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異世界武蔵転生『我、天下無双は飽きた故、のんびり所望ライフを所望する』  作者: 二天堂 昔
第一章『我と最高の仲間たち〜全てにおいては単純にスローライフのためにて天下無双を貫く我が生き様よ』

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第四十二話『風の巻』―風の羽根と無音の剣


その夜。

ふたりは焚き火も灯さず、ただ静かに、月の光の下で羽根を見つめていた。


風の羽根は、ふとした風に反応し、ふわりと浮き上がる。

まるで、生きているかのように。


「なあ武蔵くん。これ、なんやろな。心臓の音が……遠くなる気がする。

ウチ、今、息しとるかどうかすら分からんくらい、静かや」


「……我も、同じ感覚にある。

音が遠ざかり、体の輪郭が、風に溶けていく……」


そう――それは、“消失”の兆しだった。


風の羽根は、持つ者の気配すら薄め、存在の輪郭を“風”に溶かす。


それは、忍びの極致であり、剣士の秘奥でもある。


「お主の気配、見えぬ」

武蔵が囁く。


「そっちこそ、姿は見えんけど……なんとなく、おる気がする」

カエデも囁き返す。


「つまり、“気配の共鳴”じゃな」


「――それ、ええな」


ふたりの間に、言葉ではない会話が生まれていた。


互いの呼吸が、風のように調和し、

互いの動きが、まるで“風の舞”のごとく噛み合う。


ふと、カエデが立ち上がった。


「武蔵くん。やってみよか。

――風の羽根を使って、気配を消したまま、斬ってみる」


「我に“見えぬ剣”を斬らせようというのか。望むところよ」


ふたりは距離を取り、目を閉じた。

羽根は互いの腰に。

月光だけが見守る静寂。


風が、止まる。


音が、消える。


そして――


一閃。


風が舞い戻る。


カエデの双剣が、空をなぞるように走った。

武蔵の木刀《天翔》が、それを“斬らずに”受け流した。


「……すご。斬ったのに、斬ってへん感覚や」


「我もまた、受けたのに、受けておらぬ。

これは……“無音の剣”」


それは、音も気配も伴わぬ、極限の間合いと“理解”の剣。


斬ることを超え、互いを感じる剣。


ふたりは同時に、思わず息を呑んで笑った。


「なあ武蔵くん、もしウチらが本気でやり合ったら、どっちが勝つんやろな?」


「それは……風に聞くしかあるまい。だが、風は答えてくれぬがな」


「そやなぁ……風は、ただ通り過ぎてくだけやもんな……」


でもその“通り過ぎる風”が、ふたりの間に何かを残していく。


言葉ではない信頼。

技ではない共鳴。


それこそが、風の巻が語るべきもののように思えた一夜であった。



夜が明け、風はまた新たに吹いた。


武蔵の筆が再び走り始める。


「――風とは、舞である。風とは、共鳴である。

己を消し、相手を感じ、静寂の中に一つの“間”を創る。

それは、我が友と共に識った、無音の剣の奥義である――」


風の巻、あと少しで完成へと近づく。



――



『風の巻』―最後の風、最初の想い


風の巣からの帰路――

突如、空がざわついた。


断層のように空気が裂け、稲妻にも似た風の奔流が天地を貫いた。


「ッ……この風、ただの風ちゃう!」

カエデの表情が強張る。


「うむ。これは――“風の暴獣”ガルヴァリエとやらかもしれぬ」

武蔵が、静かに木刀《天翔》を抜く。


それは《シルフフェーン》と対をなす、風の乱れを司る幻獣。

気配を読む者にとっては最大の敵。

なぜなら、すべての気配を攪乱かくらんし、無にする風だからだ。


姿なき暴風が、怒り狂ったように暴れ狂う。


木々が引き裂かれ、石が宙を舞い、風の刃が空を裂く。


「武蔵くん! ウチらでも、これはヤバいで……!」


「退かぬ。我らはすでに、風に選ばれている。ならば、越えねばならぬ試練よの」


そう言って前へ出る武蔵の背――

それは、あの日カエデが“惚れた”背中と、何も変わらない。


「……ほんま、そういうとこ、ずるいわ。

ウチ、また惚れてまうやろ」


彼女もまた、風を読まず、ただ武蔵の“背中”を読む。

その動き、その決意、その想い。


風を斬らず、風と舞い、風を導く。

ふたりは風の中を踊るように駆け、互いの剣閃を預け合う。


「カエデ、左より回れ!」


「了解っ、武蔵くん!」


木刀と双剣、無音と旋風。

音も、気配も、言葉さえも、風に溶けて――

心だけが通じ合う。


そして、武蔵の声がふと、風に乗った。


「――我はな、カエデ」


「……ん?」


「お主の風が好きだ。

気ままで、あたたかく、時に鋭く、けれど決して誰かを傷つけぬ風。

我が“風の巻”に、お主がいなければ……何も書けぬと知った」


カエデの瞳が、少しだけ潤む。


風の中で、涙はすぐに乾く。

けれどその想いは、風に乗って、まっすぐ届いた。


「そんなん言われたら、ウチ……」


カエデは小さく笑って、そして――


「もうずっと、あんたの隣におるしかないやんか……バカ」


その刹那、ふたりの気配が完全に“重なった”。


風の暴獣が最後の咆哮を上げた瞬間、

ふたりの剣が交差し、風の核を斬り裂いた。


――沈黙。

すべての風が、止まった。


空は晴れ、竹の葉が静かに揺れ、風が“優しく”戻ってきた。


カエデの髪がそっと揺れ、

武蔵の前髪が、風に舞う。


ふたりは見つめ合い――

何も言わず、ただ笑いあった。


その笑みには、風のような軽さと、風に宿る深さがあった。



つづく――

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