第二十七話話「五行庵ラジオ、貴族たちの嗜み」
一方その頃──
ヒナガ国の遥か西、万里の砂漠を越えた彼方に広がる、魔道と術理の粋を極めた魔道大国「ルヴェリア」。
そこでは、魔法と工学が融合した高度な魔導文明が築かれ、都市の上空には浮遊都市が漂い、人々は空を飛び、人工精霊が日常をサポートするという異世界でも最先端の国家であった。
そのルヴェリアの一角、王都の中心にほど近い高級街区「白金環街」──
そこにある富裕層専用の高級サロン、「紫煙館」では、夜な夜な美食と魔酒と知的会話を愛する者たちが集まり、選ばれし者のみが使用を許された魔道通信装置に耳を傾けていた。
「ふむ……また“星歌劇団”の録音か。劇場で観たばかりだ、今さら聞くまでもないな」
「本日は“万象院・院長の対談”……こっちも、前に聞いた内容と変わらないわ」
魔道ラジオはこの地ではごく一部の富裕層──しかも一日中優雅に暇を持て余しているような連中にしか流通しておらず、日々更新される“貴族向け放送”のマンネリさに、彼らもまた退屈していた。
そのとき──
「……あれ? なんだこれ、新しい周波数が入ってきたぞ?」
「“五行庵ラジオ”? 聞いたことがないな……異国の放送か?」
スフィアの魔力灯が淡く灯り、放送が始まる。
≪ラジオ五行庵〜〜! 今宵も、変態たちの時間がやってまいりましたぁぁああ!!≫
──烈火のバカでかい声が、館内の空気を爆裂させた。
「ぶほっ!!?」
「な、なんだ!? 耳が壊れるかと思ったぞッ!?」
≪ええ〜、はいはいはいはい! 本日は、武蔵くんの“木刀ひとつで魔王城を落とせるかスペシャル”やでぇ〜〜!≫
──カエデの妙にテンションの高い声。
≪あの……わたくしの“姫さま人生相談”のコーナーは、後でございますわね……?≫
──ナギサの優雅すぎる、でもなんだかズレてる声。
≪そして天道空雷の“今週の国家分裂危機まとめ”コーナーは後半だ。
拙者の変態武具講座は中盤、聞き逃すでないぞ?≫
──天道と黒鋼の知性 (と変態)の融合。
≪では一曲。拙者が鍛冶中によく歌う“鉄の詩”! 一緒に歌ってくれ! いくぞ、烈火殿!≫
≪まっかせろぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!≫
ゴッ、ガッ、ゴン! 火花が散るような打撃音と、妙に上手いハモリが館内に響き渡る。
サロンの空気が凍りつく。
魔導学者たちも、貴族たちも、占星術師も、口を開けたまま硬直した。
「な……なにを聞かされているのだ、我々は……」
「これは……新しい、のか……? いやでも、理解が追いつかん……だが……」
「……なぜだろう。……止められない……!」
「気づけば……口が勝手に“鉄の詩”を口ずさんでいる……」
その夜──
“紫煙館”では、放送を聞いた者全員が「五行庵ラジオ」という謎の名を記憶し、翌朝には口コミで広がり、貴族たちの間で「夜な夜なの謎電波」として一躍トレンドとなる。
そして数日後、王立魔導学院の研究塔では、ある一人の若き魔導師が“謎の放送波を探る研究”を始めていた。
「……この周波数……どうやらヒナガ国から発信されているようだな」
そう呟く青年の眼には、燃えるような好奇心と……ほんの少しの恐怖が浮かんでいた。
「この“武蔵”なる者……何者だ……」
──それから数日後。
魔道大国ルヴェリアでは、“五行庵ラジオ”なる奇妙な放送が貴族街を席巻していた。
貴族たちはこぞって夜会の場にスフィアを持ち寄り、「五行庵ラジオの名言集」「今日のカエデツッコミランキング」「武蔵の天然語録集」などを肴に、ワイン片手に大爆笑するのが新たな上流階級のトレンドとなっていた。
中でも最も衝撃を呼んだ回は──
≪──では、今回の“我、木刀で○○できるか説”検証スペシャルを始めるッッ!!≫
≪あー、もう始まったわ……誰か止めてぇぇぇ!≫
≪こりゃ止められんわ、ウチらはただ見届けるしかないんや……!≫
≪ふふっ……今回の○○とは……“流星を木刀で打ち返せるか”じゃッッ!!!≫
≪……我、試してみたいのである。うむ≫
ルヴェリア全土が震えた。
いや、もはや震えていたのは、空間そのものだった。
なぜなら──
──その回の放送中、実際に「天翔る流星級の魔物 《スターラプター》」が、どこかの空域で謎の打撃波により軌道を逸らし、大地に激突していたからである。
しかも、それを“偶然の自然現象”と断じてしまえるような時代ではなかった。
誰もが思っていた。
──まさか、ヒナガ国の竹林の奥地から……あの電波が……いや、あの“者たち”が……ッ!?
