第二十話「天翔との日々、武蔵の異変!?」
早朝、薄明かりに包まれた五行庵の竹林の中、武蔵は静かに呼吸を整えた。
手にしたのは、愛しき木刀「天翔」。その滑らかな木肌に指を這わせ、心の底から湧き上がる昂揚を感じていた。
「我が天翔よ……今日も我が一挙手一投足を共にせよ」と呟き、切り結ぶ姿はまるで風そのもの。
竹の間を風切る音と共に、天翔は空気を裂き、ひとつひとつの振り下ろし、斬り上げ、払いが完璧に繰り出されていく。
武蔵の動きは、まさに静の極致を目指す芸術のようでありながら、全身の筋肉は張り詰め、まるで猛獣のごとき圧倒的な生命力が迸っていた。
だが、その鍛錬の終盤、不意に体の内側から異変を感じ取る。
それはまるで、天翔が単なる木刀以上の存在へと変わろうとしているかのような、何か得体の知れぬうねり。
「む……?これは……?」武蔵は刹那、目を閉じた。
天翔の柄から、微かな振動が全身に伝わり、まるで木刀そのものが呼吸し、鼓動しているかのように感じられた。
「天翔よ……その鼓動は一体何故……!」
その異変を察知した黒鋼が、物見遊山にやってきた。
「武蔵どの、何事か?声が聞こえたぞ」
武蔵は震える声で答えた。
「我でも理解し難いが、天翔が……まるで我と共鳴しているかの如き異様な気配を見せている」
黒鋼は天翔を手に取り、その表面を凝視した。
すると微細な木目の中に、淡く輝く黄金色の光が宿っていることに気づいた。
「これは……まさか、あの神木の黄金の枝の力が、木刀に宿ったのか……?」
その時、武蔵の目が覚醒し、通常の少年のそれとは異なる鋭い光を帯び始めた。
「これが天翔の真なる力か……いや、これこそが我が求めし木刀の姿であろう……!」
カエデが遠くから声をかける。
「武蔵くん、大丈夫?そんな顔で笑ってたらちょっと怖いで!」
武蔵は微笑み、だがその笑みはどこか不思議な凄味を含んでいた。
「心配無用。これは始まりに過ぎぬ……我と天翔の新たなる道程の始まりである」
夜は深まり、竹林のざわめきの中で、武蔵と天翔の共鳴は静かに、しかし確実に力を増していった。
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翌朝、五行庵の竹林は朝霧に包まれ、淡い光が木々の隙間を縫って差し込んでいた。
武蔵はまだ天翔を手に、静かに呼吸を整えていたが、体の内側には昨夜の共鳴が引き起こした微かな震えが残っていた。
「我が体よ……一体何が起きておるのか……」武蔵はつぶやく。
そこへ黒鋼がゆっくりと歩み寄り、厚い眉をひそめたまま問う。
「武蔵どの、その木刀……ただの武器以上のものを感じるが、何か変わったか?」
「我にもまだ正体は掴み切れておらぬが、昨夜より天翔が我の生命の一部となったような気がしてならぬ。まるで呼吸を共にしているかのような感覚だ」
「ははは……相変わらず武蔵どのは変態的だな。木刀にそんな異常な拘りを持つ者は見たことがないぞ」黒鋼が兄貴肌の笑みを浮かべる。
「我はただ、己の剣の道を極めたいだけ。それがゆえに天翔の真実の力を知りたいのだ」
そこにカエデが弓を背負いながら現れた。
「武蔵くん、なんだかいつもと違う顔してるで?元気そうに見えて、なんか体調悪いんちゃうん?なんか昨日から武蔵くん、妙に気合入っとるし、あの木刀に魂宿っとるんかもな!」
「……ふむ、ならば鍛錬は慎重に進めるべきだな」黒鋼が言い、三人は武蔵の異変を警戒しつつも興味津々だった。
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その日の午後、五行庵の広場で武蔵は天翔を振るい始めた。
「これが、我と天翔の絆……!」一振り、また一振り。
だが、次第に武蔵の動きに妙な硬直が見え始め、顔に苦痛の色が浮かんだ。
「ぐっ……なんだ、この感覚は……!」
天道空雷が遠巻きに観察しながら言う。
「剣豪どの、木刀との共鳴が過剰に進み、身体に負荷がかかっているのではないか。天翔の木肌の中には、確かに神木の稀なる力が宿っているが、それは普通の人間には過ぎたるもの……」
