第五十三話『ひめねちゃん外伝その弐 水神の涙とぽちゃんぽちゃん大騒動!』
風石の里を離れ、ひめねが次に向かったのは──
ヒナガ国南東、霧雨の降りしきる御神澄の泉郷。
神話に語られる水神が住まうと伝えられる場所であり、村の中央には巨大な湖が鏡のように澄みわたっていた。
「わぁぁ……きれい……! まるで、空が湖に沈んでるみたいですわ……」
泉の畔に腰をおろし、ひめねはそっと巻物を広げる。
五輪改、水の章──自分なりに書いてみたそれは、まだ言葉足らずで、どこか薄味だ。
「やはり、“わたしだけの水”って、まだ見えてないのですわ……」
そこへ現れたのは、透き通るような肌に白銀の髪を揺らす、一人の少女。
装束は巫女のようなもので、目元には仄かに水の紋様が浮かぶ。
???「あなた、“水神の涙”を求めて来たの?」
「えっ? “水神の涙”? ……なにそれ、すっごく、気になりますわ!!」
???「この湖の底、封印された水神が眠っているという言い伝えがあります。その水神が流した最後の涙は──すべての水の理を宿している、と」
「えっ、それってつまり、武蔵さまの“水の巻”にも関わるような、すっごく貴重な、やばいやつなのですわ……!?」
???「ただし簡単には辿り着けません。湖の結界を越えられるのは、“水の試練”を受けた者のみ。……試してみる?」
「もちろん、やりますわ!! 全力で、ぽちゃんぽちゃん!!」
???「ぽちゃん……?」
──水の巫女に案内され、湖畔の神殿へ。
そこでひめねは、巨大な水の精霊との対話に挑む。
《そなたの“水”は、未だ濁っておる……“流れ”とは、ただ形を変えるものではない。受け入れ、委ね、染みわたる……それが水。》
「……うん。でも、わたし、まだこわいのです。全部を受け止めるって、すっごく大変で、苦しくて、……ちょっと涙が出るくらい、なのです」
《よい。泣くがよい。涙とは、心の水なり》
──その瞬間、湖面に静かに光が差し込んだ。
水の中に浮かび上がる一粒の宝珠。
それが、伝承に語られた“水神の涙”。
「……あった。……これが、“わたくしの水”……!」
涙のように滲む柔らかな光が、ひめねの手の中で脈動する。
それは強さではなく、やさしさ。
支配ではなく、受容。
押し流すのではなく、包み込む力。
「水って、誰かにちゃんと“優しくなりたい”って思う気持ち……そんな気がするのですわ」
──村人たちは彼女に深く頭を垂れ、水神の巫女は涙ぐんだ。
巫女「……その涙、きっと貴方がふさわしい。“水神の巻”……新たに記して」
「うん、ありがとう! わたくし、ちゃんと書きますわ!」
その夜、ひめねは村の縁側で、巻物に新たな言葉を記していく。
背後の魔導ラジオからは、五行庵ラジオがほのかに流れていた。
《今夜の五行庵ラジオは、“お風呂で読む水の巻”特集です。読んじゃダメな場所で読んでこそ、真の変態──おっと、これは検閲対象?》
「ししょうぉ……やっぱりししょう、変態だよう……でも、そこが好き……!」
村の子供たち「“へんたい”?」「へんたいってなにー?」
「ちがうの! へんたいっていうのはね、ちがうのっ!」
──ぽちゃんぽちゃんと湖面に笑い声がこだました。
――
―そして霧の湖からさらに東へ
そこは山と山に囲まれた、煙たなびく鉱山の里。
名を【鋼峰】という。
山の斜面には無数の鍛冶場が立ち並び、槌の音が絶えず響いていた。
火花が咲き、汗が飛び、鉄が吠える。
そこに、ひめねはいた。
「あ、あれが……伝説の鍛冶職人、『斧道オヤジ』さんの工房……!
すっごい! 火柱、煙突から出てますわ!? ドラゴンの住処かと思いましたわ!」
どうしてひめねがここに来たかというと──
五輪改、「地」と「火」の巻に必要な「真なる素材」についての答えを探していたからだ。
それは、武蔵の“地の巻”“火の巻”の中で語られた素材への異様な執着に影響されたとも言える。
(ラジオ回想)《──この鉱石はただの鉄ではない。“雷哭鋼”……雷の意志が宿る、拙者が惚れ込んだ素材でござる! グフフ!》
「創冶さんのあの、グフフって……耳から離れないんだよね……うっかり影響されちゃった……」
意を決して工房の戸を叩くと、爆発音とともに扉が吹き飛び、まるで山の神のような巨体の職人が姿を現した。
斧道オヤジ「おんどれ、弟子志望かあ!? それとも素材コレクターかァ!? どっちでもええ! 入れィィ!!」
「あわわ!? は、はいっ! わたくし、五行庵ラジオの──」
「おぉ!? あの変態ラジオ!? 毎晩聞いとるわ!! “姫ねんこ”が来たんか!?」
「え、ええええぇ!? 知ってますの!?!?!?!?」
「おうよォ! お前さんが“真なる地と火の素材”探しに来たとあらば、この“斧道オヤジ”、全力で付き合うぞー!!」
「な、なんて熱血なのかしらこの人……!」
こうして始まる、ひめねと斧道オヤジの素材修行。
まずは鉱山へ潜り、珍しい鉱石「深玄岩」を採掘。
次に、山奥に咲く火花のような草「焔咲華」を採取。
さらに鍛冶炉の火口で、魔物の巣を掃除しつつ、火蜥蜴の鱗を入手──。
「……火の鱗って、熱すぎて、わたくしの尾が少し焦げてしまいましたわ!? ほんとこの素材探し、どの巻より体力削られますわ~!」
「はっはっは! 火と地ってのァな……“忍耐”ってのを試してくるんだよなァ! まさに変態修行じゃあ!!」
「……望むところですわ!?」
そして──
ついに手にした、地と火の混成素材。
斧道オヤジが目の前で、炉に火を入れ、槌を振るう。
火花が上がるたびに、素材が形を成していく。
「こいつは……“お前さんだけの形”にしてやる。何を打つか、どんな風に記すか……それはお前次第だ、姫ねんこ」
「はい……! わたくし、“地の理”と“火の心”を、ちゃんと感じて……自分なりの巻物を、記してみます!」
(工房ラジオ再生中)
《創冶「……グフフ……お主も“火蜥蜴の尻尾”を素材にするとは、良き変態の素質がござるな……」》
「いやあああああっ!! なんでここでラジオが流れてるのぉぉぉ!!?」
「オレの工房じゃいつも流してるぞ! “変態魂”は鍛冶の熱源じゃあッ!!」
こうして、ひめねの“地と火”は研ぎ澄まされていったのであった。
次なる旅路は──
「風の流れる、空への導き」。
もしかすると、そろそろ彼女の旅も、武蔵たちと交わる運命の交差点に向かっているのかもしれない――
外伝その参へつづく――