一方、その頃──五行庵。
夜。
月明かりに照らされた幻想的な竹林の奥、五行庵のラジオブースでは、天道空雷がスフィアの調整を終え、カエデが原稿らしき紙を慌てて読み込み、黒鋼がマイクに向かって「拙者の鍛冶唄を再録するぞ!」と鼻息を荒くしていた。
「武蔵くん、今日のトークテーマ、なににする〜?」とカエデが問えば、
「む。では……“この世に刃は要らぬ、木刀の哲学”について所望するぞ」と真顔で返され、
「あ〜〜〜!! もうそれは先週やったやろーーッ!!!」と怒涛のツッコミが飛ぶ。
そして──
「さあ、姫さんもナギサ節、頼むでぇ」
「ええ、任せてくださいませ。“乙女の癒しおまじない講座”第三回──今回は“にっこり笑って魔物も浄化”ですわ♡」
「そ、そんなんで浄化されたらウチ、今すぐ信じるわ……」
「本当に浄化された個体が一匹おりましたのよ? ふふ、かわいかったですわ〜」
五行庵ラジオ、開始から一週間──
すでにリスナーは北から南へと広がり始め、各国の魔道研究所やラジオマニアの間で、「これはただの趣味放送ではない」「異常な魔力干渉が含まれている」「いや、これは新しい世界の覇権メディアの誕生だ」などと噂が飛び交っていた。
しかし──
当の本人たちは、ただただ、毎夜の放送を心から楽しみ、騒ぎ、笑い、時には語り、時には歌い、宴の続きを電波に乗せていただけだった。
だが、放送が続くほどに、思わぬ“何か”が世界に影響を及ぼし始めていた。
──その放送を受信した者の一部に、奇妙な変化が現れ始めたのだ。
「……なぜだ……この声を聴くと、なぜか……勇気が湧く……」
「“木刀は、ただの木じゃない”……この言葉に救われた……」
「姫さまの声……わたし、久しぶりに泣いた……」
国も、言語も、思想も超えて、
人々は“何か”を感じ取り始めていた。
そしてある夜──
ラジオブースの外、満月の光に照らされた中庭で、武蔵は木刀を静かに構え、何かを感じ取るように天を仰いだ。
「……この竹庵より発する声が、誰かを救っているというのなら……我は、それで良いと思うのである」
その背に、静かに羽音が降り立つ。
ナギサが小さな笑みを浮かべ、寄り添うように言った。
「わたくしたちの“変態で騒がしい宴”が、誰かの心を癒しているのなら──それこそが、正しき魔法の在り方ですわね」
武蔵は、少し照れたように鼻をかきながら、言った。
「うむ。だが……そろそろ“木刀英雄譚歌”の収録も所望したいのである!」
「やめてーーッッ!!!」
──夜空に響く、ラジオブースの騒がしい声。
五行庵ラジオ、ますます拡散中!
次話、とある日のラジオ放送、リアルタイムノーカット版でお届けするでござる!




