第一話『転生武蔵と愉快な仲間たち』
朝――。
東雲の光が、五行庵の庭を金色に染め上げていた。
縁側に座し、土瓶から湯を注ぐ男が一人。
その腰には一振りの木刀。
衣を無造作にたくし上げたその姿は、どこか風流にして野性。
「……やはり、朝茶は心を澄ませるな」
剣豪武蔵――
異世界に転生した、かの宮本武蔵その人である。
だが今は、静かなる日々を――すなわち「所望ライフ」を心から所望し、この小庵に五人の仲間と共に暮らしている。
そして今、五行の力を宿したその仲間たちは、それぞれの思いを胸に、彼の背を見つめていた。
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地:黒鋼 創冶の想い
「武蔵どのの煎れた茶は、今日も見事だ……」
巨躯にして豪腕、鍛冶師・黒鋼創冶。
土間に座して、湯呑を手にしたその目は真剣だった。
火の温度、水の量、器の材質――全てを即座に見抜く目。
「だが、この器の焼き……こいつぁ、焼き直してやりてぇな。いや、素材は良い。けどよ、この釉薬の流れ方が甘ぇ。……ああクソ、武蔵どのの茶が美味すぎるのが悪ぃんだ」
大槌を握るその手は、今日も魔物素材での鍛造を所望してやまない。
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水:水姫ナギサの想い
「まぁ……今日も、澄み切った湯気。まるで心を洗うようですわ」
艶のある水色の髪をなびかせ、姫君・水姫ナギサはそっと瞼を閉じる。
その指先には水精の祝福が宿り、ひと振りで傷を癒す。
「武蔵さま……貴方の佇まいは、まるで静水のよう。けれど、時として激流となりて、我らを導いてくださる」
その微笑みは、まさしく聖女のごとく。
だが、その想いは――どこか乙女のように揺れていた。
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火:護堂 烈火の想い
「おーい、武蔵ー! また朝から茶ァかよ! 肉は!? 肉はねぇのかッ!?」
轟く声とともに現れたのは、火焔の盾士・護堂烈火。
その身体は筋肉の鎧であり赤銅のように輝き、その拳は岩をも砕く。
「ま、いいか。茶でもうまいのが、また腹立つんだよな……。お前の作るもんは、どれも外れねぇってのが逆にムカつくんだよ」
豪快だが、仲間思い。
その言葉の端々(はしばし)には、誰より厚い信頼が滲んでいた。
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風:風飛 カエデ(かざとび カエデ)の想い
「は〜、ま〜た一人で全部やってんのかいな……ったく、ウチらの出る幕なしやんな」
屋根の上、風に髪をなびかせる忍びの娘・風飛カエデ。
素早さは人外級、料理も絶品。
だが、彼女の最大の武器は、その口であった。
「……で、あの笑顔で『気にせずゆっくりしておれ』とか言うんやろ? はいはい、どーせまたお得意の“所望モード”ね」
ツッコミ混じりの愛ある嘆き。
けれど、どこか誇らしげでもあった。
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空:天道 空雷の想い
「……今朝も、変わらぬ構え。剣豪どの、貴方はどこまで私を惹きつけるのか」
書架の影、帳面を広げる天才軍師・天道空雷。
雷の力を操り、空間を割って陣形を構築する。
彼の世界は、すべてが観察と解析の対象。
「五人の視線を、一身に受けながらも、それを涼しげに受け流す……実に絵になる」
カッコつけた調子で語るその裏には、
誰よりも深く武蔵を理解しようとする“狂気”めいた執着が隠れていた。
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武蔵の視点
――ふむ。今日も静かで、実によい。
茶は旨く、空は晴れ、仲間の気配も心地よい。
これぞ所望ライフ。
これぞ天下無双にして、我が道なり。
思えば、かの世で果たせなかった「五輪書」の完成。
それはこの異世界において、生きることそのものを以て綴るべきものと気づいた。
我が剣が貫くは、ただ一つ――
「無双にして、安寧」
そして、この仲間たちこそが、その答えへ至る鍵である。
五行――地・水・火・風・空。
彼ら五人の生き様と交わることで、我が五輪は初めて形となる。
――そう、これは所望の果てに至る、天下無双の“我が道”である。
だが、この日常の裏には、確かに歩んできた道がある。
刃を握り、命を削り、死線を越え、仲間と出会い、今ここに至るまでの――
……よかろう。
ならば語ろう。
かつて我がこの異界に転生し生まれ落ちた日より始まる物語を――
▶ 次話:回想編「我、再び生まれ落ちし剣の子」へ続く