第三話・続「風と剣と、焚き火と」
風飛カエデが仲間に加わって二日後――
ふたりは森の奥へと踏み込んでいた。
「……って、あんた、ほんまにこの道で合うてんの?」
「我の勘に狂いなし。前世でも道に迷った記憶なし」
「その前世って、ほんまなんか?いまだに信じられへんわ!」
そんな調子で、カエデは我の言動にツッコミを繰り返しながらも、案外楽しそうな様子を見せておる。
彼女の歩みは軽く、鳥のように跳ね、葉をすり抜ける風のようだった。
そして我はといえば――
静かに、正確に、無駄のない歩で木々の合間を抜けていく。
「なんか……並んで歩いてんのに、動きが真逆やな」
「動の風。静の木。――相性は良いと見る」
「まー、漫才としては悪くないかもな」
と、笑い合ったその時だった。
――ガサッ。
獣の気配。距離、およそ十五間、現代で言うとおよそ27メートル程。
「武蔵くん、来るで!」
「承知」
バサァッ!!
草むらを割って飛び出したのは、体長三メートル超の魔猪――
この世界のDランク魔獣、「鉄牙猪」。
「うっわ、こいつの牙まともに食らったら鎧でも刺さるで!」
「ふむ……では――一手にて断つ」
我は静かに木刀を抜いた。
その刹那――
ズン!!
音が遅れて響く。
魔猪の巨体が、ピクリとも動かずに止まったまま、次の瞬間には“前のめりに”崩れ落ちていた。
「え、えぇぇっ!? 今、何したん!?」
「“木魂”の柄を、魔猪の鼻先に置いたのみ。打つ前に恐怖で硬直したか」
「いやいや! あれ絶対なんかしたやろ!? てか打ってるやろ!?」
「……少し、触れたのみ」
「それ打ってるって言うねん!!」
――変態。
そう言いかけたカエデだったが、その後の言葉は出なかった。
それほどに、木刀の一撃は――静かで、重く、美しかった。
しばらくして――
「ふふ〜ん♪ 魔猪のロース焼肉、できたで〜!」
火を囲む焚き火の上に並ぶのは、分厚く切られた魔猪の肉。
カエデがさばき、独自の調味料をまぶして香ばしく焼き上げたもの。
「良い香り……肉の線維を見極めて切っている。見事な“捌き”」
「ふふん。料理も忍術のうちやからな。毒見は任せたで〜?」
「承知」
一口。
じゅわ、と肉汁が染み出し、山の胡椒の香りが鼻を抜け、柔らかくも弾力のある食感が舌を喜ばせる。
「……美味」
「やろ? うち、食い逃げ常習犯やけど料理は本職やねん」
「カエデどの、我の所望ライフには飯も必須。――どうだ、専属料理忍者にならぬか?」
「はっは、そんなん言われたん初めてやわ。……考えとくわ」
焚き火の火がパチパチと鳴る。
星空の下で、ふたりはしばし沈黙。
「……なぁ、武蔵くん」
「何か?」
「うち、けっこう人間関係とかメンドい思ってたんよ。でも、あんたとおるとなんか――ええわ」
「我も然り。共に在る者が“楽”であること、これもまた天下無双の所望ライフの条件なれば」
「……ふふ、アホやな。ほんま、変態やわ」
「む? それは褒め言葉か?」
「せやな。――今は、そうかもしれへん」
火が、優しく揺れた。
こうして、ふたりの距離は少しずつ縮まっていく。
風と木。動と静。ボケとツッコミ。
――異世界にて、出会うべくして出会った変態たちの、旅は続く。
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▶次話:「地より現る大槌の兄貴。鍛冶と変態の邂逅」へ続く
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