第四十三話『風飛カエデの手記・風の巻、共に在った日々―』
あの日、武蔵くんが五行庵の庭でウチに向かって、
「風の巻、共に綴りたい」と言うたとき――
ウチ、心臓止まるかと思った。
あの真顔でな。
「汝の風が必要だ」やなんて、あんな詩人みたいな口調で誘われてみ?
そら、普段ツッコミばっかりしとるウチやって、おしとやかにもなるやんか……。
ほんま、ずるい男やわ。
でもな、思えば、あのときもうウチは気づいてたんや。
「――あ、ウチ、ずっとこの人の隣におりたかったんやな」って。
旅の道中は、笑えるくらい色んなことがあった。
風の魔物に囲まれて、泥だらけになった日。
野営で焼いた風獣の腿肉が美味すぎて泣いた夜。
無音の剣を交わした、あの月明かりの夜――
言葉じゃ足りんほど、全部が“風”やった。
気まぐれで、止まらんくて、でもどこか、あったかい風。
ウチな、ちっちゃい頃から「忍」として育てられて、気配を消して生きる術を学んで、“誰にも気づかれん”ことが”強さ”やと思っとった。
けどな。
あのとき――《シルフフェーン》の羽根を手にしたあの夜、ウチは初めて“誰かに見つけてほしい”って思った。
そして、見つけてくれたんが……武蔵くんやった。
そして《ガルヴァリエ》との戦いでな。
風が全部をかき乱して、ウチ、自分の存在すらわからんくなりそうやったとき、武蔵くんが“ウチの風が好きや”って言うてくれた。
あの言葉は、なんやろな……
風の中でもちゃんと届いたんよ。
心の一番奥に、すぅっと、触れてくれて。
あのときのウチ、たぶんもう、惚れ直しとったと思う。
でもな、たぶんもう前から――惚れてたんやろな。気づかんふりしてただけで。
今、五行庵でこうして筆とって書いてるけど、横で武蔵くんが風の巻を仕上げてる姿、なんかずっと見てられる。
あの背中、やっぱり……ウチ、大好きやわ。
でも、言わへんで?
さすがに口には出せんわ。
――けどもし、また旅に出ることがあったら、言うかもしれん。
「となりええかな? ウチ、またあんたと風になりたいねん」って。
それまでは……この手記にだけ、こっそり気持ちを預けとくわ。
風飛カエデ
⸻
風を巡る旅路は終わり、
けれど、ふたりの風はまだ止まらない――。
――武蔵とカエデが二人旅している頃、五行庵では残りのメンバーが――
『五行庵ラジオ 〜武蔵&カエデ不在スペシャル〜』
パーソナリティ:
水姫ナギサ & 護堂烈火 & 天道空雷
(ゲスト乱入:黒鋼創冶)
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ナギサ(しっとり姫さま声):
「皆さま、こんにちは。五行庵より、ナギサが本日の放送をお届けいたしますわ。
……ええ、本日は……武蔵さまとカエデさんが“おふたりで旅に出ております”ので、わたくしどもでお送りしますの」
烈火(豪快に):
「くっはーッ! 二人旅か! 若いなぁ~青春だぜ〜~!」
空雷(冷静沈着):
「剣豪どのは“風を識るため”と言っていた。だがこの構成、どう見ても恋慕の風だ」
ナギサ:
「れ、恋慕……!? そんな……きゃっ……!」
烈火(勝手に盛り上がる):
「でな、オレさまの推理では、こうだぜ。風の中で木刀がカツーン!ってぶつかって、火花が散って、で……! 目が合って!」
空雷:
「その後、“……お主の風、悪くなかった”とか言うやつだな」
ナギサ(妄想に突入):
「か、風の中でお互い見つめ合って……そ、それから……きゃっ、だめっ!」
黒鋼(どん!と乱入):
「拙者はただ一言申したい。“今頃ふたりで獣の腿肉を焼いておるにちがいないぞ”と!」
ナギサ・烈火・空雷:
「「「うわあああああ!!あるある!!」」」
⸻少しの沈黙の後、一同の笑い声が幻想竹林の風に乗っていった。
ナギサ:(笑いすぎの涙をそっと拭いながら)
「ふぅ…さて……落ち着いてまいりました。では次のおたより――“おふたりの帰還を心待ちにしております”」
空雷:
「剣豪どのの旅、風飛の風……これは、我々が手出しできぬ領域だ。ゆえに、我らは我らの“地水火空”を守ろう」
烈火:
「そうだな……帰ってきたら、ちょっとからかってやるぐらいで手ぇ打つか!」
⸻
一方その頃、その放送を聞いていた狐人族の姫、紫藤ひめねはと言うと――
ひめねは、とある峠道にある茶屋で一人、携帯魔導ラジオを聞いていた。
そして。
ぎゅうぅぅぅう……!
握られる茶菓子の皿。耳はぴくぴく、尻尾はばさばさ。
ひめね:「な、なんですの!? おふたりで!? 旅!?」
魔導ラジオから流れるナギサたちの“妄想盛り盛り実況”が彼女の中に眠っていた“理性という名の城壁”を一つずつ崩していく。
ひめね:「ふ、ふたりで野営? 焚き火!? それってもう……けしからんですうぅぅっ……!」
思わず頬を押さえる。
「……な、なんで、こんなに胸がざわざわするのかしら。べ、べつに、わたくし……そんなっ……!」
耳が赤くなる。
「武蔵さまは剣のことしか考えておられないようなお人ですし、カエデさんは料理も出来る忍びですし……でも……でもっ!」
“ずるいですわ!”
その叫びは、風に溶けて誰にも届かず――
代わりに、小さな紙にそっと書き記された。
武蔵さまへ。
……次は、わたくしと風を感じていただけませんこと?
――ひめねより(※出す勇気はない)
⸻
そんなこんなで、五行庵には今日も平和なざわめきと、少しのざわざわが吹いている。
風は、誰の心にも吹く。
けれど、誰と吹きたいかは……きっとそれぞれが知っている。
⸻つづく