「異変が出ているようだな……」護堂烈火が心配そうに武蔵に近寄る。
「オレさまの盾で守ってやる!無理はするなよ!」
武蔵は必死に立ち上がり、苦しい表情を浮かべながらも、
「我は……己の剣を極めるため、この試練を乗り越える!」と強く叫んだ。
カエデは包丁を握りしめながら、
「武蔵くん、無理は禁物やで!ウチらみんなおるんやから!」と優しく叱咤した。
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その夜、静かな竹林の中、武蔵は一人瞑想していた。
「天翔よ……我と共に歩む道は、決して楽なものではないと知った。しかし、我は決して逃げぬ」
すると、不意に微かな声が木刀から聞こえた気がした。
「共に生き、共に戦え。これより我らの絆は永遠に……」
「……これは我の錯覚か、天翔の魂の囁きか……」
武蔵は目を閉じ、心の底から決意を固めた。
「天下無双は飽きたと言ったが、我の道はここから新たなる段階へと進むのだ……!」
五行庵の竹林は静かに、しかし確かに、武蔵の新たな物語を見守っていた。
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翌朝、五行庵の竹林は静かに目覚め、まだ朝露が葉先を濡らしていた。
武蔵は早くも天翔を手に取り、緩やかな呼吸とともに形を取る。
だが昨夜の異変は消えてはいなかった。
「ふむ……昨日よりも確かに少し動きやすくなっている。しかしまだ、我の全力ではないか……」と武蔵はつぶやいた。
そこへカエデが元気に声をかけてきた。
「武蔵くん、今日もまた鍛錬か?ウチ、朝飯作ったから食べてからにしようや!」
武蔵は木刀をゆっくりと竹の柱に置き、にこりと笑った。
「その気遣い、ありがたし、カエデどの。では朝餉を共にしよう」
三人が宴の間に集まると、黒鋼がやってきた。胸にかけた大鎚が光を反射している。
「武蔵どの、鍛錬は良いが過度は禁物だぞ。拙者が素材を見ている間に、木刀の変化も調べておこう。」
「頼もしい兄貴肌よ、創冶どの」と武蔵は頭を下げる。
その日も武蔵は天翔と共に動き続けたが、体に感じる波紋は次第に強くなっていた。
風が吹き抜け、竹林の葉がサラサラと囁く中、天道空雷が近づいてきた。
「剣豪どの、この木刀はただの武器ではない。お主の生命力と魔力が刻まれ、共鳴することで未知の力を引き出しているのだ。だが、急ぎすぎると体がついてこない。焦らず、じっくりと向き合うべきだ。」
武蔵はうなずく。
「我、天下無双よりも所望すは静の極み。これからも焦らず鍛錬せん。」
その夜、宴は盛大に開かれた。火が燃え、肉や魔物の素材が香ばしい香りを放つ。
カエデは獲物を絶妙に捌き、黒鋼は魔物の骨や嘴を慎重に選別して武具素材へと加工していた。
「この骨は大槌に使えば、より重厚で攻撃力が増すであろう」と黒鋼がニヤリ。
烈火は豪快に酒をあおりながら、「武蔵ー!その木刀が見たいぜ!」と声を張り上げた。
武蔵は笑顔で天翔を掲げ、宴の中心に立った。
「これこそ我が魂。何千もの振りを経て磨かれし我が木刀、天翔。貴様はただの木ではない。お主は我の血肉、我が生き様の証である!」
「ははは、また始まったぞ武蔵どのの変態モード!」黒鋼がツッコミを入れ、
「武蔵くん、その天然木刀愛は怖いわ!」カエデが笑いながらツッコむ。
「はあ?天然や言うな!この木は神木の黄金の枝から生まれた由緒正しき素材やねんで!」と武蔵が必死にカエデ口調で返すと、みんな大爆笑。
空雷が冷静に苦笑しながらも「剣豪どの、それもまた所望ライフの一環か」と呟いた。
そんな笑い声に包まれながら、五行庵の竹林は今宵も静かに、しかし確かに熱気に満ちていた。
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次話、武蔵の抑えきれない衝動が炸裂!?へ続く。




