第三話(挿絵有)「風、駆け抜ける刃。出会いは双剣の嵐」
――旅に出て、三日目。
山を越え、谷を渡り、我、武蔵はとある町の市場を歩いていた。
目的はただ一つ。
「……ふむ。良き木材があらば、数本ほど拝借したいものよ」
木刀素材の収集である。
目利きの鋭さは異常で、道端に転がった折れた椅子の足一本からでも、その木の年輪や油分を読み取る変態ぶりを発揮していた。
そんな時――
「うおおっ!? どけどけぇぇっ!!」
「きゃっ!? 泥棒よ! 誰か止めてぇっ!!」
群衆の向こうから、一陣の風のごとく飛び出してくる影があった。
それは包丁のような物を両手に持った、忍装束の少女。
背は小柄で、顔には笑み――いや、ニヤリとした悪戯な色。
「ま〜た食い逃げかいっ! ったく、三日も飯抜きゃそりゃそうなるわ!」
走りながら独り言。
だが――我の眼は彼女の「足運び」に注目していた。
(この動き……風の如し。いや、それ以上に“無駄”がない)
飛び上がる。壁を蹴る。天井を滑る。落ちる。着地。走る。
一瞬の迷いもなく、人々を避けながら、風のごとく駆け抜けるその姿――
「……見事な所作なり」
我は、思わず口に出していた。
次の瞬間――
彼女の視線が、こちらを捕えた。
「あんた、動かんといてやぁああああああっ!」
バシュン!
我の前、地面スレスレに一本の包丁――いや、双剣の片割れが突き刺さった。
瞬間、彼女はその柄を踏み、飛び上がり、我の頭上を飛び越え――
「おお、見事な飛術」
「褒められても困んねんけど! てか、あんた誰やねん!?」
着地した瞬間、彼女は振り返ってツッコんできた。
「名乗ろう。我が名は武蔵。この地にて木刀道を極めし者なり」
「……あかん、剣豪あるある系の変態や」
「我の何が変態か、具体的に十文字以内で説明願いたい」
「変態は変態ってだけで説明不要やろーっ!!」
──ガンッ!!
カエデの風の双剣が、我の木刀「木魂」と激突する。
軽やかでありながら、芯を打つ一撃。
対する我の構えは、微動だにせず。
(ほう……良き“風”を持つ娘だ)
彼女も目を見開いた。
「なんなんあんた……ガチで止まってるだけなんに、こっちの刃が負けた……?」
「我が求めるものは“動かぬ剣”なれば。――して、名を聞かせてもらおうか」
「……風飛カエデ。忍者、兼・料理人。ついでに、変態の相方役ってとこかもね」
「良き名である、カエデどの。共に旅をする気はあるか?」
「……何その誘い方。いきなりボケるとは思わんかったわ」
「我、常在“真剣”にて候」
「もうええわ、しゃーない。ついてったるわ!」
こうして、風のようなツッコミ娘・カエデが仲間に加わった。
――五行庵、最初の柱。風、ここに立つ。
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▶次話:「武蔵とカエデの道中の様子」へ続く