第九話「天道空雷、所望なる世界を語る」
夜。星々がまたたく静かな野営地。
焚き火の揺らめきに照らされ、六人は穏やかに休息のひとときを過ごしていた。
沈黙の中、武蔵がぽつりと問いを投げる。
「天道空雷。問うぞ」
「ほう、何を所望かな、剣豪どの」
「この世界のことだ。我、この地に根ざし、所望を極めんと欲す。ゆえに知りたい……地理、情勢、そして理想の地を」
天道空雷はニヤリと微笑み、杖を掲げた。
「よかろう。我が観察と分析のすべてを捧げよう。変態の誇りにかけて」
「いや堂々と誇んなや!」
「でも、わたくしも知りたいですわ。この世界のこと……」
「拙者も。素材の流通や産地は、武具造りに直結するゆえ」
「オレさまは地理とか情勢とかどうでもいいけど、お前らが真面目に聞くなら、聞いてやらんでもない!」
天道空雷が詠唱すると、宙に光の魔法陣が浮かび、簡易地図が現れる。
「まず、我らが今いるのはヒナガ国シュテン領という地方。古の戦乱が多く、遺跡と魔物が共存する辺境だ。そして南東に位置する大国が《サイカツ帝国》。名ばかりの皇帝の下、四勢力が並び立つ、分裂状態の国家だ」
天道の指が、地図の“北東”へと動く。
「だが、我が剣豪どのに最も勧めたいのは――この地だ」
魔法地図の一角に、淡い緑の光が浮かぶ。そこには、竹のシンボルが揺れていた。
「その名も、翠隠の幽苑と呼ばれる未踏の地。
深き山々に囲まれ、常に淡く青緑に霞む幻想の竹林が広がるとされる。
陽は柔らかく、風は涼やか。霧が降りると、音すら吸い込まれるという」
「……そこに、五行庵を建てる……」
武蔵の声が低く響いた。
「うむ。古の霊脈が交わる《五行交点》が、その地に眠っているとの記録がある。まさに地・水・火・風・空が重なる場。我ら六人が集うに、これ以上の地はない」
「まぁ……素敵すぎますわ。五行の交わる竹林……」
「拙者、その竹、素材にしたくてたまらんでござる……!」
「ウチ、そこで竹の子料理作ってみたいなぁ〜!てかその竹、食える?」
「オレさま的には霧の中から襲ってくる魔物がいれば、超燃えるぜ!」
天道空雷は満足げに頷きながら、地図を消す。
「……天道空雷が調べた限り、その地にはまだ人の手は入っておらぬ。だが、それゆえに、真の所望が眠る場所でもある。剣豪どのにふさわしい、静かなる無双の地だ」
武蔵は目を閉じた。
「所望の地は、竹の海に揺らめく静寂にあったか。よかろう。我らの所望、そこに築かん」
六人の心が、同じ方向を見つめた夜だった。
焚き火の火が静かにパチリと音を立てる。
旅の本当の始まりが、ようやくその姿を現し始めていた――。
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次話、『霧竹の魔獣と、六人六様の所望宴」へ続く。




