第三十九話『火の巻・燃ゆる朗読と炎上ラジオ!?』
五行庵の奥座敷。
いつものラジオブースに、今夜はひときわ熱気がこもっていた。
木造の壁がきしみ、魔導マイクの周囲では赤い魔力がゆらゆらと立ち上る。
ナギサが魔導冷却結界をそっと張る横で、カエデが汗をぬぐいながらつぶやいた。
「これ……放送事故にはならんよね?」
「ならんさ! むしろ……燃えるぜッ!!」
叫ぶ烈火。
横で、火鱗龍の鱗から精錬された新盾の試作品を撫でながら、黒鋼も鼻息を荒くする。
「拙者の設計と武蔵どのの火の哲学……まさに“機能美の狂宴”じゃあッッ!!」
「狂宴て……」
天道空雷はあきれたように苦笑しながら、冷静に魔道ミキサーを操作していた。
「それでは、時刻は宵の刻――五行庵ラジオ、第三十九夜の放送を開始します。
メインパーソナリティは、我らが“木刀剣豪”、武蔵どの」
「うむ。……本日は、火の巻を朗読致す。心して聴くが良い、皆のものよ――」
深く息を吸い込む。
そして、朗読が始まった。
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『五輪改 火の巻』
火とは、破壊にあらず。
火とは、焦がれること。
我、かつて戦を極めんと剣をふるい、数多の強者を斬り伏せたり。
されど、勝利の果てに残るは、灰のごとき空虚なり。
思うに、火は燃やすことにあらず。
燃やし尽くした後に、なにを照らすか――それが問われるのだ。
火は陽にして、陰をともなう。
たとえば怒り。たとえば激情。
それらを剣に乗せれば力となり得るが、制御を欠けば火走り、刀はただの凶器となる。
怒りてはならぬ。
ただ、燃やせ。
燃やすべきは剣ではなく、己が覚悟なり。
剣において、火は動の極。
一閃は風よりも早く、一撃は地よりも重く、意志は空をも貫く。
されど火は、ただ速く、強ければよいのではない。
火は、灯すもの。
焚くことで集う者がいる。
煮炊きし、語らい、笑う者がいる。
心をあたためる焔、それこそが火の本質なり。
かつて我は、火鱗龍と相まみえた。
その焔は天地を裂き、咆哮は戦士を震わせた。
烈火どのの大盾がそれを受け、我が木刀は火の核を静かに討った。
そのとき我は知る。
暴に挑むには、暴を超えねばならぬ。
されど、真に火を制する者は、静の火を以って臨むものなり。
猛火とは、ただの燃焼ではない。
烈火どののごとく、仲間を守り、立ち塞がり、敵の怒りを己が盾で受け止める――
その姿こそ、剣の火に相応しき精神と心得る。
ゆえに記す。
火を帯びし者よ、憤怒を力にしてはならぬ。
その怒りを煮詰め、澄まし、光とせよ。
怒るな、燃やせ。
焦るな、灯せ。
心に火を宿し、それを消さず、静かなるままに剣をふるえ。
その剣に、汝の火を灯すべし。
以上を以て火の巻とす。
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朗読が終わると、数秒間の沈黙。
それを破ったのは、烈火だった。
「おい……お前……なんだよそれ……泣くじゃねぇかバカ野郎ォ……!!」
「ウチ、なっ……なんか目から汗が……!」
「わたくしもですわ……なんてあたたかいのかしら……」
「拙者、涙が止まらぬでござる……」
「剣豪どの……カッコつけ過ぎではないのか……ッ」
天道が小声でぼやきつつも、放送用の魔導マイクに向かって囁く。
「ただいまの朗読は、武蔵どのによる“火の巻”でした。
感想・質問は五行庵ラジオへ、魔導波にて随時受付中――」
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そして、魔導大国・ルクスラムのある屋敷にて
「……ッッ!!!」
紅茶のカップを持っていた男の手が震えた。
彼の名は、リゼル・ヴァルト。
魔導大国ルクスラムでも五指に入る大貴族。
そして、自他共に認める火属性信奉者である。
「この……この文章力……火の本質を、ここまで見抜いているとは……!!!
“怒るな、燃やせ”だと……!? 天才か!? 彼は火の賢者か!?」
リゼルは熱狂し、隣にいた従者に怒鳴った。
「速やかに! この“五行庵ラジオ”とやらへ、特使を送りなさい!!
そして火の巻の全文と、あの武蔵という剣豪の木刀の詳細、盾職人の名を調べろ!!」
「は、ははっ!」
「この世に、我が信ずる“火の真理”が、まだ残っていたとは……
いや、違う……これは、新たな炎時代の幕開け……!」
リゼルの目が、赤く燃える。
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ラジオ反響コーナー@五行庵
数日後、魔導便りが次々と届く。
「火の巻……感動しました!」
「こんなに泣いたのは初めてです。烈火さん、抱いてください!」
「火鱗龍の料理レシピもぜひ!」
「火鱗龍の皮、どこで買えますか!? 武蔵様の木刀は通販で買えますか!?」
「※木刀は非売品です(by 天道空雷)」
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次話、「武蔵の火、ひめねの心の火」へ続く!
「火の巻」朗読後──ラジオブースにて
武蔵、語りのあとに静かに残す言葉
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(朗読が終わり、しばし沈黙。マイクの向こうに、焚き火の音が重なる)
武蔵
「……ここまで、聴いてくれて、礼を申す。
“火の巻”――この章は、まことに、燃えるものが多いものと感じた。」
(間を置き、静かに続ける)
「剣にしろ、拳にしろ。
戦に挑む者は、皆どこかで“熱”と向き合うものだ。
だが、それをただ燃やすだけでは、いずれ消えてしまう」
「誰かのまなざしがあり、心が通えば――その火は、灯火から、焔へと変わる。
……我はそう思う」
(わずかにマイクの向こうへ目を向けて)
「もし、貴殿の胸に何か残ったのならば。
それを――形にして、置いていってくれれば、我らもまた、前へ進めよう」
「何気ない、それでいて、確かな一言、ひと動き……
それが、この剣の行く末を照らす“導き”となる」
「我らの歩みに、再び足を運んでもらえるよう――
心より、所望する」




