶命した。
「……お見事、武蔵どの」
「倒したのは三人でだ。創冶、カエデ、感謝する」
「ふん……当然やん。てか今の、完全に剣豪の仕事やったな。カッコつけすぎやん?」
「お主が矢を射る時のほうが、なかなかに“粋”だったぞ」
カエデが少しだけ頬を赤らめる。
「さて……解体、いくで」
彼女は手際よく羽根を落とし、脚部を裂き、内臓を外し――
香草をすり込み、秘伝の甘辛だれに漬けて、炙った。
ジュジュウゥゥゥ…と食欲をそそる何とも言えない香りが鼻をくすぐる。
「……裂嘴鷲のテリヤキ、完成や」
「んまッ!! 何この香ばしさ!? 魔物肉って、ふつう獣くさいやろ!? これは……店出せるレベルや!!」
一方、創冶は目を輝かせながら魔物の骨を手に取っていた。
「この嘴……強度、重さ、尖り――よし、これで貫通槍の試作が作れる! 羽根の硬化部も良いぞ、護符にもなるッ!」
「黒鋼、それが“地”の務めだな」
「ああ、武蔵どの。地に根ざし、素材に命を吹き込む。これぞ鍛冶師の本懐!」
その夜、裂嘴鷲のテリヤキを囲みながら三人は語り合う。
“仲間”という言葉が、少しずつ現実味を帯びていく。
だが武蔵の瞳は、まだ遠くを見ていた。
――次に出会う、水の者を想いながら。
焚き火が、ぱちぱちと静かに爆ぜている。
空は星が滲むほど澄み渡り、裂嘴鷲のテリヤキの香りがまだ残っていた。
武蔵は黙々と木刀の手入れをしている。
その隣でカエデが残った裂嘴鷲の骨を煮込みながら、空を見上げた。
「ふあー……腹もいっぱいやし、風も気持ちええなあ。なあ、武蔵くん。あんた、木刀にやたら拘っとるけど……ほんまに、それだけで戦ってくつもりなん?」
「当然そのつもりである」
「一切、刃物は使わん、てこと?」
「……うむ。刃の道は、すでに一度、極めたと自負しておる。今は“斬らぬ強さ”を、求めている」
「なんやそれ……悟りでも開いとるん?」
「いいや。ただ――これは我の“所望”だ。ゆえに、それでよい」
カエデはくく、と笑う。
「ほんま、あんたアホやな……せやけど、そういうアホ、ウチはキライちゃうわ」
創冶がその会話に乗っかるように、ぐいと湯飲みを傾けた。
「木刀で魔物を瞬殺、弓で鳥を落とす娘、骨と嘴で武具を作る拙者。……まったく、とんでもねえ変態三人組だぜ」
「……否定はせんが、それを言うなら創冶、お主がいちばん濃いぞ」
「はっはっは、そいつは光栄だ。だがな、武蔵どの。俺は“変態”じゃねぇ、“鍛冶職人”だ」
「はいはい、変態鍛冶職人やって」
「カエデどの、飯の腕は認めてるが、容赦のないツッコミ、感服するでござる」
三人の間に、心地よい笑いが広がる。
「それにしても、こうして飯を食って、語らえるってのは……なんだ、悪くないでござるな」
創冶が焚き火を見つめながら呟いた。
「……そやな。あんたら二人と一緒におると、なんや“安心感”あるわ。ちょっと……懐かしい気もしてな」
「カエデ……」
武蔵は、火の揺らぎに照らされた二人の顔を見つめる。
(地、水、火、風、空……そして“我”)
(まだ全員揃ったわけではない。けれど、この夜のぬくもりが――所望という名の“日常”の始まりだと、我は思う)
「……ありがとう、創冶。カエデ。今日という一日に、感謝を」
武蔵がそう口にした瞬間、夜空にひとつ、流れ星が走った。
三人は黙ってそれを見上げ――
やがて焚き火の火が、静かにちいさくなっていった。
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▶次話:「湖畔に咲くは、水の姫君」へ続く