第二十六話「ラジオのじかん」
——宴もたけなわ、囲炉裏の火がぱちぱちと音を立てる中、笑いが落ち着いた一瞬の沈黙を突いて、武蔵が口を開いた。
「なあ……ひとつ、問うてよいかのう?」
「ん?どしたん、武蔵くん。飯か?木刀か?それとも……テリヤキへの飽きか?」
カエデが箸を止めて身を乗り出す。
「いや、どれも違う。……この“魔道ラジオ”とやら……そも、どれほど一般的なものなのじゃ?」
その場の空気が、ふわりと揺れた。
ナギサがふと眉を寄せる。
「……武蔵さま、それは……」
「拙者も、それ気になっていたのでござる。旅路で目にしたことも耳にしたこともなかったでござるしな」
黒鋼が腕を組む。
「オレさまもだぜ。あれだけ冒険者たちの集まる“鉄火の街カガネ”でも、聞いたことねぇぞ……魔導ラジオなんてモンは」
烈火も真剣な面持ちになる。
「ふむ……それこそ、天道空雷の分析の出番では?」
武蔵が視線を向けると、空雷は湯呑を口に運んだまま、ゆっくりと微笑んだ。
「魔導ラジオ……それは、天道空雷も実際に見るのは初めてである」
「え、ええええぇぇっ!?!?」
一同、揃ってずっこけた。
「ちょ、ちょっと待って!? ウチ、普通に市場で見つけて“あ、ラジオやん”て……持って帰ったんやけど……」
カエデが箱を抱きしめるようにして戸惑う。
「市場のどこだ!?どこでそんなん売ってたんだ!?」
烈火が食い気味に問いただす。
「ええっと……南街の“古道具屋・夢幻堂”ってとこで、ガラクタの山に埋もれてたんや。値札も『音出る箱 10リル』って……」
「10リルて……ほぼタダみたいなものですわ……」
ナギサが顔を覆う。
「天道空雷の分析によれば──この魔導ラジオは、かつて失われた“古代魔工文明”が生み出した、高度な術式通信技術の産物……もしくはそれに酷似した“遺物”である可能性が高い」
「なんと……」
黒鋼が目を輝かせた。
「古代の失われし技術……それを拾ってきて、“これ、ラジオっぽいしウチが喋る!”って……」
烈火がカエデを指差す。
「……実際、喋ってるしな」
カエデが肩をすくめる。
「ということは──」
武蔵が湯呑を置き、背筋を正す。
「我らが今、日々盛り上がっているこの“魔導ラジオ放送”……民には届いておらぬ可能性が高いということか?」
「……高い、な」
天道が静かに頷いた。
「マジかーっ!!!」
烈火の叫びが山に響いた。
「いやいや、ウチらずっと……誰かに届いてるって信じて……」
カエデが放送台本を手に呆然とする。
「でも、わたくしの“姫さま人生相談”コーナー……放送できていなかったなら……!」
ナギサが膝を抱える。
「拙者の“グフフ武具の変態カスタム術”コーナーも、日の目を見ていなかったとは……!」
黒鋼は両膝をついて肩を落とす。
そのとき——武蔵が、ぽつりと笑った。
「……されど、よいではないか」
皆の視線が武蔵に集まる。
「届けたくて喋っていた、というよりも。……ただ、仲間と語らう場が欲しかっただけなのかもしれぬ。我にとっては」
一瞬の静寂。
「……そやなぁ。たしかに、どこかの誰かに届かんでも、ウチは皆と喋るこの時間……めっちゃ好きやわ」
カエデがにっこりと笑った。
「わたくしも、皆さまと心を交わせるだけで……満たされておりますわ」
ナギサが頷く。
「……オレさまも、喋ることでしか伝えられねぇこともあるしな」
烈火が照れ隠しに頭をかく。
「拙者にとっては……皆の“変態性”を知る、極上の時間でござる」
「やっぱ変態やないかい!!」
全員で総ツッコミが入る。
そして天道は、ぽつりと呟いた。
「……とはいえ、ラジオが古代魔工文明の産物であるならば……魔力の波長が合えば、どこかの“誰か”には、届いているやもしれぬ」
「その“誰か”が、どこかの山奥で、ウチらのラジオ聞いて爆笑してるかもしれん……ってこと?」
カエデがにやりと笑う。
「それは素敵な想像ですわ」
ナギサも目を細める。
「ならば──やはり我らは、今宵も叫ぼうではないか。“五行ラジオォォーーン!!”と!」
「タイトルちゃうぞ、武蔵くん!!」
再びの大ツッコミが夜空にこだまし、竹林の奥、神木の枝がひときわ高く揺れたように思えた。
一方その頃、ヒナガ国の遥か西のとある国ではこの五行庵ラジオの放送によりとんでもない事態へと発展していくのであった。
次話、「五行庵ラジオとは?貴族たちの思惑」へ続く!




