神の視座への歩み(どのようにして人は神の視座に至るか?)
どのようにして人は神の視座に至るのか?
人は自我の理解、つまり、水面に映る自分を見る感覚を起点に、ドローンで高空から地上全体を見下ろすような広がり(メタ視点)を経て、二元論から脱却し、正解が必ずしも一つではないことに気づき、不確実性への探求が始まる。
やがて、雲が刻一刻と形を変える様子を観察する感覚(不確実性と動的理解のプロセス)をとおり、ものごとの本質の理解へと至る。
モデル化するなら7段階のグラデーションとして表現できる。
無境界の中にある自我の理解→自己を通じて得る他者への理解→メタ視点による物事への理解→正解の導き方への理解→不確実性にあてるべき動的な洞察プロセスの理解→不確実こそが全ての物事の真の姿であることへの理解→あらゆる物事が勾配と分布のある無境界にあることの理解
このフレームワークは物質から現象まで、量子や確率、意識から生命、果ては宇宙をも神の如き視座で動的に解き明かす。
分布と勾配の変化を動的に捉えることにより、一般に直感に反すると思われる事象も正確に読み解けるようになるのだ。
一例をあげると、働かないアリや生活保護など、一見無価値と忌避されるようなものも重要な役割を担っていることがわかる。それらは大きな勾配を持っており、エントロピーが減少する過程で分布に新たな秩序をもたらすのだ。




